色が染まる時計がまわる

5人兄弟の日常。

明穂(アキホ) 恭悟(キョウゴ) 佳紀(ヨシキ) 志織(シオリ) 茂人(シゲト)

支え支えられて生きていく、いつの間にか成長していく兄弟のお話。
日々を細かく切り取って見ていけば、幸せばかりなのです。

初めての日記

日記がどうにも続かないのが悩みだ。
小学4年生になって、部活も始まったし理科や社会を学ぶようにもなった。少しだけ大人になった気分でそのままなにか新しいことを始めようと思った。
これを志織にいったらそんなに新しいことを初めてどうすんの、と言われてしまった。そんな志織はたしかにクリアしたゲームを何度も繰り返しやっているし、パンだって決まったものしか食べないなと思い返す。

兄の恭悟は、自分でもわかるくらいに優秀だ。隣の家のおばあちゃん、近所のおじさん、商店街の人皆にほめられる。だから、自分もそうなりたいと思う。
穏やかで、傲らず、謙虚で優しい恭悟のようになりたいとおもう。だから、で繋がるかはわからないが、日記を始めようと思ったのだ。
知っている限り、明穂と恭悟は日記をつけているらしい。明穂は毎日。恭悟は時間があるときにまとめて。それでももう何年も続いてるといっていた。3年くらいだったはずだ。


それがとても羨ましい。なんだかかっこいい。
ということで、商店街の文房具屋さんで大学ノートを手にいれた。それだけでかっこよく感じてしまうが、そこは平然としてみる。横にいる志織はゲームをしているようで、なんでもみている。


それが、5日前だ。
昨日もその前も忘れていた。あわてて思い出して書こうとする。しかし、なんにも出てこない。気付いたら野球をしましたしか書いていない。
なんてこったい。

「今日のご飯はハンバーガーか。楽しみだな」
「今日はいい天気だったなぁ!サッカー日和だ!」
「今日ね、んふ、四葉探した」
「それは、あったわけではないのね」

リビングに行けば兄達がソファで寛いでいる。
そうか。
「こういう、ことかな」

授業参観1


「きょうくん、あした、がっこ?」
「いや、明日は特に用事ないよ」
へにゃ、と困ったように笑う。他人からみれば、いつも困ったような顔をしているらしいけれども。でももう生まれたときから隣にいるこの兄の気持ちは誰よりもくみ取れると自負している。
「どうしたの?」
「あした、じゅぎょうさんかんでさ」
「志織と茂人?」

明穂の手にあるぴらっと薄い紙には確かに授業参観の案内、と書かれていた。日付はだいぶまえのもので、しわしわになっている。

「ごみばこ、みつけた」

毎年、弟たちの授業参観には行けていなかった。平日だったこともあるし、三人の授業参観に明穂一人でまわれなかったこともある。
だから、弟達は授業参観の話を持ち出すこともなかった。来てほしいけれど、と遠慮しているわけではない。来れるとは思っていないのだ。
そこに悲しいとか寂しいとかの感情はあるのか。聞かないとわからないけれど、多分無いだろう。

うちではこれが普通だから。

佳紀がいつもの明るい笑顔でそう言ったことがある。佳紀はきっと兄に気をつかって言ったのだろう。後ろで双子の弟も笑っていた。
なんていい子に育ったのだろう、と隣の明穂に言えばまたいつものように頷くだけだった。


最近の授業参観とは、土曜日にやるらしい。
だから、大学の講義もないし自分も明穂とともに弟達の授業を見に行くことができる。
双子で同じ学年だが、別のクラスになってしまう弟達の授業を全てみるためにはやはり二人必要になってしまう。
よかった。これでやっと末っ子達の日々の頑張りをみることができる。

「あき君、俺行けるよ。一緒にいこう」
「おーよかったー」
「午後だね。へー、月曜日が振替休日になるんだ」

授業参観2

部屋から出てきたお互いをみて、あ、と声を溢したのはどちらだろう。
兄のあまりにもラフな格好に驚いた自分だと思うが、その本人も口をポカンと開けて慌てて部屋に戻っていった。

「さすがにパーカーはだめかー」
「あき君、シャツなんてきるの何年ぶり?」
「んー」
「はは。似合うよ」

兄は筋肉はあるものの、基本的には華奢なのでシャツを着るとそれがよりいっそう分かりやすくなる。

「あー懐かしい。こんなに小さいとこいたんだなぁ」
「んふふ」
「まだ昼休みだね」
「てつぼう、あんなにひくかったんかぁ」
「ね。もう出来ないなぁきっと」

くふふ、と笑う兄の気配を感じて自分もどんどん懐かしさに浸っていく。ここで、いま弟達は毎日泥だらけになっているのだ。自分達もそうであったように。
いや、泥だらけになるのは茂人だけか。志織は汗をかいたりするのは好まないようだ。

「じゃ、俺は茂人を見てくるね」
「じゃ、おれはしぃの方。たのしみ」
「しっかりね、お兄さん」
「はいよ」

セットされた短い髪がぴょこぴょこしている。猫背で歩いているけれど、あの兄貴はやるときはやる男だ。自分にはてんで執着がないくせに、弟達のためにはやる男なのだ。
よし、と息をついて自分も茂人の教室に向かう。
驚くだろうか。内緒にしてきたから。
喜んでくれたらいい。張り切ってくれたら嬉しい。

「あれ?キョウ兄?」
「げ!!!」
「え?あれ?もしかして?」
「わ!わ!まて!まて!」

一人でにやにやしていたのを、見られただろうか。いやそんなことはどうでもいい。
まさか、授業が始まる前に志織にみつかるとは思わなかった。驚かせるタイミングが、違う。
「志織、茂人は?」
「さぁ?教室じゃないかな?」
「そっか………」
「………」

気まずい、と思っていると志織がにやりと笑った。悪い顔してるなぁ。

「茂人が捨てた紙を、みつけたんだ。それでキョウ兄が来たんだ。へー!」
「いや、なにも間違えてないけどさ。もう少し喜べよ」
「ふふふ。茂人喜ぶと思うよ」
「そんな、お前だって…」
「ほほー。俺のとこには、明穂かぁ!」
「兄さんだろ」

はぁ、とため息をつく。残念だ。内緒で兄と来たのに。
もう、ばれてしまった。
チャイムがなる。そろそろ行かなければ。
「お前も早く行けよー」
「はーい」

ぱたぱたと走っていく志織の頬が、少しだけ赤く染まっているのが見えた。
志織は天の邪鬼なのだ。嬉しいとか楽しいとかそういう感情を素直に表さない。だから勘違いされやすい。
けれど、どうやら来てよかったようだ。

たしかに後ろ姿は嬉しそうに見えなくもない。兄の明穂に手でも振るんだろうか。
そんなことを、思っていれば当然茂人の顔を見たくなってくる。くりっとした瞳がいつ自分を見付けるだろう。

授業参観3

4人で手を繋いで帰った。
午後の授業が始まる直前。友達のお母さんたちが教室の後ろに並び始めたころ、なんだか今日は兄が来る気がした。
不思議とその直感は確信をもてた。チャイムがなり授業が開始されてから少しして、さりげなく後ろを振り向く。
ほらいた。かっこいい、自慢の兄だ。
目があって親指を立ててくる。それに同じように応えれば、なんだか複雑そうな顔をしていた。

「ふたごのちからだなぁ」
「俺、びっくりしてもらえると思ったのになー!」
「来るだろうなぁ、って思ってたんだよ。それも、キョウ兄がね」
「いえーい」

左にはキョウ兄、右には志織がいる。そのとなりにはアキ兄がいる。
今日初めて、授業参観に家族が来るという感覚を知った。嬉しくて、恥ずかしくて、なんだかむずむずするものだった。
うちは親と一緒に住んでいないから、授業参観は自分には関係ないものだと思っていた。寂しいと思ったことも少しだけある。でも、志織もいたからすぐになんともなくなった。
兄が来た。
思い出すだけでまた少しむずむずして、左の握る手を強くする。上を向かなくても、握り返された手の力を感じて胸がいっぱいになる。

どうして、兄達は今日が授業参観だと知ったのだろう。
どうでもいいけれど。


「あー!おかえりー!」
「お!佳紀!」
「ずるい!おれもいれてー!」
後ろに自転車を押している佳紀がいて、わーわーと騒いでいる。今日のご飯はハンバーグ。チーズ入り。卵のサラダも添えてあって、隣のおばあちゃんがくれた筑前煮もあるはずだ。

5つの影がのびている。隣の志織と目があって、かわいくウインクをされたから、思わず笑ってしまった。

授業参観+α

「いけてよかったな」
明穂がぽつりと呟いたのは、皆でテレビの前で寛いでいるときだった。
隣にいた自分しか聞こえていなかったようで、誰もその声に反応しない。

「あいつら喜んでたね」
「これでヨシのもいけたら、かんぺき」
「うん」

にこにこと優しく微笑む明穂をみて、気付いたことがある。
あのとき、佳紀がこれが普通だと笑ったとき、明穂は本当は辛かったのかもしれない。この長男はぼんやりしているようにみえるけれど、本当は誰よりも弟達のために生きている。
親がいないという環境のなかで、いかに弟達が不便なく悲しい思いをせず過ごせるかを考えている。

だから、あの言葉を言わせてしまったことを後悔していたのかもしれない。

「よかった」

兄の後悔が、こうして晴れてよかった。

緑のメロンパン

春になると、空気が温くなって膨らんでいく。その感覚が窮屈で嫌だった。
今年小学4年生になった。部活が始まる学年だから、周りがそわそわしている。それは、一緒に学校にいくシゲトもだった。

「シオリは部活しないの?」
「うん。めんどくさいから」
「でも、野球うまいじゃん」
「たまにやるくらいでいいよ」

シオリは物事に淡白だ。自覚がある。自覚があると思っている。
兄からすれば、淡白に見せて慎重すぎるだけだった。でも、幼いながらに物事を俯瞰的にとらえる視点を持っている。だからつまり、いろんなことをふまえて簡単に言えばシオリは器用だった。
野球も少しやればほどほどにできたし、勉強だって頑張ったことはない。そんなだから、興味をもつことが減ってしまった。

鍵を兄からもらって、誰もいない家に帰るようになった。去年までは毎日、迎えに来た兄とこの家に帰宅した。
寂しくはないけれど、この静けさとやることの無さに何度か驚いたりもした。
部活かぁ。でも体を動かすのはめんどうだよなぁ。


ガチャリ、音がする。
先ほど内側から鍵を閉めたから心配はない。しかし、チェーンはしていない。
鈍い音を、たてて回った錠を見つめていた。

「あ、しぃのがはやかった」

ただーま。
ゆったりとしゃべる長男に向かって、おかえりと返す。
脱いだ学ランをハンガーにかけてやろうと思って受け取れば、にこにこと笑った顔と出会う。
「どしたのにやにやして」
「うふふ。いっしょにこれ、たべよ」

メロンパン。
確か駅前のパン屋さんのものだ。

この一番上の兄に、このメロンパン美味しい。また食べたいと言ったことがある。一度だけ。
それからたまにこうしてシオリにだけ内緒でメロンパンを買ってきてくれるようになった。
飽きた、なんて言うつもりはない。

帰り道

「あきくん!」

背中を丸めて座る後ろ姿を見つける。朝指摘した寝癖は、落ち着いてはいたもののまだまだ健在だった。
「きょうくん」
「ごめんね、待った?」
「んーん」

ふにゃりと微笑むと、目尻が下がってシワができる。兄らしい優しいものだ。
毎日、とはいかないができるだけ自分も兄と一緒に買い物に行くことにしている。力だけは自信があるので、重いものを持つのは自分の仕事だ。
「さくらー」
「さくらやねぇ」
桜の花弁が地面をピンク色に染めている。昨日雨が降ったから、多くが散ってしまったようだ。木には既に少しずつ葉が姿をみせはじめていた。

「今日はご飯なに?」
「なにかなぁ」
「キャベツとー、ベーコン残ってるね」
「チーズのせてやくかぁ」
「美味しそう!ジャガイモと牛乳買おうよ。あと、醤油が無くなりそうだったよ」

隣を歩く、少し自分より背の低い兄を見やれば風を感じて気持ち良さそうに目を閉じていた。
日が延びてまだ明るいこの帰り道にゆったりとした時間が流れていく。弟たちは、今日も汗をかいてかえってくるだろう。志織はそうでもないけれど、兄である明穂の帰りを待っている。

「あきくん、今年お花見行ってないね」
「そうだねぇ。やすみに」
「うん。いこう」



ピンクの道が続いていく。まだセーターは脱げないけれど。

美味しいコロッケ

「今日はねー!1年生と上級生で試合したの!」
「口から米がでてるよ!」
「キョウ兄、宿題でききたいところがあるんだけど」
「おう。あとで見てやるよ」

丸いテーブルに5人が座って食卓を囲んでいる。きょうの夕飯は白米と大根の味噌汁に、コロッケとポテトサラダ。隣の家のお婆ちゃんから頂いた切り干し大根もある。

「これ美味しいねー!アキちゃん、コロッケ美味しい!」
「おれ、つくってない」

気にした風もなく、アキちゃんは笑って首を少し傾げる。

「あら!まちがえた!ポテトポテト!」
「だからカスが口からでてんだよ!」

パシッと激しいふりでほんとはそんなに痛くない叩きを頂いた。弟のシオリは口が悪い。だけど顔はとてもかわいい。

「試合はどうだったんだ?」
「シュートしたけどね、入らなくてさー。でも、同級生でキーパーやった子がすごくうまくてさ、引き分け!」
「入らなかったのかー。惜しかったんだな」

それはそれはとても残念そうにキョウちゃんは眉毛をさげる。二番目の兄はとても顔が整っていて、少し表情をつくるだけで気持ちがすぐに伝わってくる。

「おれ、野球部に入ろうかなって思ってる」
「お、シゲは野球かー!」
「うん。友達に誘われたから」

末の弟は、頭のいいキョウちゃんが大好きだ。もちろん皆が皆を好きなのだが、やはり真面目なところのあるシゲトは似たように努力家のキョウちゃんに同じものを感じるのだろう。
隣に座るシオリは逆で、気付けばいつでも長男の隣にいた。

自分はどうだろう。年子の上ふたりと、双子の弟達とはそれぞれ年が離れているけれど、自分は誰も選べないくらいすきだ。
家に帰ると、自然と笑ってしまうから。

「ヨシ、ごはんついてるよ」
「きたねーなぁ」
「あき君、洗い物は俺がするね」
「俺も手伝う!」
「はーい!おれもやっちゃう!」

色が染まる時計がまわる

色が染まる時計がまわる

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-18

CC BY
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CC BY
  1. 初めての日記
  2. 授業参観1
  3. 授業参観2
  4. 授業参観3
  5. 授業参観+α
  6. 緑のメロンパン
  7. 帰り道
  8. 美味しいコロッケ