帽子の少女 【二】

「帽子の少女」二話目となります。平日に更新していきます。
感想などはツイッターにお願いします。

森の奥には

夕陽の眩しさで少女は目を覚ました。夢見心地で薄目を開けてみると、木目調の天井から古びたライトがぶら下がっているのが分かった。そして自分は毛布をかけている。ベッドの上なのだと理解した。しかしこれは、見慣れたいつもの寝室の天井ではなかった。
更に情報が欲しくなって右へ、左へと首を振ってみる。すると暗がりに夕陽を背にして座っている少年と目が合った。少女と同じ位の年齢だと分かった。
「よう」少年は言った。
「どうも」少女はそう答えるしかなかった。
少年は犬のような顔立ちで前髪がM字になっていて、よく見ると後ろ髪が左右対称に広がっている。さながら宇宙人のようであった。
「どこ? ここ」
「俺の家だ」
「それは大体分かるわ」
「あ、そう」
「だから、どこ?」
「君の目指してた町で合ってると思うけど」
「あらそう」
「近所で倒れてるのを見つけたから助けたんだ」
「それはどうも」
少女は努めて平然にかつ、端的に会話を進めるよう心がけた。なぜなら、この少年を信用していないからである。人さらいの可能性だってある。
「で、お礼はどうすればいいかしら? あたし、今渡せるものはパンしかないのだけれど」
「お礼? そんな余裕ないんじゃないか?」
「何よ、わたしそんなに貧乏に見える?」
少女は少年に対してやや苛立ちを覚えた。それは今、自分の身に起こっている事が上手く把握出来ないことに原因があるようである。
「違う、そういうことじゃない。あんたの町がどうなったか分からないのか?」
「わたしの町? 関係ないでしょ今は」
少しずつ語気が強くなっていくのは少女の方だけだった。
「とにかく外へ行って見てみろ」
「言われなくたってそうするわ」
少女はベッドから飛び降りるように出ると、出口と思しきドアへ早足で向かっていく。
しかし、彼女が開けるより早く向こう側の誰かがドアを開け、部屋に入って来た。その誰かは大柄な男であった。短い髪にもみあげと繋がった髭を生やしている。しかし、綺麗な白いシャツに小洒落た深緑のベストを着ている。
「おっと」
少女は男を見た瞬間、警戒心を一層強めたが、自分とぶつかりそうになり間抜けな声を出したのを聞くと幾らか安心した。
「俺の親父だ」少年は言った。
「うちのロンが怒らせなかったかい?」
「彼、ロンって言うの?」
「そうだよ、君の名前は?」
「シャロル、シャロル・シスタよ」
「そうかい、私はギリウス・トレイルだ」
「トレイル?」
シャロルは思わず復唱してしまった。彼こそが母から頼まれて本を渡すべき学者だったのだ。
「この本を届けに来たんだろう?」
ギリウスは一冊の本を分厚い手に握って見せた。ベストと同じ緑の表紙だ。
「そう、いや、そうです」
「ああ、いいんだよ。 敬語なんか使わなくたって」
柔らかな物言いだ。
「いやぁ、ロンはあまり頭が良く無くてね。論理的に説明が出来ないからいつも混乱を招くんだ。」
「うるさいな」
ロンが口を挟んだ。
「まあその代わりこの子はケンカは強い、きっと母親に似たんだろうな」
「親父、もういいだろ。シャロルに状況を説明してやってくれ」
そうだな、と言ってギリウスはシャロルを外へ案内した。
それなりに大きな屋敷を出ると丘が見えた。シャロルが倒れていた辺りだろう。
「この辺に倒れてたんだ、それで親父を呼んで助けたんだ」
ロンは夕陽を眩しそうに遮りながら言った。
「ねえ、ここは本当にわたしが倒れてた場所なの?」
おかしい。シャロルは疑わざるを得なかった。
「そうだ、言葉で説明するより実際見た方が早いと思ったんだが……」
「これって……」
「そうだ、シャロルの町は無くなったんだ」
「嘘……」信じたくなかったが、記憶は正直だった。大木の位置と本数、全てあの時と同じだった。そこから見える丘の向こうの景色も……。同じはずだったのだ。だが、そこにあるのは地面ごと大きなスプーンでくり抜かれてしまったような、巨大な蟻地獄だけだった。町が無くなった、そのままの表現があてはまった。
シャロルの頭にいち早くよぎったのは、母親の安否であった。
「ママは? 無事なの? どこへ行ったの?」
シャロルは止めどなく質問を漏らした。一気に帰る場所と母親を失ったことで完全に混乱している。
「シャロル、君の町がどうしてあんな風になってしまったのかは、私たち学者や軍の組織が調査することになるだろう。町がああなってしまった以上、当分の間は私たちの家で暮らしてはどうかな?」
「ちょっと待て親父ーー」
「嫌よ、そんなの」ロンの言葉をシャロルが遮った。
「わたしはママの所に帰って、お祭りに出るの! 帰らなくちゃならないの!」
シャロルは半べそになって言い放つと丘を駆け下りて行ってしまった。
「待つんだ」
ギリウスの制止も聞かずシャロルはどんどん下っていく。


シャロルは闇雲に走り続けた。彼女は馬鹿では無いから自分の町などどこにも無いことなど分かっていた。それでも受け入れられなかった。もう誰にも構って欲しく無いから、或いは、誰かに構って欲しかったから出来るだけ森の奥に走った。奥へ、奥へ。
気づくと辺りは真っ暗になっていた。視界は木々と葉っぱの影でぎっしりと埋まっていて、涙で歪んでいた。
ーーもう、どうにでもなれ。
ごうごうと木々が騒めく。何かの動物の鳴き声があちこちにこだまする。
何かいる。暗くて見え無いが何か大きな動物がいる。近くに。しかし、暗い。目の前か、右か、それとも……。
「ひゃっ」
何かが足に触れた。振り向くと暗がりにくっきりとその姿が浮き彫りになった。触れたのはその生物の足だった。足と言っても、一本一本が大蛇ほどの大きさで八本もある
それはタコそのものだった。巨大なタコが陸に潜んでいたのである。
シャロルは絶叫とともに逃げ出した。しかし、タコの足はあっという間にシャロルの足に絡みつき、締め上げた。必死に抵抗したが、ますます締め付けが強くなっていく。
シャロルは必死に考えたが、この圧倒的巨大生物から逃れる策は全く思い浮かばなかった。どうにもならない。シャロルは大声で泣き叫ぶことしか出来なかった。

帽子の少女 【二】

帽子の少女 【二】

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted