背徳の蜜 第9話

背徳の蜜 第9話

ディープ・ブルー

後頭部に添えられた手に促され
目の前に差し出された
熱く脈打つその先端にくちびるをつける。

テレビや雑誌で見る彼は穏やかで時に愛らしく
手慣れた扱いで私を抱く姿との違いに
焦点が定まらないような
不安な気持ちになるけれど
卑猥で滑稽にも思えるその行為は
彼がアイドルという偶像ではなく
ひとりの男性であり
今ここにいる確かな存在であると
感じることができた。

廊下には時おり微かな人の気配。
ドアを一枚隔てた部屋の中は
熱く湿った空気が漂い肌にまとわりつく。
その空気の重さを彼は感じていただろうか。
部屋のドアにもたれて
なだめるようにやさしく髪をすきながら
要求に応える私の様子を
彼はじっと見下ろしていた。

それからドアに向かって私を立たせると
固くしまった筋肉質な腕で私の体を抱き
中途半端に乱れた衣服の中を両手で探った。
ごつごつとした彼の手の中で形を変える
やわらかな白いふくらみ。
ぴたりと密着した肌で感じる体温と鼓動も
彼の存在の確かさを伝え
その心地よさにまた花はほころび
花びらの奥に蜜を湛える。


「……ねぇ…もう……ベッドに…」

「おまえがここでって言ったんだろ」

揺れるピアスに囁くと彼は指で遊び始める。
ある場所では固くしまった蕾をほぐすように。
ある場所では膨らみかけた蕾に水を与えるように。
抗いの言葉は甘い吐息に溶けて消えていく。


床にはパンプスが転がり足元には
くしゃくしゃになったストッキングと
私を守るにはあまりにも無力だった小さな布。
そこに噛みちぎられた避妊具の四角い袋が落ちる。

私は両手をドアにつき彼を受け入れた。
一度昇りつめた体は敏感に彼を感じ
体の内側から耳の奥へ痺れるような感覚が走る。
繰り返される動きにやがてそれは全身を覆い
肌はさらに感度を増す。

頭の中のはしたない想像が現実となり
自分の体で行われている。
何度抱かれてもそれはやはりどこか
夢の中の出来事のよう。
彼に抱かれている実感を与えてくれたのは
左手に重なる静脈の浮いた手の甲。
そしてその実感は、私を昂らせた。

私を揺らしている間も彼の長くしなやかな指は
私の形を確かめ求める私をはぐらかすように
ゆるりゆるりと円を描き私が乞い求めるのを待つ。

彼のやり方はいつもそう。
そして私もそれを望んだ。

自分の意思とは関係なく
彼の動きを誘う声が漏れる。
彼の指が誘いに応えて動きだすと
それは神経を直に触られているようで
私は絶え間なく小さな叫びをあげた。
そしてそのたびに
自分が解かれていくのを感じていた。


恥ずかしいなんて
言っていられなくなる

初めて抱かれた日に彼が言ったとおり
大胆に体を開き乱れていく自分を晒す。
彼を感じる感覚だけが遊離して
少しずつ“私”が現実から遠ざかる。
肉体も五感も精神も人格さえも
その指先にコントロールされ
すべてを支配されているのに心は自由だった。


「声……外に聞こえるよ」

悪戯を楽しむような声が首筋を撫でる。
懸命に声を押し殺すけれど
返事の代わりに口元から溢れるのは
艶かしい雌の声。

「しょうがないな」

彼はふいに動きを止め
私の薬指からリングを外した。
戸惑う私の頬に軽くキスをすると
そっと私のくちびるにあてる。
金属のひんやりとした感触は
あの日の口づけのよう……

「しっかりくわえてろよ」

そして彼は再び体を動かし
さらに私を追い詰める。
絶え間なく押し寄せる波に顔は歪み
堪えきれずに吐き出した熱い吐息と共に
リングはあっけなくくちびるを離れ
丸まった下着のそばに転がっていった。


小刻みに震える体を
彼は包み込むように抱いてくれた。
かたく瞑った瞳の奥に映るのは
光の届かない深くて暗い海の底。
銀色のリングが
ゆらゆらと落ちて沈んでいく。

背徳の蜜 第9話

背徳の蜜 第9話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-29

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