ピーターパンの成長。

 夜中にコンビニへ行って、自棄になったように物を買うのが、癖になっていた。だから僕は、自転車を小屋から出してあんまり開いていない門からゆっくりと外に出た。その途中、門にぶつかって、小さな音がした。家の外に出る。まだ冬の名残が残っていて、寒くてもっと着込んでくればなんて考えていた。そして僕は自転車を走らせた。ギアは3個中の2個目の中ぐらいで、重くはない。500mしか離れていないコンビニだったので、すぐ着く。さっさと終わらせて帰ろう。そしてポテチとエナジードリンクを買って、小さな晩酌をしよう。周りにはまだ咲きかけていないたんぽぽが静かに風に揺られていた。季節が変わっていくのを見るのは好きだった。僕が引きこもっていたから。20歳になるのに、あまり外に出ていなかった。外に出ると言っても、この用事だけで。人生経験というものも浅いのだろう。だから新鮮なのだ。いつもの丁字路を抜けてもうすぐコンビニというところだった。
「にゃーにゃー」
 前を見るとカラスが子猫をいわゆる補食しようとしていた。カラスはしきりに子猫を突っついて、じわじわと弱らせていた。それを子猫は必死に生きようとしていた。
「やめろー!」
 口からすぐに声が出た。反射のように。するとカラスはこちらを向いて、あからさまに嫌な顔をして飛び立っていた。すかさず僕は、子猫に駆け寄る。ぐったりと動かなくなっていた。それでも息はあった。頭を撫でる。いやだったのか、手を噛もうとする。僕はなぜか、この子は寂しかったんだろうなと思った。母親と離されて、一人で生きていくことになって……。
 それは未来の僕自身だった。まだ大学すら通ってないけれど、いずれはそうなるのだろう。
 僕は、自転車の前籠に子猫を乗っけると家へ戻ることにした。家まで5分。子猫はやせ細っていた。骨と皮しかないような。でもそんな残酷な世界あってたまるか。僕はペダルを漕ぐ足を速めた。野良猫に生まれただけで、あまりにも悲しすぎる。僕自身も少し泣きかけていた。
 家の前に自転車を置いてすぐに家へ入る。幸いにしてうちは猫を飼っている。餌なら困らない。僕はとりあえず、祖父に相談することにした。祖父を呼ぶ。
「なんだい」
「猫が、猫がカラスに」
 その祖父の返答はこうだった。
「うちにはもう猫がいる。捨ててきなさい」
 僕は愕然とした。何より、人のためのことをしなさいと言っていた祖父が、そんな非情なことを言うなんて。
「とりあえず、回復するまで面倒見るよ」
「勝手にしなさい。でも絶対うちでは飼えないからね」そう言って祖父は床の間のほうへ帰って行った。その後に祖父の近くにいた飼い猫がこちらを軽蔑したような目で見ながら「シャー」と唸った。僕の懐の子猫は震えていた。
 大人ってなんだろう。僕はもう20歳だから大人の部類なんだろう。それでもピーターパンのように、僕は随分と長い間、子どもでいることを余儀なくされそうだと思った。誰かが困っていたら助ける。それが人間でも愛玩動物でも。
 僕は二階に上がり、飼い猫の餌を餌箱に入れた。まだ子猫だ。固形のは食べにくいだろう、だからお湯を沸かして柔らかくする。携帯で調べてみると砂糖を入れるといいらしい。砂糖を入れて、猫を置いて食べさせようとした。猫はもう立ち上がる気力すらないのか、ふらふらで歩くことすらもままならない。僕は頭を撫でたり、口のほうへ餌を持って行ったりを繰り返す。それでも食べてくれない。そういう間にも猫は目が開かなくなっていた。生まれたての子猫は目が開いてないこともあるのだけれど、これは、もう無理なのかもしれない。きっと僕がお金を持っていて、獣医になんか連れていければ、もしかしたら助かっていたのかもしれない。僕は僕を恨んだ。だんだんと、猫は動きが微かになっていく。僕は何も出来ない。そのまま見届けていたら、猫は完全に動かなくなった。お腹のほうに耳を当てる。野良猫だからきれいってわけではないのだろうけど、僕は厭わなかった。贖罪の気持ちで。……もう完全に鼓動はなかった。
 また一階に降りる。祖父と祖母が出てきて、
「子猫はどうした」と訊いてきた。
「なくなったかもしれない」と言う。
 やっぱりな、祖父はそう言って「埋めるなら家の敷地以外にしてくれ」そう言った。
 祖父のことを尊敬していたし、もちろん家族だから信頼もしていた。でもこれは悲しいというよりショックだった。あのやさしい祖父が。これが大人か。僕はそれで無理矢理納得した。それはきっと生きるためにしょうがないことなんだ。
 僕は今、丘を登っている。桜の木があってそこにこの子猫を埋めたいからだった。まだ冬の終わりだから、枝には何も付いておらず、物悲しげだった。小さなスコップで少しの穴をあける。そこに子猫をやさしく置いてもう一度土をかける。いつ僕が泣いてもおかしくない状況だったけれど不思議と泣かなかった。それはきっと僕も祖父側に近づいたからなのかもしれない。きっと祖父もこういうことをいっぱい経験してきて諦めたんだ。すべてうまく行くことはないということを。軽く手を合わせて、僕は帰ることにした。暖かい風が吹いた。あの猫にありがとうと言われたような気がした。もうすぐ春が来る。

ピーターパンの成長。

ピーターパンの成長。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-14

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