practice(184)




 温かいカップに,窓の外を曇らせている彼女である。
 素足をさらして,椅子に座り,シューシューと音を立てる暖房器具。古くて安いホテルの壁にクリーム色の染みを目の端に止めて,それでも見るのは向こうの雪か,何か。植えられたものか,それとも元々そこの育ちか,ぼやける白い景色の中でも,緑は視界にアクセントを与える。連れ合いの一人がコートを着て,けれど毛糸の帽子も何も被らずに,多分耳を真っ赤にして,そこに現れた。そうすることは事前に聞いていた彼女である。だからそこに座っていたし,立ち上がって,はぁーっと息を吹きかけて,片方の長袖で拭った。はっきりとした長年の連れ合いの格好。ブーツで歩いて,どこかで引っ掛けて,結果として覆い被さったのか,衣服表面の雪を手袋で叩いて,欠片を手袋のくっ付けている。ああ!もういいや!という感じのへの字口がこっちを見た。彼女もそっちを見た。わざとカップに一口つけて,熱そうに振る舞った。ほーっという感じの美味しさを分けられずに,残念な表情つきで。負けず嫌いの連れ合いは,奥歯を噛み締めたいはずなのにと彼女は思うけれど,素直な体温がそれを許さずに,中途半端に終わろうとしている。代わりに指を差す,連れ合いの決心。言いたいことはこうだろう。
「よく見ておけよ!ひとつも間違えたりしないからな!」
 そうして連れ合いは踊り出す。即興で私が教えたダンスのバレエを。かちこちながら,ビシッと決めるところを決めるのは,流石のことだと彼女は思う。思うけど,やっぱりオカシイ。出来ないと分かってて,賭けに乗った連れ合いの真面目な顔がそうさせるのか。時々バランスを崩しそうになって,ぐっと堪えるところから,見せ場のひとつ。
「あっ。」
 と彼女が漏らしてしまって,彼は雪に埋もれてしまった。しかしすぐに起き上がり,ヒト型の模様。連れ合いの真っ赤な鼻の頭にも雪がしがみ付いていて,すぐに落ちた。手袋で顔を拭おうと試みたから,余計に。白に塗れた表情は彼女をきちんと捉えていた。彼女は笑った。その人も笑った。
 長い旅路の,途中の遊び。
 開きっぱなしのトランクの蓋の内側に,くたびれた見た目のシャツが二枚。どちらにも自然なアイロンがかかっていて,身に付ければくしゃくしゃにもなる。ブラウスの色つき。履くと寒そうなスカートのチェック。タイツの黒に伸ばされた言い訳の痕跡が,入室間もない冷たさによって,すっかり解消されている。だから。
「あっという間に許してあげようか?」
「いんや。もうひと勝負だね。」
 歌みたいな,声音が聞こえる。空いたカップに吸い込まれて消える。暖かい雰囲気?
「もうひと踊り,かしら。」
 ヤカンに隠れた愛しさが笑む。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-15

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