月と鷲と枯れた木と

月と鷲と枯れた木と

月は遥か紀元前から一日中地球の側でぼんやりと光り輝いているのだけれど、太陽が光り輝く日中、圧倒的な太陽の光の前では地球からその姿を見る事が出来なかった。けれど確かにそこに存在し続けていた。

太陽が消滅してしまった現在では、月のその姿を一日中見る事が出来る。月は昼も夜もずっとぼんやりと光り輝きながら地球の周りを周り続けている。勿論今迄もずっとそうしてきたのだけれど。

「月さん、今日も私と君の二人きりだなぁ」
一本の枯れた木が月に話しかける。月は勿論返事などしない。そこへ遥か彼方から大きな翼を広げて鷲が飛んで来た。
「おやおや、珍しい。誰かがやって来るなんて」

鷲は嘴に何かをぶら下げながら、ヨロヨロとけれども懸命に翼を広げながら枯れた木の側へ舞い降りた。息は絶え絶えだった。
「大丈夫かい?」
枯れた木が鷲を気遣うと、鷲は嘴に加えていた布切れをそっと地面に置いた。布切れの中からおぎゃあ、と弱々しい赤ん坊の鳴き声が聞こえる。

「どういう経緯か分からないが、屋外で母親とこの子が生き倒れていたんだ。屋外に人間が居るとは今時珍しい…この子だけでも助ける事が出来ないかと飛び回っている間に、あなたを見つけた…」
「私は背だけは高いからね、もう枯れてしまっているけれど…よく私を見つけてくれたね、鷲さん、本当にありがとう。此処まで辿り着くのは大変だったでしょう。しかし…この赤ん坊を助ける為にはどうすれば良いものか…」

太陽が消滅した地球は光を失い、木は枯れ、酸素を失った。地球の自然豊かな平和な時代は幕を閉じ、人々は屋外でも屋内でも酸素マスクを装着しないと生きていけなくなった。そして太陽が存在しなければ光り輝く事が出来ない月は、今では、残された無数の小さな星たちの僅かな光りを拾い集めてただぼんやりと地球を照らす事しか出来ないでいた。

「…太陽さんはその光りで火を起こす事も出来た。月さん、君に出来るかな?枯れて老いたこの私を燃やす事が」

それを聞いた鷲は残った力を奮い立たせ、翼で弱々しく泣き続けている赤ん坊をそっと優しく包み込み、燃えろ、と祈りながら息絶えた。枯れた木も祈った。燃えろ、と。枯れて老いた自分に出来る事はこれ位しかない。光を失い酸素を産み出す事の出来ない自分に出来る事、そしてただぼんやりと光り輝く事しか出来ない月に出来る事もこれ位しかないはず。そうだろ、月さん?

やがてゆらゆらと細く白い煙が枯れた木から登り始めた。
「月さんなかなかやるじゃないか…」
枯れた木は囁き、これからも君がこの惑星を照らしておくれ、と月に言いたかったけれどそれはもう言葉にはならなかった。枯れた木からは何本も細く長い白い煙が登り、燃えるには少なすぎる酸素のおかげで火が立ち込める事は無かったがそれでもその細く長い白い煙達は充分目立っていた。

煙を発見した救助隊が直ちにヘリコプターで出動し、火事が起きるなんて珍しい、何が起きたんだと救助隊員は不思議がっていた。今の地球は酸素が極端に少ない状況であり、しかもこの様な人里離れた屋外では熱を発生するものなど何もないと言うのに。救助隊のヘリコプターは煙を目印に飛び続け、枯れた木が立っている小さな山を目指した。山、と言っても草や花はおろか木など生えていない、ただ枯れた木が一本立っているだけで、その枯れた木は太陽が消滅してしまった世界の自然界の最後の一本の木だった。

煙の発生源の枯れた木の側に着陸したヘリコプターから酸素マスクを装着した一人の救助隊員が降り立ち、救助隊員はすぐに枯れた木の側に横たわっている鷲を発見した。
「まだ鳥が屋外でも保護されずに存在していたんだな。可哀想に…」
そう言いながらそっと鷲の身体を持ち上げると、その下に布にくるまれた赤ん坊を発見した救助隊員は大声で仲間に知らせた。おーい!赤ん坊がいるぞ!まだ息をしている!
すぐに救助隊員は自分が装着していた酸素マスクを外し赤ん坊の顔に被せてやり、お前、この赤ん坊を守ってたのか、と優しく鷲の翼を撫でた。

鷲と赤ん坊を乗せて救助隊のヘリコプターは飛び立ち、小さな赤ん坊の小さな顔に、大きすぎる酸素マスクを被せた救助隊員はすぐに自分自身でヘリコプターに常備している予備の酸素マスクを装着した。
枯れた木から立ち昇っていた煙はもう収まっていて、やがて枯れた木はポロポロと崩れ落ちた。
「世界で最後の自然界のあの枯れた木もとうとう居なくなったか…」
ヘリコプターの運転席で操縦士が呟いた。
「ああ…でも大丈夫だ。俺たちにはまだ月があるじゃないか」
赤ん坊を膝に抱えて救助隊員はそう言いながらぼんやりと光り輝いている月を眺めた。

月と鷲と枯れた木と

月と鷲と枯れた木と

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-22

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