帽子の少女

内容は少し子供向けになってしまうかもしれません。
少しずつですが、平日の夜までには更新していきたいと思います。
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外出するときはいつでも

二度、三度と大砲の音が町中に響いた。
「ママ、外で鉄砲鳴らしてる人が居るよ!」
「気にすることはないのよ。あれは野菜が沢山採れる事をみんなでお願いするお祭りの合図なの」
「お祭り?」
「そうよ、好き?」
「全然」
少女はつまらなそうに母親に言うと背伸びをした椅子に座り、木製の卓上に並んだ色とりどりの野菜に手を付けた。混じり気のない、金色の髪をしている。それも、とても長い、背の高い椅子に座っても床に着いてしまいそうなほどだ。
「大体、そんなお願いしたって意味なんか無いのに」
少女は何でも知っているんだ、という風に文句を垂れ始めた。いつものことだ。母親はようやく物心付いててきた我が子の成長を微笑ましく、流しの方から見ていた。
「お祭りってことは、出店も出る?」
「出るわよ、行きたい?」
「行ってもいいよ」
行ってもいい、という時は行きたい、という事なのだと母は知っていた。
「どんな店がいいかしら?」
「アップルパイの店なんかがあればいいね」
少女は妙に大人っぽく言ったが、内容が子供の発想丸出しだったので可愛らしい印象になってしまう。
「じゃあ、お祭りのお手伝いをしなくちゃだめよ」
「そんなの、嫌」
「それじゃあ、アップルパイは食べられないわ」
母親が敢えて意地悪に言うと、少女は不機嫌そうにしかめっ面をして見せた。
まだ幼いながらにも、すっきりとした端正な顔立ちだ。するするとした白い肌、小鼻はまるで子犬のようで、唇は薄い。やや釣りあがった目は大きく、それほど気にならない程だ。街では母親似の美人になると評判だった。
だったら、と母親は戸棚から何かを取り出そうとする。
少女は目をぱちくりさせて見ていた。
母親は卓上に小さな木箱を一つ置いた。
「何? これ」
「本が入っているの、これを隣町まで届けて欲しいの」
「隣町?」
「そうよ、トレイルさんっていう学者さんの所に行って、どうぞって」
「行ったことないよ」
少女は急に不安そうになった。
「大丈夫よ、地図を読むのは得意でしょう?」
「うん」
「一つ丘を越えた先だから分かるでしょ?」
「いつも買い物に行ってるからね」
「そうね、町についたら?」
「門番に用事を伝える、トレイルさんにお届けものです。 中には本が入ってますって」
「そうよ、偉いわ」
母親は少女が弱気になった時いつもこうして、一つ一つの手順を確認することで、落ち着かせ、自信を生み出すように励ました。何より少女はいつも母親と外出する時に、どうゆう手順で用事を済ませるかをきちんと観察して覚えていた。普通はまだ、トイレを自分でできるかという時期である。少女には大人も気づかないようなことを発見する力があった。。
「何だか出来る気がしてきた」
「うん、その調子。いい? あなたには無限の可能性があるの。出来ないことなんて無い、一人だと思う時でもいつも母さんが付いてるってことを忘れないでね」
「分かってる」
そう言うと母親は少女を抱き寄せ、頬にキスをした。
それから少女は朝食を平らげ、出発の準備を始めた。
少女の住む町の住人は「帽子の一族」と呼ばれ、出かける時は皆、何かしらの帽子を被るのが決まりだったし、それは本能とも言える、無意識の習慣だった。だから少女も帽子を被るのだ。それもとても縦長で、小さなつばが付いたものだ。深い紺色に、大きくて鮮やかな金の星柄が二つあしらわれている。さらに、帽子の色に合わせた紺色で大きな星柄が入ったコートを着る。裾の方には二本の波線が刺繍されている。これは、着る、というより被るという方が正しい、ポンチョに近い物だった。コートは膝よりもやや上ぐらいまであって、袖はない。よって、腕を使うときはもれなく、コートが裾ごとめくれる仕掛けになっている。何とも不便な着物であったが少女は母親が仕立ててくれたこのコートを着て出かけるのが好きだった。因みに母親はいつも大きな麦わら帽子を被った。少女は仕上げに手袋を着け、さながら探偵の様な格好で戸口に立つ。
「良し、出来た」
「うん、似合ってる。はい、じゃあこれ」
母親は木箱が入ったリュックを渡した。
「行ってくる」
少女が言って出ようとすると、母親は呼び止め、もう一度抱擁をした。
「行ってらっしゃい」
「帰って来たらアップルパイだからね」
「そうよ、楽しみね。ママはお祭りの準備をするわ」
「うん。行ってきます」
「一人でも?」
母親は尋ねる。
「ママが付いてるわ」
「そう」
少女は微笑むと勢い良く扉を開けて出て行った。

青々と乾いた空は、少女の旅立ちを見守っているかのようだった。
丘に差し掛かった辺り、帽子の一族の村を出てから二十分ほど経っていた。これと言った障害も無く、少女は意気揚々と丘を登っていく。リュックにはトレイルという人に渡す本と母が持たせてくれたパンが入っている。本を渡したら、来た道を戻って母にまた抱擁してもらう、それからアップルパイを食べに行く。少女は帰ってからの事を考えながら歩いた。
靴が地面に当たり、シャクシャクと音を立てる。遠くを見ると仲よさそうに並んだ山々から鳥たちが隊列を組んで飛行してくるのが分かる。
それからまたしばらく歩いた。少女はかなり忍耐強く、一度も休むことはなかった。それも全てはアップルパイのためであった。そしてようやく眼下に自分の町よりは幾らか栄えた町の様子が見えてきた。トレイルという学者の住む町だ。少女は自分の来た道が間違っていなかった事に安心し、同時にやっぱりね、と自信を付けた。
少女は後ろを振り返ると、今まで丘の上から吹いて来ていた向かい風を背後から感じた。いつもは見上げるばかりの木々や建物がまるで足で踏み潰せそうな位置に見えた。
少女は感動し、また前に向き直って歩き始めようとする。
しかし、ふと立ち止まる。おかしいのだ。今までの向かい風が追い風に変わっている。試しにもう一度来た道の方を向く。すると今度は向かい風が吹いている。しかも、風はどんどんと強まっている様だ。
「何か変」
風はさらに強く吹いて木の葉を散らし始めた。少女の身体もふらつき始め、コートがはためき出す。今まで快晴だった空ではあらゆる方向から鳥たちが出現し、隊列を組むこと無く右往左往している。更には真っ黒な雲まで立ち込めてくる。
瞬時に少女は理解した。この強風は、自分の町を中心に吹いている。木々の揺れ方が遠くの方とで違うからだ。帽子まで飛ばされそうになるが、必死に抑えつけ地面にうずくまった。その上で風向きから木々の倒れて来ない場所を割り当て、移動した。今はそれしか出来ない。
いつまでそうしていただろうか。時々、風に乗って来た木の枝か何かが少女の身体に叩きつけられた。丘からも転げ落ちそうになっては元の位置に戻った。少女はすっかりアップルパイの事など忘れていた。
「ママ……」
少女が苦しそうに呟いた。すると、風が一瞬のうちにぱったりと止んだ。木々は姿勢を正し、木の葉もその場からそろそろと落ち始める。まるで時間が止まったようだ。しかし、また次の瞬間には空から轟音と共に、世界全体を覆うような光が出現した。音が先か、光が先か、判断する間も無かった。
強い衝撃が丘全体に渡り、少女はたちまち意識を失ってしまった。

森の奥には

夕陽の眩しさで少女は目を覚ました。夢見心地で薄目を開けてみると、木目調の天井から古びたライトがぶら下がっているのが分かった。そして自分は毛布をかけている。ベッドの上なのだと理解した。しかしこれは、見慣れたいつもの寝室の天井ではなかった。
更に情報が欲しくなって右へ、左へと首を振ってみる。すると暗がりに夕陽を背にして座っている少年と目が合った。少女と同じ位の年齢だと分かった。
「よう」少年は言った。
「どうも」少女はそう答えるしかなかった。
少年は犬のような顔立ちで前髪がM字になっていて、よく見ると後ろ髪が左右対称に広がっている。さながら宇宙人のようであった。
「どこ? ここ」
「俺の家だ」
「それは大体分かるわ」
「あ、そう」
「だから、どこ?」
「君の目指してた町で合ってると思うけど」
「あらそう」
「近所で倒れてるのを見つけたから助けたんだ」
「それはどうも」
少女は努めて平然にかつ、端的に会話を進めるよう心がけた。なぜなら、この少年を信用していないからである。人さらいの可能性だってある。
「で、お礼はどうすればいいかしら? あたし、今渡せるものはパンしかないのだけれど」
「お礼? そんな余裕ないんじゃないか?」
「何よ、わたしそんなに貧乏に見える?」
少女は少年に対してやや苛立ちを覚えた。それは今、自分の身に起こっている事が上手く把握出来ないことに原因があるようである。
「違う、そういうことじゃない。あんたの町がどうなったか分からないのか?」
「わたしの町? 関係ないでしょ今は」
少しずつ語気が強くなっていくのは少女の方だけだった。
「とにかく外へ行って見てみろ」
「言われなくたってそうするわ」
少女はベッドから飛び降りるように出ると、出口と思しきドアへ早足で向かっていく。
しかし、彼女が開けるより早く向こう側の誰かがドアを開け、部屋に入って来た。その誰かは大柄な男であった。短い髪にもみあげと繋がった髭を生やしている。しかし、綺麗な白いシャツに小洒落た深緑のベストを着ている。
「おっと」
少女は男を見た瞬間、警戒心を一層強めたが、自分とぶつかりそうになり間抜けな声を出したのを聞くと幾らか安心した。
「俺の親父だ」少年は言った。
「うちのロンが怒らせなかったかい?」
「彼、ロンって言うの?」
「そうだよ、君の名前は?」
「シャロル、シャロル・シスタよ」
「そうかい、私はギリウス・トレイルだ」
「トレイル?」
シャロルは思わず復唱してしまった。彼こそが母から頼まれて本を渡すべき学者だったのだ。
「この本を届けに来たんだろう?」
ギリウスは一冊の本を分厚い手に握って見せた。ベストと同じ緑の表紙だ。
「そう、いや、そうです」
「ああ、いいんだよ。 敬語なんか使わなくたって」
柔らかな物言いだ。
「いやぁ、ロンはあまり頭が良く無くてね。論理的に説明が出来ないからいつも混乱を招くんだ。」
「うるさいな」
ロンが口を挟んだ。
「まあその代わりこの子はケンカは強い、きっと母親に似たんだろうな」
「親父、もういいだろ。シャロルに状況を説明してやってくれ」
そうだな、と言ってギリウスはシャロルを外へ案内した。
それなりに大きな屋敷を出ると丘が見えた。シャロルが倒れていた辺りだろう。
「この辺に倒れてたんだ、それで親父を呼んで助けたんだ」
ロンは夕陽を眩しそうに遮りながら言った。
「ねえ、ここは本当にわたしが倒れてた場所なの?」
おかしい。シャロルは疑わざるを得なかった。
「そうだ、言葉で説明するより実際見た方が早いと思ったんだが……」
「これって……」
「そうだ、シャロルの町は無くなったんだ」
「嘘……」信じたくなかったが、記憶は正直だった。大木の位置と本数、全てあの時と同じだった。そこから見える丘の向こうの景色も……。同じはずだったのだ。だが、そこにあるのは地面ごと大きなスプーンでくり抜かれてしまったような、巨大な蟻地獄だけだった。町が無くなった、そのままの表現があてはまった。
シャロルの頭にいち早くよぎったのは、母親の安否であった。
「ママは? 無事なの? どこへ行ったの?」
シャロルは止めどなく質問を漏らした。一気に帰る場所と母親を失ったことで完全に混乱している。
「シャロル、君の町がどうしてあんな風になってしまったのかは、私たち学者や軍の組織が調査することになるだろう。町がああなってしまった以上、当分の間は私たちの家で暮らしてはどうかな?」
「ちょっと待て親父ーー」
「嫌よ、そんなの」ロンの言葉をシャロルが遮った。
「わたしはママの所に帰って、お祭りに出るの! 帰らなくちゃならないの!」
シャロルは半べそになって言い放つと丘を駆け下りて行ってしまった。
「待つんだ」
ギリウスの制止も聞かずシャロルはどんどん下っていく。


シャロルは闇雲に走り続けた。彼女は馬鹿では無いから自分の町などどこにも無いことなど分かっていた。それでも受け入れられなかった。もう誰にも構って欲しく無いから、或いは、誰かに構って欲しかったから出来るだけ森の奥に走った。奥へ、奥へ。
気づくと辺りは真っ暗になっていた。視界は木々と葉っぱの影でぎっしりと埋まっていて、涙で歪んでいた。
ーーもう、どうにでもなれ。
ごうごうと木々が騒めく。何かの動物の鳴き声があちこちにこだまする。
何かいる。暗くて見え無いが何か大きな動物がいる。近くに。しかし、暗い。目の前か、右か、それとも……。
「ひゃっ」
何かが足に触れた。振り向くと暗がりにくっきりとその姿が浮き彫りになった。触れたのはその生物の足だった。足と言っても、一本一本が大蛇ほどの大きさで八本もある
それはタコそのものだった。巨大なタコが陸に潜んでいたのである。
シャロルは絶叫とともに逃げ出した。しかし、タコの足はあっという間にシャロルの足に絡みつき、締め上げた。必死に抵抗したが、ますます締め付けが強くなっていく。
シャロルは必死に考えたが、この圧倒的巨大生物から逃れる策は全く思い浮かばなかった。どうにもならない。シャロルは大声で泣き叫ぶことしか出来なかった。

帽子の少女

帽子の少女

突然の出来事によって、故郷を探すため、長い髪と帽子の少女と護衛役の少年が世界を巡るお話です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-23

Copyrighted
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  1. 外出するときはいつでも
  2. 森の奥には