グリコ
彼女はジャンケンに負けたことが無い。常に勝つ、あいこにすらならない。
なぜかは分からないが、それは小学生から高校生までの学生の頃は学生生活を送るにあたって。とてもすぐれた資質だった。幼稚園は行ってなかったし、大学は受験の時、志望校に落ちたので、しばらくバイトをしたのち、運良く就職し、社会人になった。
社会人というのはジャンケンに頼らない。もしくは負けたほうが得になる事も多い。常に無意識に勝ってしまう彼女は社会人になってまもなく、その能力を封印した。ジャンケンをしなくなったのである。地元企業や商店のホームページをつくる会社で社員10人、最初はお茶くみと、コピー取りと、肩もみ、にこにこ笑ってればいい飛び込み営業のお供。いくつものホームページを自分で作ってみては腕をみがき、数年でいっぱしのホームページ屋になった。イラスト風の絵や画像の加工。かるくなら作曲までこなす。スクリプトも下手ながら使える。中堅どころまであと一歩。恋愛も一つ二つこなし、時たま、くじけそうになりながらも、生きてきた。家族は両親と弟の三人と猫一匹に犬一匹。休日には犬の散歩をし、夜は猫と眠ることもある。車の免許を取ってないので、取りたいもんだとパンフレットを眺める日々。バイトの期間に免許をとっておくべきだったな。風呂の中で思い出したように考える。顔はそう悪くはなく、すごくかわいいと言ってくれる彼氏に愛されている。職場恋愛の彼氏と結婚するのかもなあと思う。にひひ。手に職をつけるといっても日進月歩のIT業界の場末どうなるものかもわからない。技術の革新、大手の新しいサービス開始。たったの明日おこるかもしれない変化。その変化で、一年経たずにすべてをひっくり返されるかもしれない場所に、彼女のつとめる会社はある。俺たちが変化をおこそうぜ。とは誰もいわない。まー 嫁になってしまえば良いんだ。そんな父の口癖は、今や家族の口癖になり、彼女自身の本心になりつつある。結婚願望という奴だ。家は三歳年下の弟が継ぐだろうから問題なし。彼氏が長男なのが多少の問題。子供産むときすごく痛いんだろうなあ。スイカが鼻の穴から出るってのは一体どんな痛さなんだろう。技術革新が望まれるのはITばかりではないな。うん。
そんな日々のある夜の酒場での事だった。いわゆるヤフー株が、一株一億円をつけた年の新年会のかわりみたいな飲み会。みなさん、会社が終わったら飲みますよ。飲みましょう。全員参加で会費3000円ですよ。ああ、そうなんですか、はは。といった流れ。居酒屋で二時間すこし飲んだり食べたり。おもにしゃべったり。帰り際に知ったサービスが、ジャンケンに連続五回勝ったら全部無料。店主の思いつきで始めたサービスだったんだろう。私のジャンケンが強いのを知っている会社の人たちが、よし行け、おまえしか居ない。取ってこい。と横にいた私は真ん中にもってこられて、ジャンケンをした。ほい。ほい。ほい。ほい。ほい。この5勝で全員無料げっと。私、ジャンケンで負けた事ないんですよ。そういって微笑むと。店主は本当ですか、ちょっとお願いしますとしつこくジャンケンを挑んできた。
ほい。ほい。ほい。無造作に勝っていく。当たり前。ジャンケンで負けることなんかないもの。次第に人だかりができ。俺とやってみよう。俺も、私もと参加者があらわれ、その中で、ほいほいと勝ちを重ねていく。筋肉男も、デブも、美人も、あいこにすらならない。天才だ。そう唸る人もいる。天才かあ。でも、この天才は何の役にも立たないんだよね。と心の中でつぶやく、その間にも、ほいほいと無造作に勝って行く。勝利数のカウントを始める奴が出てきた。百勝、二百勝。ざわめきが静かになっていく。なんだこりゃあ。すごすぎる。感嘆の声。何が可笑しいのか笑い出す人。なんか、ありがとね。でも、手が痛くなってきた。なるほど、体力の限界が、この天才の限界なのかもしれない。体力というより手の筋力か。チョキを出すのが辛い。うごきが遅くなる。このままだと、私は後出しで負けるのか。ああ手が痛い、いよいよこれは負ける時がきたな。はは。もう無理。やっぱり後出しになって負けた。あいこ無しのストレート勝ちは、三百四十三勝でおしまい。生まれて初めて負けたんだと思ったら、すとーーーんと肩から荷が落ちた。記憶はそこまでで、あとは彼氏に寄りかかって、上機嫌で負けた負けたと、けたけた笑い続けたそうだ。後日、おまえ辛かったのか。と彼氏に真顔できかれたので、そうかも。と答えてまた笑った。試しに彼氏あいてにジャンケンをしたら、勝ったり負けたりで私の天才は終わったようだ。やっぱりこの人と結婚するかなあ。ネットでスイカの大きさを調べよう。
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グリコ