夢見る森のパーティー
某所に応募した童話です。見事に選外の通知が届きましたので、ここに上げることにしました。物語の季節が春なので丁度時節にあっているかと思いましてね。
ある春の朝、風にふかれて一通の手紙がとどきました。
《カトちゃんへ
本日、森で開かれるパーティーにごしょうたいいたします。
会場へは、森の入り口でねている者にあんないしてもらってね。
ごちそうを用意しておまちしております。ぜひ、おこし下さい。
ユメミより》
「ユメミさんって、だれだろう?」
カトちゃんの友だちにも、知っている大人にも、ユメミという名前の人はいません。
「知らない人について行ったり、食べ物をもらったりしてはいけません」お父さんとお母さんは、いつもそう言いっています。
カトちゃんは、まよいました。
パーティーへは行きたい。だけど行ってしまえば、お父さんたちの言いつけをやぶることになります。
「う~ん、どうしたらいいのかな?」
カトちゃんは考えに考え、ひらめきました。友だちのだれかが、おどろかせようとウソの名前で手紙を書いたのだ。そう思いました。
「だれだろう? タクミくん……ミサキちゃんかな?」
カトちゃんは森を目指して歩き始めました。
春らしい陽気の中をテクテク。少しずつ草木のにおい、土のにおいが強くなっていきます。さらにテクテク。緑がどんどん多くなってきます。楽しい気持ちいっぱいで、森の入り口にたどり着きました。
しかし、森の入り口にはだれもいません。
「タクミくん! ミサキちゃん! 来たよ、だれかいないの?」
よびかけても返事はありませんでした。二度、三度とよびかけます。やはり、返事はありません。
カトちゃんは、だんだんとふあんになってきました。もう一度、よびかけようとした時、ゴソゴソと音がしました。
音が聞こえてきた方向をさがしますが、だれもいません。
ガサリ。
また、音が聞こえます。
音はカトちゃんの足下からでした。おそるおそる足下を見ると――ボコボコ――地面が動いていました。
「な、何!?」
カトちゃんは、にげようとしました。しかし、足が上手に動きません。「どうしよう、どうしよう」とあわてている内にボコリと地面から何かが頭を出しました。
カトちゃんは「わっ」と声をあげると、まぶたをギュと閉じてしまいます。見ないように、見ないようにとがんばります。しかし、ゴソゴソと音は聞こえます。カトちゃんはビクビクすることしかできません。
しばらくすると音が止みました。
何かはどこかへ行ってしまった。そう思いました。少し、また少しと目を開いていきます。
すると目の前には、一ぴきのカエルがいました。
「なんだカエルだったのか」
カトちゃんは小さく笑いました。
カエルはにげる事なく、カトちゃんを見つめています。カトちゃんが見返すとカエルはゲロゲロと鳴きました。
「あ~あ、よくねた」
なんと、ゲロゲロがそう聞こえました。
カトちゃんはそばにだれかいないかとキョロキョロします。そんなカトちゃんを気にせず、カエルはまたゲロゲロ。
「ふぁ~あ、今年のお客さんはきみ?」
やはり、カトちゃんにはカエルの言う事が分かりました。
「うん、そうだよ」
カトちゃんはビックリしながらも答えます。
「そう、じゃあ行こうか」
カエルはそう言うとクルリと後ろを向くと森のおくを目指し、ピョコピョコとはねて行きました。
カトちゃんは、あわてて追いかけます。
「そうそう、カトちゃん。ぼくの名前はトノ、よろしく」
カトちゃんは、ふしぎそうに首をかしげました。
「どうして名前を知っているの?」
「そりゃ知っているよ。ぼくはあんない役だからね。ねる前にユメミに教えてもらったんだ」
トノはなぜか、じまんげです。
「ねえ、トノくん。ユメミさんってだれなの? どうして、わたしはおまねきされたの?」
ずっと気になっていた事を聞いてみました。
「ユメミはユメミだよ。ユメミは毎年、春になると森のなかまたちを集めてパーティーを開くんだ」
「でもわたし、森に住んでいないよ」
カトちゃんは、ふあんそうです。トノは立ち止まり、カトちゃんを見ました。
「だいじょうぶだよ」
トノはやさしい声で話します。
「ぼくも森には住んでいないよ。池に住んでいるんだ。だから、本当にぼくが行ってもいいのか聞いた事があるんだ」
カトちゃんは、トノの話を興味しんしんに聞いています。
「ユメミは『トノくんは森のそばに住んでいるし、森が好きでしょう。私たちの森は、そんなトノくんがそばに住んでいる森なんだよ。
もしトノくんが森のそばからいなくなったら、きっと今の森よりもずっとつまらない森になってしまうわ。森とその回りは一つなんだよ。
だから、もちろんトノくんだって森のなかまさ』って言っていたよ」
その時の事を思い出したのでしょう。トノはとてもうれしそうです。
「カトちゃんは森が好きかな?」
カトちゃんは少し考えてから、大きくうなずきました。
「ほらね。カトちゃんもなかまだ!」
トノはケロケロとわらいます。つられてカトちゃんもケラケラとわらいました。
それから二人はすぐになかよしになりました。ピョコテク、森を進みながらすきな遊びの話をしていると開けた場所に出ました。真ん中に切りかぶのある丸い広場です。
「ここで一休みしよう」
カトちゃんは「うん」とうなずき、切りかぶにこしかけました。
「ねえ、トノくん。トノくんはどんな食べ物がすき? わたしはカレーがすき」
「そうだな、いろいろすきだけど……おっ!」
トノは何かに気がついたようです。
「どうしたの?」
トノはカトちゃんに「シー」としずかにするように言いました。
トノはそれっきり、だまってしまいます。仕方がないので、しずかにトノが見ている方向をながめます。カトちゃんには何が何だか、さっぱり分かりませんでした。
何かなと考えていると一ぴきのチョウチョがとんでいるのを見つけました。ヒラヒラ、ヒラヒラとチョウチョはこちらに近づいてきます。
「いまだ!」
トノはベロをチョウチョめがけて一直線にのばしました。ベロがチョウチョをとらえようとしたその時、黒くて大きい何かが横切りました。もうそこにチョウチョはいません。
「トノ! 忘れたのか? 今日はとくべつな日、生き物を食べちゃいけねえ」
カアカアと声がする方には一羽のカラスがいました。チョウチョもヒラヒラとんでいます。
「おっと、いけないいけない。ハシブトのだんなありがとう。アゲハさんもごめんよ」
どうやらカラスはハシブト、チョウチョはアゲハという名前のようです。
「もうおしまいかと思ったわ」
アゲハはおこっているのでしょう。上へ下へはげしくとび回り、プンスカプンスカ、森の奥へととんで行きました。
「トノ、もうすぐパーティーだ。おくれないように」
ハシブトはカアと一声、大きなつばさを広げると空高くまい上がりました。
気がつくと元通り、トノとカトちゃんは二人っきりでした。
「さあ、もう行こう」
トノとカトちゃんは広場を後にしました。
二人は何も話しません。二人とも少しションボリしているようです。
しばらくして、トノははずかしそうにゲロゲロと口を開きました。
「……おこられちゃった」
「おこられちゃったね」
そう言葉を交わすと二人は小さくわらいました。
「ねえ、どうして食べちゃいけないの?」
「とくべつな日だからだよ」
とくべつな日と言われてカトちゃんには分かりません。
「とくべつって?」
「ユメミがパーティーを開く日だよ。パーティーの日は生き物を食べないやくそくをユメミとしているんだ。だから、食べちゃいけない」
「そっか、やくそくか。でも、ユメミさんはどうして、そんなやくそくをするの?」
トノはゆっくりと頭を横にふります。
「ぼくは知らない。もうすぐ会えるからユメミに聞けばいいよ」
「そうだね」
そんな話をしているとスギの木をかけ下りてリスがあらわれました。
「やあ、ごきげんよう」
リスはそう言うと二人に並んで歩き始めました。
少し進むとササの草むらをガサガサ鳴らしてウサギがとび出してきました。
「あー、おくれちゃう。おくれちゃう」
ウサギはそう言いながら三人にくわわりました。
また少し進むと大きなあくびをしているクマがいました。
「まだねむたい」
ねむり足りないクマも入れて五人になりました。
そんな風にして一人また一人と森のなかまたちは集まってきます。気づけば、みんなでワイワイガヤガヤ行進です。さあ、ついにパーティー会場が見えてきました。
さっきの広場の何倍も広い場所です。葉っぱのない大きな木があり、その回りにはもうたくさんの森のなかまたちがいました。トノをしかったハシブトとアゲハももちろんいます。
「うわー、大きな木」
カトちゃんは大きな木を見ておどろきました。
「ふふん、大きいだろう」
トノはむねをはりました。
「それでトノくん、ユメミさんはどこにいるの?」
「待って、もうすぐだから」
トノはそう言うと大きな木を見上げました。カトちゃんもつられて見上げます。森のなかまたちも見上げています。
カトちゃんは見ている内に、木にたくさんのつぼみがついていることに気がつきました。
ジーっとみんなで木を見ていると、ポンといっせいにつぼみがほころびました。大きな木は桜の木でした。満開の桜の木です。
「きれいだな……」
カトちゃんは小さくつぶやきました。森のなかまたちも、そう思っているのでしょう。みんなうっとりとしています。サーっと風がふき、花がゆれました。すると、声が聞こえてきます。
「森のみんな、来てくれてありがとう」
「ユメミ、こちらこそおまねきありがとう」
森のなかまたちは声をそろえて答えます。
「うん、みんないっぱい食べて遊んで楽しんでね」
また、桜がそよいでいます。
「トノくん、ユメミさんってこの桜の木なの?」
「うん、そうだよ」
トノはうれしそうです。
「あっ」とカトちゃんが気づくと、広場のそこら中に美味しそうな木の実やジュースが置いてありました。
「さあ、カトちゃん。ユメミが言ったでしょう? 食べて遊んで楽しもう!」
カトちゃんは食べます。飲みます。そのどれもがとても美味しいものでした。
カトちゃんは遊びました。クマのせなかに乗せてもらったり、ウサギたちとかけっこをしたりして、たくさん楽しみました。
少し疲れてきたカトちゃんは、ユメミによりかかって一休み。そうしていると、大切な事を思い出しました。あわててユメミに話かけます。
「ユメミさん、今日はありがとう」
「どうカトちゃん、楽しんでもらえた」
カトちゃんはうなずきました。そして、しつもんを返しました。
「どうして、生き物を食べないようにみんなとやくそくしたんですか?」
「それはね。食べたり食べられたりしなければ、みんなで楽しく遊べると思ったから」
「でも、食べないとおなかが空いて死んでしまうわ」
「そうね。だから、ずっとはむりなの。わたしが用意できるごちそうは一年間かけて一日分だけなの。その一日分を使ったとくべつな日を楽しむためにみんなとやくそくするの」
「そうなんだ」
二人はしばらく、楽しそうな森のなかまたちをながめました。
「ねえ、また来てもいいかな?」
「もちろん。でも、一人で来ちゃだめよ。森は楽しいけど、あぶない所もあるからさ」
いつの間にか太陽はかたむき始めています。
「さあ、カトちゃん。もう帰る時間よ」
「うん」
「トノくん、森の出口まで送ってあげて」
「まかせて」
行きとちがい、帰りはあっと言う間でした。
「バイバイ」
出会った場所でトノと分かれたカトちゃんは、夕やけこやけをテクテクと帰って行きました。次はお父さんたちと来よう。そう考えながら。
夢見る森のパーティー
主人公のカトちゃんは家の猫の名前です。もしかするとこの物語のカトちゃんも猫かもしれません。もう少し規定枚数があれば、完全に猫にしていた可能性もあります。ただ、今回は内容をいじる気力がなかったのでそのまま上げました。少しでも楽しんで貰えたのなら幸いです。