そら 「そら」

娘の五歳の誕生日に、16色のクレヨンを買った。
小さい頃から絵を描くことが好きで、幼稚園の先生や友達に褒められた絵を、いつも自慢そうに部屋に飾っていた

「ねーねー、お父さん!見て見て!」

どんなに疲れて帰ってきても、この声が僕を迎えてくれる。そう考えただけで、今日の仕事も頑張ろうと思えた。
目に入れても痛くないとは、まさにこのことだ。

「ただいまー。」

いつもより帰る時間が遅くなり、控えめに玄関の戸を閉める。妻も娘も寝ている時間だった。
カバンを置き、靴を脱ぐ。
変かもしれないが、玄関に大・中・小の靴が揃うのを見ると、我が家に帰ってきたことを実感する。

「おかえりなさい。」

ふあっ、と大きな大きなあくびが僕を迎えてくれた。妻かと思って振り向いたが、寝室からひょいと顔を覗かせていたのは眠そうな顔をした娘だった。
ああ、可愛い。

「ごめんねー。お父さんうるさくて目が覚めちゃったね。」
「そんなことないよ。それよりも、今日も描いたんだ。これお父さんにあげる。」

そう言って渡されたのは、普段書くようなお花やアニメのキャラクターとはかけ離れた、紫と黒だけを使って描かれたインパクトのある絵だった。

「ん?どんな魔界かな?」
「……まかい?」
「何でもないよ。この真ん中の黒い四角は?」 「これ?これはおうちだよ。」
「まるでダンジョン!」
「だん……じょん?」

酔って帰ってきたせいで変なテンションになっている自分気づき、深呼吸をして落ち着かせる。

「これはなにを描いた絵なのかお父さん教えて欲しいな。」
「そらをかいたの。プレゼント。」

いつものように自身に満ちた娘の表情を見て、不思議に思った。子供が太陽を描くときに決まって赤やオレンジを使うように、空は青色を多く使うだろう。僕はこんな禍々しい空の絵を見るのは初めてだった。

「ありがとう、今日はもう遅いから寝ようね。」
「うん。あとで、お父さんにもこのそら見せてあげるね。」
そっと娘のほっぺにキスをして、おやすみなさいをした。


 小さな手が、僕をゆすって目覚めさせる。枕元に置いた目覚まし時計をのぞくと、4時半だった。

「どうしたの?こんな早い時間に?」
「ちがうよ、おとうさんあれ見て。」

娘が指さしのは、光をとるための小窓だった。夜と朝のちょうど境目。空は鮮やかな紫色に染まっていた。

大人の僕が知らない空を、娘が知っていた。

そら 「そら」

魔界か!?とダンジョンのセリフが書きたかった。

そら 「そら」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-13

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