over silence
メディアが取り上げるものが全てではないと、
沈黙という言葉の重さを伝えられたらな、と
思います。
──世の中とは時に騒がしく、時に恐ろしいほど静かだ。
────イギリス・首都ロンドン
つい先日26歳になった
ベックフォード・アルベルト
は憂鬱と戦っていた。
世の中は至って平和な1日である。
が、しかし
アルベルトのいる
New Scotland yard (ニュースコットランドヤード)は
今日も今日とて犯罪と向き合っていた。
なんでもない平日、
殺人事件が起きた。
こう言ってしまうとあれだが、
殺人事件なんてものは
この仕事をしているとよくあることだ。
しかし、ただの殺人事件ではなかったのだ。
一家惨殺「カニバリズム」事件
と称されたこの殺人事件は
世の中を騒がせた。
加害者のマニンガム=ブラー ・エドフィン
は自分の最愛の妻と子供を
ナイフでぐちゃぐちゃに殺害した後、
そのまま自らの胃袋へと流したのだ。
「チッ………あの野郎狂ってやがる」
取調を終えたアルベルトの先輩である
ルドーが眉間一杯に皺を寄せて
その場にある自販機を蹴った
「……ルドーさん、エドフィンは
なにか吐きましたか」
恐る恐る聞いてみるとルドーは
はんっ、と鼻で笑った
「吐くもなにもだだ漏らしだ。
犯行はとっくに認めてる。
まるで学校で趣味に関する作文を
発表する子供のようにな!!」
胸糞が悪くて仕方ねぇ、と
ルドーは頭をかいた。
エドフィンという男は
誠実、という言葉そのものだと
彼を知る全ての人間が言った。
仕事では実績を積み上げ、
上司、部下を問わず信頼をされていたし
休日は家族サービスに忙しい
「いいパパ」だった、と。
どんなにエドフィンの周りを洗い上げても
口を揃えて「誠実な人間だった」と
悲しげに眉を下げた。
アルベルト自身もエドフィンとは
何度か取調で対面しているが、
それはもう誠実、紳士。
非のない男だった。
しかし「どうして殺したのだ」と
問えば彼はニッコリ笑い
「愛していたからさ」と答える
それがあまりにも綺麗な笑顔で
残酷な言葉だった故に、
ルドー、アルベルト含め全ての人間が
胸糞の悪さを覚えたのだ。
「………誠実、ね。」
アルベルトは小さく呟き
マジックミラー越しに
エドフィンを見つめた
「……化けの皮が剥がれて今は
ただのサイコパスカニバリズムファッキン野郎だ」
ルドーがすかさず下品な言葉を並べた
「…ルドーさん、俺が取調してもいいですか」
「はぁ?新米同然のオメーがか?」
アルベルトは狂気や恐怖よりも
好奇心や興味が勝っていた
「………まぁ、いいんじゃねぇの
あいつの話聞いてゲロ吐くなよ」
舌打ちをひとつ漏らしてルドーは
煙草に火をつけた
それを合図に取調室へと踏み込む
「こんにちは、
マニンガム=ブラー ・エドフィンさん」
そういえば、
出来るだけにこやかに接しろ、と
上からきつく言われていることを思い出した
にこり、と取って付けたように
愛想笑いを浮かべると
エドフィンもにこり、
と愛想笑いを咲かせる
「やぁ。君とは2度目だね。
確か………ベックフォードくん、だったかな」
その顔つきは
紳士そのものであった。
「覚えていてくれて光栄です。」
それからは他愛もない会話を交わす
どこそこのカフェの
フィッシュアンドチップが美味い、
だとかそういう会話をした。
「…さて。ベックフォードくんは
私になにを聞きたいんだろう?」
刑事であるはずの自分がまるで
取調されるように尋問をされる。
「…美味しかった、ですか」
フィッシュアンドチップの話
のあとにカニバリズムな話は
吐き気を催したが
アルベルトは狂気に光るエドフィンを
ガッチリと瞳で捕らえながら尋問をした
「………妻と、子供かい?
ああ……昔母に作ってくれた
ミートパイに似ていたよ
愛の味がしたね」
まるで美食家のようにサラサラと
答える彼に
なにか感動さえ覚えるくらいだ。
「調理をした、のですか」
恐る恐る聞いてみれば
彼は目を見開いた
「まさか!どうしてそんな
味の落ちることを!」
ああ……この人は誠実だ、と
目眩がした。
「愛する者を食すことに誠実」なのだと。
「私の妻は瞳がとても綺麗なんだ
コバルトブルーで
とても深く慈愛に溢れた青でね。
そんな彼女の絶望や恐怖で
漆黒に満ちた瞳を噛み締めたときは
本当に本当に幸せだった」
「………そうですか。」
何も言えずただ彼を眺めた
彼の表情は穏やかで
曇りなき瞳に映るのは
嫌悪を隠しきれていない、自分。
今にも吐き出しそうだった。
沈黙に包まれたその場を壊したのは
ルドーがドアを蹴破る音だった
「マニンガム=ブラー・エドフィン
死刑確定だ」
勝ち誇ったかのように笑う
ルドーを見て
エドフィンはハハハ、と笑いだした
「なにが可笑しいんだよテメェ………」
ルドーがエドフィンの胸ぐらを掴み上げた
「ルドーさん!!!」
その場にいた何人かがルドーを止める
「死刑?どうして?私がなにをしたんだ?
愛してる者を殺した事が罪なのかい?
ハハハハハハ!!どうして!
愛は罪だとこの国ではそう言うのかい!?」
エドフィンの不気味な笑い声は
取調室に響き渡る
アルベルトは呆気に取られていた
今まで優雅に微笑んでいた
エドフィンの豹変にようやく
恐怖が勝った。
「ハハハ…ねぇ、ベックフォードくん
君はどう思うんだい?」
エドフィンがこちらに近付いてきて
アルベルトの肩を掴んだ
「私は愛しているものを
この血肉に変えて共に生きていこうと
しただけじゃないか
何が罪に問われる?」
ギシギシと掴まれた肩に爪が
食い込んでくる
「おいテメェ離せ!!」
ルドーが叫ぶ声が取調室に響く
「貴方の、愛情は重すぎる」
アルベルトが小さく漏らした
「貴方が愛し、その胃袋に
流し込んだ奥さんや、お子さんの
笑顔はもう2度と帰ってきませんよ
貴方が家に帰っても、
もう誰もおかえり、なんて言いません
だって
貴方が、殺したのだから」
壊したのは、貴方だから。
そういうとエドフィンは足から
崩れ落ち、床に手をついた。
そして叫ぶ。
「…ころせ、わたしを、ころせ、ころせ、
ころせ、殺せ、殺せ!!!殺せよ!!!!!!!!!
殺せ!!!!!!!!!今すぐ殺せ!!!!!!!!!
殺せ!!!!!!!!!!!!!」
充血させた瞳で周りを睨み、
アルベルトの首に掴み掛かった
その、瞬間だった。
目の前を赤が染める
銃声は、随分遅れて聞こえた。
アルベルトの危機を感じた
ルドーが発砲したのだ
地面に転がるエドフィンは
辛うじて、息を保っていた。
「エドフィンさん!!!!
は、はやく!救急隊を!治療を!!」
そう叫んでもその場にいた
人間は一歩たりとも動かなかった
「そいつは死刑だぜ、アルベルト」
誰かが冷静にそう告げた。
「だとしても!!!ここは死刑台の上では
ないでしょう!!!」
怒りにも似た感情が沸き上がり、
声を荒げるとルドーが舌打ちを
ひとつ、漏らした。
「ここがそいつの死刑台だ」
その言葉に頭殴られたような
衝撃を覚えた
なにも言えずに呆然としていると
血に濡れた手が宙を仰いだ
「きみは、やさしいね」
そう微笑んだエドフィンに
目を丸くすると
エドフィンが生きていることに
驚いた刑事のM1910が彼に向かって
とどめを撃った
死刑が確定したばかりの人間が
その日に死刑執行された、と
世の中はまたもや騒いだ
しかし、次々と増えるニュースに
世の中は静まり返っていった。
「…府に落ちねぇって顔だな」
ルドーが煙草を吹きながら笑った
「……世の中はもう彼のことなど
忘れてしまったんですかね」
空を仰ぎ見ると随分と晴れていた
「忘れることなんかねぇさ。
やべぇ事件だって沈黙を決め込んだ
だけだ。騒ぐだけ騒げば
あとは黙るだけ、ってことよ。」
誠実に生きたきた彼が
最愛の妻と子供を殺し、自らの
胃袋へと流し込んだとき
彼は起こる全てが快感だったと笑った
あまりの狂気に叫ぶことさえ
許されず絶望に満ちた妻の
綺麗な瞳を抉り食べた時、
なんとも言えぬ快感だった、と。
全てが愛しかった、と。
「ただそれだけなのだ」と。
メディアはエドフィンのことを
悪魔だと罵りあげた。
狂気に溢れたカニバリズム殺人鬼
と書かれた週刊誌も目にはいった。
その度にアルベルトは何度も何度も
彼の最期の瞬間を思い出した
きみは、やさしいね、と言った彼の
天使のような綺麗な瞳と、笑顔。
「アルベルト、お前はなにに
悩んでんだよ。
エドフィンが死んだことか?
世の中があっさりこの事件を忘れたことか?」
ルドーの吐いた煙がふわふわと
青空に溶ける
「彼があまりにも綺麗だったから」
「あ?」
「綺麗過ぎて汚さに焦がれ、
自ら愛する者を殺し、それを口にした。
彼は美味しかったと笑ったけれど………。
どこか、痛そうに見えた。
彼が死ぬ瞬間、とても幸せそうに
笑ったのは、きっと………」
もう騒がず
黙れることを喜んだんでしょうね。
アルベルトは空を仰ぐことを止めて
前を見据え、呟いた。
「 over silence 」
「ん?なんだって?」
ルドーが煙草を靴で消しながら
こちらを見た
「いや、なんでも。
さ!ルドーさん!とっとと次の仕事
しましょうか!」
背伸びをひとつして、
アルベルトは歩き出した。
世の中というのは
時に騒がしく
時に恐ろしいほど静かだ。
その静けさの中にある
本当の狂気に、殺されていくのだろう。
「 over silence 」
( あまりにも重い、沈黙 )
over silence
最近、不幸なニュースが
増えていく中で
世の中、世間って案外すぐに
移り変わっていくので
昨日まではあの話題で騒いでいたのに
今日になればもう話題にならない、
ということも多いな、と。
当たり前といえば当たり前
なのですが
本当に死ぬ、ということは
きっと沈黙され
忘れ去られていくことなのだろうな、と。
over silence
あまりにも重すぎる、沈黙
つまり、沈黙で本当に
殺されていく。
本当に表現力に幼稚さが現れて
いますが少しでも
表現出来ていたら、と思います。
最後まで有難う御座いました