White Blood ~アリスは電気兎の夢を見るか?~ (1)
Episode.1 少女と兎と死体と…
『アリス…起きて…』
アリスは誰かに呼ばれたような気がして、ゆっくり目を覚ました。
まず目に入ったのは、白くほっそりとした華奢な手。それが自分自身の手であることは間違いなかったが、アリスは疑うかのように拳を握って、開く行為を数回繰り返した。
どうやら自分は横向きにベッドの上で眠っていたようである。
見渡す限り、ここはホテルかアパートの一室のようだった。
部屋は暗く、外からはかすかにサイレンのような音が聞こえる。
何故ここで眠っていたのかはおろか、自分がアリスという名前であること以外、彼女は一切の記憶がなかった。
それから上半身を持ち上げ、バスルームへよたよたと向かい、鏡を覗き込んだ。
そこに映し出されるのは、紛れもない自分自身。年齢は15歳前後といったところか。色白で清潔感のある肌。大きな青い瞳に、肩まで伸びた金色の豊かな髪。まるで人形のように整った顔立ちである。鏡の中の自分はどこか憂いを帯びた表情をしているが、その理由はアリス自身にもわからなかった。
頭のてっぺんには水色のリボンがちょこんとのっかっていて、着ている服は頭のリボンと同じ色のボディスと、裾の広がったスカート、そして白いエプロンからなるエプロンドレス。不思議の国のアリスそのものだ。
これが本当に自分なのか、やはり確証が持てない。アリスは自分の頬を触って、今一度自分自身の存在を確かめようとした。その時である。
『アリス』
またあの声。今度は背後から聴こえたので振り返ってみると、そこには一匹の兎が“立って”いた。
「誰なの…?」
アリスは後ずさりした。
『今は説明している暇はないんだ。まずはここから逃げなきゃいけない』
「逃げる…?」
『そうだ。間もなくこの部屋に君を捕まえようとする連中がやって来る』
「どうして…?」
先程から聞こえていたサイレンがいよいよ近づいてきたかと思ったら、この部屋の下の階で止まった。
「どうして?わたしが何をしたの?ここはどこなの?わたしは誰なの?」
『アリス、落ち着くんだ…混乱するのも無理はないが…』
その時、アリスは見た。ベッドの反対側に倒れている人間の足を。
アリスは止めようとするウサギを無視してベッドに近づいた。
そしてアリスは声も出せずにその場に膝まづいた。
死体。
中年の白人男性で、首を絞めて殺されたらしい。顔は青ざめ、口元からだらんと伸びた舌がグロテスクだった。
アリスは頭を抱え、ただ「いや、いや…」と繰り返した。目には涙が浮かんでいた。兎はアリスの元に駆け寄った。
『頼むアリス、しっかりしてくれ。このままでは君まで殺されてしまう…』
「あんたが殺したのね…。そうなんでしょ?」
『違う。とにかくだ、説明している時間はもう残されていないんだ。まずは一緒に逃げよう。無事に逃げ切れたら全て説明してやるから』
「誰が殺人鬼なんかと逃げるもんですか!」
アリスは兎を黙らせようと両手を伸ばしたが、掴み取ることはできなかった。
「…!?」
虚像。
兎は幻だったのだ。
目が回る。いっぺんに様々な出来事が起こり、アリスの頭はパニックに陥っていた。
やがて彼女はフラフラと立ち上がり、壁をつたって出口まで歩き始めた。その間、横で幻の兎が何事かまくし立てていたが、もはやアリスの耳には全く入ってこなかった。
もうこの部屋にはいたくなかった。この狂った世界に…。
出口までもう少し。アリスはドアノブを掴もうと手を伸ばした。しかし、アリスが扉を開けるよりも前に、激しい爆発と共にドアが吹き飛んだ。アリスもドアもろとも爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
それからすぐに銃を持った黒づくめの男たちが部屋に突入してきて、アリスはまたたく間に取り押さえられた。
「気分はどうだ、このクソアマめ!」
アリスを押さえつけた男が言った。無論、男の顔はマスクで隠されていて確認できないようになっていたが、どのみち爆破の衝撃で意識が盲ろうとしているアリスには、もはや彼らの顔を覗き込むだけの体力は残されていなかった。
「連行しろ」
リーダー格と思われる別な男が言った。
「なぜ…?」
アリスは残された力を最大限に込めて尋ねた。
「わたしが何をしたの…?」
リーダー格の男はパイプを取り出し、それにゆっくり火を付けて煙を吸い込んだ。
それからため息とともに煙を吐き出すと、アリスの耳元でこう囁いた。
「それはな、アンタが人を殺したからだよ、お嬢ちゃん」
(Episode.2に続く)
White Blood ~アリスは電気兎の夢を見るか?~ (1)
Episode.2はこちら
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