お隣さんはバジリスク!?
厨二病全開、剣と魔法のボーイ・ミーツ・ガール(?)の王道ファンタジーっぽい(!?)ものを書いてみました。もともとどこかのレーベルに出してみようと思っていたんですけど、文字数がオーバーしたので。まあ、こんなレベルの文章送られても困るだけでしょうけどね。
読んでくれたらものすごくうれしいです。
第一章 邂逅バジリスク
*
閑静な、どこにでもありそうな住宅街に、トラックの荷台が開けられる音が響く。
「それじゃあお客さん、荷物はここにおいていいですか?」
引っ越し業者が引っ越しというにはあまりに少なすぎる荷物を抱え、客である少年に尋ねた。
「……………ええ」
こくり、と少年がうなずき、業者は荷物を少年が引っ越してきた家の玄関に置く。
「それじゃあ、またよろしくお願いします。間宮さん」
「…………ありがとうございました」
こくり、と少年はまた頷いて礼を言う。引っ越し業者は一度頭を下げるとトラックに乗り込んでそのまま走っていった。
引っ越し業者が去った後、少年はしばらく立ち尽くしていたが、おもむろに振り向いて自分がこれから一年間すごす家を仰ぎ見る。
高校一年生の男子が一人で住むには少々ぜいたくすぎる一戸建ての家。しかも家の中にある荷物と言えば冷蔵庫とわずかな私物。それも服とか日用品がほとんどを占めている。
家の中に荷物を持って入ろうと少年は段ボール箱を抱え、歩き出す。
じゃら、という金属同士がこすれあり、ぶつかり合うような音が響く。
それは、少年の両手と首を拘束している、手錠と金属の首輪から発生した音だった。
「……………ふん」
少年はそれを何とも思う様子はなくただ荷物を持って家の中へと入っていった。
それが間宮カケル―――ここ、八十神陣柳市(やそがみじんりゅうし)に引っ越してきた魔法使いの少年だった。
*
―――魔法使い。古代より希少な職業とされたそれは聖歴二二〇〇年の現在でも比率は非常に小さい。
この世界における魔法(魔術)とは、ゲームのように呪文を唱えれば炎が発生するというような単純なものではない―――まあ、理論上そういうこともあるにはあるが。
この世界の魔法―――魔術とは、あらゆる物質を構成している分子、それをさらに細分化した原子、それを構成している素粒子と呼ばれるものを構成している始原の粒子―――ここではゼロ原子とよぶが―――それを操って傍目には奇跡と呼ぶべき現象を起こすことを指す(なお、本来素粒子というのは物質を構成する最小の単位のことであるが、混乱や混同という現象が各魔術学校や魔法学校で発生したため、新たにゼロ原子という名称がつくられた)。
実はゼロ原子とは人間の手―――というよりは思念に似たもので操ることができる。
人間にはもともと微小な―――本当に微小だがサイコキネシスの類の力があり、それによってゼロ原子を操って素粒子を形成、それを配列させることによって電子や陽子などを形成、それを配列して原子を形成する。そして原子を配列させることによって特定の物質を形成することもできる。それが魔術。
人間には基本的にこのサイコキネシスが備わっているため、すべての人類が魔術の素養を備えてはいるのだが―――実際問題、これほど緻密な計算を行える人間はそういない。魔術が発達した今でも、魔法を使用できる人間はほんの一握りだ。
しかし、魔術の恩恵は大きい。
ゼロ原子から操って物質を形成したり操ったりするため、金などを形成することも可能だし、何より物質の分解、再構成まで行える。事物の修理なども道具も何もなしに行える。
だが、それは世界のバランスを崩すことにもなりかねない。そのため、世界法によって魔術師、魔法使いの力の使用は大きく制限されている。
同時に、魔術師の養成なども国家が一括管理することになった。その力が犯罪に使用されれば、未曽有の被害が出ることは確実だからだ。現に、凶悪な魔術師による凶悪犯罪は増加の一途をたどっている。
ここ、八十神陣柳市は日本では唯一の魔法使いの学校がある場所だった。
陣柳市立魔術養成学校。小学生から魔術の基本、そして高校卒業までに応用課程C1を学ぶことのできる学校だ。
その八十神陣柳市に引っ越してきた少年、間宮カケルはそこの高等部に転入となった。
段ボールからモノを取り出していたカケルは何かを思い出したように顔を上げた。
「……………あ、そうだ。お隣さんにあいさつしなきゃな」
今日、転入初日は学校には昼から登校することになっている。だからまだ時間がある。
普通であれば粗品か何かを持っていくのが礼儀だろうが、生憎カケルは何も持っていない。
それでも挨拶に行こうというのは、母に昔から言われていたからだった。
「……………」
カケルの端正な顔が、わずかに沈んだような色を浮かべる。
自然と視線が写真立へと向かう。
鬱陶しい、退屈で、平凡ながらも、温かく、優しく、楽しく、幸せで、みんな揃っていた過去の象徴。
(……家族、か………)
頭に思い浮かんだ暗い感情を、しかし振り払うことはせずにカケルは腰を上げ、そのまま玄関へと向かった。
わずかな私物と冷蔵庫しかない家に、手錠の発するじゃら、という音が響きわたる。
家から出たカケルは頭上に降りかかってきた春の日差しに顔を上げ、眩しそうに目を細める。
(あれから三年………か………)
三年前。この八十神陣柳市でおこった惨劇。俗にいう『煉獄』事件。
陣柳市立魔術養成学校中等部受験生百十三名、付添いの保護者二百五十名、試験監督者二十九名が何者かによって惨殺されたという事件だ。
犯人は炎の魔術を使用して、さらにその場がさながら煉獄のような光景だったことから『煉獄』事件と呼ばれている。
そして犯人は炎の王―――『焔王』と呼ばれている。
思えば、あれからカケルの人生は狂ったようだった。
両親を失い、魔術の素養があるにもかかわらず学校にも通うことはできず―――そして、三年たった今、ようやくここに戻ってくることができた。
生家はすでにほかの人の手に渡っていたが、こうして家を再び手にすることもできた。
「………………」
カケルは視線を空から戻すと、隣の紬家へと向かう。
少しだけ歩き、玄関の前に立ったカケルの感想は一つ。
「…………古いな」
カケルがつぶやいた通り、紬家はずいぶんと寂れていて、こう言ってはなんだが人の気配がない。庭の雑草も伸び放題だし、ポストには郵便物がたまっている。
何はともあれ、挨拶をするべくカケルはインターフォンを鳴らした。魔術が発達した現在と言っても、やはり魔術を使える人間は希少なので、普通の人たちは科学によって生活を樹立している。
この科学というのは現在においては非常に扱いづらいものだ。
技術の発達によって科学でほとんどすべての自然現象を解明、そして今まで魔術によってしか再現できなかった現象は少しずつ科学でも再現され始めている。
よって魔法使いや魔術師たちの中でも、科学を利用し、そちらの協力を得てより発展させていこうという改革派と、今まで通り魔術は魔術師たちだけで発達させていこうという保守派とが存在、対立している。
しかし、それらのことはカケルにとっては限りなくどうでもいい話であり、今の彼にとっての最優先目標はこの紬家にあいさつすることなのだが―――。
「…………留守か………?」
インターフォンを鳴らしても出てくる気配が全くない。インターフォンが壊れているのかとも思ったが、もう一回鳴らした際にかすかに家の中で音が鳴ったのでその線は消えた。
だとすると留守なのだろう。もしくは―――。
「…………」
少し別の可能性を頭に思い浮かべたカケルだったが、軽く頭を横に振ってその考えを振り払う。
(………また別の機会に来るか)
もうそろそろ学校に行かなければいけない時間だ。
カケルは踵を返し、紬家の庭から出ようとした―――。
カサッ。
「―――」
何か物音が聞こえ、一瞬にしてカケルは表情を鋭いものに変化させながら振り向く。
音のした方向にカケルが視線を向けると。
「……………蛇?」
そこには伸びた雑草に紛れるようにして、排水溝に横たわる―――いや、もともと横たわっているか―――蛇がいた。もとい、干からびかけた蛇だ。頭に独特の模様がある。
(ああ、そうか。今年はあまり雨が降らなかったもんな)
にしても間抜けな蛇だと思う。排水溝に引っかかってしまっている。排水溝に落ちれば水があるだろうに。
だが蛇はまるで排水溝の中に落ちるのを嫌がるかのように溝に必死にしがみついているように見える。
「……………」
今まで無表情だったカケルの顔に、ふっ、と笑みが浮かべられた。
「…………まったく」
本当にしょうがない、といった従妹にでも接するような口調でそう言うと、カケルは少し何かに集中するように目を細めた。
(原子を配列………モル数を設定………対象空間座標を認識………)
そして、本当に突然蛇の上に水―――二百ミリリットルほどだろうか―――が現れ、そのまま重力に従って蛇の上にバシャン、と降りかかった。
蛇はまるで人間のように驚いて、危うく排水溝の中に落ちるところだった。
そのしぐさにまたカケルは笑う。
今、カケルの行ったことが魔術だ。
カケルはゼロ原子を操って素粒子を形成、素粒子を配列させることでO、およびH原子を構成させ、それらを結びつけることでH2Oを形成したというわけだ。
このように書くと簡単に思えるが、実際はナノメートル以下の単位でゼロ原子を動かし、それによって素粒子を形成、さらにナノメートル単位で動かして原子を………という、演算的にも集中力的にもほとんど超人レベルの偉業を成し遂げたのだ。
蛇は水を浴びて水分を取り戻すと、感謝するようにカケルの顔を見上げた。
いや―――見上げてはいない。
「お前………目が見えないのか?」
蛇は両目を閉じていた。まるで怪我でもしているかのように。
蛇はカケルの言葉に首をかしげるようなしぐさをした。
そのしぐさが意外にもかわいらしくてカケルはほほ笑む。
一瞬、こいつと一緒にいられたら、寂しさもまぎれるかな、と考えてしまった。
「お前を使い魔に………ってむりか」
昔何かの絵本で呼んだ『使い魔』という存在を思い出し、口走ったカケルだが自分ですぐに否定する。
昔ならともかく、今では『使い魔』という存在を信じている人間はほとんどいない。高度な一部の生物以外、人間と意思を通わせることはできないからだ。
その高度な生物、というのが神話に出てくるようないわゆる神獣だ。
「さて、と。じゃあ、今度はそんな場所に引っかかるなよ」
カケルはまるで臆することなく蛇をつまみあげると、その辺の雑草の生えているところへ置く。
蛇は再び感謝でもするように鎌首をもたげた。
本当にこちらの言葉を理解しているようなしぐさに、カケルは苦笑する。
「まったく。変な蛇だな………あっ、もうこんな時間か。早く学校に行かなきゃ」
カケルは左手の時計を見て、駆け出すようにして紬家を出て行った。
蛇はその後ろ姿を閉じた両目で見つめるように、ずっと、その方向を向いていた。
ぽつりと、呟かれた言葉。
「―――――――――――――――――――ありがと」
その言葉を聴いたものは、発した蛇以外にいない。
*
陣柳市立魔術養成学校高等部一年三組、五限目、LHR。
「よーしお前ら。今日は転入生を紹介するぞ。………え? なんで五月なんて時期に転入生が来るのかって? そんなのどうでもいいだろうが。あれだよ。波乱の予感、ってやつだ。てなわけで入れー」
そう言って教室の教壇側のドアを指し示したのは、年齢的には十八歳ぐらいに見える女教師だった。
………実は本当に十八歳である。
獅子宮アマツ。この魔術養成学校を高校一年で卒業した大天才であり、その後二年で世界に一つしかない魔術大学校を卒業、その後はここで教師をしている。
その魔術レベルはA3。世界中の魔術師の中でもトップ五十に入る実力だ。
その才能もさることながら、その容姿からも生徒からの人気が高い。髪の毛は腰に達するほど長い黒髪で、特殊な魔術である『オーディンの目』によって色が紫へと変わった左目。顔立ちはすっきりとしていて、かわいい、というよりは美しいという表現がぴったりの美人だ。スタイルも出るところは出ていて長身。まさに非の打ちどころのない、教師であり同じティーンエイジャーという、両立しえない属性を兼ね備えている人間だ。
本人は魔術以外にはまったく興味がなく、現に転入生の紹介という現在ではやる気なさそうな声で説明したのだが、それもまた一種の魅力になっている。
「…………失礼します」
消え入りそうな、だがなぜか全員の耳に届くような不機嫌そうな声であいさつしながら教室に入ってきたのは、間宮カケルだった。
カケルの姿を見た瞬間、クラス全員が息をのむ。
それぐらい、カケルの容姿は異常だった。
日本人の顔だちでありながら日本人ではありえない、赤い髪の毛に真紅の瞳。両目の下に刻まれている独特の紋様。華奢な手首にかけられた手錠に、細い首にかけられた首輪。
まるで囚人のようないでたちでありながら、どこか不可侵の神域のようなものを感じさせる独特の雰囲気。
つまるところ、人ならざる雰囲気に全員が飲まれていた。
そんな全員の顔を無表情に見渡すカケル。
唯一、アマツだけがまったく動揺していなかった。
「よし。自己紹介しろ。わたしもまだ何も知らないからな」
そう言ったアマツにカケルは一つ頷くと、チョークを持って黒板に文字を書く。
間宮カケル。
そう書いて教室のみんなを振り返ろうとすると、アマツがとめた。
「ああ、一応今の魔術レベルを書いておいてくれ。参考までにな」
そう言われ、またも無言でうなずいてカケルはその下に自分の魔術レベルを書く。
―――間宮カケル。魔術レベル:F3。特化項目:A1。
「「「「ええええええぇぇぇぇえええええええッッ!?」」」」
クラス全員が一斉に声を上げた。
その様子にアマツは苦笑を浮かべながらも体を震わせたが、当のカケルにはまったく動揺した気配は見られない。
だが、クラスが動揺するのも無理はなかった。
「ど、どどどどういうことだよ!? EどころかFって! いや、それよりも特化項目A1って!」
そう言って席を立ったのは。
「落ち着け椿。まだ自己紹介の途中だ。質問コーナーは後で設ける」
「………設けるんですか…………」
アマツが静止し、その言葉にカケルが無表情のまま額に手を当てた。
椿―――椿リウは渋々ながらも席に着いた。
だが、クラスが動揺したのはつまり、椿の言ったことそのものだった。
「にしても特化項目A1ねえ。ここまで特化した奴は初めて見たぞ」
アマツも呆れたような口調で黒板に書かれた文字を見ながら言った。
「………白々しい」
カケルがぽつりとつぶやいたが、アマツには聞こえていなかったようだった。
魔術レベル―――主に魔術師、魔法使いの習得段階を表すこのレベルは、大きく分けてA~Fまであり、そのAなども1~5に細分化される。
Aに近づけば近づくほど高レベル習得者であり、1に近づけば近づくほどその中でも高レベル習得者である。
よくある、バトルもののアニメで言う強さを表したレベルではない。
この魔術レベルには様々な項目があり、一般に魔術レベルというのは平均レベルのことを指す。
主な項目としては有機物構成項目、無機物構成項目、状態変化項目、物質分解項目、物質再構成項目、燃焼項目というものがある。ほかにも構成速度項目なども存在する。
この中でも、物質再構成項目と燃焼項目というのは特に難易度が高く、平均魔術レベルB5以上でなければ習うことすら許されない。
そして特化項目というのはその名の通り、もっともレベルの高い項目のことであり、そのレベルを指す。
A1というのは特化項目上でも世界に十人しかいない、いわゆる『十王』レベルであり、総合A1というのは世界に三人しかいない。俗にいう、『三皇』という人たちだ。
そういうことでも驚いたクラスたちだったが、もう一つ驚いたことがある。
それは、平均魔術レベルFということ。
端的に言えばそれは初等部レベルであり(初等部の中でも二年までだ)、高等部ならば平均的にD~C5はあるのが普通だった。
つまり、カケルはほとんどすべての項目において超ど素人レベルであるが、ある一項目においては世界十強と肩を並べるレベルだということ。
あまりにも。
(((((アンバランスすぎるだろ………っっっ!)))))
クラス全員が、そう心の中で唸った。
「それで間宮。お前の特化項目っていうのは………」
(((((………っ!)))))ごくり。全員が息をのむ――――、が。
「黙秘です」
(((((被疑者、貴様あぁぁあああ―――――っっ!?)))))
クラス全員が一番気にしていたことを代表したかのように尋ねたアマツだったが、それに対してカケルは一蹴。その雰囲気とまったくたがわぬクールな態度で無視した。しかも教師に対して目を合わせることもなく、だ。
だが、そんなカケルの失礼な態度を気にすることもなく、アマツはふっ、と笑うとクラスを見渡して言った。
「よし。それでは授業を始める! 全員席に着け!」
「「「「「質問コーナーはっっ!?」」」」」
クラス全員、完璧なハモりで突っ込む。
しかし、その様子にカケルは笑うことなく、ただ。
(騒がしい………)
と、特に感慨もなく他人事のように思うだけだった。
*
放課後。
今日は特に授業という授業もなかった。魔術養成学校ではあるが、その根本的なところを支えるのはやはり一般教養であるため、魔術科目は一日に二科目ほどしかない。そして今日は二科目とも午前中に固まっていたため、午後は普通の数学などだった。
しかし、普通の一般教養というのが、カケルだけでなく一般生徒にとってまた退屈だ。
前述したように、魔術師は超人レベルと言っていいような演算を脳内でこなす。つまり、魔術師全員が天才も天才、超天才の集まりなのだ。
したがって微分積分などと言うのは小学生以下のレベルであり、ほとんどの生徒が授業中は寝てしまっている。
カケルも寝ることはなくとも、授業中窓の外の風景を眺めてぼーっ、とすることはあった。
それをとがめる教師も、この学校にはいない。
教科書をまとめ、帰宅しようと席を立ったカケルに、声をかけてくる人物がいた。
「よう。一緒に帰ろうぜ、転校生」
それは、カケルの自己紹介の際に声を上げて席を立った男子生徒―――椿リウだった。
転入前、あらかじめ渡されていたデータファイルでそれを記憶していたカケルは、しかしリウの言葉にも表情をまったく動かさずに首を振った。
「………いい。一人で帰るよ」
そう言ってリウの隣を通り過ぎると、あわてたようにリウがカケルの肩に手をかけてきた。
「お、おいおい待てよ!」
だが。
「ッ!?」
リウは手をかけたかと思うと、まるで火にでも触れたかのようにその手をひっこめた。その顔は突然の痛みに驚いた表情を浮かべている。
そして………カケルはというと、リウが背筋を凍らせるような表情でリウを睨みつけていた。
「…………触れんなよ」
「あ、ああ………悪い………」
リウはいまだに驚きも冷めやらぬ様子でそう口にするのがやっとだった。
その場に残っていたクラスメイト全員がカケルとリウの様子に視線をやるが、カケルは気に留めることなく教室を出た。
そして一切振り返ることも、表情を動かすこともなく歩を進め、曲がり角を曲がる。
「―――よう」
「…………」
まがった矢先、廊下の壁に寄り掛かるようにして待っていたのは、獅子宮アマツだった。
「…………何の用?」
カケルは視線を送ることなく冷たい―――いつも以上に冷たい表情と口調になりながらそうたずねた。
「教師に対する口聞きじゃないぞ。間宮」
アマツは挑発的な笑みを浮かべながらカケルに近づく。
カケルはそれでも視線を合わせようとしない。アマツはそんな様子にむしろ楽しんでいるかのような表情を浮かべる。
「聞いているのか? 言葉遣いを直せと言ったんだ」
と、ここでようやくカケルはアマツに視線を合わせた。
その視線は、普段のカケルからは考えられない、烈火の怒りを孕んでいた。
「………黙れよ。間宮の名を捨てたあんたに説教される覚えはない」
しかし、アマツはそんなカケルの視線にひるむことはない。
むしろ、笑みを深めた。
「……くく。もうお前しかいない間宮に未来などない。その名にも意味はないさ」
「―――ッ」
一瞬、カケルの右手が握りしめられ、辺りに異様な重圧がかけられるが―――。
「…………黙れ。まだ俺だけじゃない」
カケルの表情がいつもの氷のような表情へと変化し、辺りにかけられていた重圧が嘘のように消え去る。
そしてカケルは視線を外すと、アマツを押しのけるようにしてその場を歩み去る。
その歩調が、いつもよりも速かったのは気のせいではないだろう。
「…………」
残されたアマツは、カケルが歩み去った方向を見つめていた。
「………ばかなやつだ。一年しか生きられないお前が、どうやって間宮を復興する? 両親でも取り戻す気か? 二度と戻ってこないものを? ………くく。どこまでも馬鹿な奴だ」
その口調はどこまでも侮辱と、嘲笑に歪んでいる。
その表情も笑みこそ浮かべていたが、それは彼女の美貌を引き立てるどころか、醜くゆがめている。
そう。まるで彼女の心の姿を映すかのように。
「………ほんと………ばかなやつだ………」
その歪められた顔を、一滴のしずくが伝った。
*
学校を出たカケルは、まっすぐに自宅へと向かっていた。
顔こそ無表情だったが、その足取りにはわずかに苛立ちが現れており、道端にあった石ころを軽く蹴飛ばす。
と、その転がった石がある家の塀へとぶつかり、カケルは顔を上げた。
それは、隣の紬家だった。
それを見て、カケルは思い出した。
(そう言えば………留守だったからあいさつ出来てなかったな)
もちろん、再び留守という可能性もあるが………まあ、挑戦して無駄になるのはわずかな体力と時間なので、気にすることなくカケルは玄関口へと向かった。
ちなみに、どうして人が住んでいるのか分かるのかというと、電気使用量のメーターがほんのわずかではあるが動いているからだ。
カケルは再びインターフォンを押し、しばし待つ。
「……………………………………留守か」
数秒待ったが、やはり反応がない。
仕方がない、と踵を返そうとしたその時だった。
「はーい。早く入ってくださいー………」
「…………!?」
まさかの家に入ってください宣言に、しばし固まるカケル。留守じゃなかった、という感慨を覚える暇もなかった。
(………いやいや。おかしいだろ)
そもそも顔を合わせたこともない人に、いきなり家に上がってください、と言われる筋合いはない。しかも声からして少女のようだった。ますます入りたくなくなった。
「………いえ、ただあいさつに来ただけなので。そんな気を遣っていただかなくても結構です」
務めて冷静にそう断ったカケルだったが、家の住人はそれを許してくれなかった。
「え………入ってくれないと困るんです………ちょっと待っててください、そっちに行きますからー」
どうやら玄関から少し離れた場所から声を出しているようだった。少ししてトタトタ、というどこか危うげな歩調で歩んでくるのを聞き取った。
ほっと胸をなでおろすカケル。何はともあれ、玄関へ顔を出してくれればそれで最低限のあいさつは済むのだ。あとは向こうの誘いを断り続ければいいだけの話だ。
その、はずだったのだが。
「うーん……やっぱり歩き慣れないな……今までずっと歩けなかったからかな………」
(………!? まさか今まで寝たきりだったとか!?)
聞こえてきた少女の独り言に、カケルは少し体をびくりと震わせた。今まで寝たきりだった少女が、今、ただあいさつに来ただけの少年を出迎えるために慣れない二足歩行でカケルのほうへと向かっている………。正直、罪悪感に胸が苦しい。
「い、いえ。別にこっちに来ていただかなくても結構です」
少し背筋に冷たいものを覚えながら、カケルは彼にしては切羽詰まった声を上げた。
「いーえ! あたしはあなたに会わなきゃいけないんです」
なぜか強気な口調でそう言い切る少女。そして危うげな歩調のまま、歩む速度を速くした。
(ここで加速!? なぜ!?)
「あう!」
パリーンッ! 何か陶器のようなものが割れる音が家の中から聞こえた。
(割れた!?)
知らず知らず、顔をこわばらせるカケル。
「う………破片が………だ、大丈夫……だもん………」
(破片がどうした!? 刺さったのか!?)
もはや気が気でないカケル。
そこに決定打が。
「きゃあああっ!」
ドッシャーンっ!
(―――っっっ!)
玄関寸前で何かが盛大にこける音がカケルの耳に入り、カケルはほとんど無意識に玄関の戸を開けた。
「……………………………………………は?」
カケルにしてはあり得ない、呆けたような表情で、ドアを開けた姿勢のまま固まる。
それもそうだろう。カケルの目の前には、玄関寸前で倒れている――――。
「……………えへ」
―――素っ裸の少女がいた。
「…………………」
しかし、よくあるラブコメディのような素っ頓狂な声はあげない、冷静沈着なカケル。
だが。
(なぜだあぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁああああああああああああっっ!?)
口に出すことすらできていないだけだった。
お隣さんはバジリスク!?
第一章を読んでくれてありがとうございます! 初投稿だったので緊張しました。自分は小説とかライトノベルはレーベルに送るぐらいしかできないと思っていたけど、こんな素敵なコミュがあることをしってとてもうれしいです。もしもいろんな人と知り合いになれたらと思うととてもうれしいです。自分の周りにも小説、ラノベ好きはたくさんいますが、書いている人は少ないのでそういう人と意見交換できれば感激の極みです。
最後に。なにより、読んでくれてありがとうございます!