最後のきらめき。

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 私は小高い丘に生える一本の桜の木だ。ソメイヨシノなんて名付けられているだけで、人間のように名前はない。それでもここで幾千、幾万もの人間を見てきた。その中でもこの彼女は異質だった。
「ねえ、ルーデルサンス。私、今日好きな人が出来たんだ」
 どうやらルーデルサンスとは私の名前らしい。どこをどうすればルーデルでサンスなのか、桜の私にはわからぬ。彼女は一ヶ月に一度くらい、私に深くお辞儀して語りかける。
「ねえ、ルーデルサンス。どうしたらうまくいくのかな」
 今日は恋愛相談みたいだ。少しだけ不安な顔をし語りかける。植樹でしか増えない我らにはわからないこと。訊かれたところで答えようがないが、とりあえず、友だちである風の力を借りて小枝を揺らす。すると、ぱーっと彼女の顔が色を取り戻していく。
「やっぱりわかってくれるのね。ルーデルサンスは」
 反応しただけの私を喜ぶ彼女に私も何かささやかなプレゼントを与えたくなった。全然理解してないんだけども、それでも彼女は喜んでくれる。真っ白い吐息をはいて、「次に会えるのは3月だね」と呟いた。
 3月になった。私は彼女へのプレゼントを見つけられないでいた。それでも彼女は中旬頃に来た。
「少し元気ない?」
 私は寒いのが苦手だし、もう樹齢も高いしで体調が悪かった。彼女は私の幹を一撫でする。
「ルーデルサンス。悲しいけど、来月でお別れなんだよね」
 私はまた風に頼んで小枝を小さく揺らした。まるで手を振るかのように。
「あなたは……切られちゃうんだ。市がね、高齢の桜を切ることになってね」
 そうか、私は切られるのか。それも世の常だ。私はそれより、彼女とその彼のことを考えた。
「だからね……最後に、私ここで彼に告白するんだ」
 私はもう長くない。後は思い出として生きるしかない。だから彼女はここを彼への告白の場として使ってくれたのだと思う。
「ありがとう。ルーデルサンス。あなたが人間だったらよかったのに」
 深くお辞儀をして去っていく彼女。何か微妙な笑顔を感じた。
 4月。最後の私の花たちが咲いていた。彼女と、その彼は来た。彼女のほうが早くだった。まるで人間でいうところの娘を嫁に出すみたいだった。こういうのは普通、彼のほうから先に来るものではないのか。私の心に一抹の不安がよぎった。
 10分後、彼は来た。彼女じゃないから、遅刻なのかわからないが、彼はそれなりにしっかりしていて、私がここうん十年は見ないようなものだった。
「ルーデルサンス。がんばるね」
 私のほうへ向いて幹をなで、彼女は思いを決めて告白する。
「あの、あなたのことが好きでした」
 言い終わるかくらいで彼は、
「ごめんなさい」
 とだけ言って走っていった。残された私と、彼女。
「わかってたんだ。他に好きな人がいるって」
 震えながら言う彼女。もう既に泣きそうだった。
 私は雲に頼んだ。彼女の涙を消してもらうように。
「あれ、雨。でもこれで泣いてるなんてわからないよね」
 そして私は風に頼んだ。この花びらすべてを散らしてほしいと。
 風はすぐに強い南風を吹かせた。彼女が風邪を引かないようにと配慮したチョイスだった。
 強い風は私の花びらの一枚一枚を飛ばして、私はついに枝だけになった。
「きれい」
 彼女はそう言って私を後にした。私は静かにその背中を見守っていた。

最後のきらめき。

最後のきらめき。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-11

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