鳥籠

より丁寧に、より残酷に


「どうかされましたか?」

彼女は突然声を掛けられたか、ビクリと肩を震わせてから振り返る。
私の姿を確認すると、どこかホッとしたような表情になった。


先ほどから常連客である彼女のため息が店中に響いていた。
私は彼女の注文したカフェモカを持って席まで持っていく。


「なんだマスターか…。」

「なんだとは失礼ですね…ご注文のカフェモカです。」

「ごめんなさい…。ありがとうございます…」

「…どうかなされたのですか?」

もう一度聞くと、彼女は少し困った表情になった。

「マスターに相談事は申し訳ない気が…」

「貴女より長く生きていますから、何かしらアドバイスできることがあるかもしれません。
伊達に歳を食っていませんよ。
それに、人に話せば幾分か気が晴れるかもしれない。
私、結構口が堅いですから秘密にできますし…。」

彼女は少し考えてから、
「じゃあ…」っと口を開いた。

彼女は最近ストーカー被害にあっているらしい。
内容は帰宅時に自宅まで後をつけられる、
彼女の誕生日にバースデーカードが送られてくる、
1か月に1回差出人不明の手紙が送られてくる…ets

話している間も彼女は固い表情のままだった。
私は話を聞き終えると少し考えてから口を開いた。

「それは酷いですね…。
警察なんかにはご相談されたのですか?」

「したんですけど、曖昧で…。
一応、パトロールは強化しますとは言われたんですけど…。
それでも手紙が止まらなくて…。」

彼女は思い出したのか、泣きそうな顔になっていた。

「それは、不安でしょう…。」

「ハイ…。
でも、警察でも私自身ですら相手の見当もつかないのでどうしようもないですよね…。」

「そういえば、お住まいってこの近くでしたっけ?」

「ここのお店の近くです。」

「もしかして●×マンションだったりしますか?」

「なんでわかったんですか!?」

「お客さんがよくこの店を利用してくださるのは知っていましたから。
この近くで一人暮らしとなるとあのマンションくらいしかありませんから。」

彼女は納得した表情になった。

「それに、私もあのマンションの近くに住んでいますので時々お客さんに似ている女性をお見かけしたことがあったので、
もしやと思いまして…。
しかし、ご近所でそんなことが起きていたなんて気づきませんでした…。」

「それが普通ですよ。
他人の家で何が起きているかなんてわかりっこないですもん。」

彼女は少しだけ笑った。
どうやら少しでも気晴らしになったらしい。
私は少し考えてからまた口を開いた。

「もし怖いなら、うちにいらっしゃいませんか?」

「??」

彼女は言葉の意味を掴めずにいるようで、眉間に皺を寄せていた。

「あ、えっとですね、私一軒家に住んでいて部屋がかなり余っているんです。
少し前までこの近くの大学に通う学生さんにお貸ししていたんですけどその学生さんも今年卒業なされて今一人なんです。
家賃もこのカフェの常連さんですから今住んでいるマンションよりも頂かないので、もしよかったらうちに避難したらよいのではと思ったので…。」

「え!?」

彼女は明らかに動揺しているようだった。
それはそうだろう。
私と彼女はただのマスターと常連で、それ以上でも以下でも無いのだから。
しかも歳は親と子程離れている。

「もしよろしかったらの話です。
ストーカー被害が酷くなるようでしたらお考えの一つにでも加えておいてください。」

「でも…ご迷惑では?」

「いえ、そんなことはありませんよ。
貴女みたいな女性が頼られて嬉しくない男はいませんよ。」

彼女は考えた後、フッと息を吐き出した。

「ありがとうございます。
もう少しだけ考えて、一人じゃどうしようもなくなったら頼らせてもらってもいいですか??」

「もちろん。
なら、こちらの連絡先だけお教えいたしますね。少しお待ちくださいねえ。」

私は彼女の席を離れ、メモ帳に自分の携帯電話の番号を書くとすぐに彼女の元に戻り電話番号を差し出した。
彼女は少しだけ遠慮がちにメモ帳を受け取った。

「ありがとう…マスター…。」

「いいえ。お役にたてたなら幸いです。」

「あ、私そろそろ行かないと。」

「なら、お茶代は結構ですよ。
最近そんなことがあったなら、サービスしますから。」

「でも…」

「年寄りの気遣いですから。
受け取っておいてくださいよ。」

彼女はフッと笑顔をこぼしながら、頭を下げてきた。
その後彼女は急いで店を出て行った。

残された私は、彼女の席を片付け始めた。
その時だった。
私の携帯電話が突然震えた。
通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『もしもし彼女が店を出ました。
いつも通り追跡を開始しますね。』

「はい、お願いします。
いつも通り、彼女に気付かれないようお願いいたしますね?」

『承りました。』

ブツリと通話が切れた。

先程の彼女の表情を思い出す。
彼女を怖がらせてしまっていることに罪悪感を感じながらも、
私を頼ってくれたことを心から喜ばしく思う。

「もう少しだけ、我慢してください。」

独り言のようにつぶやいた。

もう少しで彼女は私を頼ってあの家に来てくれるだろう。
もう少しで彼女と同じ家で暮らせる…。
もう少しで彼女は私の作った鳥籠に入ってくれる…。

あぁ…彼女が私の元に来てくれるのが本当に待ち遠しい限りです…。

鳥籠

ヤンデレ系の音楽を聴きながらだったので、ヤンデレ…なのかな…?
お気に召せば幸いです。

鳥籠

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-20

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