桜吹雪 「青桜」


蒸し暑い八月にしては涼しかったとある夜に、僕は一人で暗い山の中を歩いていた。
昔から星を見ることが好きで、こっそりと家を抜け出しては山にある自分の特等席に座って星を眺めていた。

 テレビではもうじき流星群がやってくると言っていた。去年の夏はタイミングが悪く、ちょうど流星群の日に雨が降ってしまい見ることが出来なかっただけに、今年こそはという気持ちが強かった。 

微かな甘い香りが、風と共に汗ばんだ髪をくすぐる。それはあまりにもこの季節とかけ離れていて、真冬の蝶の様に儚げに咲いた一本の桜だった。

「あれ?なんで一本だけ咲いてるんだ?」

見間違いかと思って近寄ってみたが、確かな存在感を放って花を咲かせ、この空間を支配していた。

「おい小僧。なぜこんな暗い真夜中に一人でいる?迷子にでもなったか。」
「っっ!?」

いきなり真上から声をかけられ、驚きながら声がした方向を見上げた。
そこには巫女のような白と赤の装束に身を包んだ少女が、枝に腰かけていた。

「驚かせたか?すまんな、めずらしくて、ついな。」
「君は……。」
「答えろ。なぜここに来た。」

少女の口調は優しかったが、有無を言わさぬ力があった。

「星を見に来たんだ。」
「そうか、星か。それまた風流だな……。」

それからしばらく、二人は黙って夜空を見上げていた。下から見た彼女はなぜだか寂しそうな背中をしていて、桜の雨の中で遠くへ思いを馳せている様だった。

「僕も木に登って良い?」

少女は静かに頷いた。

「顔は見るなよ。まだ、化粧をしてないからな。化けてないんだ。」

そう言うと、笑い、枝から垂らしたふさふさの尻尾をゆらゆらと愉快そうに揺らした。僕は言われた通り、顔を見ないように気を付けながら登った。光を帯びた花びらが、夏の風に吹かれて散り、目の前を通り過ぎて行く。
 服の赤と同じくらい鮮やかな色の口紅をつけた彼女の横顔は、やはり遠くを見ていた。その日、二人だけの流星群が夏空に降りそそいだ。

桜吹雪 「青桜」

桜吹雪 「青桜」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-12

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