珈琲
段々雑になっていく。
ごめんなさい。
テーマは"電話"
珈琲
「どうも、こんにちは。いいお天気ですね」
不意打ちを喰らった。
昼間の授業が予想以上に早く終わり、馬鹿も無口も寄って来ない、言わば自分だけの優雅な時間。
絶好のチャンス。
俺は一人でほくそ笑むと、意気揚々に行きつけの喫茶店へ出向いた。
駅の近くにありながら、電車の走る音が煩く聞こえない。むしろ心地良く響く立地にあるのだ。
雰囲気もシックで煩い客も寄り付かない。
一人で落ち着いてコーヒーを飲んで休憩するには百点満点の場所だ。
最近行く機会が無かった(と、いうよりも馬鹿や無口に知られたくなかった)ので、久し振りに足を運んでみたが、客は俺一人。もっといいじゃないか。アイスコーヒーを半分まで飲んだ辺りで、俺は初めて文明の利器を怨む事になる。
所詮現代人は、利便性を求めるあまりその高性能さに支配されているのだ。
「あ、番号合ってたみたい。良かった」
「誰」
「嫌だなあ。私ですよ、私」
聞き覚えのない声にニ、三瞬戸惑ったが、手当たり次第に名前を挙げてみる事にした。
俺の優雅な時間を邪魔するのはーー。
「相川つづら」
「うふふ。残念。つづらちゃんじゃないですよ」
予想が外れて、思わず身体が前のめりになる。続けて名前を挙げてみるが、全て「はずれ」と切り捨てられた。
俺の知り合いで、奇妙な奴で、女。
「もしや」
俺が黙ると、アイスコーヒーの氷が崩れて綺麗な音が店内に響いた。
「無口か」
「はい、私です」
相手が顔をくしゃりとさせて笑った気がした。
無口は確かに、人懐っこい笑顔や仕草は可愛い。だが一切喋らないのはどうしても気味が悪かった。
神は二物を与えない、とはまさしく彼女の事だろう。
そこまで考えて、俺の思考が違和感にぶつかった。
「待て。何でお前は今喋ってるんだ」
俺が強く言うと、今度は相手が黙り込んだ。
店内がまた静寂に包まれる。
アイスコーヒーの水滴が静かに滑り落ちた。
俺がひとつため息を吐くと、相手が息を吸う音が聞こえてきた。
「それはあなたから声を掛けてきたからですよ」
俺に問い詰められて慌てて弁解した、というよりも、仕方なく俺を宥めるような言い振りだった。
無口と一度でも俺は会話を交わしたか?
拙い記憶を頼りにしてみるが、無口を初めて紹介された時のインパクトで上手く思い出せない。
何か思い違いをしているのかーー
「ほうれん草」
無口が語りかけてくる。
「ほうれん草をお礼に渡してくる人は初めてでした。それに、昼と夜を間違えている人なんて更に予想を上回りましたよ」
「それは」
「私はあの時、ちゃんと昼だと伝えたはずです」
いつの間にか、無口は俺を責めるような強い口調に変わっていた。
「良いですか。つづらちゃんは言っていないかも知れませんが」
「夜は人間の時間ではありません」
それ以降、無口は喋らなくなった。
喫茶店にはまだ俺しか居ない。
電車の音が聞こえてくる。
電話が、切れた。
珈琲
三連作完了。
まだ続くかも知れませんが、お付き合い下さい。