三題噺「猫」「埴輪」「電池」
――深夜の学校。その二階の廊下で、月明かりに照らされた二人の男子生徒が対峙していた。
武骨な男子生徒はラバースーツに学ランを羽織った姿。はたから見ると救命具を付けたダイバーのように見えなくもない。
一方、対峙する痩身の男子生徒はフード付きのレインポンチョを被っている。こちらはまるでてるてる坊主のようだ。
頑強な似非ダイバーが顎に手をやりつつ話しかける。
「今回の戦い、負けるわけにはいかんのよ」
彼の周りで無数に漂っている赤い物体。その一つ一つが静電気のような火花を散らしていた。
「おや、奇遇だね。僕も今回はおいそれと勝ちを譲ることはできないんだ」
虚弱そうなてるてる坊主も背筋を伸ばし負けじと言い返す。
彼の後方2メートル、その床にひしめく赤茶色の騎馬隊人形が剣を一斉に掲げる。
動いたのは同時。詠唱スピードは互角。
「受けてみよ、マンガン電池術式『ナショナルネオスパーク』!」
「跪け! 古来発祥の埴輪術式『古墳防衛陣』」
共に初撃に全力を注いでいたのか、ぶつかり合った衝撃で廊下の窓ガラスが一瞬で粉砕される。
無数の電池が一種の雷雲となり廊下を昼間のように明るくすれば、突進する埴輪兵が砕けながらも陶器の弾丸へと姿を変えた。
「まだまだ! 埴輪攻撃術式『前方広域砲』!」
砕けた破片が結合し、敵の身体を穿つ一つの弾となって飛んでいく。
「ぬるいわ! マンガン電池術式『パナソニックウェーブ!』」
電池群が一斉に陣形を揃えると、マシンガンのように打ち出されていく。
それは生と死の輪舞曲。一瞬でも相手から目を離せばすなわち死。舞台から退場するのだとどちらも理解していた。
だから気付かなかった。いや、たとえそうでなかったとしても気付けなかった。
彼らの背後に忍び寄る葬送曲の存在に。
「お前ら、私の庭で何をしている」
不意に聞こえた声。それは彼らの動きを止めるに十分なものだった。
「不快だ、消えろ。走馬灯術式『黒猫の円舞曲』」
詠唱名が聞こえた時には二人の術式の依り代、電池群も埴輪の軍勢も姿を消していた。
あるのは二人の男子生徒と、闇。月明かりさえも飲み込んだ闇、それだけだった。
「そんな、奴は死んだはずでは……! くそっ、アルカリ電池術式『エボルタチャージ』!」
雷撃使いの詠唱が廊下に響く、が何も起きなかった。
「おい、貴様! 貴様も手伝え!」
「ええ、言われなくてもそうします! 埴輪探索術式『円筒輪環閃』」
しかし、何も起こらない。廊下に重い沈黙が広がった。
「……まさか、ここで夢が潰えるとは……」
「……お互い様とはいえ、笑えない冗談ですね」
「なんだ。もう終わりか」
「「…………………」」
「……つまらぬ。走馬灯術式『九連宝燈』」
悲鳴は聞こえなかった。月明かりが再び廊下を照らした時、そこには人影の一つも残ってはいなかった。
三題噺「猫」「埴輪」「電池」