あなたに会いたい
人とのつながりは、対面から文書へ、文書から電波へ。
手軽に繋がることが出来る環境に変化していく中で、少しずつ失われていく「信頼」を得る為に、人は再び対面する事を望むのだと思います。
では何故一番欲しいはずの信頼を得ることの出来ない手軽な方向へ流れてしまうのか…。
プロローグ
「今日19時に駅で待ち合わせでいいんだよね?」
「ごめん…今日ちょっと仕事が長引いてて、19時に間に合いそうにないんだよね…」
「そうなの?何時頃になりそう?待ってるよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと終わる時間が読めなくて行けないかも…」
「ええ?!っていうか前も仕事で結局会えなかったよね。休みとかないの?」
「休みはあるんだけど、最近うちの会社業績が悪いらしくてさ、平日も残業多いし、休みも出勤しないといけない雰囲気で…」
「あのさ…それじゃそもそも待ち合わせ自体無理なんじゃないの?
「そんなことないよ!私も隆君に会いたいし、絶対時間作るから!来週に変更してもらってもいい?ほんとにごめん…」
「とりあえず、次もし同じように会えなかったらもう会うのやめるから」
「うん…わかった。絶対時間作れるようにするから!」
………多分、全国的に見れば、待ち合わせをドタキャンされてる奴らは山ほどいるだろう。
人の数だけ予定があり、都合がある。
それらを縫い合わせて、待ち合わせをするにはそれなりの努力が必要だ。
相手にとって自分の価値が高ければ高いほど待ち合わせの成功率は上がり、低ければ低いほど、待ち合わせ自体が成立しなくなる。
ただ…それは、『相手が実在していれば』の話だ。
俺は菊川良成、29歳。
株式会社コンフォーコの運営する出会い系サイト「メロディ」の統括責任者だ。
いわゆるサクラと呼ばれるメールオペレーターを使って日夜、客からポイント料金という名目で金を騙し取っている。
俺がこの世界に足を踏み入れたのは24歳の秋、その頃働いてたアダルトグッズの専門店が警察のガサ入れに遭い、給料も未払いのまま閉店。
経営者は姿をくらませた。
後で聞いた話じゃ、その時店にいたマネージャーとバイトの山岸の二人に全責任を押し付けてトンズラしたらしい。
俺はその日出勤する予定だったが、出勤途中にトイレに立ち寄ったパチ屋で確変が終わらずに難を逃れた。
俺がガサ入れを知ったのはその日の夜。
仕事をサボったお詫びに飯でも奢ろうと、山岸と、同じくバイトの高村に電話をかけた時だった。
「おー菊ちゃん無事だったの?」
電話に出た高村の後ろで楽しそうな笑い声が聞こえる。
「ん?飲んでんの?つーか無事だったって何が?」
「あれ?知らない?今日うちの店ガサ入ったらしいよ笑」
周りの目を気にしてか、席を立ったのだろう、急に電話口が静かになる。
「ガサ?いつ?」
「今日だよ今日。3時頃かな?なんかーマネージャーと山岸がそのまま連れてかれるの見たってサナエちゃんが言ってたよ。てか菊ちゃん今日出勤だったでしょ?だから俺てっきり菊ちゃんも一緒にパクられたかと思ってたよ笑」
サナエちゃんはうちの店の斜め向かいのラーメン屋で働く高村の彼女だ。
「笑いごっちゃねーよ。てかそれで山岸は?」
「え、知らない知らない。だってマネージャーも連れてかれちゃってるし、俺オーナーの連絡先知らないもん。」
「知らないもんってお前…。まあいいや、今どこ?」
「今?駅前の居酒屋でサナエちゃんとご飯食べてるとこ。あ、来る?」
俺は少し考え込んだが…
(高村の事だ、行ったとしてもロクな情報は聞けないだろう)
そう思い、断ることにした。
「いや、今日はやめとくわ。」
「えー!何で?明日さ、駅前のパチンコ屋あるでしょ?ビーナスってとこ!あそこに新台入るから一緒に勉強しようと思ったのに」
…大正解。コイツは基本的に物事に頓着がない。
働いてる店が潰れようと、それによって自分が無職になろうと危機感というものがないのだ。
「お前店が摘発されたって事はこの瞬間俺らは無職なんだからな?パチンコなんて打ってる場合じゃねーだろ。」
「心配しすぎでしょ笑!代わりのバイトなんてどうせすぐ見つかるし、せっかくなんだから有給休暇だと思えばいいじゃん」
給料は出ない。
「まあ別にお前がいいならいいけどさ、あんまりサナエちゃんに心配かけるなよ?」
「親父かっつーの笑。菊ちゃんも何かおいしい仕事あったら紹介してねー!」
………
電話を切って、すぐにオーナーの携帯に電話をかける…直前で手が止まった。
うちの店が摘発されたなら、原因は十中八九オーナーが趣味で集めてた裏DVDだろう。
ただの趣味で終わらせればいいものを、調子に乗って販売まで始めたのが運の尽きだ。
マネージャーが連れて行かれた事を考えれば、オーナーの携帯は警察にバレてると見て間違いない。
だとすれば…
高村を見習うわけではないが、俺もこのままあの店で働いてた事も、未払いの給料の事も忘れて新しい仕事を探すべきだ。
「あー…くそ。先月は結構頑張って出勤してたのになぁ」
煮え切らないまま、コンビニで求人誌を何冊か見繕ってその日は何も食べずに帰宅した。
「思えばあの時にまともな仕事に就いてればな…」
喫煙所でタバコに火をつけ、ため息をつく。
とそこに、手の甲から首筋までびっしり刺青の入った若い男が声をかけてくる。
「どうしたんすか?菊川さん。あ、悩み事?」
青島裕也24歳
ちょうど1年ほど前の俺が統括を任されてすぐの頃、1番最初に面接をした奴だ。
それまでは他の出会い系サイトで働いていたらしいが、働いていたサイトが経営難で閉鎖、うちの会社の面接を受けに来た。
愛嬌があり、頭の回転が速い。それが俺が青島に抱いた第一印象だった。
「ん?いや、今月の売り上げやべーなと思ってさ。」
「あ~確かに今月はちょっとマズイっすね。ヘビーユーザーも軒並み死んじゃいましたし、新規ユーザーの中にもめぼしいのはいないっすね。」
※ヘビーユーザー…重課金者
※死ぬ…金がなくなり、ポイント購入出来なくなる事。
「先月ちょっと取り過ぎたかな…。」
「先月の売り上げ3千万超えましたからね(笑)でもその分今月多少落ちたとしても大丈夫なんじゃないすか?」
「なかなかそういうわけにもいかねーんだよ。会社は利益を出してなんぼだからさ。先月プラスだから今月マイナスでもトントン、っていうわけじゃないしな」
「でもいくらなんでもマイナスにはいかないでしょ?今だって売り上げの試算じゃ2千万は超えてるわけだし…」
※試算…1日当たりの売り上げから1ヶ月トータルの売り上げ予想を計算する事
「ま、俺らの感覚はそうでも上の考えは違うっていう事だな。」
「そんなもんですかね~…」
「そういう事。さ、戻るぞ」
「俺も自分で経営できる位金があればな~…」
納得できないという表情の青島を急かすようにオフィスに戻る。
オフィスには常時20人ほどの人間が働いている。
うちの会社は規模こそ大きくないが、それでも月に2千万を超える収益の出会い系サイトを4サイト運営し、
会社全体で見れば毎月9千万から1億を超える収益を上げている。
それぞれのサイトには俺と同じようにサイト全体を統括する人間がいて、
4人が毎月競い合うようにそれぞれ、任されたサイトの売り上げを出す為に四苦八苦している。
広平晃一…
俺と同じようにサイトを任されている統括責任者が声をかけてきたのは、午後3時を過ぎた頃だった。
広平晃一
「良成さん!金貸してください。」
「…………………は?」
屈託のない笑顔で無邪気に金を無心するこの男は広平晃一。
株式会社コンフォーコで出会い系サイト「プレシャスラブ」を任されている統括責任者…つまりは同僚だ。
「いや昨日俺休みだったんすけど、彼女とケンカしちゃって」
「いやごめん全然わかんねーけど。彼女とケンカしたのが何で俺に金を借りる話になるわけ?」
ハナから金など貸す気はないが、話だけでも聞いてみる。
すると広平は待ってましたと言わんばかりに、身振り手振りを交えて説明を始める。
「違うんすよ!昨日朝起きたら彼女からいきなり電話掛かってきて、
『今日休みでしょ?買い物行きたいから付き合って欲しいんだけどいい?』
なんて言うから、言ったんすよ、パチスロ打ち行くから嫌だって!そしたら
『たまの休みなんだから一緒にいてくれたっていいじゃん!』
とか言うんすよ?いやいやいやいやちょっと待ってよたまの休みって俺の休みじゃん!って思うじゃないすか!だから言ったんすよ!」
「何て?」
「絶対嫌だ!って。なのに
『もういい!普段も仕事で会えないのに、休みまで会えないんじゃ付き合ってるなんて言えないじゃん!』
とか言い出すもんだから俺もう頭きちゃって…!」
…彼女の物真似がやけにリアルでちょっと…いや、かなりうざい。
「いや、うん。彼女の言う通りだと思うよ?」
「いやいやいやいや(笑)…まぁ俺もそれはわかるんですけど。だから行きましたよ買い物。」
「うん」
「彼女が行きたいっていう店片っ端から回って、食べたいっていうもの食べて、観たい映画観て」
「お、偉いじゃん」
「丸一日彼女の為に使いました!俺の休みなのに!」
「でもお前も楽しかったでしょ?」
「ええそれなりには。でも俺はパチスロが打ちたかったんですよ!」
「うん」
「その欲望を無理矢理抑えてただただ奉仕する1日!しかもそれがたまにしかない休みですよ?そりゃストレスも溜まりますよ!」
「それで?」
「行きました。表のパチ屋は時間的に間に合わなかったんで裏スロに」
※裏スロ…正規のパチンコ店におけないスロット台を設置している非合法のパチスロ専門店(店と呼べるかは定かではない)
「お前な…」
広平に限らずこの業界でいわゆる裏スロ(闇スロ)に通っている人間は多い。
なまじ同年代より高い給料がもらえる分、拘束時間が長く休みが不定期なため、正規のパチンコ店に通う暇が取れないのだ。
「いや~楽しかったですよ!もうキュインキュインとかキーン!とか、思う存分堪能しちゃって♪
…まあ結局負けたんですけどね?」
「完全に自業自得じゃねーか」
「そうなんです!わかってるんです!なので、金貸してください」
「貸しません。」
「え…!?」
本気で借りられると思っていたのかどうかはわからないが、
俺が今まで見てきた中でトップ3に入る位の驚嘆の表情を浮かべて広平の動きが止まる。
…ちょっと面白い。
「いやだから貸さないよ?」
時間が止まった広平にそう言い捨てると自分のデスクに向き直る。
「良成さん…俺が今まで良成さんに金貸してくれなんて言ったことがありますか…?」
俺はちょっと考えたが、確かに広平が金の無心をしてくるのは初めてかもしれない。
「ん…ないな。」
「でしょ!?そうでしょ??それだけ今切羽詰ってるんですよ!」
俺は自分のデスクで作業をしながら話半分に広平の相手をする。
「てかさ、お前いくら負けたの?」
「30万…」
「へぇ、そりゃ残念だったね………はぁ!?」
思わず広平の方を振り返り今度は俺の動きが止まる。
「いやですから…30万…てか今凄い顔してますよ(笑)」
(殴ってやろうかコイツ)
「お前ほんと…え?何やってんの?」
「いや俺もこんなに使うつもりはなかったんですって!最初は本当に2~3万遊んで帰ろうと思ってたんですから!」
「うん。それで気が付いたら2~3万が30万になってた、と。」
「そうなんですよ。」
絶句…
話に聞いた事はあったが、実体験はなかった。これがまさに『言葉を失う』という状況なのかと、俺は理解し難い今の話をヒシヒシと噛み締めていた。
いや、正確には『かける言葉が見つからない』
このまさに今目の前に存在するリアルカイジに対して、どんな言葉を投げかけてもそれが彼の耳には届かない事はわかりきっている。
彼が欲しいのは同情や憐憫ではない。現金なのだ。
耳も目も、五感全てを堅く閉ざし、ただただ紐だけを全開に開ききったゆるゆるの財布に対し、どんな言葉を投げかけても、
そこに福沢諭吉の顔が印刷されていなければ、彼にとっては全てが無価値なのだ。
「お前んとこ…今試算いくらだっけ?」
「今すか?多分今ちょうど2500万くらいだと思いますけど」
「よし、んじゃ給料前借りして急場をしのげ」
「いや絶対させてくんないすよ」
「俺も手伝ってやるから!」
「え!貸してくれるんですか??」
「そういう手伝いじゃねーよ!前借りさせてもらえるように手伝ってやるって事。」
「え~…俺タモツさん苦手なんすよ。だってあの人絶対俺の事嫌いですもん。前借りなんて言ったら何言われるか…」
「まあある程度の嫌味は覚悟しとけよ。そこは自業自得なんだから。そもそも誰かに借りないと生活できないんだろ?なら自分がもらう給料を前借りするのが一番角が立たずに解決できる方法じゃねーか。」
「まぁ…そうですけど。でもなぁ…」
「今日どうせこの後会議があるんだから。タイミング的にもバッチリだろ。」
「いや~…」
「いやじゃねーよ。それしかないの!」
広平がここまで嫌がる相手、石川保(いしかわたもつ)。
株式会社コンフォーコの実質的な社長だ。
社長と言ってもオーナーではなくいわゆる雇われ社長なのだが、石川本人も出会い系サイトのオペレーターからの叩き上げで社長までのし上がったバリバリの現場主義者であり、
俺ら統括責任者にとってはまさに目の上のタンコブ…頭が上がらない存在として君臨している。
普段はほとんどオフィスには顔を出さないが、その社長が確実に出社してくるのは月に2回。月初めの月曜と、15日。
その2日は各サイトの統括責任者と社長とで、その月の売り上げ計画、進捗状況を確認する会議が行なわれる。
今日は15日、会議まであと1時間…。
営業会議
「「「「おはようございます」」」」
「はい、おはようございます。じゃ、始めよっか。」
営業会議…
株式会社コンフォーコの抱える4つの出会い系サイトのそれぞれの統括責任者と社長が、各サイトの状況や現状の売り上げ、問題点などを共有する為に月に2回、定期的に行われている。
「とりあえずじゃあ、各サイトの試算からいこっか」
会議を進める議長の役割をするのは、社長の石川保。
「それじゃあ…宮沢からね。」
指名されたのは統括の中でも最も経験の浅い宮沢裕(ひろむ)。
先月統括に昇進したばかりの一番の若手だ。
「はい。」
スッと立ち上がり、入り口付近に置かれたホワイトボードの前に向かう。
「今月うちのサイトは新規の取り込みに重点を置いてます。なので単価は度外視して、まずは新規登録数から…」
※新規…新規にサイト登録したユーザー
「じゃなくて試算ね。」
すかさず石川社長の『待った』が入る。
現時点で宮沢が担当しているサイトは売り上げが悪い。
宮沢も他サイトと比べて自身のサイトの売り上げが悪い事はわかっている為、その前に成績の良い部分を伝える事でバツの悪さを覆い隠そうとしたのだろう。
しかしそこを現場上がりの社長は見逃さなかった。
「とりあえず試算を聞いて、その理由が必要ならその時に聞くから、まずは試算を教えて。」
先ほどまで朗らかに場をしきっていた社長の目から笑みが消える。
「はい…今の試算は大体800万です。」
出鼻をくじかれた宮沢は為す術なく肩を落とし答える。
「はい、じゃあ次は広平くん。」
「はい。現時点での試算は2500万です。ただ後半に少し強めのイベントを組む予定なので、もう少し持ち上がると思います。」
「そっかそっか、頑張ってね。じゃあ…次は高田さんいってみよっか。」
高田梢。
唯一の女性統括で勤続年数も一番長い古株だ。
性格はいたって温厚…というより物静かで口数が少ない。
酒に酔うと途端に饒舌になり周りの人間に絡みまくるという話だが、俺はまだ一度も遭遇したことはない。
「昨日付けの試算は1822万です。ただうちのサイトの主だったユーザーは月の前半が給料日の人がほとんどなので、後半は現状を維持したまま何とか1800万の着地を目指します。」
「うん、了解。何とか後半に給料日があるユーザーも増えてくるといいんだけどね。」
「そうですね。後半に取り込みが狙えるイベントを考えてみます。」
「はいじゃあ最後は菊川くん。」
「はい。うちの今月試算は2300万です。」
「結構落ちちゃったね~。菊川くんのところは今月も3000万いってくれるかなって期待してるんだけど笑」
「何とか狙ってはいきたいと思ってるんですけど、正直今の稼動人数で3000万は取り過ぎですね。現状ヘビーのユーザーがついて来れなくなっちゃってるので、ヘビーが落ちてる分新規で補填できるようにしてみるつもりです。」
※稼動人数…登録しているユーザーの中で実際にメールのやり取りをしている人数。登録していてもメールをしないユーザーは含まれない。
「何とか今月も3000万狙ってよ。もし達成できたらサイト全員にボーナス出してもいいからさ笑」
「わかりました。少しオペの子にも発破をかけてみます。」
「うん。頑張ってね!…さて、それじゃ全サイトの試算も聞いた事だし、後半のスケジュールにいこうか。」
『スケジュール』
基本、出会い系サイトは、メールなどを利用するためのポイントを販売し、その売り上げによって運営されている(ところがほとんど)。
大体1pt=10円で販売されているのだが、普通にポイントを販売しているだけではサイトの売り上げは成立しない。
というのも『純粋に待ち合わせをする為だけ』にメールしていれば、さほどポイントは必要にならないからだ。
そこで各サイトの責任者たちは「いかにしてポイントを買わせるか」をあの手この手で考えてユーザーに購入を促す為のイベントを考え、その予定表を作る。
それが俗に言う『スケジュール』だ。
もちろんこのイベントは、実際にユーザーに対して得になるように設定するものもあるが、ほとんどが架空の広告、つまりは『騙し』にあたるわけで、
これが悪徳サイトが悪徳サイトである所以であるとも言える。
………
「じゃあお疲れ様でした!みんな後半も頑張ってね。」
「「「「お疲れ様でした~」」」」
「あ、ごめん菊川くんだけちょっと残ってくれる?」
「…?はい。」
突然呼び止められたことで一瞬ドキッとする。
特に怒られる心当たりもないだけに気味が悪い。
「あ、あの~…」
とそこに、申し訳なさそうに広平が社長に声をかける。
そうだ、俺も忘れていたが、広平は裏スロで負けた分の給料の前借りをしたかったのだ。
広平が恨めしそうな目で俺を見ている。
「ん?どうしたの?」
その視線に気付いてか気付かずか、社長が間に割って入る。
「すみません…もし出来ればなんですけど、ちょっと給料を前借りさせて欲しくて…」
全身から申し訳ないオーラを全開に発して、広平が社長にすがるように頼み込む。
「どうして?」
「実はその…」
広平が事の顛末を社長に説明するやいなや、考える間もなく社長が決断を下す。
「うん、ダメ。」
「ですよね~(汗)」
「そうだね。給料日は働いてくれてる全社員共通のものだし、会社の経理にもちゃんとスケジュールがあって、その上で会社の資金を運用してくれてるわけだから。広平くんに給料の前借りを許したとしたら他の子にも同じように応じないといけなくなるよね?でもそうなると給料日を設定してる意味がなくなっちゃうじゃん。
会社からしたら、取引先に支払うものも、みんなに支払う給料も同じ支出として考えるから、その支出スケジュールは崩せないかな。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。すいません。」
「はい。もし本当にどうにもならなくなったら個人的にお金を貸す事は考えてあげるから、また相談してね」
「わかりました。失礼します。」
がっくりと肩を落とした広平が会議室から出て行くのを見送り、俺は再度席につく。
あなたに会いたい