白竜伝ー白き誓い

お題小説。
「桜吹雪」短編小説800~2000文字
桜吹雪は申し訳程度。やっつけ仕事風になってしまった……。

 この庭にも鶯がやってくる季節になった。鶯が鳴いた最初の日を、指折りで数えてみる。
――()()()……もう、十三年、か。
 そういえば、ここで私が鶯の鳴いた日を数えはじめたきっかけは、あの日にあったのだ。 はじめて離宮に来た日、侍女に教えてもらった。その日初めて、鶯が鳴いたのだと。
 悠久の時が流れるこの場所は、ささくれてしまった私のような者の流刑地らしい。嗚呼、本当に。穏やか過ぎて死んでしまいそうだよ。
 柔らかな絹のような日の光。私には、いささか眩しすぎる。青白い手を伸ばして空にかざすと、古からの血脈が囁く声に飲み込まれそうになる。私は慌てて手をおろした。
――私は、幾日までここにいられるのかしら……。
「姐様?如何なされましたか?」
 先ほどまで庭先で遊んでいた童女(わらしめ)が駆けてきた。聡い子だ。
「いいえ。気にすることは何もありませんよ」
 童女は屈託のない笑顔を向けている。この子は何も知らないのだ。そう。何も。
 せめてもの罪滅ぼしとして、私は微笑みかけてやることしかできなかった。

*     *

 北に行けば流行病との噂。南に行けば自害なさったとの噂。東に行けば派閥争いの末との噂。西に行けば隣国の侵略説
との噂。
 噂が人々の口から離れ、耳に届く。そうして、また別の噂と結びつき、民は騒ぎ立てるのだ。
 王都は騒がしかった。いつもの活気の所為ではない。悲しみと、不幸の蜜が生む好奇心によって。
「国王様が雲隠れなさったらしい」

 この王は賢王ではないが、かといって愚王でもなかった。
 身体は生来丈夫で、老衰というほど歳をとってはいない。
 政治においては、時には自分の意見を通し、時には権力者に利用される。派閥もあるが、目立った抗争は無く、恨みを買うようなことはしていない。やや臆病な気があり、隣国に武力をもって接する機会など全くなかった。
 芸術を愛し、ありたいていの贅沢を尽くす。いたって普通の王。
 このいたって普通の王が、突然(・・)雲隠れしてしまった。
 その上ここ数千年の間、この国では凡庸な王しか現れていない。そして彼らは決まって、即位して数年も経たずに代替わりをしてしまうのだ。

*     *

 白竜の地。かつてこの地はそう呼ばれていた。言い伝えによると、白竜の血を分け与えられた一族が、白竜王の帰還するその日までこの地を平和に治めることが宿命づけられているそうだ。
 王都の民は、この言い伝えを笑う。それ故に、私を侮蔑と哀れみとを込めて“天乞姫(ティェンチーヂェン)”と呼ぶ。
 ならばなぜ、私は、私たちは離宮へと遷される。なぜ、私たちを取り込んだお前たちの王は、長く王座に座さない。
 古の血潮が、私に囁きかける。
『白竜王をお迎えせよ』
 そうか。これが答えなのだ。。
 私は、先代たちと同じ時計香の灰と成るべく、歩みだした。自身の足の裏で土を踏みしめる感覚が愛おしい。
 童女は、コマドリのように私の周りを歩いている。
 この期に及んでも、この幼き供人に罪滅ぼしをしてやることができないのが口惜しい。だから先ほどよりも、うんと明るく微笑みかけてやった。
「さいごのおつとめを、いたしましょう」

*     *

 王都が騒がしければ、王宮内はそれ以上に騒がしく、雑然としていた。
 急遽開かれた会合では、ここぞとばかりに権力者たちの野心が瞳の奥でぎらついている。
 互いを疑い、協力し、成り上がろうとする大人を尻目に、一人の少年が発言を求めた。
「離宮の娘は、どうなった。彼女らは国の運命を担う一族です。その報告を聞くのが、まず我が国のためではありませんか?」
 凛と張りのある声。誰にも異論を唱えさせない正当な発言。何よりも、前王の直系の子息という事実。少年が大人たちを黙らせるのには、充分過ぎる要素であった。
 皆の視線を一気に集め、一人の下官が報告をする。
「申し上げます。桜桃院の天乞姫(ティェンチーヂェン)様は、昨日桃の木の下にて天へお帰りになりました。供人も無事に追従することができました」
 溜息と「またか」という呟きで空気が濁る。
「ただ」
 下官は間をめいっぱいにとり、周りを見渡すと、続けた。
「ただ、今回は……非常に申しあげにくいのですが……天乞姫(ティェンチーヂェン)様は花吹雪のようにお帰りになられました」
 異例の状況に一同は混乱した。何かの啓示なのか、はたまた災悪の前兆か。
 そんな中、少年は努めて冷静な声で下官に訊ねる。
「その花吹雪、如何様に見えた?」
「何処からか桜の花びらが風によって運ばれ、天乞姫(ティェンチーヂェン)様はそれを纏うように桜の花吹雪として帰って逝かれました」
「ありがとう。ご苦労だった」
 少年は握りしめていた掌を開いた。そこには、一枚の桜の花びらに似た薄いかけらがあった。

――竜の鱗
 ツキは回ってきたのだ。瑞々しく柔らかな肌の下に流れる古の血潮が訴える。
『新王をたてろ。白竜王になれ』
 嗚呼。母上、姉上、先代の白き民よ。俺は、俺たちはこの時を千年もの間待ち望んでいたんだ。
 失敗は許されない。だからこそ、狡猾な蛇のように茂みに身を置こう。いずれ蛇と侮った相手を、竜の力で押さえつけるその時までは。

 少年の去った後には、銀の鱗が静かに舞っていた。

白竜伝ー白き誓い

舞台設定のイメージは紀元前の中国

::「桜桃院」と桃の木の由来(てか意味づけ)::
桜はお題より。桃は中国において不老不死の象徴のため、不老不死=永遠、悠久の時=神の領域(聖域)みたいな。
だから、白竜王の治めた国は常しえの平和と生命がもたらされる裏設定www
あと、ひらがなで「おうとう」だと、「王統」(王が統べる)にも変換できるから。

天乞姫の中国読みは、ソース元ネットのどこかなのであてにはしないでください。



あとから読み直すと、大分田中芳樹さんの『創竜伝』によってる気がするが、
書いてるときは、李白(ほら白つながりwww)の『黄鶴楼送孟浩然之広陵』や『北風行』や陶淵明『桃花源記』
からインスピレーションを借りているのであしからずに

白竜伝ー白き誓い

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-12

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