想造のベルセルク 01
頭のなかで想像したものが、出現する世界でのお話。
可能性あふれる世界での冒険が始まろうとしていた。
01、ようこそ、可能性あふれる世界へ─
00 プロローグ
自分が頭のなかで想像したものが、実体化することできる世界が存在するとしたら、どう思うだろう?
科学の法則や原理を超越し、自由で無限の可能性を持っているに違いないだろう。現実世界にある束縛を持たず、自由に“想造(クラフト)”できる世界……。
俺はそんなものあるはずないと、想像すらしなかった。
普通に日常生活を過ごしていれば、そのようなことを一欠片も思わないはずだ。
だが、この世には例外がある。そして、その例外の世界が、俺の人生を大きく変えた。
01 何気ない日常
春の西の空が朱色に染まり始める頃。学校には生徒たちが、授業という束縛から開放されることを意味する鐘の音が鳴り響いていた。最終時限が終わった瞬間だった。
六時限目は数学だったのだろうか? 俺は黒板に並ぶ記号や数字を見て判断した。黒板を見ていると、数学の教科担当の先生が俺に近づいてきた。
「平賀、お前授業くらい受けなさい」
「……」
「寝ぼけてるのか? 平賀」
俺は半分寝ている頭を回転させて先生を見た。先生は呆れた顔で俺を見ていた。出欠簿を片手に持ち、開いた手で眼鏡を直す。
「すみません。寝てました」
「ふふふ」
「またあいつか」
俺の答えにクラスメイトがクスクス笑う。先生はため息を着いて、俺の頭を出欠簿で叩く。
「いてっ」
クラスメイトの笑い声が更に増す。
「今後はちゃんと授業を受けるように。じゃないと赤点取るぞ。いくら理解するのが早くたって、勉強しないんじゃ元も子もないからな。四月は真面目に受けてなのに、五月に入ってからは、怠けすぎだ」
「……はい」
俺はそう言って、叩かれた頭を擦った。クラスメイトの視線が少し気になる。
「お前の理解力は評価してやる。だがな、やらないと実力は着いてこないぞ。んじゃあ、俺は行くからな。今日の授業の復習を家でやってくること」
数学の先生が出て行くのと入れ替わりに担任が入ってきた。もうすぐホームルームが始まる。クラスメイト達は席について担任の話を聞いていた。
大した連絡もなかったため、ホームルームはすぐに終わった。
『さようなら~』
週番の号令に従って、生徒達が挨拶をする。
その後は、勉学から開放された生徒たちが活き活きとして、散っていく。
俺─平賀零夜─は弛緩した教室を呆然と見ていた。
「部活行こうぜ!」
「追試とか勘弁してくれよ……」
「一緒に帰ろうよ~」
「生徒会の仕事だるいな……」
生徒たちが放課後の居場所に向かっているのを教室の隅から眺めながら、俺は重い瞼を擦った。目の前を茶色の前髪が踊る。
ため息とともに、窓の外の景色へ目を向ける。朱色に染まる建物は幻想的だ。
見飽きた景色だが、時間を忘れてしまうくらいだ。先ほどまでの説教も忘れて、俺は景色を眺め続けた。
目の前の世界の雲を朱色に染める太陽は、寝起きの目には少しまぶし過ぎる。
次第に教室内は少しずつ静かになってきた。きっと殆どの生徒が出て行ったのだろう。
俺はそこで大きなあくびをした。
「あんた、また授業中寝ていたでしょ?」
突然、教室の入り口から聞き慣れた声が響き、俺はその声がした方を見た。
するとそこには、幼なじみの山岡明日香が艶のある長い黒髪を揺らしながら、不機嫌そうに眉をひそめて立っていた。
成績優秀、スポーツ万能、おまけにスタイルもよく、校内で人気の高いとんでもない奴だ。成績が悪く、運動も凡人並みの俺とは雲泥の差だ。
俺は、明日香を見ながら口を開いた。
「やぁ、明日香。おはよう」
「何がおはよう、よ」
呆れ半分苛立ち半分と言った表情で明日香は言葉を返し、俺のところまで来た。
「あんた、その調子だとテストで赤点採るよ?」
胸を張りながら明日香は言った。動くたびに揺れる胸を視界に入れないようにしながら俺は頬を掻いた。
「大丈夫だよ。理解力には自信がある」
「理解力だけでしょ」
「いてっ」
明日香は俺の額にデコピンをしてきた。
「少しは我慢して授業受けなさい」
「……はいよ。これでも、最初はちゃんと受けてたよ」
俺は鞄を持って席を立ち、廊下に向けて歩き始めた。
明日香はため息を漏らしつつも、俺に付いてきた。
小学校時代からの幼なじみで家も近いため、下校時はいつもこんな感じだ。昇降口に向かう途中、向こうから明日香の友人が声をかけてきた。
「明日香、またあしたねー」
「うん。またねー」
明日香は友人に笑顔で手を振った。だが、その友人から発せられた一言によってその笑顔が強張った。
「彼氏とごゆっくり~」
「うぇ!?」
顔を真赤にして明日香は変な声を出した。
「そんなんじゃないってば! もう……!」
ため息混じりに明日香は歩き始めた。時々俺をチラチラと見てくるが、無視する。
変な噂が流れているのだ。
“あの優等生である山岡明日香は、落ちこぼれの平賀零夜と付き合っている”。
もちろん嘘だ。家が近いため、登下校は二人で行動することが多いことから、そのように思われてしまうのだろう。
どこかのアホが広めたせいで、いい迷惑だ。
「と、とりあえず帰ろ?」
「あぁ」
明日香が少し困ったような表情で言ってきて、俺は一瞬ドキリとしたが、表情には出さないようにした。
動揺を抑えることに必死で、気づいたら昇降口の前までやって来ていた。
自分の下駄箱から靴を取り出して足を突っ込み、踵をしっかり靴に押し入れて、俺は昇降口を出た。
「はぁ、疲れた……」
明日香の疲れきった声が聞こえてきた。俺は苦笑しつつも歩き始めた。
学校から俺たちの家までの距離は約2キロメートル。時間で言えば30分以内で着く。明日香の家は道路を挟んだところにあるご近所様だ。
「あんた今日買い出しに行かなきゃとか言ってなかった?」
「まぁな、でも一回帰って足りないもの探さないといけないしさ」
「やっぱり、おじさんおばさんは忙しいの?」
「二人とも教諭だからね……。しょうがないよ」
俺は先程よりも暗さを増した空を見ながら話した。
俺の両親は中学校の教員で、朝は早く帰りが遅い。そのため、夕飯の支度は俺がすることになっている。
「明美さんは?」
「姉貴は東京。デザイン関係の仕事をやりたいらしいよ。俺が中学生の頃は代わりにやってくれたけど、今は俺しかいないからさ……」
「そう……」
明日香は少し声のトーンを落として囁いた。心配してくれることに少々照れつつも、俺は笑いながら明日香を見て続けた。
「ま、もう慣れたから心配しなくていいよ」
明日香は少し暗い顔をしていたが、俺がそう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうね。でも、ロボットアニメばかり見てないで勉強しないと置いていかれるよ?」
「う、うるさいな。俺からロボットアニメを取ろうとしても無駄だぞ? あの冷たそうな硬質な鎧を纏って堂々としたロボットたちから卒業するなんて俺にはできない!」
「はぁ、また始まったよ。あんたのオタッキーな発言……」
その後も他愛のない話をして帰路を歩いた。この辺の住宅街には学校の生徒が少ないため、噂を知った輩に邪魔されずに済む。
しばらくしてお互いの家の前までやって来た。
「じゃあね、零夜」
「あぁ、じゃあな明日香。また明日」
いつも通りの何気ない挨拶を交わし、玄関を開ける。
学校で体に染み付いた疲労を浄化してくれるような感覚を味わいながら、俺は二階の自室へと向かった。
電気を付けて部屋に入り、鞄を置いて制服を脱ぎ始める。タンスから黒いTシャツ、ジーンズを引っ張り出して即座に着替える。
その後、脱ぎ散らかしたワイシャツを一階の脱衣所の洗濯機に突っ込む。
「さて、確認しないと……」
リビングに入り、台所の冷蔵庫を開けて不足している食品をスマホに記録させる。今日は幸いにも不足しているものがいつもより少なかった。
スマホをポケットに入れて自室へ向かう。
財布をズボンの後ろポケットに入れ、椅子の背もたれに掛けてある黒いパーカーをジッパーを全開にして羽織る。これで準備完了。
「よし、じゃあ行くか」
部屋を出て玄関に向かい、ドアを開ける。
「行ってきます」
俺は家に誰も居ないはずなのに呟いた。誰もいなくても言ってしまうのは習慣になっているというのもある。だが、他の何かが心の中に引っかかったのだ。それが何かは分からないが……。
いつもはと違う心情の自分を自嘲するように鼻で嗤い、俺は家を出た。
─この後に、何が起きるかも知らずに─。
*
『─それでは、本日のニュースです。世界各国で発生している“原因不明の行方不明事件”の被害者数が五万人を超えました。その内、日本では一万人以上を占めており……』
右耳に挿したイヤホンから女子アナの透き通った声が聞こえる。買い物しながらスマホでニュース視聴サイトにアクセスしてニュースを聞くのが、俺の日課となっている。
理由は、“原因不明の行方不明事件”だ。
その事件は、半年以上前から発生しており、世界中で注目されている。最初の被害者が欧州の有名貴族だったため、一気に世界中に知れ渡った。そして、遂には日本にも被害者が現れ、ニュースや新聞で報じられるようになった。
警察もお手上げ状態で対策を立てることができない程の、難題な事件だ。
『一週間前のいじめによる高校生殺害事件は、被害者の家族からの報告があり、警察が容疑者と思われる生徒二人の調査を開始しました。また、殺害された生徒の遺体遺棄にも焦点を合わせており、本格的な調査へと移行しました』
一週間前にはいじめ殺害事件、いつになっても消滅しない殺人事件、放火事件。そして、半年前から続いている行方不明事件のせいで、警察は人手不足に陥っているらしい。
『─続いて、次のニュースです。タレントの火山(ひやま)焼事(しょうじ)さんの不倫が発覚─』
ニュースの話題が芸能人のスキャンダルに移った瞬間、俺はスマホを操作してニュースサイトとの接続を切った。
その手の話には一切興味が無いため、聞く必要はない。
中でも政治家の資金問題や、税金問題に関しては断固拒否する。
(今日も、行方不明事件が起きているっていうのに、平和だな……)
俺はネット接続を切ったと同時にメモ帳アプリを開いて、買い物リストをチェックして、買い物かごの中身を確認し、レジへと向かう。
「いらっしゃいませー」
レジにいたのは、スーパーのレジ打ちにはもったいないくらいのスタイルのいい女性だった。
大学生だろうか? だが、俺の視線は彼女の胸へと向いていた。
「……」
「いらっしゃいませ」の挨拶でお辞儀をした時に彼女の胸がボヨンと揺れたのだ。
(デカすぎるだろ)
俺はなるべく視線を胸に向けないようにしながら会計を済ませた。乳ごときでここまで気持ちが乱れるものなのか? 男の部分が反応しないように意識しながら会計を済ませるのは気持ちが良い物ではない。
そんな無駄なことを思いながらもビニール袋を受け取り、店を出ることにする。
「ありがとうございましたー」
レジの巨乳お姉さんが丁寧に頭を下げるのを背に、俺はスーパーマーケットを出た。
思いの外早く買い物が終わった。さっさと家に帰って夕食の支度を済ませようと考え、スーパーマーケットの敷地から早足で出た。
「だいぶ暗くなってきたな……」
既に太陽は半分が沈んでいる。春先はそこまで日照時間が長くない上に、少し肌寒い。そのため、日が沈むと冷え込む。
「早く帰るか」
少し小走りで家へ向かう。買ったものの中に卵などの割れやすいものがなくて良かった。
(ホバー型のロボットなら、すぐに帰れるだろうな……)
いつもの「ロボットだったらこうなる」という妄想が始まった。
俺はよく、自分がロボットになったことを妄想してしまう。夢も同様だ。実際、今日の授業中に見ていた夢も、ロボットに乗った自分のものだった。
明日香以外の連中には知られていないが、俺は重度のロボットあるいは、メカ好きの変態なのだ。
だが、そんなとき。
「………………めてください!」
「ん?」
遠くから女性の声が聞こえてきて、俺は足を止めた。同時に別の声─男の声─が聞こえてきた。
「うるせえ!」
「揉め事か? こんな住宅街でするなよ。近所迷惑だろ?」
俺は呑気に独り言を呟いた。きっと、どこかのチンピラが問題を起こしているんだろう。
あのような連中と関わるとろくなことが無い。そう思いながら足を速める。
だが、歩けば歩くほど揉めている両者の声がはっきりと聞こえてきた。
「いい加減にしてください! 警察に通報しますよ!」
その声はすぐ近くから聞こえてきた。
「十字路を左折したところか……」
声が聞こえてくる方向を察知し、俺は目立たないように住宅の塀から身を乗り出した。
「え? 明日香……?」
そこには、不良二人組に追いやられている明日香がいた。住宅街の塀に追いやられているため身動きが取れないようだ。
「おい、ねーちゃんよぉ。そんなことで脅したつもりか? そんなことよりもよぉ、俺たち困ってんだよ~。だからさぁ、これ、寄越せよ」
背が高くて金髪の男が指で円を作り、明日香に問い詰めた。
「ケケッ」
そして、もう一人の赤毛の男は明日香を嘲笑った
「近所の方々にも迷惑です。早く帰ってください」
明日香は冷静を保っていたが、声に張りがなかった。怖がっているのだろう。
「っち……。こりゃあ、めんどくせぇな」
すると、金髪の男が明日香と距離を置いた。
明日香はこの機会を逃さなかった。持ち前の運動神経を活かし、男たちから逃走を計った。だが……。
「おっと~。そうはさせないぜー」
「くっ。離してください!」
赤毛の男が明日香の左腕を目一杯握りしめていたのだ。明日香の腕が次第に赤くなってきた。
そこで。
「おい、離してやれ。後で使うんだからな」
金髪の男が苛立った声で命令した。すると、赤毛の男は不気味な笑みを浮かべた。
(後で使う……?)
俺はそこで考えていた。どういう意味か分からないが、赤毛の男の笑みからしていいことでは無いだろう。
だが、そこで赤毛の男が切り出した。
「なぁ、さっきまでそのねぇちゃんにムカつく事されたからお返ししようぜ?」
「お返し、だと?」
金髪の男は赤毛の男をしばらく見ていたが、察したようだ。次の瞬間には不気味な笑みを浮かべて明日香の胸部を見ていた。
「そうだな、気が変わった。ねーちゃんいい身体してるからな……。我慢できねぇや……!」
「え?」
明日香は遂に冷静さを失った。何をされるかわかったからだ。そして、冷静さを失った人間は打開策を思いつくことができなくなる。
このままでは明日香が危険だ。俺はそこで二人組に気付かれないよう、足音を消して接近を試みた。
「よし、押さえ込め」
「ういっす」
金髪の男の合図を聞いた赤毛の男が、素早く明日香を背後から拘束する。男の運動神経の良さと、明日香が冷静さを失って反応が鈍くなったのが災いした。
「いや! 離して!!」
明日香は強く拘束されており、抵抗することができないでいた。
するとそこへ金髪の男が明日香の無防備になった胸を掴もうと試みていた。
「クズ共が……!」
俺は聞こえないような声で囁き、レジ袋を放り投げて一気に走りだした。
金髪の男の手が明日香の胸に触れる寸前、俺はその腕に蹴りを見舞った。十数メートルの助走があるため、痛みは相当なものだろう。
「ぐああ! なんだこのガキ!」
腕を蹴られて怒りの頂点へ達した男は俺を殴ろうとした。
だが、俺はその拳を掴み、男の鳩尾を膝で蹴った。
「ごあああ!」
金髪の男はその場に倒れて悶えていた。だが、代わりに赤毛の男が憤怒の形相で俺を見ていた。
「邪魔すんじゃねぇ!」
頭に血が上った短気な男は、金髪の男と同じように殴りかかってきた。
だが、その代わりに明日香が開放された。
「明日香! 早く逃げろ!」
俺は赤毛の男の拳を避けながら明日香に叫んだ。だが、明日香は冷静さを失っているため、判断力が鈍くなっている。
「明日香! 早く逃げ─っ!」
右の頬に鈍痛が走った。赤毛の男の拳がクリーンヒットしたようだ。
葉が折れていないのが幸いだったが、口の中が切れて血の味が広がる。さらに、強く殴られたせいでバランスを失い、うつ伏せに倒れこんでしまった。
「零夜!」
明日香は俺の名前を呼んで助けに来ようとする。だが、赤毛の男が明日香の方を押して地面に倒した。
「痛!」
明日香は押された肩を押さえて、痛みを堪えていた。
「明日香!」
俺はその場で立とうと踏ん張ったが、軽い脳震盪を起こしているらしく、不可能だった。そして、その隙を金髪の男は見逃さなかった。
先ほどまで悶絶していたが、痛みが収まったらしく、立ち上がっていた。
「このクソガキが! 邪魔すんじゃねぇ!」
男は右足を振り上げて、俺の背中を踏んだ。
「があ!」
二度、三度と踏まれ、全身に鈍い痛みが走る。
「もうめんどくせぇ! おい、あれ出せあれ!」
金髪の男が突然赤毛の男に命令した。
しかし、赤毛の男は戸惑っていた。
「流石にまずいだろ? 警察に見られたら俺達務所送りにされるぜ?」
「あ? そんなことどうでもいいだろ!? さっさと寄越せ!」
「わかったわかった。ほらよ」
すると、赤毛の男は棒状のものを取り出して金髪の男に渡した。
「ま、まさか……」
俺の呻き声を無視して金髪の男はそれを受け取り、金属同士が擦れる不快音を鳴らせながら引き抜いた。
それは銀色に光る鋭利なナイフだった。刃渡りは七センチもないため、銃刀法違反ではない。だが、男は明らかに殺意を持っていた。
金髪の男はナイフを握りしめて俺に接近してきた。
「零夜!」
明日香が突然俺の名前を叫んだ。即座に明日香を見ると、赤毛の男にナイフを突きつけられていた。
「明日香!」
俺は脳の揺れが少し収まったため、立ち上がろうとする。だが……。
「てめぇいい加減にしろ!」
「おわ!」
後ろから金髪の男に引っ張られて尻もちを着いた。
だが……。
「零夜!」
「お前もいちいちうるさいんだよ!」
「あんたもいい加減にしなさいよ!」
明日香が赤毛の男に反抗し始めた。明日香はナイフを持った男の腕を押さえて、動きを封じていた。
(こうなったら俺も……!)
だが、掴みかけた希望の光を消し去らす出来事が起きた。
「女だからって容赦しねぇぞ!」
金髪の男は俺を放置して明日香に詰め寄った。
そして、ナイフを持った手を振り上げ……。
「明日香! 逃げろ!」
だが、俺の叫び声も虚しく、明日香の首筋にナイフの切っ先が深く突き刺さった。
「─っ」
辺り一帯を明日香の首元からあふれた血が染めた。男どもは返り血を浴びて、不気味な笑みを浮かべていた。
俺は何もできずにその光景を呆然と見ていた。
目の前でひとつの生命が消えたのだ。それも、とても大切な生命を。
「明日香……。おい、明日香……」
喉が詰まってうまく言葉を発することができない。
目の前で親しかった幼なじみが倒れていく。
ほんの数時間前まで他愛のない話をしていて、いつものように「また明日」って言い合って、笑い合っていたのに……。
「あのチンピラやりやがったな! 警察呼んでくれ! 人が殺された!」
その時、遠くの方から男の人の声が聞こえた。
その声のお陰で俺は現実に引き戻された。同時に、俺の心のなかで何かが弾けた。
過剰防衛だろうがなんだろうが、容赦はしない。
「てめえら……!」
俺は金髪の男に飛びついてうつ伏せに倒した。その後、すぐに男にのしかかった。
「この野郎! ふざけん─」
だが、その言葉を最後まで言わせない。男の後頭部を掴んで、何度も地面にたたきつけた。
返り血が顔に付いても気にしない。こいつは明日香を殺した。絶対に許さない。
「殺す……!」
無意識のうちに物騒な言葉を呟いていた。
だからこそ、男を痛めつけることをやめたりはしない。そう考えていた矢先。
「やめろ!」
「ぐあ……!」
横腹に激痛が走った。赤熱化した鉄を当てたかのように大きな痛み。そして、赤く染まる服。
刺されたのだ。ナイフで横腹を刺された。さらに、項を赤毛の男に強く掴まれた。そのため、俺は呻き声とともに、攻撃の手を緩めてしまった。
当然、金髪の男がその隙を逃すはずがない。即座に俺を押しのけ、ナイフを逆手に持ち、倒れた俺に襲いかかった。
その直後、男は明日香と同じように俺の首筋を刈った。
「─っ!」
すべてがスローモーションに見えた。夜闇に飛び散る血の粒。二人組の狂った顔と笑い声。そして、倒れ伏した明日香の姿。
明日香の危機を救うはずが、悪化させてしまった。その上、無様に殺された。
後悔しきっても、どうすることもできない。
首筋と腹部の痛覚はもうなかった。死が身近に迫っているのが分かる。
俺は薄れる意識の中、最後の力を振り絞り、苦笑を浮かべながら力のない声で呟いた。
「─ごめん、明日香」
その言葉を残して俺は地に伏せた。
これが死、か。あまりにも突然で呆気無くて、それでいて人の命の重大さを示す死。未来の可能性を奪われ、“この世”から除外される。
不良どもに見られながら死ぬなんて、最悪だな。
一粒の涙が頬を伝って落ちるのを最期に、俺の意識は完全に消え去った。
─俺の命は、ここで燃え尽きるはずだった─
想造のベルセルク 01
はじめまして、negimachine(ネギマシン)と申します。
想像のベルセルク第一話、いかがでしたか? まだ始まったばかりで分からない方もいらっしゃると思いますが、少しずつ更新していく予定ですので、次回を楽しみにしてくださると嬉しいです。
今回は主人公の日常を書きました。何処にでも居るような高校生に起きた悲劇。次回はそこからスタートします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。