今日もまた雪が降る
初めまして花火です。
今回「今日もまた雪が降る」というお目汚しの初の小説作品を書かせていただくことになりました。
小説書くのは初めてですので誤字脱字多いと思いますが、皆様の意見を聞きながらポチポチ進めていこうと思いますのでぜひ見てやってください。
そして皆さまでこの作品を育ててやってください。 花火
序章
真冬の青く透き通った空を、少女は一人ぼんやりと眺める。なぜここにいるのか、いつからここにいるのか分からない。ただただ毎日ここで自分に届く声を聴き、祈りを込める。
{恋仲になれますように。}
{おいらとお花を結んでくだせぇ。}
{あの世でも旦那に会えますように}
「「雪代様雪代様どうかお願いします。」」
彼女は毎日毎日声を聴く。これが彼女の唯一の幸福な時間。外に出ることができない彼女にとって、人の声は生きていることの証。だから彼女は人々の願いを聞き届ける。無事に縁が結べますようにと。
時代は江戸時代中期。
人々が平和に暮らしていたそんな時代。
彼女は大江山のふもとにひっそりとたたずむ雪代神社の人神。二代目雪代主命。名前は雪代茜。人年齢で十八くらいだろうか。人神とは生まれながらに神の血を受け継ぎ、それぞれその神様の力を引き受ける。いわば神様代行という仕事のようなものだ。ちなみに茜の力は、人の声を聴き縁を結ぶこと。縁結びの神様だ。
いつもいつも届く声はやむことを知らない。ほらまた今日も、茜のもとにいつものように声が届く。
-雪代様やお外は真っ白な雪どす。お体きーつけなはれ。
たまに願いではなく語りかけてくれる人もいる。部屋にいると天気の様子が分からない。今日は晴れなのか、雨なのか…たまにこうやって、天気を教えてくれる人もいる。そのたびに茜は軒下に行く。軒下が一番お外を見渡せる場所。覗いてみると、お外は真っ白な世界だった。この前まではあんなに青空が広がっていたのにな。そんなことを思い茜は軒下で腰を掛ける。一面雪景色の世界を茜は満喫していると、ふと境内の中のいつもとは違う景色に目が行く。
「明日は寒冷祭ですな。」
「私たちも雪代様の舞を楽しみにしてまする。」
足元に小さなもさもさの生き物がいた。彼らは冬の季節だけこの大江山に来るもさもさの妖怪たちだった。
茜は妖怪の姿を見ることもできる。気づけば小さな妖怪たちに囲まれながら、祭りの準備をしている巫女さんや、宮司さん、氏子さんたちを眺めていた。
「楽しみにしていてね。」
明日は寒冷祭と言ってこの寒さを無事に超えることができるように願いを込めて舞を舞う。緊張する反面にうれしいことがある。境内の中ではあるが、唯一外に出られる日なのだ。
人神は妖怪たちにとって絶好の食料であり。寿命が延びると言われている。もちろん人を食料とする妖怪だけなのだが、雪代主を根絶やしにすることはできない。そのため茜は結界の強い社殿から出ることができない。しかしお祭りのときは神聖な空気が境内全体を包むため悪意を持つ者は境内には入れないようになっている。なので明日は唯一外に出られる日なのだ。外に出たいそう思ったことは数えきれないほどある。しかし神様の声はいつだって誰の耳にも届かない。
「茜様!風邪をひかれます。お部屋にお戻りください!」
軒下にいた茜に声をかけたのは、面と鈴を持っている。茜の唯一の話し相手。柏木千
彼女は神に茜の側近として選ばれた巫女さんだ。つい最近変わったばかりの新人さんだ。
「お千ちゃん。それ明日の?」
千は頬を赤くしながらコクリとうなずく。
「あ、そうだ!このお面紐が緩んでいるので調整しようと思うんですが、合わせてもらってもいいですか?」
千は茜の隣に腰をおろし面を茜に渡す。
「この面…なんで鬼なのかなぁ…。」
茜は面を見る。雪代主の命は鬼を封印したとは聞いていた。
「先代様がこういっておりました。雪代主は鬼を救った。と私もよく知らないのですが…。」
二人はお面を眺めていたが、
「そんなことよりも茜様、明日の舞は大丈夫ですか?」
千は面にひもを通しながら話す。
「うん!緊張するけど頑張るね!」
千も安心したように、
「でもいいですか!くれぐれも頑張りすぎないでくださいね!」
千はそういうと立ち上がり、
「あ、こうしちゃいられなかったんだった!着物と提灯の・・・茜様またあとで来ます!」
千は忙しそうに早歩きで拝殿の方へ向かって行った。茜はもう少しこの景色を見てから行こうとその場に立ち止まっていた。
翌日まだまだ雪雲は残っていたが、ところどころに日が差し込み、雲の切れ間から青空がのぞいていた。おかげで雪代神社には大勢の人々や、人の目には見えない力のない妖怪たちで。茜が舞を舞うのを今か今かとっている。茜は一番に行きたかった場所へと足を進めていた。それはいつもみんなが茜自身に語りかけてくれる場所。拝殿だ。
茜は賽銭箱や、鈴いろいろ触れてみた。そこからいろいろな暖かさを感じた。そしてふと手水舎、鳥居をみる。とてもきれいに整えられていた。それはここで働いている宮司さんたちがきれいにしてくれている証拠でもある。本当に私は皆に支えられているのだなと、茜は改めて実感した。深呼吸をする。久しぶりの外。木々やお花それから動物たちの鼓動が聞こえてくるよだった。雪解け水が頬にあたる。吹き抜ける風。とても心地よかった。
「そなたが雪代主命とお見受けいたすが違うか?」
ふと後ろから声をかけられる。足音もなし、気配すら感じ取れなかった。茜は素顔をとっさに隠した。
「顔を隠さずとも私にはわかる。お前は忘れているのだろうが…今はそんなことはどうでもいいこと。とりあえず忠告をしに来た。」
心に響くその声は、本能で危険だと思った。額から冷や汗が出る。
「今日はなんだか騒がしい、気をつけろ。」
茜は、どういうことなのか聞こうと振り返るが、もうすでにそこには誰もいなかった。不思議な感覚に襲われた。怖くて怖くて震えている体とは裏腹に、どこか懐かしさを感じていたからだ。立ち尽くしていると、
「茜様ー!!こんなところにいらっしゃったんですね。早く支度をしてください!始まりますよ!。」
お千が鬼の形相でやってきて茜の手を引き部屋へ引きずっていく。部屋の中に入ると、茜はお千にされるがまま、紅色の鮮やかな着物を着て、髪の毛を束ね、装飾品をつけて最後にお化粧をし、お面をつける。赤鬼のお面だった。
「お千ちゃん…私のこと怖くない?」
茜は面に触れながら問いかける。そんな茜の手に自分の手を重ねお千は、
「茜様。私は茜様にお使いできることをこの上ない幸せだと思います。」
お千は重ねた手をギュッと握りしめた。
「そっか、ありがとう。行ってくるね。」
茜は面越しに笑顔を見せ、舞台へと上がる。舞台へ立つと大勢の人たちが待っていた。宮司さんたちが笛や和太鼓を奏でる。茜はそれに合わせ持っていた鈴と、懐から扇子をだし舞う。ここにいるすべての人が素敵な縁が結べますように…この冬、寒さと、素敵な縁が結べますように。舞は交番に差し掛かる。
その時だった。
カタカタカタ…
周りの物が小刻みに揺れだした。それは次第に大きく揺れる。
「キャーー!!!!」
茜は立っていられず、その場に座る。そばにいた千が慌てて茜のもとへ駆けつける。二人は強く抱きしめあった。外からも中からも大きな悲鳴が聞こえる。しばらくして揺れは収まった。
「地震?」
しかし揺れが収まったのにもかかわらず周りは騒がしかった。ふと先ほどの男の声が脳裏に蘇る。
[今日はなんだか騒がしい、気をつけろ。]
妙な胸騒ぎが茜を襲う。嫌な汗が滴る。
「おい!あれはなんだ!!」
周りの人たちは空を見上げている。茜も千も同じく空を見上げた。
「なにあれ…。」
思わず言葉がもれる。空に亀裂が走る。その亀裂は次第に大きくなるばかり。
「みんなー逃げて!!!」
茜は立ち上がりありったけの声を振り絞る。精一杯叫ぶ。腰が抜け、立てなくなった人も力の限りをつくし立ち上がり逃げる。しかしその亀裂から黒い霧が溢れ出し、中から無数の妖怪たちが姿を現した。茜のそばにいた小さな妖怪が、
「百鬼夜行やー百鬼夜行やー」
と嬉しそうに叫ぶ。またある人間は、泣き叫ぶ。
「く、来るぞ!」
と必死に逃げていく。妖怪たちは下を眺め不気味な笑みを浮かべ急降下する。慌てて逃げるが宮司たちは、結界があるから中の方が安全だと、止めてしまっている。
しかし茜の眼には妖怪たちの不敵な笑みが不安を強くする。ダメだ・・・結界の方が力が弱い。このままではみんなやられてしまう。
「に、にげてーーー。」
茜は必死に叫んだ。しかし時すでに遅く、
バリン・・・
嫌な音が悲鳴とともに響く。結界が音を立てて砕け散った。
「みんな逃げろ!!!早く!!」
茜は震える手を握りしめ叫ぶ。だんだんと妖怪たちが中に入ってくる。あんなに平凡だった空気が一気に張りつめて行った。
中に入った妖怪たちは一人逃げ遅れた子供を捕まえた。
「うまそうだ。」
そういうと口の中へと放り込む。子供の親は声にならない悲鳴を上げ妖怪に取り掛かる。しかし勝てるはずもなくその親まで一気に持ち上げられ口の中へと放り込まれた。バキバキと骨の砕ける音、助けて痛いよ苦しいよ。という氏子さんの声がどうしても茜の心に届いてしまう。茜は耐えられずにしゃがみこみ胃の中の物を吐いてしまった。
「いやだ…嫌だ…。」
もう逃げる気力もなくなってしまった茜はその場にしゃがむことしかできない。次から次へと襲われる人びと。涙と嗚咽が止まらない。なんでなんで…
「こいつ…人神…うまそうだうまそうだ。」
茜は必死で逃げようとするが足がもつれて動けない。
刀の抜く音が聞こえた。もうだめだと思った。そのあやかしが刀を振りかざそうとしたその時だった。一瞬体が暖かさに包まれた。目を開くと真っ赤な雨が降り注ぐ。訳が分からなかった。ただ体に重さを感じるだけ。本当はすぐにわかっていたと思う。でも分からないでいたかった。
「あか…ね様…どうか…おげんき…で」
それはいつも聞く明るい声の持ち主。お千だった。
「いやぁぁぁぁぁぁー!!!」
茜は断末魔の叫び声をあげた。
冷たくなる体を抱きしめる。はだけた着物から覗く、雪の結晶のような痣。雪代の使いのしるし。この痣に触れる。すると声が脳裏に流れてきた。
「この痣ができたとき自分の運命を呪いました。家族と別れて一人、訳も分からない神様のもとでご奉仕しなければならない。けれど茜様は、すごく優しい方でした。茜様に出会えたこの運命、茜様と結んだご縁に感謝いたします。茜様ありがとうございました。」
茜は大粒の涙を流した。その涙は茜のほほを伝い、お千の胸元の痣に滴り落ちる。涙が触れた瞬間その痣が浮かびあがり蝶となって飛んで行った。茜は心をなくしたように目つきが変わっていった。
「妖怪ども今すぐ立ち去れ。」
茜はまるで別人のように凄味のある声を出す。それから落ちている刀を拾い上げ妖怪たちに切っ先を向ける。
先ほど茜を狙っていた妖怪たちも負けずに刃を茜に向ける。しかし持ったこともない刀は、」予想以上に重たかった。小刻みに震える手。茜の持った刀は茜の手の中から滑り落ちる。そのすきをついて妖怪たちが再度刀を振りかざそうとしていた。もう戦う気力が残っていない茜は、これまでなのかなと心の中でつぶやく。覚悟を決めたその時、その妖怪の首が宙を舞った。その光景に目を疑う。
「おい、お前ら誰の許可受けて俺らの管轄で暴れてやがる?」
倒れた妖怪の先にいたのは燃えるような赤い髪の男だった。
その赤い髪の男のもとに、あやかしが次から次へ襲いかかるが、またその赤い髪の男に寄り添うように五人の男がどんどんあやかしの首をはねていく。茜は安心したのか気を失った。
あんなに晴れていた空は、犠牲者を追悼するかのように雪が舞っていた。
その日雪代神社は妖怪たちの手により滅んで行った。
第壱章
寒い…真っ白な世界。
誰もいない。あるのは雪の冷たさだけ。
ハラハラと舞う雪は次第に吹雪になる。寒い寒い…助けて!!
視界が暗くなる。ふと千の元気いっぱいの姿が映し出される。しかし手を伸ばしてもお千は茜に気付かないのか走って行ってしまう。茜は思いっきり叫ぶ。
「お千ちゃーーん。」
すると千は声に気付いたのか立ち止まる。茜はもう一度呼んでみる。
「お千ちゃん。」
するとお千は振り返らずにいう。
「茜様。痛いです。苦しいです。なんで妖怪を殺してくれなかったんですか?」
茜は目を見開いて口を紡ぐ。
「何もできない神様。私はそんな方にお使いしていたのですね?寂しいです。寂しすぎて…。」
そこまで言うと千はゆっくりと振り返る。
「顔が溶けてしまいそうです。」
振り返った顔はあの時、茜をかばってくれた血まみれの顔だった。
すると場面がまたあの雪景色に戻る。吹雪がすごくて景色が分からないが先ほどと違うのは奥にオレンジ色の光がぼんやりと見えるのと、どこからか声が聞こえること。
―スマ…ガガ…クイガガ…シテイガガ…
何を言っているのかは吹雪のせいで聞こえない。ただ悲しみに襲われる。
「大丈夫か?すげー熱だ。水替えてきてやんねーと。」
誰かの声が聞こえる。目を開ける。見慣れない景色。頭がボーっとする。起き上がると額から、水にぬれた手ぬぐいが落ちる。近くには水の入った桶がある。そこで初めて熱があることに気が付いた。
さっきの映像は夢だったのかと思ったのだが、それに伴い意識が戻っていくにつれて、あの時の記憶も鮮明に思い出される。
人々が妖怪の餌食になり食べられる音。何もできなかった自分。夢にも出てきた千の…血にまみれた顔。そして何より生き残ってしまった自分。
涙があふれて止まらない。
「いやだいやだいやだ!!!」
茜は掛布団を握りしめた。
「お、気が付いたか?」
背後から声が聞こえた。
茜は顔をあげる。
そこには自分と同じような歳の男性がいた。その男性は手に持っていた桶を床に置き、茜のもとに行く。
茜は反射的に身構える。
「そんなに怖がらなくていいよ…僕はあなたの味方だよ!」
茜はその人の心をのぞく。
「かわいそうに相当怖かったんだろうな。}
その人の心は温かさで満ち溢れていた。
茜は肩の力を抜く。
「ありがとう信じてくれて。」
彼はそういうと茜の涙をぬぐってやる。それからぎゅっと抱きしめる。あまりにも突然のことで茜はされるがままだった。
「これでちょっとは落ち着くか?」
その人の体温は今の茜にはやけどしそうなほど暖かかった。
それから彼は茜の額に手を置く。
「うーん。まだ熱があるけど、さっきよりは全然よくなってるよ。よかったー。」
彼はそういうと抱きしめている手の力を緩め茜の顔色をうかがう。
「僕の名前は東雲 獅季っていうんだ。よろしくね。」
獅季と名乗るその男は茶色の長い髪を高く一つに束ねており、横紙も毛先だけ縛っている、両頬に黒い刺青がされていた。目の色は、真っ赤に燃える太陽のように赤い目をしていた。
「ここどこ?」
茜は獅季に尋ねる。獅季は困った顔をしながらも、
「うーんここは僕の家そしてある人の物。」
とだけ答える。
「それよりも、体調は大丈夫か?」
獅季は優しい笑みで茜の顔色をうかがう。茜は大丈夫とだけ答える。その答えに獅季もうなずき、襖の奥に声をかける。
「すまない、葵様を呼んできてくれ。」
獅季の一言に茜は怯える。もしかしてこの男が妖怪を呼んだのではないか、殺されるのではないか。考えれば考えるほど嫌な方向に行ってしまう。
「脅かしてごめんね。でも僕たちを信じてほしい。さっき言っただろ?ある人の物だって、すごくその人心配してたんだぞ。」
すると部屋をトントンとたたく音が聞こえた。獅季は茜の肩を持つと
「茜、これからについて大事なお話があるんだ。少し長くなるかもしんねーけど、しっかり聞いて自分で決めるんだ。いいな?…葵様どうぞ!」
獅季は外にいる人に返事をする。すると外から五人の人たちが入ってきた。その中にあの日最後に見た赤色の髪の毛の男がいた。五人の人たちは、茜を囲むようにして座る。茜は震える手を隠すことができず、もしかしたら悪い妖怪なのではないかと疑心暗鬼のせいか、知らぬうちに相手を睨みつけてしまう。
「そんなに身構えなくていい。俺たちはあんたの味方だ。なんなら俺らの心を見てみたらどうだ?」
赤い髪の男は心に響くような低音の声。この人たちは私が人神であることを知っているかのようだった。茜はその男の言葉どうり心を覗いてみた。この人たちはいったい何者なのだろうか?
―通り覗いてみたが、誰一人私に敵意のある人はいなかった。
「人間…妖怪が怖いか?」
赤い髪の男はまっすぐゆるぎないまなざしで茜を見つめる。
茜は答える代わりに頷いた。
「そうか…ではもう一つ聞く。全ての妖怪が憎いか?」
その質問は茜の胸に突き刺さる。思い返すとたびたび雪代神社に来てくれていた、舞をするのを今か今かと待っていた、モサモサの妖怪たちの顔が脳裏に出てきたからだ。あの子たちもきっと…。
「私の大事な人達はみんな妖怪に殺されました。だから妖怪は嫌いです。憎いです。殺してやりたいぐらいに。でも悪い妖怪ばかりではないのも知っています。だから…今は気持ちに整理ができていないところが正直ですが、それでも人間妖怪関係なく暮らせる日が来るのならそれはいいことなんだと思います。」
自分で言って驚いた。まっすぐ見つめられたその眼を見ると、心の中の物がすべて吐き出されるようだった。
「やっぱり神様は言うことが違うな。ますます気に入った。」
今度は青い髪の毛の男が口を開いた。赤い髪の男もにやっと笑みを見せ、
「分かった、お前は人間と妖怪の共存を望むのだな。ならば俺たちは正式にお前を迎える。おい、酒だ酒を持ってこい。」
赤髪の男は、外にいるであろう人に声をかける。
茜は自然と心が安心していることに気が付く。この人たちは信じれると確信していた。それからふと助けてくれたことを思い出した。
「そういえば助けていただいてありがとうございます。」
すると今度は緑色の髪の男が口を開く。
「礼ならあんたを慕っていた巫女さんに感謝しな。」
茜は目を見開く。
「お千をご存じなんですか!?」
その緑の髪の男は、
「あぁその子の魂が俺たちに助けを求めてきたんだ。」
茜はふたたび涙が零れる。最後の最後まで私を助けてくれた。最後の最後まで迷惑かけっぱなしで…ごめんねお千ちゃん。ありがとう。と、今ようやく千にお礼を伝えることができた。
「葵様そろそろ俺たちの正体を言ってもいいのではないでしょうか。」
今度は西洋から来たような、金色の髪の男が口を開く。
「そうだな。」
赤い髪の男は頷き、用意されたお酒に口をつけながら、
「俺たちは、お前の嫌いな妖しの一族だ。」
赤い髪の男は率直に茜に告げた。周りの男たちも、この一言には目を丸くする。茜は、信じられないと口元を手で覆う。その手はまた小刻みに震えだす。
「厳密にいうとだなぁ、人間と妖怪の血が混ざる半妖で、京都の妖怪を束ねる東雲一族だ。俺はその頭で、東雲 葵だ。それから…。」
葵は隣にいる白髪の眼帯をしている男に目をやる。
「俺は東雲 和真。副頭だ。」
一真は透き通るゆったりとした声だ。
「次に俺だが、俺の名は東雲 時雨だ。第一席の京の東山の管轄だ。」
金色の髪の男、時雨は目つきが鋭く声も凄味のある声でしゃべるので少し怖く感じた。
「次は僕だね!さっきも言ったけど僕の名は東雲 獅季。第二席で南山の管轄だよ。よろしくね。」
起きた時からずーっと一緒にいてくれている彼、獅季はとっても明るい声の持ち主で時雨とは違い安心できた。
「獅季!抜け駆けは許さん!お嬢さん初めまして!俺の名は東雲 樹。第三席で西山の管轄している。もし困ったことがあれば何でも言ってくれな。」
青色の髪の毛の男樹も優しい声の持ち主。そんな樹は何と言っても茜との距離がしゃべるにつれてとても近くなっていった。そんな彼を吹っ飛ばしたのが緑色の髪の男だった。
「悪いな御嬢さん…樹は女の子には目がないんだ。俺の名前は東雲 睦月第四席だ。俺は北の山を管轄している。俺がこの中で一番年上だから何かあったらいつでも相談に乗るからな。」
睦月は優しく微笑んだ。彼は雰囲気も落ち着いた様子でしっかりしているように見える。
「私は雪代茜です。雪代神社の人神。これからお世話になります。たくさん迷惑をかけるかと思いますが、よろしくお願いします。」
「本当にそれでいいんだな?」
葵はもう一度茜に尋ねる。
「俺たちは雪代には借りがある。だからお前のことは守ってやる。だが俺たちも妖怪だ。俺たちとくれば嫌でも妖怪たちと関わることになるんだぞ?今なら人間界に戻れる。それでもお前は俺たちとくるか?」
茜はもう迷わなかった。
「いいえ。私も皆様には借りがあります。助けていただきました。なので私もここで精一杯働かせてください。」
葵はまたにやりと笑い、次々とお酒に口つける。
「いいかお前ら。今の言葉聞いたよな。今日から雪代茜は俺たちの家族だ。よしこれにて会議はしめーだ。雪代の仕事についてはおって伝える。よし解散。」
その時だった。部屋のドアが勢いよく開かれた。
外から目が一つの人…妖怪が慌てた様子で入ってきた。それを見る茜は体を強張らせる。震えだす手を必死に隠していたのだが、ふと隣にいた樹が茜の震えるその手をとり握りしめた。
「大丈夫ほら頬の痣を見てごらん。睦月と一緒だろ?あれは睦月の部下だ。」
茜は言われて初めて気が付いた。皆それぞれ頬に特徴ある痣がある。これが仲間のしるし。
葵は続けて、
「どうしたんだ?」
一つ目の妖怪は頭を下げて報告する。
「先日捕えました。自我なしなのですが、陰陽師の昔ながらの印が施されており、人間に操られている可能性が大きいことがわかりました。」
一同は騒然とし、茜を眺める。
もちろん茜は、戸惑いを隠せないでいた。
「茜…大丈夫か??」
獅季が訪ねる。
「うん…あの事件…人間がかかわっていたってことなんだよね??」
「うん…そうなるね。」
陰陽師というと人間がかかわっている。このことを知った茜はもっと衝撃を受けるだろうと誰もが感じていたのだが…彼女の場合は違った。
「わたし、なにも気が付かなくて…妖怪のせいにしてる。」
葵はうつむいている茜を横目で見ながら、
「気にすることじゃねぇ、昔から人はあやかしを敵にする。」
静かになった空間で睦月が口を開く。
「陰陽師ということは、この事件は人間が後ろにいるとみていいだろう。しかしなんで今妖怪にかかわる。」
睦月は難しい顔をする。
「安倍清明以来陰陽師の名はきかなくなったのだがな。」
時雨も思わず口ずさむ。
「睦月…先日捕えたあやかしとは、犬神のことか?」
葵はゆっくりと言う。
「あぁまちがいないだろう。」
葵は息をついた後、
「よし、明日の朝あやかしが寝るころに、睦月、獅季、茜は北山に行け。そのあと新しい情報をもって獅季と茜は俺のもとに来い。いいな。」
「「はい!」」
二人の声が重なった。茜もそのあとハイッと頷いた。
「報告ご苦労だった。茜は明日に備えて風邪を治せ。皆解散。」
葵はそういうと立ち上がり部屋から立ち去った。そのあとを追うように一真も部屋をあとにする。順に樹と時雨が出て行った。
「睦月さん、茜!明日はよろしく頼みます。」
獅季は丁寧に頭を下げる。
「あぁこちらこそ。雪代…なんだかな…茜ちゃん!明日よろしくな!何があっても俺たちで守るからね。」
睦月はにこっと微笑み、茜の頭をポンポンと撫でた。それから、
「俺たちのこと信用してくれてありがとな。もうおやすみ、まだ熱があるんだろ?明日は早いからね。」
睦月はそういうと、獅季を無理やり立たせ、立ち去ろうとした。
「あの、本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします。」
茜は去ろうとする二人に、今一番の笑みを見せた。
二人は茜の不思議なその魅力に、一瞬時が止まったかのような錯覚にとらわれていた。
「じゃ、じゃあ行くからな。明るくなったら出かけるから、それまでに準備すませておけよ!」
獅季は顔を赤らめながら、部屋を飛び出していった。
「ここ今日から茜ちゃんの部屋だから好きに使いなさいね。」
そう言い残し睦月も部屋から出て行ってしまった。夕日の光が部屋を照らす。シーンとなった。この部屋に茜は力が抜けたかのようにまた眠りに入った。
「なぁ…さっきのどう思う?」
睦月が樹に問いかける。
「茜ちゃんを連れて行けとのご指令か?」
「あぁ。なんでわざわざ茜ちゃんを危険な目にさらそうとしたんだ?」
睦月の言葉に樹も首をかしげる。
「う~んそれも一理あるが、俺には茜ちゃんに、妖怪の世界を見せてやれと聞こえた。どちらにしろ、なぜあの少女に葵様はこだわるのだろうか。」
二人は同じように悩む。
「人神に関係があるのか。それとも雪代に関係があるのか。…あっそういえばさっき俺たちは雪代にかりがあるとか言ってたよな?」
睦月の言葉に、樹もアッと声をあげる。
「それだ。どんな借りなんだ?」
「しらない…少し俺たちで調べてみるか。」
睦月は悪戯を考えた子供のような顔で樹の肩に手をかける。
「あたぼうよ!」
樹も同じように手をかける。外を見上げると不気味なぐらい満月が輝いていた。
「こんな月見るとあのときを思いだすよな。」
樹は睦月に語りかける。
「あぁ、懐かしいな。よし、飲むか!」
睦月は懐から徳利をだし、軒下に座る。池の鯉がゆらゆらと泳いでいる。樹も睦月の隣に腰をおろし座る。そして満月を見ながら杯を交わした。
「葵、お前殺す気だっただろ。」
静かな空間で襖越しに落ち着いた声が聞こえる。
「和真か、なんでそう思った?」
虫の声がピタリとやむ。空気がより一層張りつめる。
「最初に俺たちが妖怪であることを言った時だ。」
和真はあくまで冷静沈着に答える。
「お前にはすべてお見通しってわけかよ。」
「あの娘は何者なんだ?」
「和真、わりぃな、まだいえねぇ。ただな、あいつはこんなところで死なせるわけにはいかねーんだ。だからためさせてもらった。俺たちが命を賭してでも、守らなければいけないのかをな。」
話す言葉はいつもと違うことに和真は気づく。
「あいつも俺たちも運命なんだろうな。」
「運命…か。」
「あぁ。」
葵の声は震えていた。和真はこんな声を出す葵を見たことがなかった。
「一人で背負うなよ。話せるときになったら話してくれ。あの子を殺さないなら…今はそれでいい。」
そういうと和真は暗闇の中に姿を消した。
翌朝、鳥の鳴き声がすがすがしい朝が来たことを告げる。
「はわぁぁぁ」
眠たい目をこすりながらも、茜は明るくなった空を見上げ、これから始まる未知なる世界に無事でいられますようにと願いを込めた。約束どうりこちらに向かってくる足音が聞こえる。
「茜準備できたか?入るぞ」
外から獅季の声が届く。茜がはいっと答えると外から獅季と睦月が入ってきた。
「おはよう茜ちゃん。」
睦月は微笑んだ。
「良く寝れたか?」
獅季は、心配そうに茜の顔色をうかがい、茜の額に手を当てる。
「よし!熱はないみたいだね!」
「はい。おかげさまで大丈夫です。」
茜は腕を組んで見せた。
「よし、そろそろ出発しようかと思う。でもその前に葵様に報告しなくちゃな。」
睦月はそういうと、
「ちょっと来てくれるか?茜ちゃん。獅季はその間おぼろぐ…いや馬で行こう。獅季馬の準備よろしく。」
「いやいやいやおかしーよ。僕が葵様のところに行くよ。」
獅季は不満そうだったが、睦月は知らん顔で茜の手を取り部屋から出て行ってしまった。
「やられた…」
獅季もしぶしぶ外の方へと向かって行った。
睦月と二人きりになった茜は何を話していいのか分からず、ただただ沈黙していた。
「なぁ、俺怖いかな。」
睦月がぽつりとつぶやく。
茜はえ?っと睦月を見る。
「やっとまともに見てくれたな。」
睦月はニッと笑う。
「ごめんなさい。」
茜はまた下を向く。睦月はそんな茜の前に立ち、茜の顔を両手で挟み無理やり自分の方に向かせる。
「確かに俺たちは妖怪だ。でも半妖なんだよ。半分は人の心も持ち合わせているつもりだ。」
茜は何も言えず、されるがままに頷く。
「それに俺たちの仕事は、妖怪と人間の共存で秩序を守るためにいる。だから今回の事件も妖としては本当にすまないと思うし、人間としてはお前と同じ気持ちなんだ。早く、一刻も早く主犯者を見つけ出したい。だから俺たちと一緒に戦って行こう。」
茜はそこで初めて、みんなが少なくとも睦月は同じ気持ちなんだと知った。
「皆さんの気持ちも知らないで・・・ごめんなさい。これから一緒に戦わせてください。」
茜は睦月にたいして深々と頭を下げた。
「ありがとうな。つらいのにわかってくれて。こっちも気持ちに応えれるようにがんばんないとな。」
そういって睦月は茜の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「あの、葵様のお部屋はどこなんですか?」
茜は睦月にしゃべりかける。すると庭を指さし、
「あそこに大きな池が見えるだろ?その上に赤い橋が架かってる。そこを渡った先だよ。」
確かに見るとそこには、大きな池がありそれに似合う大きな赤い橋が架かっていた。
「立派ですね。」
睦月もうなずく。
いざ橋の前に立つと先が見えなくてびっくりした。奥が霧なのか靄なのか霞んでいる。
「これねこうするんだよ。」
睦月は人差し指で頬の痣に触れたあと、その指先にフッと息をかける。すると赤く燃えた羽をもつ蝶が指先に止まり、ヒラリヒラリと空を舞いながら橋の奥へ飛んでいく。その蝶を追うように睦月も前に進む。茜は戸惑っていると、
「大丈夫だよおいで。こいつについていかないと永久に帰ってこれなくなるぞ。」
そういって手をさしだす。茜は睦月の手を取り前へ前へと進んでいく。
しばらくして小さいが立派なお屋敷が現れる。
門の前にはしっぽに炎をまとう狐が二匹左右に座っていた。
「お!千代、千秋久しぶりだな。」
睦月は二匹の狐の前にしゃがむ。
「茜こいつらは葵様の使いで、この門の番人をしている。右にいる白い体の青い炎の狐が千代で、黄色い体の赤い炎の狐が千秋だ。」
「かわいらしいですね。」
「あぁでも触れるなよ。くれぐれもだ。葵様以外はなつか…あ。」
睦月が言うよりも早く茜は千代の頭をなでていた。睦月はそのことに驚いたのではなく、二匹が茜にすり寄っていることに驚いていた。
「おや…めずらしいこともあるんだな。」
するとそこへ門の奥から葵がやってきた。
「朝早くに申し訳ありません。」
睦月は頭を下げる。
「いやいい。もうすぐ来るころであろうと思っていたとこ。出発するのだろう。」
「はい。出ようと思います。」
睦月はふたたび頭を下げる。
「わかった。気をつけていけ。それから茜。」
葵は茜に何かを手渡した。それはきれいな浅黄色をした被衣と、赤く輝く宝石の球がつけられた首飾りだった。
「その宝石には俺の妖力が入っている。これがあれば下手に妖怪は手出ししてこれまいよ。妖力の低い妖怪ならなおさら人間だとは思わんだろうな。守りとおもって身に着けておけ。」
そういうと茜から首飾りを再度手に取り、
「首を出せ。」
と、茜に着けてやる。葵の顔がマジかに迫る。見れば見るほどきれいな顔立ち。あまりの近さに茜は気恥ずかしくなって一歩も動けないでいた。
「よし、気を付けていけ。睦月頼んだぞ。」
睦月はため息をつきながら、
「あんたも人が悪すぎる。茜ちゃんが茹で上がる前に行きますわ。」
葵は何のことかさっぱりの様子だったが、睦月、茜は獅季のいるところへと歩き出した。
門の外、獅季は二頭の馬を連れていた。
「よし、馬の準備はできたぞ…にしても遅いな睦月さんたち。」
獅季はそんなことをつぶやきながら空を見上げる。日が出てきたところだった。
「やっぱり朝一番の日の光はいくらの僕でもきついな。」
日の光を眩しそうに見ていると、
「お待たせしました。」
茜の声が聞こえてきた。
「お、茜!睦月さん!馬の準備も整いましたよ。」
三人が合流した。
「茜ちゃん馬に乗ったことはあるか?」
睦月は茜に聞く。
「いいえ。ありません。」
茜は首を横に振る。
「そっかなら獅季の馬に乗れ。」
睦月はそういうと馬にまたがった。
「おいで。」
獅季も馬にまたがり茜に手を差し出す。
戸惑っていると、
「大丈夫。獅季は東雲の中で飛びぬけて馬を扱うのがうまい。悔しいけどな。」
そんな睦月の言葉に獅季は恥ずかしそうに笑う。茜は分りましたとうなずき、葵にもらった被衣をかぶり獅季の手をとる。
「それじゃあ行くぞ。」
三人は北山に向かっていった。
少し前にさかのぼる。まだお月様が輝いていたころ。
「今夜は満月だな。」
明かりが一切ついていないただただ月明かりが部屋を照らすだけの部屋の中に男が一人窓越しに腰を掛けながら、お酒をたしなんでいた。
「報告します。雪代が大妖怪東雲家に無事に引き取られたようです。」
若い男の声が暗闇に響く。
「そうか報告ご苦労だった。さがれ。」
「はっ」
誰もいなくなった部屋で一人男は酒を注ぐ。
「これで、最初の踏み台は成功した。これで五百年前の止まった歴史が再び蘇るであろうぞ。」
木々がどんどん過ぎていく。田んぼや家には真っ白な雪が積もっている。さまざまに過ぎる初めて見る世界はときめきをくれる。だいぶ走ってきただろうか。獅季のぬくもりに包まれ鼓動は高鳴り、冷たいはずの風も心地よく感じた。
「ここらで少し休むか?」
先頭を切っていた睦月は馬を止め振り返る。
「了解!」
獅季も合図を送り睦月のそばに駆け寄る。
「初めての馬はどうだった?」
睦月に降りるのを手助けしてもらいながら茜は降りる。
「とても楽しかったです。」
茜はかぶっていた被衣を脱ぎ、笑顔で睦月に答えた。睦月もうなずき、
「ほんと動物を操るのだけはうまいんだよな。」
睦月は目を細めながら、馬から降りようとしている獅季を見る。
「やめてくださいよ睦月さん。それにだけってどういうことですか?」
獅季もいたずらに笑う。
「なんにしろここまでこればあと少しで到着だ。」
「どうせなら昼飯にしようよー。」
獅季はお腹をさする。
「もうぺこぺこだよー。」
獅季は近くにあった大きな石に腰掛ける。
「そうだな飯にしよう。」
睦月は馬に載せてあった包みを取る。中には大きな握り飯が入っていた。
「おいしそうですね。」
茜も思わず声を出す。
「おうよ!俺様が作ったお手末の握り飯だ!さあ遠慮いらない食べてくれ!」
睦月は鼻が高くなる。
「茜心配いらないよ!睦月さんは料理の腕だけはいいんだ。料理だけはね!」
獅季も負けずに茜に伝える。
「獅季!お前にはやらんぞ!」
睦月はそういって包みを戻そうとした。
「ごめんなさいーー!」
獅季はすぐに謝り握り飯を受け取る。そんな二人を見て茜は笑う。それからいただきますして握り飯を三人は口にする。
「おいしい!!」
茜は思わず声に出す。
「それはよかった。!」
睦月もうれしそうにもう一口もう一口と食べる。
「なんか茜が来て東雲一族も明るくなるんだろうな!」
獅季もうれしそうだ。
そんな会話をしていたら、近くで子供の鳴き声が聞こえた。
「近いな!妖怪か?」
睦月は最後の一口をぺろりと食べて立ち上がった。
「行くか?」
獅季も立ち上がり、茜も立ち上がった。
「そうだな、妖怪がらみの事件なら俺たちの仕事だからな!」
「茜はここにいろ!」
獅季は、真剣な顔をして茜の肩をつかむ。ゆるぎないその瞳はまじめさが伝わる。それでも、もし一つでもお役にたてることができたら…茜は閉じていた口を開ける。
「行きます。行かせてください。」
茜はそっと獅季の手に触れる。
「ここから先は何が起こるのか分からない。俺たちより強い奴らがいたら茜ちゃんを守ることができない。それでもくるかい?」
睦月も真剣なまなざしで茜に問う。
「はい。お願いします。」
茜は頭をさげた。ちょっとでもいいきっと何か自分にもできることがあるはず。茜は震える手をぎゅっと握りしめた。睦月は茜の手が、体が震えていることに気が付いていた。しかし茜は必死で克服しようとしている。俺たちに近づこうとしていることがすごくわかった。
「分かった。でもこれだけは覚えておいてくれ、何があっても俺は仲間はみすてねぇ。」
睦月は茜の手を握る。その二つの手をさらに包み込むように、獅季が重ね、
「僕だって、命に代えても守るからね!」
三人は顔を見合わせる。
「じゃあ行くぞ。」
三人は声のした方へ馬を走らせた。
「なんなんだよ…これは。」
獅季が呟く。睦月も茜も声が出なかった。きっとついさっきまで、人の声でにぎわっていたところだろう。しかし三人が見た景気は何件もの家が跡形なく崩れ去った、人けのない少数の部落の後だった。
「こんなふざけたマネができるのは、自我なしだな。」
睦月はこぶしを作る。
茜はあの時の記憶が脳裏で蘇る。思わずふさぎ込みたくなった。あの時まだ助けれた人たちもいただろう。自分だけが助かってしまった、重たい罪の意識。いや、いまはこんなこと考えている場合ではない。そうだ、
「まだ生きている人がいるかもしれません。」
茜は心を落ち着かせ、近くで生きる人たちの心の声をのぞこうとする。
{生きていればいいけど…。}
{もう遅いだろうな。}
二人の悲しい声が届く。もっと遠くに意識を飛ばさなければ。
何も声のない世界。こんなのはじめてだ。もう少し、もう少し…
{たすけて!}
「ハっいた!子供の声!」
茜は大きな声を出す。
「本当か??」
獅季と睦月は顔を見合わせる。
「ええ。早く助けに行きましょう!」
「あぁ…ちょっ茜ちゃん!!」
茜は二人の返事を待たずに走り出す。
火がくすぶる家の中、茜は一生懸命探す。
「誰かいませんか?」
大声で叫ぶ。
「誰かいるの…?」
心ではなく、耳に届くか細い声。
「どこにいるの?」
茜は張り裂けんばかりの大声をだす。
「っここだよーたすけて。」
がれきの下から小さな男の子の、必死な声が聞こえた。
「今助けるからね!」
茜はがれきを持ち上げるが、重たくてなかなか持ち上がらない。しかし、重たかったがれきが一瞬で軽くなった。えっと驚いて後ろを振り返ると。
「え…?」
持ち上げてくれていたのは、睦月でも獅季でもなく、前髪が整っている髪の短い銀髪の整った顔の男性だった。それに、気配がなくいつからそこにいたのか、全くわからなかった。
「何をボーっとしている、早く助けてやれ。」
透き通る声にハッとし、見えてきた小さな手をとる。その手に弱弱しく握り返す。まだ温かかった。助けたい。
「今助けるからね。」
茜は最後の大きながれきを持ち上げる。すると赤ちゃんを抱きかかえて横たわっている男の子が苦しそうに唸っていた。しかし赤ちゃんの方は、もうすでに動かなかった。茜は男の子だけでもと、抱きかかえ外に出る。
すると、
「茜ちゃーんどこだい?」
睦月の声が聞こえた。
「ここです!」
茜は大きな声で叫んだ。
そういえばと先ほどの男の姿を探すが、どこにもいなかった。しょうがなく抱えていた男の子を強く抱きしめ外に出る。近くに睦月と獅季の姿があった。
「睦月さん獅季さん!」
茜は急いで駆け付ける。安心したのか、ぐったりしている男の子を見て獅季も睦月も安堵したようだった。
するとどこかで声が聞こえた。
「だれかいるか!」
「こっちは全壊です。」
茜と睦月と獅季は様子見に木陰に隠れ息をひそめる。獅季が茜の方を向き自分の胸元に手をかざす。茜はハッとする。獅季は自分の心を読んでくれと言っているようだった。茜はうんとうなずくと、目を閉じ式の心を読んでみた。
「茜!あいつらの心読めるか?」
茜は目を開けて首を縦に振る。そして再び目を閉じる。
{さがせ。}
{まだいるはずだ。}
{俺たちの仲間なんだ。}
{どこかに避難しているはずだ。}
流れてくる気持ちはどれも暖かくて、でも緊張が伝わってくる。
「獅季さん、睦月さん!大丈夫です。」
「そうか!」
睦月が声を出すと、足音がだんだん近ずいてくるのが分かった。
三人は急いでその足音の先に向かう。
「おい!この子を助けてやつてくれ!」
しかし、数十名の人たちは近寄るどころか持つている武器を茜達に向ける。
「おい!どういうことだ!」
睦月は叫ぶ。
「この子は家の下敷きになって倒れてたんです。早く治療してください!」
茜も必死に叫ぶ。しかし、
「お前たちなんだろ?」
「顔に入れ墨を入れている。何よりも証拠だ。」
「一族のてきだ。その子を返せ。」
次から次へと声が上がる。どうやらこの事件を茜たちの仕業だと勘違いしているらしい。一人長のような身なりをした老人とその老人に付き従う、いかにも強そうな二人の男の人がこちらに向かってくる。
「武器を捨てよ。」
老人は睦月と獅季に向かって言う。二人は致し方なく腰にあった刀を地面に置く。
「そしてその子を返してもらおうか。」
付添いの男が言い放つ。
茜は震える手で男の子を渡す。
「こやつらは重要参考人とし牢屋に入れよ。」
老人はそういうと背を向け引きかえす。二人の男は縄を持ちとらえようとする。
「おい!いい加減にしろよ!俺たちは何にもしてない!むしろ助けた!こんなことされる筋合いはねぇーぞ。」
睦月は一生懸命叫ぶ。
すると男の子が目を覚ます。
「おじいちゃん…あのひとたちはいい人だから。おうちにかえしてあげて。」
「吉介!あの人たちではないのか?」
どうやら助けた子供は老人の孫のようだ。
「あの…よろしかったらこの事件のこと教えてくれませんか?」
茜は老人に、周りのみんなに問いかける。
「僕たちはただ近くに居ただけ、そしたら子供の悲鳴が聞こえたから駆け付けただけで本当に知らない。だから教えてくれなか?」
獅季も問いかける。縄を持った男たちもためらうかのように躊躇している。
「分かった。いいだろう。ならばわしの家に来い。」
老人はそういうと再び背を向け去っていく。
「お前たち、ついてこい。」
二人の男につれられるまま三人も後に続いた。
「先ほどは、混乱していた。無礼をお許しください。」
老人は席に着くなり一言目で茜ら三人に対して深くお辞儀をする。
「あぁ・・・で教えてくれ。もしかしたら俺らが追っている敵と同一人物かもしれない。」
「えぇ、孫を助けてくださった。お礼にすべてをお伝えします。」
薄暗い部屋の中老人の話は始まった。
「ここの子供たちは一年に五回、隣の集落との交流も含め十五歳未満の設楽村の子供たちはすべて三日間隣の集落に寝泊りをする。」
今日はその二日目だったという。だから駆け付けるのが遅かった。助かったのは老人の孫一人。
「僕ね事件の前刺青の入った赤い鉢巻をした人にあったの。」
吉介。助けた男の子は事件の前異質な男にあったという。その男は吉介をみて不敵な笑みをしてこういった。
「みーつけたって言われた。」
そして事件はそのあとすぐに起こった。
吉介は弟が泣き出したのであやすために抱っこしていた。すると突然爆音が聞こえたかと思うと、気がつけばがれきの下敷きになっていた。
「それからわしらに銀髪の男が来て、村が刺青の男の手により滅ぼされた。見に行くといい。まだ息をした人がいるかもしれないから。そう言い残し去っていきました。」
そこまで聞くと茜は思い出した。
「私も銀髪の男見ました。」
「茜も見たのか?」
獅季も睦月も驚いたように茜を見る。
「はい!一瞬ですけど、がれきを持ち上げてくれたのはその人です。」
そこまで言うと皆静まり返る。
「今晩ここで泊って行ってくだされ。子供たちの葬儀もあるからの。」
老人はそこまで言うとうつむく。
吉介も思い出したのか涙を零す。
「みんなみんないなくなっちゃった。」
吉介の言葉に茜は自分の思いでも重なってしまう。
「私も家族を…みんなを殺されたんです。」
茜の言葉に獅季と睦月は目を伏せる。
「そうでしたか…」
「だから吉介君のこと痛いほどわかるんです。」
そういうと茜は泣いている吉介を抱きしめる。それからふと小さな紙が背中に貼られていることに気が付いた。茜はその紙をとり唖然とした。
「睦月さん獅季さん!これ!!」
その紙を見た二人も目を見開く。
「まちがいない…陰陽師の札だ。」
睦月は呟く。
「この事件もか…。」
獅季も悔しそうに手に力を込めた。
「少しはあなた方の役にたてましたでしょうか?」
老人は目を伏せて尋ねる。
「ええ、十分すぎる。」
睦月はため息交じりに答えた。それから、
「すまねぇが、急ぎの用ができた少ししたらここを立とうと思う。」
「そうか…残念だ。私の名は久光と申す。ここの長だ。また立ち寄ってくだされ。去る時は声をかけるのじゃぞ。」
そういうと二人の男性に支えられながら部屋を去って行ってしまった。後を追うように吉介も一礼して去って行った。
残された三人は、出されたお茶を飲みながら、先ほどの話について書き留める。
「話に出てきた二人。銀髪の男は定かじゃないけど…自我なしと関係あるとみて間違いないだろうな。」
睦月は渋い顔をしながら用意されていたお茶に口をつける。
「なぁそれに久光さん様子がおかしくなかったか?」
獅季も同じようにお茶を飲む。茜もうなずく。
「ここは引き続き調査がいるかもしれないな。」
睦月はそういいながらすべてのお茶を飲み干すと立ち上がり支度を整える。
「ここに長居は無用だ。この村はどうやら設楽村のようだ。だとしたらもう俺の拠点は近い。暗くなる前に出よう。」
獅季も茜も支度を済ませ、外に出る。
「じゃあ私は声をかけてきますね。」
茜は部屋の奥にいるであろう久光に出るということを告げようとしたのだが、睦月は茜の手を取り茜を止める。
「やめておこう。」
ただ一言だけいい、歩き出す。茜もしぶしぶ歩き出す。だいぶ山道を登り乗っていた馬たちが姿を現す。
「おまたせ!」
獅季は、二頭の馬にとびかかる。馬たちも戻ってきた獅季を嬉しそうに尾を振っていた。茜はふと来た道を振り返ってみた。夕焼け空がこれでもかというほど赤く染まり、設楽村がオレンジ色一色になる。するとどこからか笛の音が聞こえた。その音ととも村の一角が赤く燃えだす。茜は思わず口元を抑えたが、どうやら村の葬儀の儀式の様だった。燃えているところには、いったい何人の子供たちがいるのだろうか。茜の頬に一筋の涙が零れた。それを見た獅季は震えている茜の手をギュウッと握った。
「茜は優しい心の持ち主なんだな。」
睦月も茜の頭をポンポンと撫でる。
「いこうか。」
獅季は馬にまたがり再び手を茜の目の前に差し出した。茜はその手を取り馬にまたがる。三人は睦月のお城を目指して再び馬を走らせた。
風が濡れた頬に心地よくいつの間にか獅季の背中を借りてうっつらしてしまっていた。茜はハッとなりしっかり獅季の背中を抱きしめる。初めて感じる男性の背中は、とても力強く、思えば初めて人のぬくもりを教えてくれたのは獅季なのかもしれない。そして初めて人の優しさを強さを、睦月から教わったのかもしれないと、茜は思う。この人たちに拾われて毎日が新鮮に感じる。心から温かいものを感じた。
「おい!あそこだ!」
睦月は指をさす。指さす先に大きな屋敷があった。馬のスピードを緩め停止させる。
「ついたー。」
獅季は降りるなり背伸びをする。しかし、
「ありがとな。」
馬にお礼は欠かさなかった。茜もそんな獅季を見て、
「ありがとね!」
茜も馬の背中をなでた。獅季は動物が好きなんだろうか?
「よし、じゃあどうぞはいってくれ!」
睦月は門番と話をしていたがこっちを向いて手を振っていた。恐る恐る入ってみると、覚悟はしていたが、妖怪の多さに茜は倒れそうだった。しかし、皆頬の痣を見てみると睦月と同じ、カタカナのキのような痣があり、安心する。やっとの思いで部屋の中へ入ると、おいしそうなお料理が手際よく並ぶ。
「茜ちゃん、食べられそうか?」
睦月は尋ねる。茜ははいと答える。
「僕たちは人間に近いから人間と同じものを食べるんだ。」
獅季はお味噌汁に口をつけながらしゃべる。
「そういえば、ここのお屋敷は妖怪さんたちが大勢いらっしゃるんですね…。」
茜は思い切って話しかける。
「あー朝いた葵邸はここの三倍はいるぞ。」
睦月のさりげない言葉に茜は手が止まる。
「妖怪は人間とは逆なんだ。日の光に弱いから朝に寝て夜に活動する。だから俺たちは朝早くに出発したんだ。」
獅季も続けて会話する。茜は獅季の言葉に驚きを隠せなかった。
「じゃ、じゃあ睦月さんや獅季さんは寝てないってことですか?」
「いや、俺たちは言っただろ?半分は人なんだ。葵様はなるべく人に合わせろってな。だから俺たちは茜ちゃんと一緒だよ。」
その一言に茜は安堵する。それからも、夕食はくだらないおしゃべりなんかしながら終わった。
「ふー食った食った。」
睦月は自分のおなかをさする。
「なーそろそろ本題に入るが、犬神のもとへ案内してくれ。」
睦月は部下に命令をし牢へと向かわせる。
「もう一つ、こちらのお客人をお部屋にお連れしろ。」
指さされた茜はえっと顔をあげる。
「茜ちゃん、今日の働きはとてもすごかった。だからこっからは俺たちだけで十分だ。ゆっくり疲れを癒してほしい。明日の夜にはここを出るからな。」
茜は分りましたと頭を下げる。
「いいか、鬼童丸。くれぐれもこの方に何かしたら俺がゆるさねぇからな。」
睦月は茜の案内役にこれまで聞いたことのないどすの利いた声で言い放った。
「それと、僕がいることも忘れないでね。」
獅季も不敵な笑みを残し立ち去った。残された茜と牛のような毛皮をかぶった、優しそうな顔つきのしかしよく見ると額から小さな角が二本見えている案内人。
「では、いきましょか。」
案内人に連れられて茜も後を追う妖怪たちの気配がなくなったとき鬼童丸と呼ばれた、案内人が口を開く。
「で、お客人、あんたさんなにもんやねん。」
茜はドキッと心臓が悲鳴を上げた。
「え?」
「え?ってことわないですやろ。睦月様や獅季様にあんなに大事にされといて。」
案内人は声を低めに茜を見ないでしゃべる。
「口開かんとこ見るとあたっとるちゅうことでいいんやな。」
茜は何も言えず手が震えるのをひたすら隠すしかなかった。
「そんでもってあんた人間ですやろ。」
茜は目を見開く。ばれている何もかも。
「ま、これ以上聞くと睦月様に殺されかねないんで何も言いはしませんが、逆ですからね。」
そこまで言うと案内人は振り返る。
「あんたが睦月様たちに何かしたらぁ私が許しませんから。それと、あんたの面倒を見るように言われとります。鬼童丸と言います。以後お見知りおきを。」
冷たい空気が茜をより一層苦しめる。
「つきましたよ。ここがあんたの部屋だ。明日の朝朝餉のしたくできたら呼ぶからなぁ。じゃ。」
一方的に話をして鬼童丸という男は行ってしまった。茜は崩れるように部屋にしゃがみ込む。
「やっぱりこいつか。」
睦月は牢の前で眉間にしわを寄せる。牢の中には、縛られ傷だらけのぐったりした犬が一匹。それを見て手をぐっと握りしめる。
「獅季、こいつ妖力は高いんだ。ここに連れてこられたときはまだ人の姿をしていた。そのあとすぐ東雲家に行ったからなんでこんな姿になったのかわかんねぇけど、犬に戻るなんて相当の力を消耗している。」
獅季は目を伏せる。
「睦月様あの犬の舌をご覧ください。」
睦月の部下は犬の舌を指さす。睦月と獅季は目を見開く。
犬の舌には印がしてあった。
「まちがいねぇ陰陽師の印だ。」
獅季は、牢を持つてに力が入る。
「このままだとこいつ死ぬぞ。」
睦月は声が漏れる。
犬はこちらを見たまま口を開く。何かを訴えているようだった。それはこちらに対して抗議なのか、それとも…
「くるしい」
獅季は息をするように声を出す。睦月はハッと獅季を見る。
「睦月さん…この犬神涙を流してる。」
「やめろ獅季…。」
睦月は目をそらし案内に一言、
「もう十分だ。あいつを楽にしてやってくれ。」
そういうと獅季を連れ牢から離れた。
茜はどうしても寝つけず、布団の中で震えていた。怖くて自然と葵がくれた首飾りに触れる。ふと葵の声が蘇る。
《その宝石には俺の妖力が入っている。下手に妖怪が手出ししてこれまいよ。妖力の低い妖怪ならなおさら人間だとは思わんだろうな。守りとおもって身に着けておけ。》
鬼童丸…妖力の高い妖怪なのだろうか。そんなことを考えながら寝つけない夜を過ごした。
翌日、早速鬼童丸に呼ばれ茜は外に出る。
「正直逃げるかと思いました。あの脅しをされても逃げない、どうやら図太い神経の持ち主のようで、これが好かれる秘訣ですかねぇ…。」
茜は震える手を必死に抑えながら無口でついていく。
すると前から睦月がやってくる。
「お!茜ちゃん!鬼童丸ー。」
嬉しそうに駆け寄ってくる睦月をみて茜は安心したのか、
「茜ちゃん!!!」
睦月のもとへ倒れこむ。
睦月は急いで茜を担ぎ、茜の部屋に運ぶ。そのあとを鬼童丸もついていこうとするが、
「鬼童丸、お前はついてこなくていい。医者呼んで来い。」
ピシャリと閉められたふすまの外で独りぼっち、鬼童丸は手を握りしめ走り去った。
―スマガ…イ…イキテ…
またあの夢を見る。吹雪のせいでうまく聞き取れない。しかし寂しさが心を支配する。
―アカ…アカネ!茜!
次第にそれは、名前に代わる。
「茜!」
気づくとそこには睦月がいた。
今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「睦月さん。」
「気が付いたか?」
茜は体を起こす。すると頬に暖かいものが流れてきた。それを睦月がぬぐう。その時初めて涙を流していたことに気が付いた。
「怖い思い…させてたんだな。」
そういうと睦月は茜を抱きしめる。
「いいえ、大丈夫です。ごめんなさい。」
茜は笑顔で睦月に答える。
「もしかしてだけど、鬼童丸に何かされたか?」
茜は、単刀直入の睦月の言葉にハッとなる。
「そうなんだな…。」
「違います。鬼童丸さんは何も悪くないんです。何も言えなかった私が悪いんです。鬼童丸さんは本当に睦月さんを慕っていらっしゃいます。」
睦月はため息をつく。
「かばわなくていい。鬼童丸はここの副長を任せているんだけど…」
睦月は一言一言重たそうに言葉を紡ぐ。
「あいつもとは人間だったんだ。もう忘れているんだろうがな。」
睦月の言葉に茜は驚く。そんな茜の表情を見た睦月は昔を懐かしむように語る。
「あれは大雨の日だった。俺のところに一報が入った。加茂川に化けものが出たとな。」
大雨が続いた、今日も雨かと軒で空を見ていた。こうも続くと嫌なことが起きる。何もなければいいが…と考えていた。
「睦月様!報告があります!加茂川ほとりにて人間…いや化け物が暴れています。」
睦月が束ねる睦月隊の中で、見回りに出ていたあやかしたちが傷を負って報告に来た。睦月は場所を聞き、鴨川に向かう。行くとそこには間違いなく化け物がいた。 川は真っ赤に染まっていてほとりは人の死体で埋め尽くされていた。
しかし刀を赤く染めた化け物は泣いていた。
「あんたも…人間、人間は滅べばええ。もう誰も信じへん。」
フラフラになりながら心が崩壊した化け物は気力だけで無差別に刀を振るう。止めに入る大人たちを次々と断ち切る。睦月は見ていられなかった。周りを囲む人間の間をすり抜け、化け物の刃を同じく刃で止めた。
「もういいだろう…もう十分戦ったじゃないか。」
睦月は言葉を投げかけると、化け物は力を緩め泣き叫びながら地面にしゃがみ頭を抱える。睦月は嫌な予感がした。微かだが相手から本当に妖力を感じた。
「皆逃げろ!」
睦月は周りの人たちに声をあげる。」
その言葉に周りの人たちも察したのか、逃げていく。
「はは、ハハハハハハハハハハ…。」
突然化け物は笑いだす。見ると額には小さな角が生えていた。睦月は手遅れだったかと目をそらす。生きているものは、恨み、妬み心が砕けた時、妖怪となる。そんな前例は以前にも聞き覚えがあった。しかし、実際見たのは初めてだった。
「おい、俺はどないならはったんや?」
生気をなくした化け物は自分の額に角があることを確認した。そして周りを見て、そして近くに落ちていた刀を見て、
「俺は…なにを…俺は誰なんや?」
記憶がなくなったのか、錯乱しているのか、挙動不審になっている。
睦月はそんな化け物にこういった。
「お前は何も覚えていないんだな。お前はたくさんの人を殺めて生まれた妖怪だ。名前は…そうだなぁ…鬼童丸。」
鬼童丸はうつむきながら、血まみれの手をぎゅっと握りしめた。
「鬼…ね…これから俺はどしたらええ?」
静かに肩を震わす鬼童丸を見た睦月は、そっと頭をなでて、
「俺のもとで罪を償えばいい。俺のもとに来い。」
それから鬼童丸は泣きながら頷いた。
「とまぁそこから俺が面倒を見てきた。時間があれば鬼童丸に何が起こったのか調べてるんだが分からない。でもな弟のようなものだ。だから俺に免じて許してやってくれねーかってなんで泣いている?」
茜は話を聞いて、涙を流す。
「ごめんなさい、鬼童丸さんにそんな過去があったなんて…。」
「おい!大丈夫か?」
そこへ獅季が慌てて入ってくる。
「獅季さん!」
「茜!倒れたって聞いたんだが…大丈夫そうでよかった。」
獅季はそういうと続いて鬼童丸と、老婆が入ってくる。老婆と言っても目が三つある以外は普通の優しそうなおばあちゃんそのものだった。
「鬼童丸や、この人間…いやあんた人神だねぇ。この子だね?」
「はい…はるばぁ。」
はるばぁと呼ばれた三つ目の老婆は茜のもとにいくと、頭を触り何かを唱える。すると何か恐怖心が抜け、安心感が入ってくる。おばあちゃんの手は暖かかった。
「もう大丈夫じゃ。」
くしゃっとなった笑顔を見せるはるばぁは、鬼童丸を見て、
「何もかも聞いたぞ、こやつからな。あんたに謝っとったぞにひひひひ。」
はるばあはそういうと、鬼童丸は顔を赤らめてうつむく。
「俺は…別に…悪かった。」
鬼童丸は頭を下げたまま動かない。
「こっちこそいろいろと言えなかった。人間であることは間違いなかったから。」
茜はそういうと立ち上がり鬼童丸のもとに行く。
「頭をあげてください。」
「「鬼童丸!顔をあげろ。」」
後ろから二人の声が重なる。思わず顔をあげる鬼童丸。茜も思わず振り返る。睦月と獅季は目には見えない熱を帯びていた。
「鬼童丸、あれほど茜ちゃんに何かしたら許さないといったよな。」
睦月はそういうと、
「罰としておぼろ車の用意をして来い。」
罰を覚悟していた鬼童丸にとって、それはあまりにも拍子抜けをしてしまうが、慌てて立ち上がり、ハイッと返事をして出て行った。
夕方帰る支度を整えながら茜は部屋の中にいた。すると部屋をノックする音が聞こえた。
「入ってもええやろうか?」
その声は鬼童丸だった。
「どうぞ。」
茜は戸惑いながらも声をかける。入ってきた鬼童丸は何やら手に一杯荷物を抱えていた。ドサッと荷物をおろし、
「こら帰りの弁当やさかい、でこらが飲み水。それさかい詫びの品。」
そういうと部屋から逃げるように出て行った。茜は恐る恐る詫びの品というやつを開けてみた。中にはかわいらしい簪が入っていた。
早速その簪をつけてみる。
早いものでもう出発の時間になった。目の前には真っ赤の燃えている前に獅子のような顔をしたおぼろ車がいた。
「茜!それどうしたんだよ似合うじゃねーか。」
獅季は嬉しそうに見てくれる。睦月はお見送りしてくれている睦月隊の人たちに挨拶している。ふと大きな桜の木の下で座ってこちらを見ている鬼童丸を見つけた。茜は駆け寄る。
「鬼童丸さん!簪有難うございました!」
「おん、いろいろと悪かったな。よかったらまた遊びに来いよ。」
鬼童丸はそういうと立ち上がる。
「そろそろ出発や。行けよ。」
茜はうんとうなずき、獅季や睦月のところに戻る。
「よし、じゃあ行くか!じゃあな、しばらく葵邸にいるから、ここは頼んだぞ。」
三人はおぼろ車に乗る。
「行きますよー。」
おぼろ車はそうしゃべると、空高く上がっていく。
星空に近づいていく。
「茜ちゃん怖いか?」
睦月は尋ねる。けれど茜は楽しそうに、
「いいえ、すごく心地いいです。」
「茜ちゃんありがとな。」
睦月は目を閉じ大きく背伸びする。
「茜!これから何が起こったとしても俺たちがお前を守る、それだけは忘れんなよ。」
―ねぇお千ちゃん、元気にしてますか?あれからいくつか日が立ちます。でもあの日のことは、昨日のことのように鮮明に覚えてるよ。あの日から私は東雲家の方たちに拾われました。私はこの方たちと共に妖怪と、人間の共存を選びました。お千ちゃんを気づつけた妖怪と生きる道を、選びました。この選択は間違っているのかもしれないね。私は本当に良かったのか、いまだに心が揺らぐ時があるの。お千ちゃんの顔を思い出すたびに、心が張り裂けそうになる。でも、もう誰も血を流さない、そんな世界にして見せるから。お千ちゃんがくれたこの命、絶対に無駄にはしないから。これからもそばで見守っていてください。
茜は満天の星空に思いをはせる。おぼろ車は南、大江山の葵邸に向けて夜空を駆け抜けて行った。
第弐章
調査に出た日から幾日か過ぎたころ、
「ちょっと待て!」
朝早くに何人かの声が重なった。茜は慌てて飛び起きる。声がした方へ行ってみるとそこにいたのは葵と獅季と、睦月と樹だった。
「あの…何かあったんですか?」
「お!ちょうどいいところに!茜俺の隊に入れ。」
茜は口を開けたまま言葉が出てこなかった。
「はい?」
やっと声が出せた。腕組みをする葵は、満足そうだった。
「葵様!何度も言うようですが僕は反対です。葵隊は、俺たち含む選ばれた十人しかなれないのですよ?そんなところに茜を入れたら、ほかの妖し達からの反感にもつながります。」
「あぁ俺も反対だ。この十人はより一層命を狙われる。御嬢さんをそんな危ない目に合わせるおつもりですか?」
獅季や、樹が一生懸命訴える。
「いや、茜は十分強いじゃないか。睦月、獅季、お前たちは茜の何を見てきたんだ?」
獅季や睦月は口を紡ぐ。
「けど、葵隊の中で唯一の女だ。俺だったら真っ先に茜を狙う。人質としてな。そしたら葵様真っ先に駆けつけるだろ?」
睦月は葵に問いかける。
「それは当たり前だ。でもなお前たちもいるじゃねーか。」
葵は四人に対してまっすぐな、ゆるぎない瞳で話す。
「それになぁ、俺のそばにいるやつを、そんな危ない目になんか合わせやしねーよ。お前たちもな。茜の仕事は戦うことじゃない。掃除、お茶運び、食事の支度。そんなところだ。」
そこまで言うと、葵は茜を見つめる。
「どうだ?」
四人も心配そうに茜の表情を伺う。茜は、私にできることがあるならやりたいと思った。
「分かりました。やらさせてください。」
「おう。よろしくな。」
葵はそういうと茜の頬に触れる。
「お前は、雪代主の命。俺は最初に見たとき、雪の中に咲く一輪の花だと思った。」
そうつぶやくと頬から手を放す。
「あ!」
「お!」
四人から驚きのような声が聞こえる。
「きれいだ。」
葵は、茜の耳にささやく。茜は何が起きたのか分からなかったけど、恥ずかしくて、耳まで真っ赤に染まっていくのが分かった。
「雪の結晶がお前の紋章だ。よし、これで正式に決まったな。」
葵はまた、満足そうにうなずいて、
「よし俺の部屋に来い。早速だが仕事をしてもらいたい。」
葵は三人を残し茜の手を引き、そそくさと歩く。しかし男性と女性の歩幅が合わず、途中手が離れてしまった。振り返る葵。
「わりぃ…早かったよな。」
「いえ…申し訳ありません…。」
茜は頭を深々と下げる。ふと顔をあげる際に、自分の姿が池に映し出された。茜は自分の顔を見て、信じられない思いでいっぱいになった。
「顔が…!!!」
茜は急いで池のほとりにしゃがみ込む。葵は茜の顔色を窺うように、
「それがお前の紋章だ。」
茜の右頬には、葵や、獅季、睦月などと同じように、痣ができていた。しかしその痣は、葵の物でもなく、まだ見たこともない紋章だった。茜ん紋章はまるで雪の結晶のように美しかった。
脳裏に葵の声が蘇る。
{お前は、雪代主の命。俺は最初に見たとき、雪の中に咲く一輪の花だと思った。}
急に恥ずかしくなる。
「この紋章は間違いなくお前の紋章だ。お前が仲間を作ったならば、お前と同じ紋章になる。」
茜は葵の言葉を聞きながら、自分の紋章を指でなぞった。痛くも痒くもなかった。
「よし、橋わたるぞ。やり方は睦月に習ったか?」
しゃがんでいる茜の前に手を差し出す。その手を取り、茜はハイと答えた。それからこの前睦月ときたように繰り返す。人差し指に息をかけると、同じように赤く燃えた羽をもつ蝶が、指先に止まる。
「この頬の焼き印は俺の力でできる。この焼印があるやつは皆俺の仲間なんだ。たとえば睦月が…そうだなぁ鬼童丸を仲間にしたいといったとき、鬼童丸を連れてここに来た。俺がいいか、悪いか判断して、よければ睦月と同じ印をする。茜ももし仲間にしたいやつがいれば、ここに連れてこい。」
葵はそういいながら、自分の右手を仰向けにする。すると小さな炎をだす。茜はその炎を綺麗だと思った。
「何見てやがる。その蝶も俺の力だ。俺は炎を自由自在に操れる。すごいだろ。」
葵は得意げにそういうと、炎を浮かす。まるで火の玉みたいだった。
「行くぞ。」
見とれている茜の手を取り、ゆっくりと歩き出す。茜は炎のせいなのか、体が火照っているような気がした。
橋は濃い霧がこの前のようにかかっている。前も後ろも何があるのかさっぱりわからない。ただそこにあるのは、真っ赤に燃える一匹の蝶と火の玉。そして手を通して感じるぬくもり。
「ついたぞ。」
そのぬくもりが体から離れると、目の前には立派なお屋敷が現れた。
「正式に言うとここが葵邸だ。茜たちがいるところは南、獅季邸だ。」
門の所には二匹の狐がじゃれあって遊んでいる。
「千秋、千代。お前たちちゃんと門番をしろよ。」
葵は笑いながら声をかける。
二匹とも、葵と茜を発見すると。嬉しそうに尻尾を振りながらやってきた。
茜は抱っこする。
「かわいい。」
葵はそんな茜を見て、
「よし、こいつら茜の仲間にするか。」
「え?」
「こいつらまだ印をしてないんだ。」
「動物にもできるんですか?」
「当たり前だ。おい千代、千秋。それでいいよな?」
葵はそういうと二匹は嬉しそうに鳴いた。
「じゃあ茜の印を入れる。これからは茜を何があっても守ってやれ。いいな。」
葵の言葉が、まるで通じているかのように二匹は茜に向かって頭を下げた。
それから、葵は茜と同じように二匹の顔に触れる。すると二匹の額に、茜と同じマークが付けられた。
「こいつらは陰狐と言って、陰に住むあやかし。だから住む場所は陰の中だ。」
葵がそういうと、二匹に合図を送る。すると二匹とも茜の陰の中に姿を消した。茜は驚きのあまり自分の影に触れたが、何の変りもない。しかし
「千代。」
葵がそう呼ぶと、茜の陰からヒョッコリと顔を出した。
「よし。じゃあそういうことで早速だが、仕事について説明するから中に入れ。」
葵は何もなかったかのように襖をあけ、中に入る。とそこには白髪の眼帯をつけた男の人がいた。
「えーっと…和真さん??」
茜は恐る恐る声をかける。
「あぁ…。」
彼は一言だけしゃべると、
「茜、早速仕事だが、今日から刀の訓練をしろ。」
「え?」
茜は聞き返す。和真は黙ってお茶をすする。葵はそういうと自分の腰にあった、日本刀を茜に差し出す。和真は少し驚いたようだった。
「さっき睦月たちには、俺が守ると言ってきたが、万が一のことがないとは言い切れない。そこでこれから毎朝、和真の指導を受けろ。昼からは俺の手伝いや、この前のような外出の仕事をしてもらう。」
茜は刀を受け取る。何かあった時、守られるばかりじゃだめだ、お千ちゃんの二の舞になることだけは避けたい。自分にできることはやろう。と覚悟を固めた。
「和真さん、お願いします。」
茜は和真に向かって頭を下げた。
「あぁ…。」
「じゃあ俺は昼に迎えに行く。昼からは買い出しだ。それまで和真よろしく頼む。」
葵は忙しそうに書類を懐にしまい、部屋を後にした。葵がいなくなった後、静かな空間になる。
「正直びっくりした。」
和真はそういうと立ち上がり、茜のもとへ足を運ぶ。すると茜が持っていた刀に触れる。
「この刀は童子切安綱と言って、あいつの父親を殺した刀だ。あいつは父親が大っ嫌いだった。人の手により殺された。けれど唯一残ったその刀だけは、何があっても手放さなかったのにな。」
茜はとんでもない刀なことに気付き、
「和真さん…どうしたらいいんでしょうか?」
和真に刀を返そうとするが、
「これは、あいつなりのけじめだ。受け取っておけ。」
そういうと和真は自分の刀を腰に差し、外に向かう。
「こい。」
一言そういうと和真は外に出る。茜も急いで外に出る。
「構えてみろ。」
和真の言うとおり、茜は見よう見まねで刀を構えた。すると、
「お前…刀持ったことないのか?」
和真は呆れたようにため息をつき、茜の後ろに回る。後ろから抱きしめるような形で一緒に刀をつかむ。
「右手は柄の下。左手は右手の下でわきを締め腕は伸ばす…違う!こうだ。」
和真は一生懸命教えてくれるが、茜は和真のまな板に、集中できなかった。和真の胸板は暖かく、また筋肉がすごくついていた。毎日鍛錬しているのだろう。
しばらく刀の構え方を和真から教わっていると、何やら頬に冷たいものが触れた。
「雪だ!」
茜の言葉に、和真も空を見上げる。そういえば今日は一段と寒かった。
「雪…だな。中に入るか。」
和真は、そういうと部屋の中に向かう。茜も和真のもとへ行こうとしたその時、心に声が届いた。
-ない…ないの…どこなの?
その声は、すごくか細くて、この雪の様だった。茜の心に届く声は三種類ある。茜を求めているときと、近くに居る人が、すごく困っていて神様に助けを求めているとき。そして最後は自分から聞くときだ。今回は見ず知らずの人が、助けを求めているということだった。
「和真さん!誰かが助けを求めています。」
茜の声に和真は、
「何と言っていたのだ?」
茜の方に振り返る。
「ない…どこなの?っと何かを探しているようでした。」
「場所は分るか?」
「いえ…。ただ声が届くというのは近くに居ることには間違いないと思います。」
和真は、茜の言葉にしばし考えた様子であったが、あきらめたように目を伏せ、
「それだけならば、探し物を探すことよりほか相手を探すことに骨が折れるというもの、放っておけ。」
茜は、和真の答えに納得がいかなかったが、しかし和真の答えは正しく。力のない何もできない自分に、手を力強く握りしめることしかできなかった。茜は持っていた刀を腰にある鞘にしまう。そんな茜の様子を和真は無表情な目で眺めていた。
少し時間はさかのぼる。葵が和真と茜のもとから去った後のこと、葵は書物部屋に入り、本を読みあさっていた。そこへ、
「葵様、時雨隊が一人美影。時雨さまからのご報告を授かってまいりました。」
若い男の声が静かな書物部屋に響く。
「何だ?」
「はっ報告します。京都東地区にて火をまとった大きな鳥が暴れており、町が燃やされているため、睦月隊の要請をお願いしたいとのことです。」
「そうか、わかった。すぐに睦月隊、それから火傷を負う者もいるだろうから、樹隊も出そう。すぐに時雨邸に向かわせる。下がれ。」
美影という男は頭を深々と下げその場から立ち去った。
そのあとすぐに葵は手から小さな蝶をだし、一匹は西の樹邸へ、もう一匹は北の睦月邸へ向けて旅立って行った。
「時雨もう少しの辛抱だ。頑張れ。」
そうつぶやくと、葵はふと窓越しに外を見る。
「雪か。」
それから月日は少しばかりが過ぎ、朝は修行お昼は雑用を送る日々。そんな毎日を送りながら茜は、夕焼け色に染まる空を眺めていた。手には箒を持っている。
今日は庭の落ち葉ひろい。木枯らしに吹かれ次から次へと葉が落ちる姿は、冬の季節を物語る。庭には小さな妖怪たちが走り回っている。しかし茜の姿を見るとドングリの木の木陰に隠れてしまっていた。彼らの容姿は狸そのものだった。茜は不思議に思い木陰の方に意識を集中させる。、
{あのお方だろ?新しく葵隊の一員になられた方は。}
{雪の印間違いなさそうじゃ。}
{本当におなごのようじゃ。}
心にいろんな声が届く。
{恐ろしいのう。}
{恐ろしいのう。}
茜は狸たちの言葉に胸が痛んだ。葵隊になるということは、それだけ畏れられるそんな存在になること。それはみんなの言うように、普通の人がなれるものじゃない。ましてや人間そして女である茜にとって、周りの妖怪は恐れの存在になるのだろう。
茜はふたたび箒を手に取り、葉を集める。するとドングリ木がゆさゆさと揺れ葉が落ちるのと同時に、小さな子供の狸が落ちる。
茜はびっくりして手にしていた箒を投げ捨て、その子狸のもとへ駆けつける。
{あおなごに見つかった!殺される。}
{誰か助けぬか!}
{た…す…けて…。}
声がどんどん心に届く。落ちた子狸は起き上がれない。茜はその子狸のもとに行くと、
「大丈夫?」
その子狸を抱っこする。周りの狸たちも恐る恐る木陰から出てくる。茜は気にせずその子狸の心をのぞく。
{足が痛い}
その子狸の足は擦りむいたのか血が幽かに出ていた。
茜は少し安心し、持っていた手ぬぐいで止血してやる。周りの狸は恐る恐るではあるけれど茜のそばに駆け寄る。
「大丈夫だよ。痛くない痛くない。」
痛そうな呻き声をあげていた子狸は、いつの間にか泣き止み、茜の腕の中が安心したのか眠ってしまった。
「ありがとうございました。茜殿。」
背後から年を取った狸がやってきた。その狸は杖を突いており、服もちゃんとしている。その狸に周りの狸は頭を下げていた。
「あなたは心が読めるという。此度は汚い言葉申し訳ない。わしは狸の長五郎佐と申す。それから…。」
五郎佐という狸は、何かの呪文を唱える。すると見る見るうちに茜の腕の中にいた子狸をどんぐりに変え手に取った。茜は、驚き、一歩後ずさる。
「ホッホッホッホ驚かせてしまい申し訳ない。これはわしらの本当の姿じゃ。このどんぐりの木はかれこれ二千年生きとる。わしらはこの木の精霊でな。わしはその木そのもの。こやつらはドングリの実じゃ。」
そういうと後ろで様子をうかがっていた子狸たちが次から次へと、ドングリへと姿を変えていった。
「この恩は忘れません。ありがとうございました。」
五郎佐の手をかいくぐり、先ほど助けた子狸が顔を出す。
「いえいえ、こちらこそ怖がらせてしまい申し訳ありませんでした。」
茜は、頬に触れながら頭を下げる。
すると五郎佐は、
「いえいえ、あなた様がお優しい心をお持ちなことは十分わかりました。またお会いしましょう。」
五郎佐は頭を下げると子狸たちを、ドングリに変えると、順番に気に戻していく。全員無事に木の実として戻った後、
「あなたが十一人目の葵隊でよかった。」
そう言い残すとスーッと気に溶け込んでいった。ふと茜は気づく。五郎佐の額にまだ見たことない紋章が刻まれていたことに。茜はなんだか夢を見ていたような錯覚に囚われる。
しかしそれはすぐに打ち消される。
-ない…ナイノどこ?…どこ…
少し前に聞いた悲しい声。それにこのまえより心に強く声が届く。それはつまり近くに居るということ。
「おい、掃除はすんだか?」
「ひゃっ」
突然声をかけられ、茜はあまりの驚きに変な声が出た。
けれど振り返ると無表情の和真がいた。
「なにを…ボーっとしているのだ?」
茜はさっきまでの出来事と、あの声について全部伝える。
「それは、間違いなく葵隊の五郎佐だ…にしても声は…。」
和真は少し考えた後。
「雪代、行きたいか?」
そういうと和真は外を指さす。
「いいんですか?」
茜は顔が明るくなる。
「おまえ…行きたそうな顔を…していた。」
「はい!行かせてください。とてもかなしいこえが届くんです。」
「わかった。行こう。ただ危ないことはするな。いいな?」
「はい!!」
今日もまた雪が降る