マッチを待ちながら
ACⅤをモチーフにした作品です
ある昼下がりに一人の傭兵がACの後部ハッチから顔を出して休んでいた。
上を向いて吐き出した煙草の煙が、乾いた風に流されて細切れに消えていく。砂漠エリアは今日も曇り空。
「来ねぇのかな」
敵がやって来る方向の見当はついている。だが依然として雲間に敵輸送ヘリの姿は見えない。
「砂漠に敵が来ねぇってことはねぇやな」
しかしあとどれだけ待つのだろう。傭兵にとって敵を待つ時間は孤独と退屈との戦いなのだ。孤独であれば不安になるし、退屈であれば実の無いことを延々と考え始める。
仮に敵が来たとして、自分は最後まで生き残れるだろうか。生き残れたとして報酬はマイナスにならないだろうか。マイナスにならなかったとして果たしてF評価から抜け出せるだろうか。そういうことが傭兵の頭の中でぐるぐると渦巻く。
一通り渦巻き終わってから、傭兵はポケットから作戦エリアの地図を取り出して広げてみた。砂漠の中に廃ビルと石油精製プラントが立ち並んでいた。
見なれた地図だ。なんならこの世の誰より自分が見なれている地図だという自信さえある。しかしただ見慣れているだけで、実際にここでの戦いに慣れているというわけではなかった。ましてや傭兵が得意な地形では全くなかった。むしろ傭兵はこの砂漠が苦手で大嫌いなのだった。
傭兵が初めてこの砂漠に来た時、彼は侵攻の側にいた。当時の彼はまだ夢と希望に満ちあふれた若者で、恐れを知らず退くことも知らず、つまりは戦い方を知らず。味方から離れて無謀にも突撃したところに、同じく突っ込んできた賢明な敵にマスブレードで叩き潰された。
二度目に砂漠に来た時彼は防衛の側に居て、味方は一人を除いて全員傭兵だった。その時の彼はもう恐れを知っていたが、夢は依然として持ち続けていた。しかしその夢も味方が三機とも溶け消えて敵四機に囲まれ、ガトリングでハチの巣になる頃には半分ほど吹き飛んでいた。
三度目の正直で砂漠の侵攻に駆り出された時、彼は恐れを知り夢を半分だけ持っている傭兵だった。その半分の夢も敵タンクの両腕パルスキャノンに消し飛ばされて、彼は今。四度目の砂漠に立っている
今の彼は、恐れを充分に知り尽くし、夢を失くし尽くした評価ランクFのありふれた傭兵だった。少ない報酬でいかに赤字に陥らず働くかが彼にとって一番大事なことだ。
つまり、どれだけ被弾すれば修理費がいくらかかり、何発弾を撃てばいくらかかるか、そういう心配をしながら戦うのが今の彼の仕事なのだった。しかしあまり細かくは考えられない。そういう細かいパラメータの計算が出来ないことは、彼がFランクまで落ちてしまった一つの原因に違いなかった。
勝つ奴は細かいところまで考えているものだ。パーツを知り尽くして最適なアセンを考えているものだ。ただ漫然と傭兵を続けている自分とは、きっと根本的に違うのだ。
相変わらず空を見上げながら、傭兵は悲しくなってきた。もう、敵に来てほしいのか来てほしくないのか、彼自身にも分からなくなりつつあった。
「来ねぇのかな」
吐き出した煙草の煙は、こころなしか湿っぽくなった風に流されて細切れになって消えていく。
マッチを待ちながら