White Blood ~アリスは電気兎の夢を見るか?~ (2)
Episode.1はこちら。
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Episode.2 白兎の入れ智恵
半分意識を失ったアリスは、自分のことを罵った男に担がれて建物の外に停めてあったヴァンに押し込められた。
ヴァンは向かい合うタイプの座席で、ぐったり壁にもたれるアリスの向かいに先ほどのリーダー格の男が座った。
アリスは低い唸り声を上げた。
男はそんなアリスを一瞥したが、すぐに目線を逸らし、無線を開いた。
「キングよりジョーカーへ。“小包”を確保。繰り返す“小包”を確保。これより帰投する。オーバー」
『こちらジョーカー、了解。さすが手際がいいな。到着を待ってるぞ。アウト』
リーダー格の男―――キングは、仲間が全員乗り込んだことを確認すると運転手に出発するよう命令を出した。
ヴァンが走り出した。
「で、この娼婦はどうなるんだ?キング」
「よせジャック。そんなことはどうでもいい。俺たちの任務はこのお嬢ちゃんを確保し、送り届けることだ。それ以上首を突っ込むな」
わたしのことを散々汚い言葉で罵っている男はジャックというらしい。
ジャックはアリスの隣に座っており、舐めるような視線でアリスのことを見つめていた。
その視線は半分意識を失っている状態のアリスにも伝わってきて、彼女はざわざわと寒気を感じた。
『良かった。無事だったんだな、アリス』
白兎?
アリスは白兎の声に導かれるように、徐々に意識を取り戻した。
アリスはうっすらと目を開けて、ヴァンの中の様子を確認した。
男たちはキングとジャックを含めて6人。
そしてパイプをくゆらせるキングの膝の上には何と先ほどの白兎の姿が。しかしキングはもちろん、周囲の男たちは白兎の姿に全く気づいていない。
『静かに。連中はまだ君が意識を取り戻したことに気づいていない。君は口元を動かさなくても、頭で考えるだけで僕と会話ができる。だからそのまま動かず。意識を失ったフリを続けてくれ』
「どうしてあなたはわたしにしか見えないの?どうしてあなたは助けてくれるの?わたしが人殺しって本当なの?」
アリスは頭の中で尋ねた。
『色々答えてあげたいが、すまないが時間がないんだ。だが、これだけは言える。アリス、君は何も悪くない。そして僕は君の味方だ』
白兎はキングの膝からジャックの膝に飛び移った。当然、ジャックは気づいていない。先程からアリスの白いタイツに包まれたふくらはぎを、今にもまさぐりだしそうな目つきで見ている。
『ここから抜け出すには少々手荒な手段になるが、いいかいアリス。このジャックって男の胸元を見てくれ』
アリスは言われるがまま、薄目でジャックの胸元を見やった。
『この男の戦闘ベストについている筒みたいな代物は特殊閃光音響弾だ。スキをついてこれをつかみ、ピンを抜いて運転席に投げろ。投げたらすぐに目をつぶって、耳をふさげ。幸いにも君は手錠でつながれていない。連中め、君が女の子だから油断しているんだ』
「逃げられる…?」
『そう、君が生きてここから逃げ出すにはそれしかない。やれるかい?』
アリスは少し間を置き、穏やかにいった。
「ええ」
アリスはたった今、意識を取り戻したようなフリをし、ジャックに視線を向けた。
ジャックはマスクこそ外していないものの、そこから覗かせる野心的な目つきや張りのある唇から、全体的にまだ若々しい印象を受けた。飼い主が目を話せば何をし始めるかわからない獣のようでもある。
アリスはジャックを見つめた。きっと今も自分は、先ほど鏡で見たような憂いに満ちた表情をしているのだろう。
案の定、ジャックはアリスの視線に気づき、見つめ返してきた。この表情は、どうやら男たちを惹きつけさせる魅力があるらしい。
『いいぞ、アリス。くれぐれも動きを悟られるな』
白兎は慎重な口調でいった。
アリスは弱々しく微笑んで見せ、ジャックを完全に油断させるように努めた。
「おいジャック、気を抜く―――」
それに気づいたキングがジャックに向けてそう言いかけた時だった。
アリスは勢いよくジャックの戦闘ベストについている閃光弾をもぎ取り、ピンを抜いて運転席に投げ込んだ。
そして白兎の言うとおり、すぐに目を閉じ、耳をふさいだ。
「閃光弾だ!」
誰かが叫んだ次の瞬間、炸裂。
ものすごい音と閃光が車内を包み込んだ。
当然運転手は方向感覚を奪われ、誤ってハンドルを急に切り替えした。
そのせいでヴァンはバランスを崩し、横転。
その間、車内は地獄絵図のようだった。
あちこちらか悲鳴が聞こえ、男たちは車内で幾度となく体をぶつけた。中には首の骨を折り、即死した者もいた。アリスも例外ではなく、その凄まじい衝撃を受け胃の中でフラフープが回っているような感覚に襲われていた。
ヴァンは5回ほど回転を繰り返し、ゴミ溜めに突っ込んで、ようやく止まった。
衝撃が収まると、アリスは嗚咽をもらした。まだ自分が生きていることに気づくまで数秒かかった。
『アリス、今だ!逃げるんだ!』
白兎が叫んだ。
アリスは言われるがまま、ヴァンの扉を開けた。
外は雨が降っていた。
『アリス、その銃を奪え。今の君には身を守るものが必要だ』
アリスが視線を落とすと、そこには混乱のさなか隊員が落としたらしい拳銃が転がっていた。
「でもあたし…使い方なんてわからない」
やっとのことで声を振り絞って彼女は応えた。
『いいから!掴んで逃げろ!』
アリスは口答えする気力もなく、拳銃を掴むとヴァンから降り、冷たい雨の降りしきる街の中へフラフラと消えていった。
White Blood ~アリスは電気兎の夢を見るか?~ (2)