リアル人生ゲーム

 入社一年目の後藤が社員食堂で昼飯を食べていると、部長の岡部が同じテーブルに座った。
「よう、どうだ。少しは慣れたか?」
 部長といっても岡部はまだ三十代で、兄貴分的なしゃべり方をする。だからといって、後藤の方からくだけた返事をするわけにもいかない。
「はい、何とかやっています」
「まあ、そんなに緊張することないさ。飯は楽しく食おうぜ」
「はい」
 少し世間話をした後、ふと、何か思いついたように岡部がニッコリ笑った。
「そうだ。これは一つの参考意見だけどさ」
 そう前置きして、後藤の担当している仕事のやり方について、今までと違う方法を示した。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
 そう答えたものの、ちょっと面倒な上に多少リスクのある方法だったので、いずれ時機が来たらやってみてもいいよ、ぐらいのことだろうと解釈した。
 ところが、一週間ほど過ぎた頃のことである。
 再び食堂で出くわした岡部は、後藤の顔を見るなり怒りだした。
「おいっ!おまえは人の意見を無視するのか。なぜ、言ったとおりにやらないんだ」
「えっ、でも」
 後藤がモゴモゴと口ごもると、「もう、いいっ!」と吐き捨てるように言って、岡部は去って行った。
 呆然としている後藤の肩を、誰かがポンとたたいた。振り返ると、係長の田中だった。
「やられたね」
 そう言って、田中は笑った。歳は後藤の父親ぐらいだろう。
「あの、やられた、というのは、どういう意味でしょうか」
「『参考意見』さ。そう言われたんだろう」
「ええ、そうですけど」
「岡部の『参考意見』は命令だよ。うちの部の連中はみんな知ってることだ」
「えっ、それなら、ちゃんと命令と言ってくだされば」
 田中は外人のマネをして、人差し指を左右に振りながら、チッチッチッと言った。
「もし、『命令』と言って、きみが失敗したら、岡部の責任になるじゃないか。逆に、もし、うまく行ったら、当然、自分の指示したことだと言うよ」
「そんな卑怯な、あ、いや、失礼しました」
「いいさいいさ。彼にとってはむしろ褒め言葉だよ。あの若さで部長になるのには、それくらいの根性がなきゃならない。やっかむヤツは多いが、何しろ今の社長の一番のお気に入りだ、当分は安泰さ。もっとも、そのことが逆に、彼のアキレス腱にもなるがね」
 後藤にはさっぱり意味がわからなかったが、田中の予想は的中した。個人的なスキャンダルが発覚して社長が解任され、新社長に替わった途端、岡部は地方の営業所に左遷されたのだ。
 食堂で田中に会った後藤は、さっそく感想をのべた。
「おっしゃったとおりになりましたね」
 だが、意外にも田中は、また、チッチッチッと言った。
「いや、岡部はこれくらじゃメゲない。まあ、今回の人事異動は、せいぜい『一回休み』ってとこさ。聞いた話じゃ、あらゆる手練手管を使って、必死で新社長に取り入ろうとしているらしい。まあ、あと二年もしないうちに、本社に返り咲くだろうな。それも、多分役職が上がってね。つまり、『ジャンピングチャンス』だな」
「あの、よく意味がわからないんですが」
「ふふふ、これはわたしの密かな楽しみでね。社内の誰が『出世』というゲームに勝ち残るのか、いつも観察しているんだよ。岡部は入社した頃からマークしていた。ただ、本当に『社長』というゴールにたどり着けるかどうか、それはまだまだわからんがね」
 楽しそうに笑っている田中の気持こそ、後藤にはよくわからなかった。
 だが、予想は二年も経たずに再び的中し、岡部は執行役員として本社に戻ってきた。皮肉なことに、入れ違いに田中が地方の営業所に飛ばされることになった。
 出発の日、駅まで見送りに来た後藤に、田中は意外に元気にこう言った。
「いやあ、後藤くん。やっぱり、人生はゲームじゃないなあ。まあ、だからこそ面白いんだな」
(おわり)

リアル人生ゲーム

リアル人生ゲーム

入社一年目の後藤が社員食堂で昼飯を食べていると、部長の岡部が同じテーブルに座った。「よう、どうだ。少しは慣れたか?」 部長といっても岡部はまだ三十代で、兄貴分的なしゃべり方をする。だからといって、後藤の方からくだけた返事をするわけにも…

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-17

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