冬の記憶

 冬の頃の記憶と言えば、僕は真っ先に雪を思い出す。あの都会の街並みに降る雪、あの都会をさびしくさせる雪。それらの記憶は忘れがたいものとなって、今もなお僕のこの胸の中に埋もれている。あの頃の僕はと言えば孤独だった。友人はいつも話す、渡(わたり)登(のぼる)だけ。そうしてそんな日々はゆるやかにカーブしながら流れていった。
 いつも通り、朝になる。高校生の僕は起きると、支度を済ませ、学校に向かう。冬のころだ。生徒達は皆、冬の装いをしている。勿論、僕もだ。そうして長い坂を上って、学校に着く。
 教室に入り、「おはよう」と登に挨拶をする。向こうからも返事が返り、時間になるとホームルームが始まる。それからは退屈な時間の始まりだ。いつも通り、四コマの授業があり、昼休みがあり、放課後がやってくる。それらに解放されると、僕は登と一緒に、文芸部の部室に行く。そうしてあたりさわりのない話や真剣な議論や詩を書く時間がある。そんな風に日常は過ぎていった。
「この間、古本屋で本を探していたらさ、」と登が言う。
「世界文学全集で知らない名前の人のがあったんだ。名前は忘れたが、小説のタイトルは『情事の終わり』っていうんだ。なかなかおもしろいよ。今度読み終わったら貸そうか?」
「ああ、頼むよ」そう言いながら、僕は作詩に励んでいた。
 詩を書くのは楽しい。僕は高校一年から、ランボーの詩を読み始めた。そうしてそれから詩を書き始めた。今、僕は高校二年だ。書く詩もランボーには及ばないがいい詩になってきている。そうしてその日も僕は詩を一つ書いた。詩を一つ書くと、僕はぐったりとしてしまう。一日に二つが僕の詩を書く限界だ。そんな日には僕は夜、ぐっすりと深く眠れる。
そうして、僕は毎日、自分の詩の限界と戦った。そうして唯一の理解者である、登に僕の詩を見せ、評論をしてもらった。
 登は小説を書いていた。毎日、部室で話をしない時間は(部員は僕達二人だけだった)僕達は互いに書き物をしながら、放課後の時間を過ごした。そうして夕方になり二人仲良く、帰る。そんな風な日常が僕は好きだった。学校の授業は退屈きわまりないものだったが、登が居てくれるおかげで、僕は生き生きとした毎日を送れるのだった。



 しかしそんな日々にもある変化が起きた。それはいつも通りの放課後のことだった。一人の高一の女子生徒が僕達の部を訪れ、部に入りたいと言い出したのだった。僕達はすぐにOKを出した。その理由はまずなんといっても彼女のかわいらしさにあった。そうしてもう一つは彼女が文学好きで、僕達の話についていけるからであった。そんな風に僕達だけの日常は終わり、彼女、泊(とまり)明日香(あすか)を交えた新しい日常がやって来た。


「詩がうまくなりません」そうある日、明日香は僕に言ってきた。彼女も僕に影響され、またランボーや朔太郎の詩を読んで詩を書くことを始めたのだった。それに対し、僕はなんともアドバイスができなかった。他人の詩の指導なんてしたことがない。だから、
「良い詩を読んで勉強することだね」と適当に言うくらいしかできなかった。そうして彼女は毎日、僕らと努力をし、詩の修行に励むのだった。
 ある日のことだった。僕はその日、珍しく部室に寄ったあと、登なしで一人で帰っていくと、後ろから声を掛けられた。
「先輩、帰るところですか?」そう言ってきたのは、明日香だった。
「うん。君もこっち方面なの?」
「はい。坂を下るところまでは一緒だと思います。」
 そういうと僕らは一緒に帰り始めた。
「先輩って孤独ですよね」不意に明日香がそんなことを言った。僕は内心、驚きながら、
「詩人なんてそんなもんだよ」と返答した。
「そうなんですか?じゃあ私、詩人になれないかもしれませんね友達がいっぱいいるから」
そう彼女は返答し笑った。折からの冬の夕陽が彼女の顔を溌剌として見せた。それから僕達は他愛ない話をして帰り道の途中で別れた。
 またある日にはこんなことがあった。休みの土曜日に彼女からメールが来ていた。
「こんにちは。突然ですけど、明日、私とデートしませんか?暇を持て余せちゃって」そんな彼女のメールに僕は驚いたものだった。しかし五分後には、彼女に承諾の返信を送っていた。
 そうして僕達は日曜日に遊園地に行くことになった。千葉の某遊園地でない、地元から近い普通の遊園地である。
 「おはようございます」そう言って彼女は僕の前に現れた。普段の学校の制服でない、私服の彼女である。勿論僕はそんな彼女とデートできることに悪い気はしなかった。しかしかすかに登のことを思い出した。このことは登には言えない。
「今日、会ったこと登には内緒にしてね」
「どうしてですか?」
「いや、あいつだって君に誘われたら来ると思うよ。君はやっぱりかわいいし」
「そうですかね。登さんってああ見えて冷たいところもありそうで私、苦手なんです。なんていうか、冬の人って感じで」それを聞いて僕は思わず噴き出した。
「登にだっていいところはあるよ。僕の親友なんだぜ」
「そうですか。まあいいです。まず最初に何に乗りますか?ジェットコースターなんてどうですか?」
「いや最初がジェットコースターってそれは君・・・」
そんな風にしてその日は始まった。彼女との遊園地めぐりは楽しかった。遊園地のアトラクションのせいもあるかもしれないが、それが楽しかったのは主に彼女のおかげだ。彼女はやはり可愛かったし、話も面白かった。そんな彼女に僕は退屈を覚えなかった。そんな風にして始まった彼女との付き合いは登には内緒で続けられた。
文芸部での楽しい時間の後は、僕と彼女の時間だ。僕達は途中まで、一緒に帰り、別れる。しばらくの間、そんな楽しい日々が続いた。
ところがある日のことだ。もう一緒に帰らなくなった登が僕達のことに感づき始めた。ある日僕はこんなことを言われた。
「君と明日香は付き合っているのか?僕は君たちが一緒に帰るのをこの前、見た」
 そう言って彼は僕の目をまっすぐに見てきた。最初、僕はなんとも言えなかった。けれど登のまっすぐな眼には嘘を言えなかった。僕は明日香と付き合っていることを正直に告白した。
「そうか。君はそんなことも僕に言ってくれないのか。僕達は親友じゃなかったのか?」
「ごめん。でも登も明日香のことは好きだろ。それを思うとどうしても言い出せなかったんだ」
「そうか」そう言ってその日の放課後、登は部室からいなくなった。
 そうして次の日が来た。僕と明日香は普段通り、部室に来た。しかし登がその姿を現さない。そうしてその日、結局登は部室に来なかった。次の日、僕はなぜ来なかったのかを登に聞いてみた。
「別に。ただ、二人の邪魔になると思ってね。それだけさ」そう登は言い目を伏せるのだった。
 そうして次の日もそのまた次の日も登は部室に来なかった。それは僕にとってありがたい反面、少しさびしくもあった。なにしろ登は僕にとって唯一の友であったわけだから。
 そうして僕と明日香の間もだんだん気まずくなっていった。今、思えば登は僕と明日香との間の間歇油の役割も果たしていたのだ。そう思うと、僕はますます登が恋しくなった。
 そうして冬の終わりのある日、とうとう僕は明日香に別れようと切り出した。そうして彼女もそれをすんなりと受け入れてくれた。彼女は文芸部を辞めた。そうして部員は僕一人となってしまった。
 


そんな冬の出来事をいまだに僕は覚えている。僕はもう三十になる。登と明日香、君たちは今頃、何をしているのだろう。

冬の記憶

冬の記憶

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted