PLESS-PALLAS
そして少女、始まりのごとく目覚めのごとく
世界中でただひとり、自分だけが背負った不幸の星。
努力して運命を変えた人に告ぐ。
「努力して運命を変えたんじゃない。そうなること全てが運命のうちだったのさ」
世の中にはどうにもならない人がいる。どうにかなった人だけスポットを浴びるもんだから、
実はどうにもならない人たちが夢を見ちゃって徒労に終わる。
そうして世の中を恨む人生も運命のうち。
そんなことも露知らず、「運命は努力で変えられる」なんて妄信が跋扈する。
巷で有名な連続殺人犯、名を「沖谷 那最(おくがや なゆた)」と言う。
なんでも、現場に証拠を残しまくっているのに、一向に捕まらない謎の少女らしい。
そんな不可解なエピソードをそっくりそのまま報道するものだから、噂には尾ひれがついて、なにが事実なのか余計わからなくなってしまった。
ネットロアでは「警察の陰謀」「イルミナティ」はお約束。
「沖谷那最なんて少女はいない」と議論されるにまで至ったのである。
しかし、真実は何の企みもなく、少々あっけないものだった。
かといって、その少女のエピソードがつまらないという訳ではない。
かつての同級生はこう述べている。
「気味の悪いやつだったよ。いっつも同じ顔をしていて、仮面をかぶってるみたいだった。表情ってもんがなかったのさ。
暗くて、おどおどしていて、クラスの大半は嫌ってたんじゃないかな。あいつは誰にも好かれてなかった」
そんな陰惨な学生時代を送った少女の未来は、世界一のセンセーショナルな殺人鬼であった。
沖谷那最の「デビュー」は、先述の同級生も在籍していた中学校である。
そこそこ学力の高い私立中学校で、少女は大人しく、何事もなく生活していた。―――少なくとも表向きは。
学校にいるあいだ、少女は1度も言葉を発しなかった。いつも下を向いて口は半開き、当然友達はいない。いじめられようがどうされようが、身じろぎひとつしなかった。
空想にふけっては、ひたすら自分の世界に篭る。
明らかに精神異常が見られたのだが、心配した教師が精神科に連れて行くも助けにはならなかった。そのときだけ正常なフリをするので、少女の奇妙さは「個性」のみでしか言い表されなかったのだ。
事件は文化祭の最中に起こる。穏やかな雨が降る秋の日だった。
「何も喋らずいつも下を向いてる個性の強い少女」は、15階にある他校の参加ブースが気になった。
お昼近くになって、人は食堂に集まりつつある。ちょうど客が掃けていたので、一番近場の催しに入ることにした。
食堂では友人が席を囲って楽しく食事をしている。そんな中耐えられるわけがないので、自分は時間をずらして食堂に行こう。少女は半ば逃げ場所を探していたのだ。
少女の入った催しは、細くて意地悪そうなお姉さんがひとりで運営していた。
高めの入場料を払い、サイフを制服のポケットにしまう。
お姉さんは見た目どおりの意地悪な性格だった。雑に置かれたガムテープやゴミ袋、暗めの演出をしているこのコーナーが、それを助長させる。
催し内容はゲームだった。少女は何度か挑戦するも、ことごとく負けた。
ただ、負けたのはどうでもいい。嫌気が差すのは、「もう一度料金を払うと難易度下がるよ?」という意地悪なお姉さんの催促だ。
他に行く気もないので、なんとなく払う。そうして少女は何度も負けた。
もういいか、と思って少女は出て行くそぶりを見せた。すると、お姉さんの手が少女のポケットの中にパッと入った。
サイフを抜かれた。
少女が何も喋れない無抵抗のマヌケだとわかったお姉さんは、サイフから札束をいくらか掴んであとは床に放り投げた。
「罰として追加料金ね」
札束は、お姉さんのポケットに押収された。
「弱いってかわいそー。でも仕方ないよね。世の中のルールは弱肉強食ってやつ」
少女はしばらく黙って突っ立ていたが、「弱肉強食」という言葉に妙に反応した。
そうだ、そうだな。
今までの鬱憤が、爆発した。
少女は油断していたお姉さんを蹴り飛ばし、転がっていたガムテープで口を塞いだ。
胸に勢いよく跨座して、咳き込んでいる間に目玉を潰す。少女の爪は長いもので、お姉さんを失明させるにはとても良い刃物になった。
突然のできごとで、お姉さんは硬直していたが、すぐに痛みで悶絶し始めた。
目を押さえる手をガムテープでぐるぐるまとめ、両足も同じようにがっちりと巻きつけ、最後に鼻も覆ってやった。
ここまでやると、お姉さんは窒息の苦しみのほうが大きいらしく、床に顔をこすりつけて必死でガムテープを剥がそうとしている。
少女の神経は高ぶり、興奮で全身が打ち震えた。
お姉さんのポケットから盗まれた札束を取り戻すと、あたりをキョロキョロと見渡した。工具がある。
工具を漁るとノコギリや斧が出てきたので、これ幸いと、少女はお姉さんの脳天を斧で叩き割った。
脳漿が飛び散り、凄惨な光景になるのだが、この暗めのコーナーではよく見えなかった。とにかくお姉さんはここで絶命した。
続いて四肢を叩き切り、斧で切りきれなかった部分はノコギリで切断した。
あたり一面は血の生臭さが立ち込める。
大丈夫大丈夫。今はお昼時だから誰も来ないよ、と、少女は熱心にお姉さんを細切れにしていく。
頭部はさすがに分解できなかったが、ゴミ袋にまとめて突っ込んだ。あまった肉塊はそのまま放っておいて、満足げに外付けの非常階段を下りていった。
重い。
細い人だから軽いかと思ったら、重い。ほとんどの肉片は捨て置いたのに、死体は重い。
時々引きずって運んだものだから、ゴミ袋の底には小さな穴が空いてしまった。
15階から非常階段を伝って下りていく道中、雨と漏れた血でしょっちゅう転んだ。
肉塊は袋からポロポロと零れ落ち、地上に着く頃には頭部しか残っていなかった。
閑静な住宅街を、生首を引っさげた少女が通る。
通行人もいないので、道に迷っても焦らなかった。
目的地は海である。
この頃、やっとお昼休憩から戻った人々が異変に気付いた。学校のベランダや窓ガラスから、海へと歩く少女の姿を見下ろしている。
走れば追いつく距離なのだが、誰一人としてそうする者はいなかった。
心の奥底で燻っていた狂気を目の当たりにして、それに立ち向かえる猛者などいないのだ。
普段少女をコケにしていたいじめっ子たちは、揃って後悔していた。そして青ざめ、狂気の矛先が自分たちに向けられるのを確信した。
少女はそんな学校を振り返ることなく、ただひたすら血の道をひいて海へと進んだ。
雨の中、湿気と自分の熱がこもる制服が気持ち悪くなってきた。
あと少し。
気を引き締めて、砂浜に足を踏み入れる。不安定な砂道をゆっくりと歩いた。
海水のにおい、雨のにおい。少女は汗と湿気でぐしゃぐしゃになり、靴は砂で汚れていた。
やっとついた。
海水にふとももまで浸かると、ボロボロになったゴミ袋を背負うように投げ捨てた。
終わった。
と、振り返ると、いつの間にか見知らぬ青年が怪訝な顔をして近づいてきた。
「すげー血のにおいがした。今投げた袋の中身はなんだ!?」
少女はいつもの如く、黙ったままだ。すると青年は何かを察したのか、態度を和らげる。、
「・・・俺は警察じゃないよ。お前を悪者扱いしないから、とりあえず傘ん中入れよ。風邪引くだろ」
少女が傘に入ると、青年はそこらへんの岩だなに腰掛けて、いろいろと質問をしてきた。
しかし、そのどれにも少女は答えなかった。相槌のひとつも打たず、そのうち学校関係者や警察がやってきた。
この「デビュー」で少女は自分の運命を変えた。
これまでの陰気な弱者から、力にモノを言わせる強者になったのだ。少なくとも少女自身はそう思っている。
ともかく、瞬く間にこの事件は世界を駆け巡り、少女は一躍時の人となった。
しかしその後は誰も知らなかった。少年院に入ったとか、精神病棟に幽閉されたとか、憶測の域を出なかった。
そしてほんの少しの間だけ、人々の記憶から忘れ去られる。
しかし世界中がまた少女の名前を目にするとき、そのときはもう「ただの残虐な殺人事件の犯人」ではない。
群集は「世界第一の殺人鬼」として少女をフィーチャーすることになるのだ。
PLESS-PALLAS
第2話→【http://slib.net/49878 】