何色にもなれなかった色、何色にでもなれる色。


春の柔らかい日差しに当てられた彼女の白いシャツが眩しい。
「もう、春だね」
僕が呟くと桜を見上げたまま彼女は「そうだね、春だ」と笑った。
桜に手を伸ばそうと彼女は背伸びをする。
「届かないのかい、花を取りたいの?取ろうか。」
彼女は腕を静かに下ろすと首を横に振った。
「いいの、桜は届かないからこそ価値がある。桜は届いちゃいけないの。」
僕は「そう」とつぶやいて生ぬるくなった缶コーヒーを見つめる。
「君は白が好きだね」
彼女は自分のワンピースの裾を摘んで笑う。
「一番好きなの、何色にも染まらなかった真っ直ぐな白も、これから何色にでもなれる真っ白も。」
僕はファインダーを覗く。
彼女はそれに気がつくとニッといたずらっ子のように笑い木の後ろに隠れる。
「今はだめ」
彼女はゆっくり僕に近づく。
「あとでカフェ行こうよ。クラブハウスサンドが食べたいんだ。」
「そうだね、行こうか」
「あそこのクラブハウスサンド美味しいんだ」
彼女はまた桜の木の下に歩いていく。
すると大きな生暖かい風が吹いた。
大きな桜の木から花びらが散る。
彼女は顔にかかる髪をかきあげ散っていく花びらを見つめた。
僕は無意識にファインダーを覗きシャッターを切る。
彼女は僕を見つめにっこりと笑った。
「散ってしまうね」
彼女は僕の隣に座ると僕の手の上に花ごと落ちてしまった桜を置いた。
「本に挟んでおいて帰ったらこれで押し花の栞を作ろうよ、この桜はずっと今日のことを覚えておいてくれる。」
僕がいうと彼女は満足そうに笑った。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-25

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND