逢魔ヶ屋忌憚

第一章 怪しい事務所

津軽 一般人諸君、こんにちは。

   さて、突然だが、君たちは幽霊や妖怪などと呼ばれるもの信じているだろうか。

学校の七不思議に巻き込まれたとか、霊を怒らせて呪われただとか、
   普通ではありえない事件に巻き込まれた場合、なかなか他の人には信じてもらえないだろう。
   我々はそんな迷える一般人諸君を救うべく立ち上がった。


「逢魔ヶ屋(オウマガヤ)」では、そのような奇妙なものが絡んだ事件を取り扱っている。


   幽霊、妖怪。そのほか様々な種族に対応した経験者が諸君の悩みの解決をサポート!
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   ※ ※ ※



ナレ(円次) …などという怪しげな広告が、最近街中でみられるようになった。
   逢魔ヶ屋。そこに行き着けば、魂を取られるやら呪われるやら、大金を盗られるやらと、
俺の学校で生徒の間では一種の都市伝説として多種多様に噂されている。

男1 北友ー、この後みんなでゲーセン行かねえ?

円次 おお、行くー。

ナレ それはさておき。
   俺は北友 円次(キタトモ エンジ)。赤道(アカミチ)高校2年になったところだ。
   今日、4月3日は始業式で、簡単な説明や担任紹介で午前中で授業が終わる。
   そこで俺たちは午後からの持て余した時間を仲間とともにゲーセンでつぶそうというわけだ。

女1 夜子(ヨルコ)!このあとみんなでマスド行くんだけど!
 
夜子 ごめん!私今日ちょっと…。

男1 北友ー、いくぞー。

円次 あいよー。


  ※ ※ ※


男1 んじゃ、また明日なー。

円次 おう、またな。
   …ふう。まだ4月始まったばっかだってのにお財布の危機だよ…。
   あーあ、学校で禁止されてても、やっぱバイトすべきかなあ。
   やっぱ高校生にもなると、小遣い月に5000円じゃあちょっとキツイんだよな…。

ナレ なかなか高校生の遊びとは金がかかるものだ。
   今夜は晩飯はいらない、って親に連絡しなきゃな。
   と携帯を取り出したとき、ふと視界に何かが映った。

   あの「逢魔ヶ屋」のポスターだ。

   そのポスターは街中に貼られているものとは少し違っていて
   ビルとビルの間を矢印で指差して「スグソコ」と書かれてある。

   魂をとられるとか、呪われるとか、教室で飛び交っていたそんな単語が浮かんでくる。
   余計な好奇心が芽生え、その薄暗いビルの隙間に見入ってしまう。

円次 少しだけ、見てみようかな。

ナレ 誰に聞かせるでもなくつぶやき、その怪しげな空間に足を踏み入れようとした時。

夜子 あの、もしかして、北友くん?

ナレ 不意にかけられた声に足が止まった。
   聞き覚えのある声に振り返ってみれば、俺と同じ赤道高校の制服を着た女生徒が立っている。

豊太 …えーと、………。

夜子 あ、私、鴇田 夜子(トキタ ヨルコ)。一応、クラスメイトだよね。

円次 鴇田…ああ、クラス委員長!

ナレ そういえば、今日HR中にクラス委員を決めていて、その時に選ばれていた女子が
   この鴇田夜子だったはずだ。
   女子に対して多少の恐怖感を持っている俺は、
   彼女と去年も同じクラスだったにも関わらず話したことすらなかった。

夜子 さっきバイト終わって、帰ってるところなの。北友くんも?

円次 お、おう。

夜子 あ、これ今学校で噂になってるポスターだよね。

ナレ 鴇田はポスターをまじまじと見ながら首をかしげた。
   少し考えるような動作をした後、小さな声で一人ごちる。

夜子 幽霊、か…。

円次 え?

夜子 あ、ごめん、こっちの話。
   ねえ北友くん、もしかしてバイト探してるの?

円次 え?ああ、いや、まあ…

夜子 バイトはいいけど、怪しいとこはやめといたほうがいいんじゃないかな。
   料金応相談って書いてあるけど、こういうとこって、なんか不安じゃない?
   バイト探してるなら、私のとこ紹介してあげるよ。

円次 お、おう……え?

ナレ 急展開過ぎて、さっきから「え?」しか返せていない気がするが、
   うちの学校は原則バイト禁止だったはずだ。
   委員長に選ばれるような真面目な鴇田が、バイトをしてたなんて。
   俺が驚いて固まっているうちに、逢道は説明を続ける。

夜子 私のバイト先、小さいパン屋さんなの。ほら、カラオケ屋さんの近くの…。

円次 ああ、「ベーカリーももはな」?

夜子 そうそう。あそこは奥さんも旦那さんも優しいし、
   働き終わったら余ったパンただでもらえるからいいと思うよ。
   今月末に一人辞めちゃうから、ちょうどいいと思うんだけど。

円次 へえ。

夜子 あ、今言われても困るか。ごめんね。

円次 いや、ありがとう。考えとく。
   ちょうどバイト探してたし。

夜子 そういってもらえてよかった。…あ!

ナレ 何かに気づいたように腕時計を見ると、
   鴇田はあわてた様子で鞄を担ぎなおした。

夜子 ごめん、私そろそろ帰らないと!門限なんだ。

円次 そっか。

夜子 あ、バイトしてたの、学校には内緒ね!
   それじゃ、また明日!

ナレ そう言うと、鴇田は来た方向と逆のほうへと駆け出して行った。
   その後ろ姿を見送りながら、逢道の見ていた「噂の広告」に目を向ける。

円次 …まあ、怪しいよな。

ナレ 鴇田に止められても仕方ない。
   やはり何度見返しても怪しい広告に苦笑いしながら背を向けようとした。
   その時だった。

津軽 そんなに怪しいかい?
   これでも私の自信作なんだがね。

円次 うわぁっ!?

ナレ 突然横から聞こえた声に驚いて飛び退くと、
   俺の隣にはいつの間にか黒く細長い影がいた。
   その姿に、さらに驚くことになるのだが。

津軽 む、人の顔を見て驚くなんて失礼じゃないかね?

ナレ 首から上に、猫の頭。見たこともないほど細い手足。
   真っ黒なスーツに両手にはめられた白い手袋。
   魂をとられるのか、はたまた呪われるのか。
   どちらにせよ怖い。なんと言われようと、怖い!

円次 で、出たぁ!!

津軽 人を化け物みたいに言わないでもらいたいものだが。
   そして失礼に失礼を重ねる前に、一言謝罪はないのかね?

ナレ それもそうだが、今はそんなことを考えている余裕がない。
   地面に尻餅をついて逃げ腰になりつつ、焦る気持ちを何とか抑える。
   落ち着け、落ち着け。とにかく落ち着いて、考えろ。

津軽 まあ落ち着きたまえ。取って食ったりはしない。
   そもそも私の主食は人間ではないのだよ。

ナレ 落ち着けない元凶に諭されてしまった。
   元凶は俺に向かって手を差し伸べ、あきれたようにため息をついた。

津軽 ひとまず上がりなさい。お茶を出そう。



   ※ ※ ※

 
築  どうぞ。

円次 ど、どうも…。

ナレ おそらく俺より年下であるだろう少年から震える手で湯呑を受け取り、机に置く。

津軽 築(キズク)くん。確か冷蔵庫にモンブランがあっただろう。あれをお出ししなさい。

築  津軽(ツガル)さん、あれもう一年以上前のでしたよ。出せるわけないでしょ。

津軽 はて、そうだったかな?

築  俺も津軽さんもケーキは食べないからってほっといたんでしょ。
   腐ってたからこの間捨てときました。

津軽 そうか…。では棚の饅頭は?

築  あれこそもう腐ってて見れたもんじゃないですって。
   アンタお客さんを殺す気ですか?

ナレ 殺す、という言葉に、わかりやすく飛び上がって反応してしまった。
   やっぱり、殺されるんじゃないかな、俺。
   魂を取られるにしろ呪われるにしろ、死につながっている気がしてならない。

津軽 さて、では依頼内容を聞こうか。

円次 …は、はい?

ナレ 首から上が猫の男(津軽というらしい)がソファに掛けなおし、
   俺のほうを見た。
   猫特融の黄色く光る大きな瞳がじろりと動いたのを見て、背筋に冷たいものが走る。
   依頼ったって、俺はここに用なんてないのに。

津軽 ここへ来たってことは、何か困った事件に巻き込まれているんじゃないのかい。
   たとえば霊に取りつかれているだとか…

円次 はあ…。

ナレ 確かに、俺は小さいころから霊感があり「そういうもの」が見える体質だった。
   小学生くらいの頃は夜な夜な金縛りにあったり、道端で会った霊に取り憑かれたりと
   本当に苦労した。
   でも高校に入学するくらいの時、この話を聞いた父方のじいちゃんが
   近所の寺に駆けこんでお祓いしてくれたおかげか、まったくとは言えないものの
   あまり見えなくなった。
   霊に取り憑かれてるなんて、本当にここ最近ご無沙汰だ。むしろなくていい。

円次 いや、俺そういうので来たんじゃないんですけど…。

津軽 …なんだって?

ナレ 途端、猫男の声色が変わった。
   心なしか、目の色も変わった気がする。

円次 えっ?

津軽 …君は…

円次 いやいやいや!ごめんなさい!
   冷やかしとかそういうのじゃなくて!!

ナレ 猫男はふらりと立ち上がり、
   ガシッと俺の肩を掴んだ。

円次 ひぃっ!

津軽 もしかして、バイトの希望かい!?

円次 …へっ?

津軽 なんだそうなら早く言ってくれればいいのに!
   築くん、面接するぞ!面接の準備だ!

築  は?

ナレ 俺にお茶を出して以降、奥にある椅子に座って漫画を読んでいたらしい
   少年(築というらしい)はげんなりした顔で返す。
   そのうち男に急かされ、嫌々といった様子で腰を上げた。
   一方の男は嬉々として椅子や机を次々と用意し
   あっという間に面接会場を立ち上げたのだった。

津軽 さあさあ座って!面接をしよう!
   
円次 あ、あの俺、

津軽 大丈夫そんなに時間とらないから!

円次 いやそういうことじゃなくて、

築  はいはい座って座って。

ナレ 助けを求める気持ちで少年を見ると、
   「止めるの面倒臭いからとっととしろ」
   という心が垣間見えるどころか丸見えの表情で俺の背中を押していた。
   俺はあきらめて面接を受けることにした。
   どうせ受からないだろうし。
観念して椅子に腰かけ、高校受験の時にいやというほどさせられた
   面接練習を思い出しながら姿勢を正した。



津軽 …さて、これから面接を始める。

築  はーい。

円次 …はい。

ナレ 男は一転して引き締まった表情でどこからか持ってきた紙の束を
   机の上に置いた。
   机に肘をつき、顔の前で手を組む。

津軽 …。

築  …。

円次 …。

ナレ なんだろう、この沈黙。
   面接なんだから何か聞かれるかと思ったけど、目の前の二人はだんまりで何も言わない。
   少年に至っては先ほど読んでいた漫画を読みふけっている。
あ、あのマンガ「Swing-Man」だ。主人公がプロのサックス奏者を目指す音楽漫画だっけ。
   主人公のビロードー=ガンスレイド(通称ビル)の生き様がかっこいいんだよなあ。
   …ってそんな場合じゃなくて。

円次 …………えっと。

津軽 ああ、少し待ってくれ。今面接の内容を考えていてね。

ナレ 今考えるのかよ!事前に考えておいたんじゃないのかよ!
   お前の手元の紙の束なんなんだよ!
   あらゆるツッコミが頭の中を飛び交うが、
   今はそういう状況じゃないことはわかっている。

津軽 …よし。

ナレ 小さくつぶやいて顔を上げた男は、組んでいた手をほどき
   今度は胸の前で腕を組んだ。
   どうやら内容が決まったようだ。

津軽 では、まず初めに。

ナレ ぐっと手を握り締め、初めの質問に耳を傾けた。

津軽 好きな食べ物は?

円次・築 は?

ナレ 気の抜ける内容に少年ともども妙な声が出てしまう。

津軽 ちなみに私はレバニラが好物なんだ。
   あのなんとも言えないニラの匂いが好きでね。
   築くんはどうだい?

築  …俺っすか?

ナレ 突然話を向けられ戸惑った表情を浮かべる少年。
   漫画を机に置き、ポリポリと頭を掻く。

築  いきなり言われてもなあ…。
   焼肉とか?

ナレ 現実的に好きな食べ物を挙げる少年。贅沢だ。
   いかんいかん、平常心だ。

津軽 ほう…で、君はどうだい?

円次 え?あ、はい。
   好きな食べ物は…塩サバです?

ナレ テンパりすぎて疑問形で返してしまった。
だが、焼きサバや子持ちシシャモが好きで、基本的に魚料理が好きなので嘘ではない。
   すると男は不服そうに目を細めた。

津軽 君は猫か!

円次 アンタにいわれたかねえよ!

ナレ このツッコミに関しては見逃してほしい。
   さすがにツッコむなというほうが酷だ。

津軽 ふむ…それもそうだな。
   まあいい。次の質問だ。

ナレ こちらとしては何もまあよくないのだが、男は面接を続けた。
   猫だけに、なんともマイペースな性格のようだ。

津軽 それでは、簡単に自己紹介をしてくれるかい。
   
ナレ ふつうそっちが先じゃないのか。
   何にせよ、面接っぽい質問だ。面接だけど。
高校受験で鍛えられた記憶を掘り起しながら、俺は咳払いをする。

円次 はい。僕は北友円次です。赤道高校2年で、部活動には所属していません。

ナレ 軽い自己紹介のテンプレではあるが、これが無難だろう。
   真顔でそう答えた俺に、少年がぷ、と吹きだした。

築  僕、とか(笑)

ナレ うるせえ面接の基本だよ。
   と言いたいのをぐっとこらえる。
見たところ中学生くらいだから、面接なんてしたことがないんだろう。

津軽 では次に、君の趣味、特技などを聞かせてくれるかい。

円次 はい。僕の趣味はバスケット、特技はパスカットです。

津軽 ほう。ということは君は、運動が得意なのかな?

円次 はい。バスケットは中学三年生のときに
   全国大会にも出場したのでとても得意です。

津軽 ほう、それはすごいじゃないか!
   我々の仕事は、外での聞き込みなんかで走り回ることが多いからね。
   なるべく、フットワークの軽い人のほうが好ましいんだ。

ナレ よし、食いついてきてる。なかなか良い流れだ。
   …ってなんでこんな真剣になってるんだろう。
   怪しいし男の得体もしれないし、一応断りたい気持ちでいっぱいなんだけど。

津軽 それでは、差し支えない程度に君の現在の住所、通勤手段を教えてくれるかい。

円次 はい。今の住居は…。

ナレ 聞かれたことに手早く答えていく。
   聞かれるのはごく簡単で基本的なこと、普通の面接なんかで聞かれることばかりだ。
   もしかしたら、そんなにおかしな場所ではないのかもしれない。
   男の頭部も、被り物をかぶっているだけのように見えるし。

津軽 ふむ。体力も十分あるようだし、自宅からの距離もさほど遠くない。
   なかなか好条件だね。
それでは、最後の質問だ。

ナレ 男は手元の紙の束(結局メモに使ったらしい)をとんとん、と揃えて、
   黄色い瞳で俺をじっと見た。

津軽 …君は、霊の声が聞こえるかい?

円次 え?
   
ナレ 突然何を聞くんだ、と言いそうになったが、
   そう言われてここがどんな場所かを思い出す。

津軽 …君は、霊が見えるね?
   そう感じたからこその質問なのだが。

ナレ 俺が「そういう体質」なのを見抜かれたことに驚いていると思ったのか、
   男は俺の顔色を窺うように言う。
   でも、そうじゃない。心当たりがあったからだ。

   小さいころから俺が出会ってきた霊たちは
   生前の自身の境遇を嘆いたり恨みごとを漏らしたり
   言葉を話す霊しか居なかった。
   それが普通だと感じていた。
   
円次 …声は、聞こえます。というか、姿も見えます。
   でも、これがそんなに良い要素じゃないのも分かってますし、
   俺は聞こえなくてもいいと思ってるんですけど…

ナレ 俺のその言葉に、漫画のページをめくっていた少年の手が
   ぴたりと止まった。

築  …みんな、

円次 ?

築  みんなアンタみたいに聞こえるわけじゃないんだよ。
   見えても、聞こえない奴だっている。

ナレ 今までと違って、真剣な表情でつぶやく少年に、俺はそちらに目を向けた。

築  見えて聞こえて、いいご身分だな。

円次 …なんだよ。

ナレ 吐き捨てるように言ったその一言に
   思わずカチンときた。
   そのせいで眠れないことだってあったし、
   姿が見えないのに声だけ聞こえて、震えることだってあった。
   俺だって、そのせいで苦労してたのに。

円次 なんだよ、突っかかるな。
   俺がそのせいでどんなに苦労したかも知らないくせに。
   
築  …知らないよ、そんなこと。当たり前でしょ。

円次 だったらいちいち突っかかるなよ。

築  その割にそっちも突っかかるような言い方だね。

円次 それはお前が…!

津軽 はいはい、その辺でやめなさい。
   面接の途中だよ、二人とも。

ナレ 男の言葉で、二人とも口をつぐんだ。

津軽 築くん。

ナレ 男はメモをしていた手を止め、持っていたペンを少年に渡した。

津軽 ペンのインクがなくなってしまってね。
   悪いが、いつものところで買ってきてくれないか。
   お金は金庫から持って行って構わないから。

築  …わかりました。

ナレ 渋々といった様子でペンを受け取り、
   少年は部屋を出て行った。

津軽 悪かったね。彼にもいろいろ事情があるのだよ。
   …というよりも、彼の前であの質問をしてしまった私が迂闊だったね。
   不快な思いをさせて、すまなかった。

円次 いえ、そんな…。

ナレ 思えば、年下相手にムキになった俺も少々大人げなかった。
   男はごほんと咳払いをして、俺に向き直った。

津軽 その様子だと、君は声も十分聞こえているようだね。
   こちらが聞きたいことは以上だ。
   何か質問は?   

円次 いえ、ありません。

津軽 そうか。なら、面接をこれで終わることにする。

ナレ 男はメモ用紙をクリップで止めると奥の机に置いた。

津軽 君は合格だ、北友 円次くん。
   ぜひとも我が「逢魔ヶ屋」で働いてほしい。

ナレ 男は俺を見据え、そう告げた。
   だが、俺の中にわだかまりが残る。

円次 …あの、俺。

津軽 ん?

円次 えっと、本当は面接受けに来たんじゃないんですけど。

津軽 ほう…。

円次 だから、あの…。

津軽 そうか…それは残念だ。

ナレ 男は思いのほか落ち着いた反応を見せた。
   手を顎に当ててしばらく考えるそぶりをみせた後
   顔をあげて少しため息をついた。

津軽 無理にとは言わないが、少し考えてはもらえないかい?
   我々としては、君がここに来てくれればとても嬉しいのだが…。
      
円次 …。

津軽 …自給1000円なんだがなあ。

円次 そういう問題じゃないです。

ナレ よくわからない人だなあ…。
   そのあと二言三言会話して、俺はその事務所をあとにした。
   外はもう真っ暗で、その闇で何かが蠢いているような気がした。


   ※ ※ ※


ナレ そんな帰り道。
   街頭しか明かりという明かりのない、真っ暗な道。
   携帯にイヤホンを挿し、昔にDLした曲を聴いていた。
   この曲が好きだったころが、一番霊に襲われることが多かった。

   道端で会った霊に声をかけられて、
   ヘタに返事をしてしまって取り憑かれかけたりした。

   何も聞こえなくなればいいと思って、耳に針を刺そうとしたこともあった。
   ちょうどそこをじいちゃんに見つかって、理由を話したらお祓いをしてくれたんだっけ。

 その時、
   突然、音楽が途切れた。

円次 なんだ…?

ナレ ざわり、と鳥肌が立つのがわかった。
   最近感じていなかった、この、冷たい何かが肌をなでるような感じ。

   早く、早く帰らないと。

   その時だった。

霊  すみません。

ナレ 背後から初老くらいの、女性の声がした。
   背後といっても、すぐ後ろ。俺の背中のすぐ後ろあたり。

霊  迷ってしまったんです。

ナレ 反応してはいけない。

霊  私、帰る場所がわからなくて。

ナレ 振り向いてもいけない。


霊  つ れ ていって く れませ んか 。


円次 …!!

ナレ 肩に、触れた。

円次 う、うわああああああああ!!

ナレ 気づけば駆け出していた。
   早く逃げないと。
   捕まったらどうなるか分かったもんじゃない…!!

ゲーム 入力式 三回





円次 はあ、はあ…

ナレ 目の前が暗い。
   せめて携帯の光で前を照らそうとするも、
   さっきまでついていたはずの電源が落ちている上に、
   どんなにボタンを押してもつかない。

円次 ウソだろ…!!

ナレ これじゃ、助けも呼べない…!!

   ドンッ!!

ナレ 人にぶつかったようで、ふらつく。
   相手は倒れてしまったようだが。

築  いった…。

円次 す、すみませ…?

ナレ 謝ろうとしたが、聞き覚えのある声にそちらを見る。
   暗闇にも目が慣れてきて、相手の顔も見えてくる。

円次 あ…。

築  …あ、面接の。

円次 えっと、あの事務所の…

築  なにしてんの、こんなところで。
   もう9時だよ。

ナレ 事務所で会った少年だ。
   左手にビニール袋を持っているところを見ると、お使いの帰りらしい。
   よく見ると、もう春だというのに茶色い革の手袋をしている。

円次 お、お前こそ、

築  …?
   お兄さん、なんか顔色悪くない?

円次 そ、そうだ、はやく…!!

築  ! お兄さん、どいて!

円次 え?

ナレ 言うが早いか、少年が俺を突き飛ばして背後に立つ。

   バチッという音とともに肌寒い気配が距離をとった。
   少年が両手を前に突き出して立っている。
   さっきの茶色い手袋が、一瞬だけまぶしく光った。

円次 お前、今のは…

築  お兄さん、こいつお兄さんが連れて来たの!?

円次 え?

築  だから…

霊  みぢをおおおおおおおおおおおおおおじええええええええ

築  うぐっ…!!

ナレ 少年は突然うずくまり、頭を押さえる。
   霊は叫ぶように続ける。

霊  みぢいいいいおをおをおおおおおしえええええええええ

築  あ、たま、が…!!

円次 お、おい!!

霊  ああああああああああああ

築  ううう…

ナレ 霊の叫び、頭痛に見舞われているらしい少年、
   どうしたらいいんだ…?

円次 おい、大丈夫か!

築  うう…くっそぉ!!

ナレ 少年は耐えかねたように腕をうごかし、また両手を突き出した。
   すると手袋から光が波紋上に広がり、霊が大きく後ずさった。

円次 霊が、ダメージを受けてる…?

ナレ 霊に攻撃したとでもいうのだろうか。
   にわかに信じがたい光景を目にして戸惑っている間に、霊がゆらりと立ち上がる。
   少年は地面に片膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返している。俺の声も聞こえていないようだ。

   その時、ふと俺の耳に小さく声が届いた。

霊  ……して…いた、い、なん…。

円次 え…?

ナレ 声は霊が発しているらしい。
   小さいけれど、はっきりと俺の耳に届く。



霊  かえりたい…



ナレ 帰りたい。
   そうはっきりと、それ以外の意図は考えられないような
   そんな声だった。

築  、また、っ…!!

円次 ! 待って!!

ナレ 少年がまた手を霊に向けようとしたのを必死に止めた。

築  何だよ!!

円次 この人、帰りたがってる!!
   自分の家に帰りたいだけだ!!

築  はぁ!?

円次 わかんないけど!!
   家に帰りたいって言ってるんだ!!

ナレ なんでこんなに必死になっているか、自分でもわからない。
   でも、なぜかこの人の気持ちがわかる。
   帰りたいだけなんだ。

築  …。

ナレ 少年は腕を降ろすと、霊にゆっくり視線を向ける。

円次 あなたの家は、どこですか?

霊  帰りたい、痛い、帰して…

円次 大丈夫、何にもしないから。
   家を教えて、帰ろう。

霊  …。
   家、は、家は。

ナレ 霊はたどたどしく、自分の家を告げた。
   少年の頭痛は治まったようだった。

 
  ※  ※  ※

ナレ 近くの海に面した廃屋に消えていく霊を見送って
   急に復活した二人の携帯のライトで道を照らしながら
   暗い道を一歩ずつ歩いていく。

築  あの時は、ごめん。
   俺には、霊の声は聞こえないから、ちょっとお兄さんがうらやましかったんだ。

ナレ 自分の手を見遣る少年はうつむきながら言った。

築  霊感がある人ってのは、先天的なのと後天的なのがある。
   先天的、生まれつき霊感がある人は声も聞こえるけど
   後天的、何かのショックで聞こえるようになった
   俺みたいのは声は聞こえない。
   …って津軽さんが言ってた。

円次 俺は、先天的ってこと?

築  そうだね。
   俺は聞こえないけど、「しゃべってる」ってことはわかる。
   声のかわりに、耳鳴りがするんだ。
   結構凶悪なんだよね、これが。

ナレ 先ほど少年が頭を抱えてうずくまっていたのは
   どうやらその耳鳴りのせいだったようだ。

   少年には霊感についての話を聞かせてもらい、
   また俺の昔話なんかも聞いてもらった。

円次 そういえば、「Swing-Man」好きなの?

築  え、お兄さんも読んでるの?あのマニア受け狙ったような内容の漫画。
   なんか嫌味な感じするよね。専門用語ばっかで一般人じゃあわかんないよ。

円次 まあ、確かにね。でもビルはかっこよくない?
   あの人を寄せ付けないクールな感じとか。

築  ええ?あんな気取ってるの好きなの?
   男ならツツジちゃんだね。天然キャラなのにどことなく感じる悟ってる感!
   さすが人気投票一位なだけあってかなり優遇されてるし。
   作者が男なだけにわかってるよね、あのキャラは。

円次 え、東雲正見(シノノメ マサミ)さんって男なの!?

築  知らないの?あの人「作者@うぃきうぃき」とかにプロフィール載せまくってるのに。

円次 だって、自画像完全に女の子だし…。

築  お兄さん、将来知らないうちにオカマと付き合ってそう。

ナレ こんな感じに、冗談を言ってくれる程度には仲もよくなった。
   やがて家の近くの十字路に差し掛かり、少年とはここで別れることになった。

円次 今日はありがとう。えっと…。

ナレ ここまで話したのに、そういえば名前を聞いていなかったことに気づく。
   すると、少年は軽く笑った。

築  波灘 築(ハナダ キズク)。なんとでも呼んでくれていいよ。

円次 じゃあ、築くん。ここまで、ありがとう。

築  …俺も、ありがとう。

円次 ん?

ナレ さっきまで笑顔だった築くんは視線を落とした。

築  お兄さんが居なかったら、俺はあの霊を傷つけ続けて、
   さらに性質の悪い霊にしてしまっていたかもしれないから。

円次 傷つけてって…そうだ、あの手袋。

築  あの手袋は、津軽さんからもらったんだ。
   原理はよくわかんないけど、霊をひるませることができる。
   霊に対してコミュニケーションを取れない俺が、襲われても大丈夫なようにってことだと思う。
   完全に子供扱いだよね、失礼しちゃうよ。

ナレ そう言って、築くんは手袋を取り出した。
   よく見ると手の甲の部分には、三日月のような文様が描かれている。
   手袋をしまい、築くんはこちらに向きなおった。

築  …お兄さん、うちの事務所に入りなよ。
   歓迎するからさ。

円次 …おう。

ナレ そう言って手を振り、築くんは帰っていった。
   俺はなぜだかそこで決意を固めた。
   あの事務所に、逢魔ヶ屋に入ろうと。

   そして、このあと家に帰った俺が
   両親やじいちゃんばあちゃんを交えてこってりと叱られたのは言うまでもない。



   ※ ※ ※



ナレ その次の日の放課後。
   俺はあの事務所、「逢魔ヶ屋」を訪れた。

津軽 そうか!決心してくれたんだね。

ナレ 男はうれしそうに俺の手を握り、
   何度もありがとう、と礼を言った。

円次 よろしくお願いします。

津軽 こちらこそよろしく、円次くん。
   おっと、自己紹介がまだだったね。
   私は津軽。名前で呼んでくれて構わないよ。

円次 わかりました、津軽さん。

ナレ 男、改め津軽さんは、そこではじめてにんまりと笑った。

津軽 しかし、本当に良かったよ。
   君がお金につられてくれる人で!

円次 別に金につられたんじゃないんですけどね!!


第二章へ続く

第二章 怪しい作家

ナレ その次の日の放課後。
   俺はあの事務所、「逢魔ヶ屋」を訪れた。

津軽 そうか!決心してくれたんだね。

ナレ 男はうれしそうに俺の手を握り、
   何度もありがとう、と礼を言った。

円次 よろしくお願いします。

津軽 こちらこそよろしく、円次くん。
   おっと、自己紹介がまだだったね。
   私は津軽。名前で呼んでくれて構わないよ。

円次 わかりました、津軽さん。

ナレ 男、改め津軽さんは、そこではじめてにんまりと笑った。

津軽 しかし、本当に良かったよ。
   君がお金につられてくれる人で!

円次 別に金につられたんじゃないんですけどね!!

ナレ 俺がツッコむと、また津軽さんはにんまりと笑う。
   そして奥のデスクの安そうな椅子に座った。

津軽 では、早速だが研修は本日からで大丈夫かな?

円次 あ、はい。

築  俺も大丈夫です。

津軽 よろしい。それでは築くん、彼の研修ついでに
   街で依頼探しでもしてくるかい?

ナレ 津軽さんは薄い紙の束(多分、このあいだのメモ用紙)をとりだして
   デスクの上に放り投げた。
   そこにはあらかたの約束事や依頼の受け方、この周辺の地図などが書いてあった。
   その地図の一部に、赤い丸印が書いてある。

津軽 本日の研修はこの商店街に行って依頼を取ってくること!
   …と言ってもこんな商売だから、そう簡単に依頼は来ないんだけどね。
   だから人々に話を聞いて、
   何か怪しい事件が起きてないか、その被害にあっている人がいないか
   そういうのを聞いてきてほしい。

円次 分かりました。
   …でも、その間津軽さんは何をするんですか?

津軽 ん?私かい?

ナレ 俺が尋ねると、津軽さんは軽くため息をついて
   チッチッと指を横に振った。

津軽 分かってないねえ。
   フィールドワークは君たち若者の仕事さ。
   私のような爺は、どっかりと座って果報を待たせてもらうよ。

円次 はあ…。

ナレ そういえば、昨日もどさくさに紛れて
   築くんにペン買いに行かせてたな。

円次 じゃあ、津軽さんは外には…。

津軽 出るわけないだろう。
   実力のある者はそう簡単には動かないものさ。
   よく言うだろう、能ある猫は牙を隠すのさ。

円次 はあ…。

ナレ なんかもう、昨日から思っていたことだが。
   本当によく分からない人だ。

築  まあ、いつものことだから。
   津軽さん、今日は何時に上がっていいんですかね。

ナレ 俺たちの会話をさらりと流し、築くんは頭を掻きながら聞いた。

津軽 ああ、新人研修だし、今日は4時でいいよ。
   適当に切り上げて、何かわかったことがあったら
   帰ってきて報告してね。

円次 はい、わかりました。

津軽 それから、築くん。

ナレ 津軽さんは築くんにちょいちょいと手招きし、
   小さな端末機のようなものを手渡した。

津軽 携帯は忘れないように。
   必ず電波の届くところで活動すること。
   それから…

築  この携帯は絶対に他人に渡さないこと。
   もう聞き飽きましたよ。

津軽 よろしい。

ナレ 昨日持っていたと思っていたが、あれも津軽さんから渡されたものだったらしい。
   特殊のものを事務所から配給されてるのかと思ったが、
   俺は津軽さんにアドレスを聞かれたので、ただ単に築くんが持っていなかっただけのようだ。

築  そんじゃ、行ってきます。

円次 い、行ってきます。

津軽 はい、いってらっしゃい。


  ※ ※ ※



ナレ 事務所からそう遠くない、鳥之子(トリノコ)商店街。
   いまどき珍しい昔ながらの八百屋や魚屋、
   それとは逆に、女子高生なんかに人気のかわいらしい雑貨屋や
   地元の小さなファストフード店などがある。
   なかなかににぎわっている商店街だ。

円次 ここで情報収集?

築  そう。

円次 ここの人たちに聞いて?

築  そんなわけないでしょ。
   オカルトな情報なんて、大体みんな噂話からだよ。

円次 じゃあ、どうやって…?

築  お兄さんには余計なものまで聞こえる耳があるでしょ。

円次 こんな人ごみの中聞き耳立てろっていうの?
   聖徳太子じゃないんだから、誰がどんな話してるかなんて…

築  それらしい話してる人見つけたら追いかけていけばいいじゃない。
   怪しまれない程度に近づくくらいできるでしょ。
   こんな人ごみのなかだし。

ナレ 嫌味っぽくそう言うと、築くんは近くのコーヒーショップの前の
   アンティークなベンチに座り、
   ポケットから千円札を取り出して俺に差し出した。

円次 …何だよ。

築  買ってきて。俺アイスココアでいいから。

円次 は!?

築  早く。あ、大丈夫。これは俺の金じゃなくて事務所の経費だから。

ナレ そういうことじゃなく、なんで俺がってことなんだけど。
   まあこっちは立場上後輩だから、仕方ないけど…。
   渋々金を受け取り、カウンターへ向かう。

夜子 あれ、北友くん?

ナレ すると、後ろから声をかけられた。

円次 鴇田!

夜子 昨日ぶりだね。北友くんも何か買うの?

円次 うん、まあ。 

夜子 そっかー。私も今友達と来ててね
   みんなのぶん買いにきたの!

ナレ カフェモカと、ココアと…と数えている鴇田の後ろに、
   同じクラスと思われる女子が何人かで話に花を咲かせていた。
   そこでちょっとしたことを思いつく。

円次 なあ鴇田。今女子の間で流行ってる
   オカルトな噂話とかってある?

ナレ かなり唐突だが、女子高生は噂好きだ。
   何か知っている可能性が高い。
   鴇田は思ったよりも驚かず、うーんと首をかしげた。

夜子 そうだなあ。
   あ、ほら。昨日通りかかったところの
   おうまがや?っていうところね!実は人体実験を行う施設らしくて…

円次 ごめん、もういい。

ナレ それに関しては昨日解明された。うちの事務所の噂はもう十分だ。
   でもまあ、この町は狭いし。女子高生の噂なんてそんなもんだよな。

築  お兄さん、その人誰?

ナレ すると、待ちくたびれたらしい築くんは
   こちらに歩いてきながら鴇田を見て首をかしげた。

円次 あー、えっと。

夜子 かわいい。弟さん?

ナレ 鴇田は自分より優に10cmは大きい男を
   かわいいと褒める。
   うーん、最近の女子高生の感性はわからん。
   築くんは一瞬表情を曇らせたが、すぐににっこりと笑顔を作った。

築  円次兄さんのいとこです。
   波灘 築っていいます。
   ね、お兄さん?

円次 え?ああ…

ナレ ね、と言われても、昨日会ったばっかなんですけど。
   なんでそうなったんだ。
   素性を隠さなければいけない理由があるんだろうか。
   よくわからないが、適当に相槌を打っておく。

夜子 そうなんだー。
   私は鴇田夜子っていうの。よろしくね。

築  そうなんですか、よろしくおねがいします。

ナレ 笑みを浮かべてうなずく彼は、とてもさっきまで不機嫌そうにしていた奴と
   同一人物とは思えない。
   年のわりに冷めていると思っていたが、笑みを浮かべているその姿はごく普通の中学生だ。
   やはり幽霊にかかわったりする過程で何か、そうならざるを得ない理由があったのだろう。

夜子 あ、ねえ北友くん。
   噂話じゃなくて、体験談じゃだめかな?

円次 ん?

夜子 さっきの話。
   私の知り合いで、えっと…。

ナレ 何やら言いづらそうにしている鴇田。
   公共の場で言うのは少しためらわれるようだ。

女1 夜子ー、まだー?

夜子 あ、ごめん!
   えっと、北友君。ちょっと待ってて!

ナレ 鴇田はあわててカウンターに行き注文する。
   呼んでいた女子たちはそのまま雑談に興じ始めた。
   彼女たちにも一応話を聞いておいたほうがいいんだろうか。
   そう思ったものの、築くんはそこから動こうとしない。
   本人にたずねてみると、

築  なんでそんなことしなくちゃなんないの。
   聞き耳立てろって言ったでしょ?
   聞きたいなら構わないけど、不審に思われても知らないよ。

ナレ とのことだった。
   相変わらずつっかかるなあ。

築  とりあえず、早く買ってきてよ。

円次 あ、おう。

ナレ そういえば注文してなかった。
   急いで品物をテーブルに運ぶ鴇田の背中を見送って店員に注文を伝える。
   品物をベンチへ持っていくと、ちょうど用が済んだらしい鴇田が俺たちのところへやってきた。

夜子 お待たせー。ちょっと話聞いてもらっていいかな?

円次 えっと、こいつもいるけどいいの?

ナレ 築くんを指差して言うと、大丈夫だよーと笑う鴇田。
   こいつ、と言ったとき一瞬築くんから鋭い視線を感じたが、
   気にしないでおく。

夜子 私のバイト先の先輩の話なんだけどね。
   あ、バイト先って、あのカラオケ屋さんの前のパン屋さんなんだけど。
   その先輩、大学生なんだけど、すっごい物知りですごい人なんだよー。

円次 お、おう。

夜子 先輩ね、あ、宮田先輩っていうんだけどね、最近引っ越ししたんだって。
   そこが映画に出てきそうな古いアパートでね、
   あ、「楽しい幽霊のおんぼろ部屋」って映画知ってる?
   あれに出てくるところにそっくりなの!
   それでね…

円次・築 …。

ナレ 話が長くなりそうなので、こちらで要点をまとめることにする。
   鴇田の話によると、つまりこういうことだった。   

   宮田という鴇田の先輩が、アパートに引っ越した。
   古くはあるものの、安くて立地条件もよく、
   薄気味悪い雰囲気さえ我慢できればとても条件の良いアパートなんだそうだ。
   しかしそこに引っ越してから宮田の顔色が悪い日が続き、
   心配になって理由を尋ねると、何でも夜な夜なポルターガイストが起き、ろくに眠れないらしい。
   「出ていけ、出ていけ」と言う声が聞こえたり、ふと目を開けると
   鬼のような形相の男の顔が目の前に出てきたりするそうだ。
   アパートの大家さんにも相談したものの、まともに取り合ってもらえず
   眠れない夜を過ごしているようだ。
   再度引っ越ししようとも、半年は住まないと違約金を払わなければいけないらしく、
   どうにも動けないような状態なんだそうだ。

築  …。
   うーん、大変ですね。

ナレ そこで初めて築くんは口を開き、少し水っぽくなったココアに口をつける。
   考えるようなしぐさをしつつ、俺のほうをちらっと見た。

築  …。

円次 ん?

ナレ アイコンタクト…?
   築くんはそのまま鴇田のほうに向きなおり、首をかしげた。

築  あの、俺、霊能者の知り合いがいるんですけど、
   良ければ紹介しましょうか?

円次 は!?

ナレ 霊能者の知り合い!?
   十中八九津軽さんのことを指しているのだろうが、それはあまりにも怪しすぎるだろ!
   さすがに高校2年生にもなる人間がこんなに怪しい誘いにのってくるはずがない!
   しかし、当の鴇田はその言葉に顔をあげてぱっと表情を明るくさせた。

夜子 本当!?

築  え?あ、はい。

ナレ 予想外に食いつきのいい鴇田に戸惑いつつ笑顔返す築くん。
   鴇田って何考えてるんだろう。頭大丈夫なのかな。

円次 えっと…、鴇田?

夜子 え?

円次 あのさ…怪しいとか思わないの?

夜子 なんで?

ナレ 鴇田は笑顔のまま首をかしげて問い返す。

円次 いや、だって霊能者とかって、あまりにも…

築  やだなあお兄さん話の腰折らないでよお!

円次 ぐおっ!?

ナレ わざとらしく笑う築くんから腹に肘打ちをくらった。
   痛い。すげえ痛い。俺の腰が折れる。
   涙目になりながら睨むと、一瞬築くんがにやりと笑った。

築  少し変わった人なんですけど、大丈夫ですか?

夜子 大丈夫!私もよく変わってるって言われるし!

築  そういう問題じゃないけど大丈夫そうですね!

夜子 えへへー。

ナレ なんだか妙な会話が成り立っているが、俺は腹を押さえたまま動けず聞いていた。
   築くんと鴇田は津軽さんと会う日取りを決め、楽しそうに雑談を始める。
   なんかもう、なんで俺この場にいるのかわかんなくなってきた…。

夜子 じゃあ私の番号とアドレス教えておくね。また連絡してね。

築  ありがとうございます。俺は携帯持ってないので、お兄さんに教えときますね。

夜子 ありがとう、そうして。
   そういえば、築くんっておしゃれだよね!その手袋とかかっこいいもん。
   どこかで買ったの?

築  いや、もらい物なんです。
   詳しいことは俺もよく知らないんですけど。

夜子 そっかー。じゃあ、KARIYASUってお店おすすめだよ。
   築くん、あそこの服似合いそう!

築  そうなんですか!じゃあまた探してみようかな。

夜子 うん、ぜひ!…あれ、北友くん?どうしたの?

円次 あ、いや…ははは…。

築  ああ気にしないでください。
   最近下痢気味だって言ってたし、ねえお兄さん?

円次 ああうん…そうだね…。

ナレ こいつ、俺をどんなキャラに仕立て上げるつもりなんだろう。
   そのあとも築くんは鴇田と言葉を交わし、5分ほどしたところで別れた。

円次 あのさ築くん。

築  何?

円次 俺が余計なこと言いかけたってのはわかったから
   今度からは暴力以外の方法で頼むよ…。

築  考えとく。

ナレ どうやら考えてくれないようだ。 
   
築  ごちゃごちゃ言ってないで帰るよ。
   津軽さんに報告しないと。

ナレ 俺のことはさておき、とさっさと俺を置いて歩いていく築くん。
   本当になんて生意気なガキなんだ…。
   そうこうしている間に事務所に到着し、
   事務机で一生懸命何かのカタログ(多分無料配布されているものだろう)を読んでいた津軽さんに、
   今日の収穫を簡単に報告した。

津軽 ほう、円次くんの友達がかい。

円次 いや、正確にはそのバイト先の先輩だそうなんですけど。

津軽 ふむ。しかしまた近しい人が繋ったねえ。
   あ、待ってくれ築くん、まだ全部読めてないんだ。

築  読まなくていいです。
   ゴミが増えるからそういうのは受け取らないで下さいって言ったでしょ、もう。

ナレ カタログを取り上げ捨てようとしている築くんの魔の手から逃れようと椅子の上を転がる津軽さん。
   仲が良いのは結構だが、ちゃんと話を聞いてくれているんだろうか。
   背の高い本棚の上にカタログを置き、勝ち誇ったような顔で再び椅子に腰かけると、机の上で手を組む。

津軽 で、私は霊能師を装ってその子とコンタクトをとればいいというわけだね?

築  ええ。一応変人だということは言っておきましたけど、
   あんまり変な態度とったりしないでくださいね。

津軽 失礼な!そのくらいは常識だ!

円次 変人ってとこには突っ込まないんですね。

ナレ 本当に変人だから正しいんだけど。
   津軽さんはゆっくり立ち上がり伸びをすると、
   腰に手を当ててこちらを見た。

津軽 さて、それじゃあ準備をしようか。

円次 準備?

ナレ よいしょ、とおっさん臭い声を出しながらたちあがった津軽さんは
   真新しいシルクハットとステッキを取り出した。

円次・築 ?

津軽 ん?

築  何ですかその恰好?

津軽 何って…変装だよ。

ナレ 何かおかしいところでも?と言いたげに自分の服装を見まわす津軽さん。

築  てか、それどこから持ってきたんですか?
   少なくとも俺は知らないですよ。

津軽 どうだい、似合っているだろう?
   いやあ、さっきそのカタログを持ってきてくれた若者が訪問販売をやっていてね。
   見たまえこのステッキ!空中に放り投げるとハンカチに変わるんだよ!

築  俺たちが外当たってるときに何やってんだあんたは!
   てかそれいくらしたんですか!変なものに金使いやがって!

円次 それ以前に、そんな恰好してたら霊媒師より怪しいからやめてください。
   俺、隣歩きたくないです。

ナレ まあ、頭が猫の男の隣を歩くのも十分嫌なんだけど。
   津軽さんは俺と築くんに怒られてぶつぶつと文句を言いながらシルクハットとステッキを置き、
   再び椅子に腰かけた。

津軽 それで?私はいつ彼女に会えばいいのかね?

円次 今週の土曜の昼です。
   その事件の被害者の宮田さんという人が、
   鴇田…その、彼女の家へ泊まり込んでいるそうなんです。
   なのでまず鴇田の家へ行って、宮田さんに話を聞くことになりました。

津軽 なるほど、わかった。  
   では二人とも、土曜の11時半にここへ集合だ。いいね?

築  へーい。

円次 はい。


   ※ ※ ※


ナレ そして時間は流れ約束の当日。
   津軽さんは築くんに言われた通り、シルクハットもステッキも身に着けないで来た。
   俺たちはこの間はちあったカフェで待ち合わせし、鴇田の家へと案内された。

夜子 …あなたが、霊媒師さんですか?

津軽 いかにも。津軽と呼んでください。

夜子 へえー。変わった人だって聞いてたけど、本当に変わってるんですね。
   その頭は着ぐるみですか?

津軽 ええ、実はこう見えてシャイなんですよ。
   人の目を見ることが苦手でして。

夜子 そうなんですか、いろいろあるんですねえ。

ナレ 一緒に歩いている間に二人は会話を交わしている。
   ああは言っていたものの心配ではあったが、
   どうやら鴇田は本当に津軽さんを怪しんではいないようだ。
   そうこうしている間に鴇田の家に到着した。
   この周辺ではかなり大きい二階建ての日本家屋だ。

夜子 先輩を呼んできますから、ちょっと待っててくださいね。

ナレ 客室に通された俺たちは鴇田が宮田さんを呼びに行っている間に、
   俺と築くんは耳打ちで会話する。

円次 意外といけるもんだね…

築  あのお姉さん本当にお兄さんの同級生?
   警戒心なさすぎ。

円次 まあ俺もあんま関わったことはないけど、
   学級委員長を二年連続で任せられてるくらいだし、
   しっかりはしてるんじゃないかなあとは思うけど…

津軽 そういう面倒な役割を押し付けられやすい性格だという線もあり得るね。
   優しい人は損をするとよく言うし。

ウメ お嬢様はそのような方ではございませぬ!

円次 うわっ!

ナレ 突然背後から声がしたことに驚いて振り向くと、
   着物にエプロンをした厳しい表情のおばあさんが立っていた。

ウメ お嬢様はこの鴇田家にふさわしい教養を身に着けるため、
   自ら立候補なさったのです。
   それを知らず『押し付けられた』などと…

ナレ と言ってなぜか俺を睨むおばあさん。

円次 ちょ、ちょっと待ってください!俺じゃ

ウメ 待ったはなしでございます!
   お嬢様のみならず、この鴇田家を愚弄するものは
   何人たりとも…

夜子 あ、ウメさん。ここにいたんだね。

ナレ そこに、宮田さんを連れた鴇田が戻ってきた。
   それを見たおばあさんは口をつぐんで向き直る。

ウメ 夜子お嬢様、お帰りなさいませ。
   しかしこのような怪しい輩を屋敷に上げるのはいかがなものかと。

夜子 怪しくなんてないよ。
   私のクラスメイトと、そのお友達。
   宮田先輩を心配してお見舞いに来てくれた人たちなのよ。

ウメ しかし…。

夜子 それよりウメさん、お客様にお茶を。
   このあいだお母さんが買ってきたおいしいおまんじゅうがあったよね、
   あれをお出ししましょう。

ウメ …。
 
ナレ ウメさんと呼ばれたおばあさんは一礼し、部屋を出て行った。
   鴇田も口がうまいが、嘘は言ってないよな。
   鴇田が女の人を自分の隣に座らせて、こちらを向いた。
   彼女が宮田さんなのだろうが、酷くやつれていて俯いており、
   幽霊と見紛うほどだった。

夜子 お待たせしてすみません。
   先ほどの人は、この家のお手伝いさんで、ウメさんっていいます。
   そしてこちらが、宮田 あんず先輩です。
   先輩、この猫の被り物をしている人が、話した霊能者の方です。

宮田 …。

ナレ 宮田さんはこちらを一瞥し、少し頭を下げた。

夜子 ごめんなさい、先輩あんまり眠れてないらしくって…。

津軽 ああ、構いません。
   霊に取りつかれるなんてそうそうあることじゃないですし、お疲れでしょう。
   宮田さん、どうぞ私に、わかる範囲でいいので何があったか聞かせていただけませんか。

宮田 …。
   ふざけないで。

ナレ 津軽さんを鋭く睨み付け、宮田さんは低くつぶやいた。

宮田 霊能者?そんなものいるわけないじゃない。
   TVかなんかの企画?それとも好奇心で聞きに来たの?
   からかうなら帰ってよ。
   
津軽 …。
   お気持ちはわかります。
   しかし、騙されたと思って一度お話しいただけませんか。   
   何かに憑かれているならばお力になれますし、
   それ以外なら必要になる諸機関へご紹介もできます。

ナレ これは多分ハッタリだが、解決するために俺たちが手伝えるのは確かだ。

夜子 先輩、私からもお願いします。
   私、先輩が苦しんでるのを見てるの、私も苦しいんです。
   ウメさんも心配してるし、きっと先輩のご両親も心配されてると思います。

宮田 夜子、あんたも騙されやすいと思ってたけど、こんなやつどう見ても怪しいじゃない。
   ウメさんの言うとおりよ、こんなやつ家になんて上げるべきじゃない。
   気を付けたほうがいいよ。

夜子 でも…。

ナレ 心配そうな夜子をよそに、睨みを効かせてこちらを見る宮田さん。
   俺も何か言ったほうがいいかな…。
   そう思った矢先、築くんが口を開いた。

築  嫌なら言わなくていいよ、こっちは困らないから。

宮田 …何よ、その言い方。

築  別にそのままの意味だけど。
   俺たちだってどうしても聞かせてほしいわけじゃないし。
   でも人がせっかく助けてやろうってのに邪険にするのはどうかと思うけどね、俺は。

宮田 …何ですって。

築  それに、あんた困ってるんでしょ。
   それとも意地張ってる余裕があるの?

ナレ なんで不安定な状態の相手を煽るかなあ…。
   俺は築くんの隣でビクビクする。
   逆上したらどうするんだよ。
   しかしそんな心配も必要なかったようで、宮田さんは大きくため息をついた。

宮田 …わかったわよ。
   そのかわり、何が何でも解決しなさいよ。

夜子 本当?!

ナレ 渋々と言った様子の宮田さんは出来事の一部始終を話し始めた。
   内容は、鴇田が俺たちに話したこととおおよそ一致している。
   ただ、宮田さんの口から新しい情報を聞くことができた。


宮田 もしかしたら、あの部屋にある金庫に何か関係があるのかも…。

円次 金庫?

宮田 ええ、押し入れの奥の方にひっそりと置かれていたものなの。
   前の住人のものらしくて、あまり気に留めてなかったんだけど。
   押し入れに近づいた日には特に幽霊からの重圧がひどかったわ。

円次 じゃあ、その金庫を重点的に調べますね。

津軽 貴重なお話ありがとうございました。
   必ずやその幽霊の無念を晴らし、貴方の平穏な生活を取り戻して見せましょう。

宮田 …本当に頼んだわよ。
   解決できませんでした、なんてのこのこ帰ってきたらただじゃ済まさないから。

築  こっちもカウンセリング気分で聞いてたわけじゃないからね。
   そのご期待に添えるだけの働きはさせてもらうよ。

宮田 …。



   ※ ※ ※


ナレ 数日後、俺たちは件のアパートに来ていた。
   宮田さんいわく、鍵はあわてて荷造りした際にどこかで落としてしまったらしい。

築  どうしようか?

   『行動選択』
   ・201      鍵がない。築「まずは鍵をどうにかしようよ」
   ・202、203…  今は留守のようだ…。 築「何やってんの、行くよ」
   ・大家の部屋  松葉との会話、先に進む

ナレ ピンポーン
   インターホンを押すと、ぼさぼさ頭の不潔そうな男がめんどくさそうに扉を開けた。

松葉 …何?

築  すいません、宮田あんずのいとこなんですけど。

ナレ お前はほんとに誰のいとこにでもなるな。

築  このあいだ荷造りした時に忘れ物をしたみたいなんです。
   鍵を預かってくるの忘れてて、すいませんが鍵を開けてもらえませんか?

松葉 …身分証明書ある?

築  すみません、未成年だから持ってなくて。

円次 あ、俺も持ってないです。

松葉 じゃあ無理。知らない人に鍵渡すわけにいかないから。

築  そんな、お願いしますお兄さん!

松葉 本当に勘弁してよ、ばっちゃんに怒られるの俺なんだから…。

ナレ 迷惑そうな顔をして築くんに向かってシッシッと手を振る男。
   その時、男の部屋の奥から音楽が聞こえているのに気が付いた。

築  …あれ?この歌詞…

円次 …『Swing-Man』のアニメ?

ナレ そういえばあのマンガ、最近アニメ化されたんだっけ。
   日曜の朝九時に放送されてるって聞いて、
   結構危ない内容なのに大丈夫なのかと思ったのを覚えている。
   しかしこれに、男が表情を明るくさせて反応した。

松葉 アンタら「Swing-Man」見てんの?!
   マジかwwwリアルで見てるやつ初めて会ったwww

ナレ なんかいきなりテンション高けえな。
   だが、これにまた築くんが反応した。

築  おじさんも見てんの?! 嬉しいなあ。
   結構面白いよね、東雲さんの作品って人を選ぶけど。

松葉 お、その感じだともしかして『My Sweet Doll』とかも見た感じ?
   あれは確かにマニア受け狙ってるよなww
   一般人はパーツの専門店の良し悪しなんてわかんねーよww

築  分かるwww
       
ナレ なんだこいつら。
   とりあえず、二人とも共通の話題があったためかかなり盛り上がっている。
   この調子で築くんが取り入ってくれれば、部屋の鍵をもらえるかも…。
   と思っていた矢先、唐突にこっちに話題が飛んできた。

松葉 アンタも見てる感じなの?「Swing-Man!」

円次 え、あ、はい。

松葉 マジかよ!ww
   じゃあどのキャラが好き?

円次 えっと…

ナレ ふと、築くんからの厳しい視線に気づく。
   この人の好みに合いそうな回答をしろってことか…。
   なんて答えようか?

クイズ 選択肢
 ・ビル   …不正解、選択肢直し
 ・ツツジ  …正解、進む
 ・ローズ、ハニィ …不正解 選択肢直し


・不正解の場合

松葉 えー…あれが好みなのか…

ナレ あれ、築くんの視線の厳しさが一層増した気がする。
   どうにか軌道修正したほうがよさそうだな…
   →選択し直し

・正解の場合

松葉 そうだよな、やっぱツツジちゃんマジぐう聖だわww
   ビルとはくっついてほしくないわー、バーのマスターの方が絶対いいんだよな。

ナレ どうやらこの人の趣味に合うような返事ができたらしい。
   どことなく築くんがホッとした表情をしている気がする。

松葉 …あ、ごめん、俺ばっか話してて。

築  いえいえ、俺も同じ趣味の人がいて嬉しいよ。

松葉 お前良い奴すぎww
   俺の周りにいた人間はこれでドン引きしてすげえ距離置いてきたのにww

ナレ どうやらこの人にもそれなりの事情があって、
   この風貌、というか、こういう様子のようだ。

松葉 えーとそれで、何号室だっけ?

築  201号室ですけど…いいの?

松葉 うーん本当はダメなんだけど、サインと顔写真だけ撮らせてもらっていい?
   悪用したりしないから。
   あ、俺は松葉。松葉和樹(マツバ カズキ)。
   何かあったらここに来てくれればいつでもいるから。

ナレ そう言って、松葉はアニメキャラで彩られた名刺、それから紙とペンを差し出した。
   築くんは「波灘 築」と名前を書き(正直に書いたようだ)、
   松葉のケータイで写真を撮られた後、201号室の鍵を預かった。
   築くんのことだから「チョロかったね」なんて言いそうなものだったが
   松葉さんがドアを閉めた後も何も言わなかった。

   俺たちは201号室の鍵を開け、靴を脱いで中に上がった。
   誰も住んでいないから当然なのだが、家具も何もない殺風景な部屋だ。
   しかし畳の一部が変色していたり、
   井草のにおいに混ざって甘いにおいがしたりと、誰かが住んでいたことを思わせる。

築  あのお姉さんが言ってたの、押し入れだったよね。

ナレ 築くんが押し入れを開けようと手をかけるが、不思議と扉は開かない。

築  何、この押入れ。固くて開かないし。

円次 鍵がかかるタイプでもなさそうだよね…
   どっちから引いても開かないし…

築  ちょっと部屋の中色々探してみようか。
   開けるのに何か必要なのかも。
 
・探索パート 選択制
 
 靴箱    →ボロボロの黒いシューズが一足だけ残っている。
        文集を発見した。アイテム【文集 1987年度】
 キッチン  →きれいに片づけられている。
 北の窓   →すこし傷がついている。
 西の窓   →物干しざおがある。
 玄関    →まだ帰るわけにはいかない。
 押し入れ  →押し入れは固く閉ざされている。
 アイテム  →文集 電話→今は使えない。

 
・文集 1987年度

築  何それ?

円次 卒業文集みたいだね。宮田さんのかな?

築  あのお姉さんそこまでトシじゃないでしょ。
   ちょっと見せてよ。

円次 あれ、ちょっと待って。何か挟まってる。

ナレ 文集のあるページに、封筒に入った手紙が挟まれていた。
   
   アイテム【手紙】を手に入れた。

ナレ その時。
   ガタン、と、押し入れの方から物音がした。

築  なんだろう?…もう一回調べてみようか。


・探索 選択制

 靴箱    →ボロボロの黒いシューズが一足だけ残っている。
 キッチン  →きれいに片づけられている。
 北の窓   →すこし傷がついている。
 西の窓   →物干しざおがある。
 玄関    →まだ帰るわけにはいかない。
 押し入れ  →進む。
 アイテム  →今はつかえない。

・押し入れ

築 …開けるよ。

ナレ 押し入れに手をかけ、力を入れると、
   先ほど開かなかったのがウソのようにあっけなく開いた。
   押し入れの中は布団や掃除用具が押し込まれており、
   宮田さんがここには手を告げずに慌てて部屋を出たのがよくわかる。
   そこに、少し間を開けてぽつんと残された金庫が異様な雰囲気を漂わせている。

築  これがその金庫だね。
   当たり前だけど、鍵がかかってて開かないみたい。
   お兄さん、適当に四ケタの数字入れてみてくれない?
   
・謎解き 入力制

 正解  →1216(姉の誕生日)
 不正解 →築「違うみたい。手がかりを探してみようか」

・正解

ナレ 数字を入力すると、カチッと音が鳴った。どうやら開いたようだ。
   その時だった。

霊の声 サワルナ…

築  ッ!! 耳鳴りが… やっぱり居る!

ナレ 築くんが耳を押さえてうずくまる。
   なおも霊の声は俺たちに語りかけてくる。

霊  サワルナ…!! ココカラデテイケ!!

ナレ 金庫から嫌な空気が漂ってくる。
   もしかして、この金庫の中身に霊が取り憑いているのか?

築  うっるさい!

ナレ 築くんが手袋をはめようとする。
   しかし、その手に一瞬戸惑いが生じ、止まった。 
   この間の霊の件を思い出し、むやみに攻撃するのは良くないと思ったのか。
   しかし、その隙を霊は見逃さなかった。

霊  デテイケ!!!

築  うぐぅっ…!

円次 築くん!!

ナレ 何かに弾かれるように築くんが部屋の隅に吹き飛ばされた。
   その時に手袋も弾き飛ばされてしまった。

円次 築くん…っ

霊  デテイケトイッテイル!!

ナレ 声が響き前を見ると、霊がそこまで迫っていた。
   腕をつかまれ、目の前がぐにゃりと歪む。

円次 ま、待ってください、話を…

霊  -------------

円次 ぐぅ…っ

ナレ まずい、意識がぼやけ始めた。
   昔から霊の干渉が激しすぎると意識が飛びそうになる…!
   その時、築くんの方からまぶしい光が差し始めた。

円次 なんだこれっ…

築  お兄さん、こっちに来て!

ナレ 築くんに言われ、何とか霊を振り切る。
   光の方へ行くと、意識が少しはっきりした。
   小さくではあるが、声が聞こえてきた。

津軽 二人とも、こっちだ!!

円次 津軽さん!

ナレ まぶしい光に、目がくらむ。
   体が宙に浮くような感覚に包まれた。



* * *



津軽 二人とも、大丈夫かい?

ナレ 気が付くと、事務所の机に突っ伏していた。
   築くんはソファに座り、頭にタオルを乗せている。
   どうやら無事なようだ。

円次 津軽さん…俺たち、どうして…

百春 それは私から説明しようか。

ナレ 聞きなれない声に驚いてそちらを向くと、白衣を来た初老の男が立っていた。
   気味が悪いほど細く、目の下には濃いクマを作っている。
   いかにも不健康そうな、
   アニメなんかに出てくる「マッドサイエンティスト」を体現したような男だ。

円次 だ、だれ?

津軽 彼は百春 照吾(モモハル ショウゴ)。
   私たちを支援してくれている、影の功労者とでも言おうか。

百春 よろしく、新人君。   

津軽 築くんの持っている手袋や携帯電話を作ったのが彼だ。
   百春君は科学者としてたくさんの成果を残している傍らで、
   霊や妖怪などの怪奇についての研究を進めている。
   陰陽道や生物学などにも詳しいそうだ。
   我々に、金銭面でも支援をしてくれている。

百春 構わないよ。君が最後に約束を果たしてくれるなら、
   際限なく支援することが契約だからね。
   新人君も、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれたまえ。

円次 はあ…どうも。

ナレ そう言って、百春さんは名刺を差し出してきた。
   二人そろってかなりのマシンガントークだ。
   まあでも、この人のおかげで助かったってことだよな。

百春 そうそう、君たちが助かったしくみについてだがね…

津軽 百春君、手短に頼むよ。
   ナントカ粒子とかカントカ現象とか、私でも聞いてて頭が痛くなってしまうよ。

ナレ 津軽さんの言葉に、やれやれという表情をする百春さん。
   そこから説明が始まったのだが、やっぱりナントカ粒子とかカントカ現象とか
   とにかく難しくて長ったらしかった。
   簡単に言うと、あの携帯と津軽さんの携帯はそれぞれ常にリンクしており
   片方の持ち主がもう片方の持ち主に電話をかけることで
   携帯ごと相手を呼び寄せることができるらしい。
   まあ、ふしぎぱわーでできているアイテムだって思ってた方が、野暮じゃなさそう。

百春 …というわけだ。
   とはいえこれは理論上というだけであって、あの波灘くんに持たせてあるのも
   研究中の偶然の産物なのだがね。

円次 あ、はい…

百春 …やれやれ、君も理解力の乏しい部類の人間かね。
   さて、今日は新人君の顔を見に来ただけだから、私はお暇させてもらうよ。

津軽 もう行くのかい?
   お茶でも出そうと思っていたのだがね。

百春 うそつき、君はお茶の煎れ方なんて分からないじゃないか。

ナレ 冗談を言い合っているところを見ると、二人は仲が良いようだ。
   どういう経緯で知り合ったのだろう。
   というか、津軽さんって本当に人間じゃないのか。

   百春さんが出ていくと、築くんがタオルをどけて顔を起こした。

築  帰った?あのおじさん。

津軽 おや築くん、起きてたのかい。

築  気絶してるふりしてただけ。
   あのおじさんちょっとめんどくさいんだよね。
   話始めると長いし、無駄に難しい言葉づかいするじゃない?

ナレ 築くんはうんざりした表情でため息をついた。
   どうやら築くんはあまり好きではないようである。
   俺もあまり得意ではないけど。

津軽 そうか、円次くんは初めてだね。
   これからはこちらに電話をかけてくれれば助けられる。
   ただ、私が助けられるのは一日に一回だけだ。いいね?

円次 は、はい。


・Explamation!
 これから各章の中で、津軽に電話することで一度だけゲームオーバーを回避することができます。
 電話の方法は アイテム→電話→津軽 を選択することでつなげることができます。
 また、今までに連絡先を交換したキャラクターにも電話をかけることができます。
 物語を進めるヒントをもらえることもあるので、進行に困ったときは電話を使ってみて下さい。


築  まあなんにしても調べなおしだね。
   お兄さん、あそこで拾った文集は?

円次 あ…ごめん、落としちゃったみたい。

築  だと思った。
   まあ、次は下調べしてから行こうか。
   マツバさんだっけ、大家さんに連絡して、前の住人について教えてもらおう。



     * * *



松葉 は?前の住人?無理無理、そんなの教えられないって!!

ナレ 数日後、俺たちは再び松葉の部屋を訪れていた。
   松葉は先日にもましてクマが濃くなっている。

築  おじさん、お願いだよ。
   実はあの部屋、何か出るらしくって、姉ちゃんが怖がっちゃって…。
   お祓いお願いしようと思うんだけど、前の人にも同行してもらいたいんだ。

松葉 お祓いって…うーん。

ナレ 松葉が苦い顔をする。
   しかし、お祓いという言葉に引っかかったのか、さっきほど突っぱねる様子はない。

松葉 …お前ら、誰にも言わないでくれるか?

築  もちろん!

松葉 本当だろうな…。まあいいや。
   実は、前の住人も、幽霊騒ぎの云々で出て行ったんだよ。

ナレ 松葉は言いにくそうにしながら話始めた。

松葉 前の住人、俺がばっちゃんから大家を引き継ぐ前から住んでたらしいんだけどさ。
   引きこもりだったんだよ、俺と同じで。
   まあ一回も会ったことなかったんだけど、なんか親近感あってさ。
   何でも物書きだったとかで、部屋にこもってずーっと小説書いてたらしい。
   でもしばらくしてから、その人のお姉さんが退去の手続きに来たんだ。
   なんか、幽霊がいる、そいつにでていけって脅されてるとかでさ。
   本当は本人じゃないと手続きできないんだけどさ、涙ながらに頭下げてるのが気の毒で…。
   誰にも言わないって約束で、お姉さんの手続きで完了したんだ。

円次 その人って、名前教えてもらったりは…。

松葉 勘弁してよ、これ以上は本当にばっちゃんに怒られるんだ。
   この間お前らのことバレてこっぴどく怒られたばっかなんだよ。
   しかもお前ら、このあいだ鍵返さなかったらだろ!

築  それは本当にごめん!
   絶対迷惑かけないようにするから!お願い!!
   このままじゃ姉ちゃんが安心して暮らせなくなっちゃうんだ!

円次 お願いします。

ナレ 築くんにつられて頭を下げる。
   築くん曰く、多分松葉は情に流されやすい性格だから、
   一生懸命お願いしたら許してくれるんじゃないか、とのことだった。
   案の定松葉はあたふたと焦り始めて、頭を掻く。

松葉 …お前ら、「くじらと梨」って小説知ってる?

円次 ああ、しばらく前に本屋大賞とってた…ってまさか!

松葉 そのまさか。あの有名作家、蘇芳 穂積(スオウ ホヅミ)だよ。
   これ以上は本当に無理!勘弁して!

築  そこまでで充分!本当にありがとう、おじさん。

ナレ 築くんと俺はお礼を言って、ついでに鍵を返して謝って。
   頭を下げて部屋を後にした。
   しかし、どうやってそんな有名作家に話を聞くつもりなんだろう。

築  お兄さん、さっきおじさんが言ってた作家知ってんの?

円次 えっと、蘇芳穂積だよね。

築  そうそう、その人たしかHPに事務所の住所乗ってたはずだよ。
   ちょっと図書館いって調べてみよう。

ナレ なんでそんなこと知ってるのか、と思ったが、
   そういえば逢魔ヶ屋のバイト募集の張り紙に
   「幅広いジャンルに及ぶサーチ能力を持ったスタッフ」って書いてあったことを思い出す。
   あれ、築くんのことだったのかな。
   俺たちは近くのネットカフェに移動し、蘇芳穂積について調べ始めた。

築  すおう…ほづみ…あった、事務所、ここから電車で40分くらいのことだね。

円次 そうか。今日中に行くの?

築  うーん、今4時か。諦めて明日にしようよ。
   俺、ちょっと家の用事とかもあるしさ。

円次 分かった。じゃあ今日は帰って報告して解散だね。

築  それにしても、蘇芳穂積、ねえ。
   マスコミにも同じ作家仲間にも、マネージャーにすら姿を見せたことないんだって。

円次 正体不明の作家だったってこと?
   …どうやってやり取りしてたんだろう。

築  さあ。今はSCAPEとかでデータの送受信もできるし、
   そうじゃなくてもFAXでやり取りできるから、そういうことじゃない?

ナレ PCを閉じて、図書館を出る準備をする。
   すると、

蘇芳 ねえ、君たち。

円次・築 ?

蘇芳 ちょっといいかな。ここじゃうるさくしちゃうから、外出て。

ナレ 一人の女性に話しかけられた。
   なんだろう、うるさくしすぎたかな。
   気まずくなって築くんを見ると、怪訝そうな顔をして視線を合わせてきた。
   俺たち、何もしてないよね?と言った視線だ。

   女性について外に出ると、女性がこちらを振り返ってにっこりと笑う。

蘇芳 ねえ君たち、蘇芳穂積について調べてるの?

築  はい。俺たち、蘇芳先生のファンなんです。
   ぜひ一度会って、お話づくりのコツなんか聞けたら…なんて。

ナレ 相変わらずの作り笑顔で対応する築くん。
   話すこともでっち上げだ。
   しかし、この言葉に女性は更に笑みを濃くした。

蘇芳 そうなの!いやあ、そうなのね!

築  …あの、俺たちに何か用ですか?

蘇芳 あ、ごめんなさい。名乗るのが遅れちゃったわね。
   私、君たちの探し人よ。

円次 …え?

ナレ 女性は得意な表情を浮かべて胸をたたいた。

蘇芳 私、蘇芳穂積。
   よかったら、私の家で話しましょうか。事務所は遠いけど、家はこの近くなの。

円次・築  ………はああー?!


*   *   *



ナレ 思わぬ人物に出会い、俺たちは女性、蘇芳穂積の家に招かれた。
   正直本物かどうかも分からない人についていくのは抵抗があったが、
   築くんの持つ携帯電話で津軽さんのいる場所へ行くこともできる。
   その保険を胸に、怪しみながらも蘇芳さんの家へ足を踏み入れた。
   彼女の家は図書館から10分ほど移動したところにある、かなりの豪邸だった。
   広い庭にはたくさんの花が植えられており、芝生も丁寧に手入れされているようだった。

蘇芳 お茶入れてきたわ。二人とも紅茶は飲める?
   
円次 はい、ありがとうございます。

築  …。

ナレ 築くんはかなり警戒しているようで、前に置かれた紅茶に手をつけようとしない。
   俺もなんとなく手を付けられず、一口飲んだふりをしてコップを置いた。

蘇芳 あら、そっちのボクはダメなのかしら。

円次 いや、本物の蘇芳さんの前なので緊張してるんだと…。

蘇芳 あらあら、かわいいわねー。

ナレ 蘇芳さんはかなりご機嫌なようで、かなりニコニコしている。
   この人が、本物の蘇芳穂積なのだろうか。

築  あなたが、蘇芳穂積さんだという証拠はありますか?

ナレ かなり失礼な言い方ではあるが、俺も聞きたかったことを築くんが聞いてくれた。
   蘇芳さんは一瞬目を丸くして驚いたが、すぐに「ああ」と納得したような表情になった。

蘇芳 そうよね。あたし、デビューからしばらくは姿を見せてなかったものね。

ナレ 蘇芳さんは後ろにあった本棚から一冊の雑誌を取り出した。
   書店でよく見かける「文芸うぐいす」だ。
   蘇芳さんはペラペラとページをめくり、俺たちに開いて見せた。
   そこに載っていたのはインタビュー記事だった。
   「初公開!本屋大賞受賞者、蘇芳穂積の知られざる正体に迫る!」と大々的に銘打たれ、
   蘇芳さんがインタビューを受けている写真が一面を飾っている。

蘇芳 先週発売のうぐいすよ。見てないの?

築  …。

蘇芳 信じてもらえかしら?

築  仮にあなたが本物の先生だったとしましょう。
   なんで俺たちに声をかけて、しかも家にまで上げたんです?

ナレ やたらと棘のある言い方をするものだ。
   蘇芳さんもさすがにむっとして、顔をしかめた。

蘇芳 君たちが私のこと調べてるみたいだったから、力になれるかなと思っただけよ。
   何よ、そんな言い方しなくていいじゃない…。

円次 でも、デビューからずっと姿も年齢も性別も隠してきたんですよね。
   どうして最近になって、メディアに出ることを決心したんですか?

蘇芳 そうねえ。デビュー当時あたしまだ大学生だったのよね。
   なんか、周囲に知られて距離置かれたりするの嫌じゃない。
   だからこの名前も偽名なのよね。

円次 そうなんですか…。

蘇芳 それで、私に何か聞きたいことあったんじゃないの?
   お話づくりのコツ、だっけ?
   私の場合だと、行きつけの喫茶店とかで考えてると――――――

ナレ 蘇芳さんはそこから、自分の作品作りについて語り始めた。
   しかし築くんの表情は終始曇っており、あまり話を聞いてはいなかったようだ。
   帰りに蘇芳さんの作ったというお菓子の箱を受け取り、見慣れぬ道を歩く。

築  どう思う?お兄さん。

円次 さっきの蘇芳さんのこと?

築  しっ!声が大きい。
   あんまり大きな声でしていい話じゃないよ。

円次 ご、ごめん。

築  …正直、あれは偽物だと思うよ。

ナレ 築くんは目線を落とす。その視線の先には、あの携帯。

築  もう一回聞く?あの人の作品作りの持論。
   とても作家とは思えないような発言ばっかだったよ。
   あれじゃあ、暗に人の作品パクってるって言ってるようなもんだよ。

円次 そうなの?俺、あんまり聞いてなかったから…。

ナレ 築くんはあきれたようにため息をつき、歩く速度を速めた。
   もう赤くなっている空。
   それにつられて赤く染まる路地に、すこし薄気味悪い気分になる。
   まるで、何か危険が迫っていることを警告するかの様だった。
   それからしばらく歩いて事務所につくと、津軽さんがふくれっ面で待っていた。

津軽 帰りが遅かったから、君たちに、何度も電話を掛けたしメッセージを送ったんだがね。

円次 すいませんでした。

津軽 何かあっても、君たちが電話に出ない限り私からは駆けつけられないから
   かな~~~~~~~~り心配したんだがね。

円次 すいませんでした。…って、築くん何帰ろうとしてるの!

ナレ 俺が頭を下げて謝っている横で、築くんは鞄を背負って帰ろうとしていた。

築  あー、すいませんでした。
   津軽さん、俺お迎え行くんで、あとはお兄さんに聞いてね。

ナレ 携帯を津軽さんに向かって投げ、津軽さんがそれをキャッチする。
   じゃあ、と軽く手を振って、築くんは出て行った。
   津軽さんはふくれっ面をやめ、耳をたたむようにしぼんだ。

津軽 …まあ、仕方ないな。
   彼にも家庭の事情があるんだ。

円次 そうなんですか。

津軽 まあ、今日のことはもういい。次から気を付けてくれよ。
   さて、今日の報告を聞こうか。

ナレ 機嫌を直した津軽さんに、今日の報告をした。
   松葉さんと話したこと、蘇芳穂積について調べたこと。
   そして、蘇芳さんに対しての疑惑について。

津軽 …。そうか。
   その時のこと、この携帯に録音してあるんだね?

円次 みたいです。俺は知らないけど…。

津軽 ふむ…どうやら今回の件、思った以上に複雑な事情が絡んでそうだね。

ナレ そう言いながら、津軽さんは蘇芳さんから受け取ったお菓子の箱に手を伸ばした。
   その時、津軽さんは目を見開いて箱から手を引いた。

円次 どうしたんですか?

津軽 …円次くん、この箱はもらってから手を付けてないね?

円次 はあ…

津軽 …この件から手を引け、ということかねえ。

ナレ そういって俺に見せた手には、浅い切り傷。
   よく見ると、包み紙の端にカッターナイフの刃が張り付けられていた。

円次 …!

津軽 円次くん。

ナレ 津軽さんは刃を取り除いて箱を開け、中に入っていたクッキーをかじる。
   すると、中から裁縫針が光っているのが見えた。

円次 うわっ…

津軽 …円次くん。
   この事件、場合によっては命の危険が伴うかもしれない。
   君はまだ新人だし、ここでやめてくれても構わない。
   どうする?

・選択肢
 続ける →進む
 やめる →ゲームオーバー

・やめる

津軽 …分かった。それでは円次くん。
   いや、それが正しい選択だと思う。
   短い間だったが、ありがとう。



ナレ 俺が記憶を失って、しばらくのこと。
   周りの人間が心配そうに俺のことを窺ってくる。
   特に鴇田は、何度も俺のことを気遣ってくれた。
   ときに、薄暗い路地裏を見ると、何かを思い出しそうになる。
   そこで俺が何を見たか、聴いたか、記憶したかは、
   多分一生わからないんじゃないかとおもう。

   【BAD END】


   
・続ける

ナレ 命の危険が伴う、と言われて、少し戸惑った。
   でも、ここまできて引くわけにはいかない、そんな気がした。

円次 …やります。ちょっと怖いけど、やります。

津軽 うん、わかった。そう言ってくれてよかった。
   正直、築くんだけではかなり不安がある。
   今日一日ではわからなかったかもしれないけど、
   彼は冷静なように見えて、年相応に感情が制御できないことがある。
   まだ君も大人とは言えないが、一応彼より少し先輩だ。   
   どうか彼がその冷静さを失ったときに、君が彼を制御してあげてくれ。
   頼んだよ。

ナレ 津軽さんのにんまりとした笑顔に、最初には感じなかった安心感を感じる。
   あまり人に何かを頼まれることがなく、
   どっちかというと霊絡みで人と深く関わることがあまりなかった俺としては
   責任感と、嬉しさとが混じった不思議な感覚だった。

逢魔ヶ屋忌憚

逢魔ヶ屋忌憚

北友円次、高校2年生。 あるとき、学校で噂の怪しい事務所でバイトすることになった。 そこは猫のような頭の男と中学生くらいの少年とが働く、奇怪な事件を扱う事務所だった。 円次はそこで働くことによって、出会い、別れを経験し、様々なことを学んでいく。 ※この作品はゲームの台本として書いているため、 台本のような形式で書いてあります。 苦手な方はご注意ください。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-12

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 第一章 怪しい事務所
  2. 第二章 怪しい作家