ルナの冒険3章~孤独な凪~

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≪2章http://slib.net/25477


世の中には運命というものがあるのだろうか。

しかし、これが運命ならば…彼の運命は残酷すぎる。
彼は何も悪くないというのに。

真っ白で静まりかえった神殿の中には、何の気配もない。
聞こえるのは、冷たい風の音だけ。
彼は、そっと夜空を見上げながら…静寂のなかで小さな言葉を発した。

「ルナ…」

その囁きは、冷たい夜の風に紛れて…何者にも聞こえることなどないのだった。

1話~ガイア~


「はぁ…。なんだか馬にも飽きちゃったわ…。」

エジャンドンを出てから、もう既に2週間以上。
私達一行は、昼間に馬で南へ移動。夜には野宿という生活を繰り返していた。
…姫であるはずの私がどうしてこんなことに…。
まあ、いろいろあったからなんだけどね。

「もう少しの辛抱ですわ、ルナ様。」

そういって、申し訳なさそうに私に言ったのはレイヤという私の侍女。
真っ黒でツヤツヤの髪を持つ…超美少女だ。
小さい頃から私のお世話をしてくれていて、『ルナ様』と呼ぶのはレイヤだけ。
ちょっと心配性すぎたりするけど、優しい私のお姉さんのような人だ。

「姫様は体力ってものがなさすぎるんだよ。
…これから、もっと過酷な旅になるかもしれねえってのに。」

レイヤを同じ馬に乗せながら、何とも失礼な口をきいてきたのは…私の護衛兵のアルト。
赤茶色の髪の毛をなびかせながら、いつものように憎まれ口をたたいてくる。

「だから、そんな体型なんだよな~。」

「うっ…。」

確かに運動とか全くしてなかったから…体力に自信はないし、
そんなに痩せてもいないとは思うけど…。

「き、気にするほど太ってないもん!」

「いや、その身長にしては体重がそこそこ…」

「アルト。」

レイヤの冷たい一言で、アルトはしぶしぶ黙る。
全く、なんて失礼なヤツ。…運動した方がいいのかしら?
なんだか人に言われると気になるわね…。

「大丈夫。ねーさんは元がきれいだからね。
そんなことより…僕たちは、どこに行こうとしてるのさ?」

私たちが黙ったのを見て、私の真後ろで手綱を握っているカイ君が声をかけてきた。
カイ君は以前いた街、エジャンドンから私達と旅をすることになった植物の魔法使い。
1つ年下とは思えないほどの魔法の威力、言動だ。そして…。

「ねーさん?…そろそろ教えてくれないと、悪戯しちゃうよ?」

「ひゃあっ!?し、知らないってば!」

だーかーらー!
耳元でささやかないでーっ!

「うふふ、ねーさん真っ赤だよ。可愛い。」

こうして、時折私をからかってくる…
とんでもない悪戯っ子なのだ。

「カイさんっ!ルナ様にそういうことはおやめください!」

「そういうことってな~に~?僕、わかんなーい。」

「この、クソガキ。
大体、なんでお前が姫様を乗っけるんだよ!」

「はっ!筋肉バカはもう忘れたの?
ジャンケンで正々堂々と決めたからでしょ。」

「絶対、ズルしただろうが!」

「根拠もなしに…。これだから、単細胞ってやだよね。」

そして、仲間になってから大分たつというのに…カイ君と2人の仲がとてつもなく悪い。
カイ君は、本当はとても優しいし、
2人もとってもいい人だから…仲良くしてほしいのになあ。
未だにこうも…いがみあっているところをみると、行く先が不安になる。

「ところで、これから…本当にどこに向かっているの?
教えてよ、レイヤ。」

「…あまり、申し上げにくいのですが…。」

レイヤは長い睫を伏せ、また申し訳なさそうに口ごもった。

「はっきり言いなよ、ノロマさん。」

「…。あなたの質問には答えるのではありません。
私はルナ様の質問にお答えするのです。」

レイヤは、なんだか妙な意地をはって…一呼吸ついてから静かに口を開いた。

「クリスタ村、というところです。」

…全く聞いたことのない村の名前に、私は首をかしげる。
アルトはもちろん、カイ君も知らないらしく、レイヤの説明を待った。

「そこは、たぶん。
ルナ様の親族の方がいらっしゃる可能性がありますわ。」

…?
私の親族はみんな王族のはずよ?
どんなに遠くても貴族ではあるから、お城にいるんじゃ?
…村にいる私の親族といえば、おばあさまだけだったもの。

カイ君も不思議に思ったらしく、レイヤに訝しげな目を向けた。

「親族って、ねーさんの敵じゃないの?」

「そう、かもしれませんし…。そうでないかもしれないんです。」

どういうこと?
ごめん、レイヤ。全然分からないわ。

「ともかく、私の口からは恐れ多くて…何も。
この話も噂話かもしれませんもの。
ですので、村についてから!それらしき…本人に、直接お聞きくださいな。」

それから、レイヤは何を聞いても
「本人に聞いてください。」の一点張りで…何も答えてくれなかった。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「あーっ!疲れた。馬ってめんどくさー。」

「わ、私も…疲れた。」

あれから、また数日…。
私たちは何日も何日も馬に乗っていた。
野宿にも慣れ始めたけど…そろそろ限界かも。

たまらずため息をつくと、カイ君は何を思ったのか、私を数秒見つめた。
かと思うと…突然馬をとめて、何か呟いてから飛び降りる。

「ねーさんもおいでよ。」

フッと足元を見ると、辺りは一面フカフカの草…。
き、気持ちよさそう!
誘惑に勝てず、カイ君に手を借りながら馬から降りて深呼吸をした。
…なんて、いい匂い。
そしてフカフカの草原に倒れこむ。なんだか温かくて…。

「眠くなっちゃう…。」

「気に入ってもらえた?僕も、皆に頼んだ甲斐があるよ。」

寝転がった私の前髪をそっと払ったあと、カイ君もごろんと横に寝転がった。
ああ、これ…。カイ君の魔法なんだ…。
やっぱり、優しくて…包み込まれるなあ。

いつだか、誰かが言ってたっけ?
『魔力はその人の性質をあらわすんだ』って。こういうことなのかもしれないなあ…。

「姫様!寝てる場合かっ!あと3日位で、そのレイヤが言う村に着くんだってば!
そしたらフカフカベッド用意してやるから!頑張れよ!」

「ご、5分だけ…。」

「だ、だめですわ!それは、ぐっすり寝てしまうルナ様の合図ですもの!」

「…ってか、そんな急ぐ旅じゃないでしょ?何をイライラしてるのさ?」

カイ君が、私の横で寝がえりをうったような気配がした。
…けど、目を開けるのも面倒になるくらい…眠くて、瞼が開かない…。

「僕とねーさんが2人で寝てるのが、そんなに嫌なの?
嫌ならはっきり言えば?」

「なっ…!」

「そ、そんなことを言っているのではっ…!
ただ、ここでもし敵に見つかったら隠れる場所がありませんのよ!」

3人の会話が、遠くに聞こえる。
…仲良くしてほしいのに、なんだか喧嘩してるみたい。

「…ねーさんを見てみなよ。こんなにすぐ眠るって…超疲れてんじゃん。
まず、こういう旅も戦いも、体力が第一なの。
王宮からほとんど出たこと無いようなお姫様が、毎日毎日馬に乗ってるんだから疲れて当たり前。
護衛兵で馬なんか当たり前なバカや、
他のことで意識がいっぱいなノロマさんには分からないだろうけど。
そろそろ休ませないと、マジでねーさん倒れちゃうでしょ。」

カイ君の言葉で、2人が黙った…。
もっとよく話を聞こうとしたけど、意識がもうろうとして喋れない。

ぼんやりとした中、体が地面に埋まっていく…そんな気がした。
私、よっぽど疲れてるみたいね。
そんなことあるわけないの、に…?!


ハッとした。
違う、これは気のせいなんかじゃない。

一気に、目が覚める。
自分の周りの地面だけ、なんだか異様に柔らかいベッドのようになっていた。
それに自分がドンドン沈んでいく
…例えじゃなくて、本当に地面がくぼんでいく…!

どどど、どういうことっ?!
叫び声をあげようとした瞬間、何かに包まれ…高速で地面の中へ吸い込まれた。
地中をグルグルと移動していく。
それなのに、私は一切土まみれにならない。怖さはなく、むしろワクワクしてくる。
何かのアトラクションに乗っているような感覚。
何が起こっているか最初はパニックだったけど、温かい土の中で少し冷静になっていく。

…これ、もしかして?
小さなころの懐かしい思い出がよみがえってくる。
温かい陽だまりの中、王宮の庭での輝かしい日々。
お兄様とユエ、ヒューリア。
…皆との幸せな日々。
も、もしかして!

私は、グンと手を前に突き出した。
いつもの合図…『地中ジェットコースターは終わり』。

すると、いつのまにか私を覆う土はなくなる。
それと同時に、いつも通りの大きな手が私の腕をガッシリと掴んで、地中から引っ張り上げた。

温和そうな茶色のたれ目。
瞳と同じ色で…癖のあるフワフワの髪。
目尻をこれでもかというほど下げて、笑う顔は昔と何ら変わらない。

「ガイア?ガイアなのっ?!」

「ルナっ!久しぶりだね。覚えててくれたんだ!」

「もちろん!ガイアを忘れたりなんかしないわよ!」

がっしりと、だけど私が苦しくないようにガイアは私を包み込んだ。
ガイアの匂いがする…。
懐かしくて、これでもかというほど抱きついた。

その後、じっと見つめてみる。
茶色の癖の強い髪。毎日違う寝癖がついていたっけ。
それに、たれ目に全てを包み込むような優しい茶色がよく似合う。
眉尻は下がっていて、一瞬気が弱そうに見えるけど
…でも目の奥底には不思議なほどに強い光を持っている。
そんな変わらない笑顔と、私をすっぽりと覆ってしまうような背の高さ。
私も背が伸びたはずなのに…、ガイアの大きさは何ら変わらない。
何年か会わなかった間に、また背が伸びたのね…。

少し声が低くなり…『男の人』になったことなど変わったところはたくさんあった。
でも、私を抱き上げる力強さや、
頭をわしわしとする癖も…何も変わらない。

ずっと昔に戻ったような錯覚に陥った。
まだ、お城の中で暮らしていた…全てが上手くいっていたあの時。


「る、ルナ様!?どこでございますかっ!?」

「は?今までここで寝てたのに?!」

「くそっ!つべこべ言わずに、探すぞ!能力使え!」

「うっさいな~!」

少し遠くの方で、
皆の怒鳴り声が聞こえてきて…ハッと我に返る。

「ガイア、私…。」

「積もる話は後。とりあえず…。」

ガイアの瞳が、より温かくなる。
私をギュッと抱きしめながら、頭を撫でてくれた。

「頑張ったね、ルナ。」

私の目が思わず、潤む。
ガイアはもしかしたら…すべてを知っているのかもしれない。
そして私を助けに来てくれたのかもしれない。

強引で自分よがりな考えだった。
真実は分からないけど…。ここにもまだ私のことを心配してくれている人がいる。
それが何よりも嬉しかった。

ひとしきり、私を抱きしめてくれた後…ガイアはニッコリと微笑んだ。

「お仲間が心配してるし、そろそろ行こうか。」

その瞳は心なしか、いつもより潤んでいるように見えて。
私はそっとガイアの腕にしがみついた。
ありがとうを伝えるために。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「る、ルナ様!?一体どこにいらしたんですかっ?!あら、その方は…?」

3人のもとに戻ると、真っ先にレイヤに激突という名のハグをされた。
…し、心配かけてごめんなさい。

「ねーさん、突然消えたけど…。何あれ。魔法とか言わないよね?」

カイ君が、さらに言葉をつづけようとして私を見たけれど、
…ガイアを見て静かになる。

「おい、後ろにいる男だれだよ…。」

「…まさか、ナンパされたとか?…まさか、ねーさんがねぇ?」

アルトの低すぎる声や不満げな顔と、
カイ君の微妙な嫌味をスルーして、私は3人にガイアを紹介する。

「彼はガイア。私の幼馴染なのよ。
土の魔法使いで…私より3つ年上だから、20才。
お兄様と同い年ね。あとは…何か言うことある?」

ガイアは、じっくり3人を見た後…なんだかいつもより、ちょっぴり意地悪な顔になった。

「うーん、そうだなあ。
ああ、一応貴族の…王族に近い家系。それで…」


ガイアは、その後…たっぷり間を取った。
そしてすっごく楽しそうに、悪戯っ子のように微笑んだ。


「ルナの婚約者だよ。」

2話~クリスタ村~


「ガイアったら、まだそんなこと覚えてたの?」

「当たり前じゃない。ルナとの楽しい思い出だもの。」

目の前で、ガイア様とルナ様がニコニコと談笑されています…。
ルナ様は「久しぶりだからガイアと話したいの!」などといって、
ガイア様の馬に乗ってしまわれました。
よって、私たちは、2人の様子をドロドロした瞳で後ろから窺っているのですが…。

「ガイア、今までどうしてたの?」

「ルナを守るために、一生懸命勉強してきたんだよ。」

「うふふ、ありがと。」

…ああああ!まるで熟年カップルのような会話…っ!
更には…婚約者ですってぇえ!?
いえ、正確には「元」婚約者だそうですが…。

先ほどのルナ様のぼんやりとした説明を思い出し、情報を整理する。
本名を『ガイア・ド・サン・エストレア・フィルラン』。
サン様といえば…確かに聞いたことはありましたが、実在したのですね。
サンも何かの略称だという噂を聞いたことがありますけど。
…ともかく、そのフィルラン家の長男のサン様は、優しく温和すぎて…
何より人を殺せない戦場での役立たずといわれ、一族から見限られたという…。
フィルラン家の恥といわれていたはずです。

まあ、見捨てられる前ならば…とても遠いとはいえ、
フィルラン家はエストレア家の分家の一つでもありますし、ルナ様と年も近いですし。
サン様は歴代の中でも指折りの強大な魔力の持ち主だったそうですので、
婚約者としても不足はないでしょうね。

しかし、どうも納得いきませんわ。
一族から見限られたはずなのですから、ルナ様と未だにここまで仲が良いのは不思議です。
例のサン様と…同一人物でいいのですよね?

「おい、レイヤ。ガイアって言ったか?…アイツ、信用していいのかよ?」

「…一応、私の知ってる情報だと、一族から見限られた方だと思いますので…城とは関連がないはずですわ。
ルナ様を裏切るようなことはしないでしょうが…。」

「はあ?
一族に復帰するために、ねーさんを城に連れていくことで認められようとしてるかもしれないじゃん。
油断は禁物でしょ。」

…いつのまにか、カイさんも交じって…私たちは話し合いをしていました。
3人で共同で何かをするのは…初めてかもしれません。
不服ですが、仕方ありませんものね。

それにしても…。先ほどのカイさんの発言で、私たちがルナ様に気づかいが足りなかったことに気づきましたし。
その言い合いの最中にルナ様が消えてしまいましたし…。
もし、これが敵の攻撃だったら…ゾッとします。
…カイさんと、仲良くするべき…なんでしょうね。
私は、ジトッとカイさんを見つめた。

「何、ノロマさん。
僕がカッコいいからってそんなに見ないでくれる?
気持ち悪いんだけど。」

…ぜ、前言撤回させていただきますわっ!

ともかく、今はガイア様のことを考えましょう。
彼がルナ様に害を及ぼす人間でないといいのですけれど。
そう、すべては…ルナ様の幸せのために。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「うん、上手くいってるみたいだ。」

…?
ガイアは、チラチラと後ろを見ては微笑んでいる。
私もつられて後ろを向くと、3人が何やらコソコソ話し合っていた。
…カイ君も混ざってるなんて、珍しい…!

「ルナ。」

いつもの優しい響き。
ガイアが、ニッコリと私を見つめた。

「僕は、やっとこれからルナに恩返しができるね。」

「…へ?」

私、何かガイアにしてあげたこと無い気がするけど…?
むしろ、小さなころからたくさん遊んでもらってて…。思い出そうと考え込む。
だけど、ガイアはそんな私を見てなんだかとても面白そうに笑った。

「ふふっ。変わらないんだね、ルナは。昔からずっと…。嬉しいよ。」

「な、なによ~?」

「ルナは知らなくていいの。…これからは俺が守る。」

小さなささやきの中に聞こえた『俺』という主語は…
彼が誓いを立てるときや、王族の前でしか使わない言葉。
胸がトクンと高鳴った。

「…ありがとう。」

よく分からないけど。
ガイアは信じられる…。
ううん、信じたい。
私の中でそんな感情がむくむくと湧き上がるのを感じた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「ここが、クリスタ村…?」

レイヤに案内されながら辿り着いたクリスタ村は、
以前行ったエジャンドンとは程遠い景色だった。

きっと、リルタ村より寂れている。
青々と茂る緑や花々は美しく、自然あふれる村には変わりないんだけど…。
『ここからクリスタ村』という看板から歩けども歩けども…。

「家が一軒もないじゃないっ!」

ここ、寂れ過ぎよ…!
誰も住んでいないんじゃないの?

「レイヤ、そろそろココに来た理由を教えてよ。」

「い、一介の使用人風情が話せることでは…」

「じゃ、ガイア!分かる?」

「…うーん。ここは農業が盛んみたいだよ~。とってもいい土だ。」

そ、そんなこと聞いてないでしょうがっ!
…相変わらずの天然なのね…。

「お前さんたち、城のまわしもんかいな?!」

私たちがワイワイと話していると、いつの間に現れたのか。
横から、年老いたお婆さんが質問してきた。
なんというか…生きてるのが不思議なくらいの人。
目の焦点は合ってないし…なんだかヨロヨロして今にも倒れてしまいそう…。

「いえ、私たちは違いますわ。あるお方にお会いしたくて、この村まで来たのです。」

レイヤが馬から降りて、
丁寧に分かりやすいように話しかけた。

「ふんっ。信じられないねぇ…。証拠を見せてみなされ。ごひゃひゃひゃひゃ。」

とんでもない笑い方をしながら、
お婆さんは何とも無茶苦茶な要求をする。

「あのお方なら、きっと私たちの噂も知っているはずですわ。
証拠などなくとも…。」

「…アンタ、知ったような口を利くね。
小娘のくせに生意気だ、食っちまいたいよ…。ごひゃひゃひゃ。
ま、実はあの方からの許可はもう出てるのさ。とっとと、ついておいで。」

お婆さんは、ジロリと私たちを見ると再び不気味に笑った。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「アンタらがもし、本当は城の奴らだとしたら即急に此処から立ち去っとくれよ?
ま、…クリスタ村のことなど、城のものはどうでもよいかのぉ…。」

お婆さんは、また変な笑い声を立てながら自嘲気味に言った。

「あのお方について、少し聞いても…?」

その後、レイヤが何度かお婆さんに話しかけたけど、
お婆さんは「わたしゃ、知らんがな。」の一点張りだった。

「ガイアはこの村の『あの方』って誰だと思う?」

「うーん、もしかして…ね。いや、気のせいかな。」

「?」

ガイアの予感はよく当たる。勘が鋭いんだよね…。
彼が思い当たることを何も言わないなんて…なんだか不安に思っていると、
カイ君がイライラとした口調で話しかけてきた。

「つーか、ノロマに聞いた方が早いだろ?そのノッポに聞かなくても…。」

「えと、カイ君だっけ?ノッポって僕のこと?」

ガイアが目をぱちくりとさせた。
確かに、ガイアの身長は180㎝くらいある。
カイ君は私とほぼ変わらないから160㎝くらいだろう。…確かにノッポさんかも。

「他に誰がいるのさ。」

「もしかして。…背が低いの、気にしてる?」

「はあああ?!」

ガイアとカイ君が険悪な雰囲気になったとき、お婆さんが急に止まった。

「わたしゃ、ここまで。後は自由にしなはれ。」

横道から、霧深い森のなかへとお婆さんは消えていった。
2人がケンカにならなくて助かった、と一息つく間もなく…私はその場所を見渡してみる。

そこは、小さな社だった。
石造りで細かいところまで丁寧に細工してある。
寂れた村には不釣合いなくらいの大きく立派なもの。
そして、その社の中に1人の青年が座っていた。

何処までも白く、そして美しい髪。
閉じられた瞳の睫は長く、肌も怖いくらい白い。
更に白装束に身を包んでおり…幽霊と見間違えるほどの白さ。

「ルナ・ド・エストレア…。どうしてここに来たのですか?」

落ち着いた声が響き渡った。

思わず息をのむ。
私の名前…どうして知ってるの?
皆も不思議に思ったのか、臨戦態勢へと入る。
しかし、レイヤだけが皆を手で制した。

「…失礼を承知で伺いますわ。
あなた様は…エドワード様一家の子孫でいらっしゃいますよね…?」

『エドワード』…?
ガイアだけが意味を察したらしく目を見開く。
でも私達3人はまだ、首を傾げていた。

「…。一国の姫君が何をしに来たんですか。」

彼は意外と落ち着いた声で、でも少しだけ肩を震わせていた。
目は閉じたままだけど、なんだか威圧的な雰囲気に、思わずたじろぐ。

「エストレア王国は今、危機に陥っています。
どうか、ルナ様にお力を貸していただけませんか…?」

「知りません。第一、我は国から亡き者にされた身。
国がどうなろうとも…。」

「でも、あなた様に流れる血は…。」

「黙りなさい。一貴族、しかも使用人の分際で。」

唐突に厳しい口調になり、レイヤが思わず黙り込む。
頭の悪い私でも、彼の言い方にカチンときた。
…何よ。レイヤを侮辱したわね?!

「ちょっと、あなたこそ…貴族でも何でもないくせに出しゃばらないでよね!
レイヤは私の侍女だけど…それ以前に大事な友達よ!これ以上レイヤに酷いこと言ったら…」

「許さない、ですか?…でも、君に今。その権限はありませんよね。
国を追われる身なんですから。知識もない、力もない…そんな君がどうやって我を罰するのですか?
ぬくぬくと温室育ちの人は、これだから嫌です。」

何とも正論にぐうの音も出なくなる。
た、確かに私はバカだし…魔法も使えないけどさ…。

「だ、だからって悪口を見過ごせないわ!」

「それは君の侍女だからですか?
それとも一人の人間として、『悪口』が許せないのですか?」

「へっ?」

突然、目を開きじっと見据えられた。
質問の意味が分からない。

思わず見つめ返し、ハッと気づく。
紅色の瞳…?お兄様やお父様と…おんなじ、王族のみの色…。

「あ、あなたは…?」

何者なの。なんで。

「我は、この村で『神』として崇められています。
我を説得させたいのならば…君たち一行と共に旅をするに当たっての利点を、論理的に説明することです。
では、我は仕事の時間ですので。」

「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!」

思わず、祭壇に登り…肩をつかんだ。彼の紅い瞳が動揺でいっぱいになる。
それと同時に、私の手がはたかれた。

「ねーさん!?」
「ルナ様っ!」
「てめぇ!!」

3人が一斉に駆け寄ろうとした。
しかし、見えない壁のようなものにはじかれる。
ただし、ガイアだけがその壁をすり抜け…私に近寄った。

「な、今のは…?」

3人とも呆然とする。
そしてそれは私も同様だった。

「なるほど。貴方がサン様でしたか。
貴方もまた、城に追放されたものではありませぬか?
何故、その城の姫に加勢するのです?
我には理解しがたいですね。」

青年はガイアを見て、目を細めながら言った。
サン…?
ガイアは確かにそういう名前も持っているって聞いたことがあるけど…?

「大人の話をしよう。
俺は、『ガイア・ド・サンクチュアリ・エストレア・フィルラン』。
城に追われたものであるが、姫に命を救われたのだ。
宜しければ、そちらのお名前をお聞かせ願えないだろうか?」

青年は、ジッとガイアを見つめた後小さく呟いた。

「3人でなら、よいでしょう。彼らは血の気が多すぎる。
まあ、王族の血が入っているもののみしか入れない結界ゆえ、誰も来れはしないでしょうが。」

彼は、口の端をほんの少しだけあげ…私たち2人をより奥へと招き入れた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

奥の部屋は、こじんまりとした外国風の部屋だった。
質素で簡素。
神として崇められているには何とも古めかしくて貧乏くさい。
その中で、彼の白い恰好はなんだか異様に浮いて見える。

「我のここでの名前は『アイオロス』。
しかし、本名は『ラルハルト』。
王族のあなたは私のことなどご存じないでしょう?」

「ラルハルト…。」

聞いたことのない名前だ。
彼の鋭い目つきがジッと私を見据えていて、なんだか居心地が悪い。

「して、サン殿。どうして姫に仕えているのですか。」

「できれば、ガイアと呼んでいただけませんか?」

「…承知しました。」

なんだか、大臣たちの話し合いを聞いているみたい。
堅苦しい言葉遣いとか、嫌いなのに…。

「わ、私はラルって呼んでもいい?」

うわー。そんなに冷たい目をしなくたっていいじゃない!冗談よ!

「姫、貴方は我がこの世で一番嫌いな人種です。
知識や教養がなく、権力で人々をねじふせる。
ヘラヘラと笑っているだけの無能。
貴方がこの世からいなくなれば幸せになれる人間がどれほどいるのか、考えたことはありますか?」

彼の目や口調は何も変わっていなかった。
ただ淡々と言葉を連ねていく。それがむしろ不気味でならない。

「えっと…。」

まっすぐな紅い瞳が、
お兄様やお父様を思い出させ…私は目をそらした。

「ラルハルト様、彼女は貴方の過去も俺の過去も…知りませんよ。」

ガイアが放った一言は、私を助けてくれたけど…。
ラルハルトさんに強い衝撃を与えたようだ。

「な、なぜ…?!」

「彼女の母親は優しい人で、彼女に『無知』という幸福を与えたのですよ。」

「知らないほうが幸福だと…?!
なるほど、我にあのような態度を先ほどからとっているのはそういうわけですね。承知しました。」

彼の瞳から輝きが消えていく。

「ガイア殿。
少し2人にしていただけますか。彼女だけに話したいことがあるのです。」

ガイアは、心配そうに私を見ていたけど…。

「はい。ただし、彼女を傷つけたりするのはやめてください。
彼女は俺の命の恩人なのですから。」

「…心得ておきます。」

ガイアはそっと立ち上がった。

「ルナ、信じてるからね。」

そう呟くと、3人の待っているほうへと出て行ってしまった。
聞き返す間もないくらい、あっという間に。


…沈黙と気まずい空気があたり一面を覆う。
なんというか、すごい嫌な重苦しい雰囲気だ。

ラルハルトは、深呼吸をした後、
私に向かい合って…やはり変わらない口調でこう言った。


「我の正式な本名は『ラルハルト・ル・エドワード・エクソリア・エストレア』。
我と貴方は遠い親戚なのですよ。」

3話~エドワード一家~


「我の曽々祖父と貴方の曽々祖父は同一人物なのです。
彼の息子たち…長男が次期の国王。つまりそなたの曽祖父。
息子のうちの次男が我の曽祖父です。」

…正直こんがらがってきたわ…。ひいひいおじいちゃんが同じ…?
というか、それはかなりの血縁者なのかしら?それとも遠いのかしら?
わけわからなくなりそうよ…。
彼はパニックになる私を脇目に、話し続ける。

「正直、そこは大した問題ではありません。」

え、そうなの?
いや、でも大事だとは思うけどなあ?
彼の淡々とした口調は依然として変わらない。

「いいですか?ここからはとても複雑な物語になります。
貴方の稚拙な頭ですぐに理解できるとは思っていません。
できるだけ分かりやすく話すつもりですが…わからなかった時点ですぐに報告してください。」

…はあ。
長々と話されるのがもうすでに、
つらい…なんて言える雰囲気じゃないわよね~…。

「我の名前の中の『エクソリア』というのは…追放という意味です。」

彼は、表情を一切変えることなく…話し始めた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

曽々祖父つまり先々々代王には、二人息子がいました。
長男はごくごく一般的な王族の好青年でしたが、次男のエドワードは違いました。

エドワードは王族という権利を乱用し、
女たちをとっかえひっかえする…酷い男でした。
酒癖も悪く、魔力も弱く…性格も悪性、女癖も悪い。
王族である彼がどうしてそうなったのか、我にはわかりませんが…。
聞いた話には、彼の母親…当時の王の后に振り向いて欲しかったがためだと聞いています。

もちろん、彼女は実の母親です。
…彼の愚行は目に余るものでしたが、当時の王様はそれでも自分の息子だからと許していたそうです。
しかし、彼はそれをいいことに…母親に手を出しました。
様々な罪に目をつぶっていた王も、これだけは許せなかったのでしょう。
彼に『エクソリア』という名前を与えました。
要は追放したのです。
どうせなら殺してしまえばよいものを…息子に手を出すのが躊躇われたのでしょう。
しかし、これが更なる悲劇の連鎖を生み出しました。

彼は追放されても、母親への思いを捨てきれなかったのです。
母親に面影の似た下民の女たちに次々手を出しました。
そしてある2人の女性たちにやがて、子供が1人ずつ生まれた。
男女だったのが、さらに不幸だった。
その2人は互いに成長していくにつれて…父親への強い恨みからでしょうか?
恋に堕ちていったのです。

その2人からは、また2人の子供が生まれました。
その片方が我の母親でラミリアといいます。そしてもう1人はムスリクという男でした。
そして、ムスリクは我の母に恋い焦がれるようになります。
異常なほどの愛を見せ始めるのです。
相手を殺してしまうほどの愛。
母は酷く苦しみました。

それを助けたのが我の父親でオリランテといいます。
しかし、我を身籠った母をおいて…父はムスリクと相討ちになり、亡くなった。

いつからでしょうか?
「エドワード一家は呪われている」というような噂が広まったのは。

呪われてるとしか思えないような、
悲恋や罪にしかならないような恋を繰り返す一家。

恋が叶わなかったエドワードの呪いなのでしょうか。
しまいにはエドワード一家にかかわれば、
呪われるとまで噂は広まりました。

そして亡き母は我に言いました。
「運命」だと。
「エドワードの犯した罪は大罪で、子孫である私たちが負うものなのだ」と。

そんな母も病により、
その数年後に亡くなってしまいました。

我は、呪われた一族の末裔です。
彼の罪を償わないといけません。
ですから、王族である貴方がどうしても来いといえば…ついていきます。

しかし、我自身は貴方が嫌いです。
同じ血が流れているというのに…この差。
傷つかずにぬくぬくと城で生活している様子は反吐がでました。

何も努力をしないで得られる、
その素晴らしさを知らない貴方は愚鈍の極み。
正直に言うと、貴方が今苦しんでいるのは気分がいいのです。

我がいつ、貴方を殺したくなるかわかりません。
…それでもいいならお力を貸しましょう。

―☆―☆―☆―☆―☆―

彼は、自分の先祖のことを話しているというのに…。
表情に何の変化もなかった。

すべてを受け入れているのかな?
もう変えられない「運命」に、あきらめに似た感情を感じた。

「あの、ラルハルトさんは…この村で何をしているんですか?」

過去のことについて、
どうやって触れていいのか分からず、つい話をそらしてしまった。

「…魔法で、この村の平和を保っています。
小さな村々を転々として、王族たちが助けられないような人々を助けているのです。」

先ほどのお婆さんの言葉がフッと思い出された。

『アンタらがもし、本当は城の奴らだとしたら即急に此処から立ち去っとくれよ?
ま、…クリスタ村のことなど、城のものはどうでもよいかのぉ…。』

そして、自嘲気味な笑い声も。
何も言えなくなった。
この国を本当の意味で守っているのはラルハルトのような人なのかもしれない。

現に、今…王族は…。
グッと下唇を噛みしめた。力不足を痛感する…。

「とりあえず、今日はお帰りください。
我を仲間に入れるべきか否か、他の方々ともよく検討してみてください。
まあ、何も言わずに村から出ていただいても…我は一向に構いませんから。」

白い髪が、サラサラと風に揺れた。
赤い瞳が妖艶にきらめく。
血色のいい唇が艶やかに動いた。

「呪われたくなければ…即急に立ち去りなさい。」

―☆―☆―☆―☆―☆―

「が、ガイア様!」

「ちょっと!アンタ、ねーさんは?」

元の広間に戻るなり、彼らに質問攻めにされた。
まあ、そうだろう。彼らの目は僕にそっくりだ。
ルナという人が好きで好きでしょうがないって感じ。
結界さえなければ、真っ先に助けに行きたいんだろうね。

「彼と話をしているよ。」

でも、ごめんね。
僕はルナを信じているからこそ…ルナを1人にするんだよ。

「そ、そんな…!」

「おっさん、ふざけないでよ!」

カイ君、おっさんは酷いよ…。
僕、まだピチピチの20歳なのに。

「大丈夫、彼は本当はとても優しい人だから。」

「ガイア様、それは本当ですか…?」

「いや、どーみてもアイツ…ねーさんを嫌ってたじゃん!」

うわー。疑われてる。めちゃめちゃ疑われてる。
そうだよね、出会って日にちもそんなに経ってないし?
唐突に出てきて、婚約者とか言われて…しかもあの『サン様』だからなあ。

「本当だってば~。」

根拠はないけどさ。
ま、僕の勘は外れたことないから…平気だろうね。

「おい、ガイア。」

ふと、どす黒いオーラを感じて…僕は目を向けた。
彼は、アルト君だっけ?赤茶色の瞳が毒々しい光を放っている。
先ほどまで底抜けに明るそうだったのに、そんな雰囲気はみじんも感じられなかった。

「姫様に何かあったら、俺はお前を殺すからな。」

…っ!こわっ!?
うわー、何この野獣みたいな子?!
飢えた狼だってそんなキツイ瞳しないし…!

僕は必死に薄ら笑いを浮かべるけど、
彼には通用しないみたいだった。

まずいなー。どうしてこんなに嫌われてるんだろう?
…ああ、僕がルナの婚約者だって言ったからか。
あれはまずかったなあ。
ルナが今すぐに出てきてくれないか、
と淡い期待を持つけど人生はそんなにうまくいかない。

でも、最初から好かれるのは嫌なんだよね~。
よく、天邪鬼っていわれるけどさ。
みんなと仲良くしたいけど、
僕も君たちのことを完全に信用したわけじゃないもんね。

今からちょっとだけテストさせてもらうよ~。

「みんな、ルナが心配なんだね。
じゃあ、この結界を解いてあげようか?」

ま、嘘だけどね~。
こんな超難解な結界、作るほうが難しいんじゃないのかな?
ただでさえ難しい方程式に、ラルハルトさん独自の法則を加えている。
彼、相当勉強したんだろうな。

実は僕、彼の過去を知っているし、彼の父であるオリランテにあったことがある。
だから、彼の息子である彼が悪い子だとは思えない。

それに、ルナの人に好かれる能力は伊達じゃないから。
きっと大丈夫だ。
そんなこと、目の前の3人には教えてあげないけどね。

「解けるのですか!?」

ああ、可愛い反応。
レイヤちゃんは素直でいい子だね。

「早く解け。」

命令口調?!
…アルトくんはちょっと怖いけど、ルナに対する思いが強いともとれるか。

「解けるなら最初から解いてるでしょ?嘘はいらないから。」

あははー。カイくんは察しがよくて嫌いだなあ…。
しかも若そうなのにこの冷静さ。
…ユエを思い出すね、すごくむかつく~。

「まあ、君たちが必死だから…頑張って解いてあげようかなって…」

「さっさと解けよ!」

怖いよ~。アルトくんは…!
僕は嫌々と、かぶりを振りつつ…少しだけ大げさにため息をついた。

「そうだな。
でも、僕は君たちを信用してないんだよね。…君たちもでしょ?」

全員が顔を見合わせた。
無言でイエスと言ってますね。

「だから…僕に参ったって言わせたら、解いてあげよう。
手段は問わないけど、僕も反撃するよ。
負けるのも痛いのも嫌だし。お互いの実力を知るいい機会だろ?」

3人は、何やら小声で話し出した。
よし、いい感じ。

「ああ、ルナが返ってくるまで僕に参ったを言わせられなかったら君たちの負け。
僕の言うことを必ず聞いてもらうよ。」

ふふっ。何をさせようかな~。

「ね~。それで僕たちが勝ってさ、アンタが結界を解けなかったら…。
僕たちの言うことを1つずつ…合計3つ聞くってのはどう?
嘘ついてたってことになるから、それくらいの代償は払ってくれる?ねーさんの『元』婚約者さん?」

コイツ、俺の言うことをはなっから信じてないな…?!
その頭の回転の速さといい、その目元とか生意気な感じ。
…マジで、ユエにそっくりだ。

「いいよ、だって…僕が負けることなんてありえないからさ~!」

「いいですわ。」

レイヤちゃんが言うと同時に、2人もコクリと頷いた。
ふふっ。若いって素敵だね!

「じゃあ、開始っ!」

手を合わせる。ここの土はとても良好なもの。
そして、何より…暖かくて優しい。僕の大好きな土だ。

「土よ!彼らを拘束し、地獄を見せろ。」

土の塊…僕の友人たちが、彼らに襲いかかる。
土たちは、僕の手の動きに合わせて彼らを追い詰めていった。
…さあ、反撃はまだかな?

「なめすぎじゃない?アンタ?」

カイの声が聞こえた。彼の瞳が緑色に輝く。
…やっぱり、植物の魔法使いだね。
彼の出したであろう蔓が土のパンチをカバーした。

「本気だしてよ。僕らの動きを見ながらなんて、余裕あんじゃん。
まあ、こっちは正直使えない奴らばっかりだけどさ。僕相手に余裕なんてなくしてあげるよ。」

自信満々な感じも、ユエにそっくりじゃんか~。
周りがホラ…怒ってるよ~。
お構いなしにそういうこというのは、今後の関係に悪影響なのに…。
って、僕が心配してどうするの!

は~。
…ルナ、コイツのことかなり気に入ってるんだろうな…。
つい、イラッとして土の力を強めてしまう。
まだまだ、発展途上なカイより俺のほうが魔力は上だよね~。

確かに、黒髪レイヤちゃんは魔法使えないだろうし…戦局は正直僕のほうが圧倒的に有利だ。
でも、不穏なのはアルトくん。赤茶色の髪と瞳…まるで…。
いや、そんなはずはない。
…だって、ね。

「ほいっ!」

地面をドロドロの土たちにした。
彼らの体が沼のように地面に沈んでいく。

カイはまだまだ発展途上。
その植物の能力はきっと…。

「種や苗が地面にないと、魔法使えないでしょ?」

彼の眉がピクリと動いた。
ふふっ、あたり~。
今さっきの隙に土の中からそういうものを、できるだけ遠のかせておいて正解だねっ!

アルトくんも動く気配はないし、レイヤちゃんも動けないかな。
正直、大人げないけど…僕の勝ちかな~。
えへへ~。

そろそろかわいそうだし、埋まっちゃうから…。
そう思って力を緩めようとしたときだった、アルトくんの瞳が鮮やかに光りだす。

あ、赤茶色の瞳…。
あの瞳は…!?

「君、もしかして…」

そう聞こうとした時だった。
ドタドタと足音が近づいてくる。

「ガイアっ!?何してるのよっ?!」

我らがプリンセスが、やっと登場した。

4話~神様~


「ガイアー!あなた、何してるのよ~!!!信じられないわ!」

「ごめんってば~。ちょっと、みんなの能力が知りたくてさ…。」

ガイアはペコペコ謝ってくるけど、その顔には悪びれた様子は全くない。
どちらかといえば、なんだか楽しそう…。

「もう!知りたいなら、私が教えてあげたのに…。ってか、何笑ってるのよ!」

「ううん。昔みたいで楽しいなって。」

えへへと笑う顔は、本当に楽しそうで。何だか毒気を抜かれてしまった。
…昔から、この笑顔には弱いのよね。

「…次からは気を付けてね?」

「はーい。」

私の甘さ加減に、レイヤが抗議する。

「ルナ様っ!ガイア様は本当に信用できるのですか?!
…私たちは殺されかけたのですよ?!」

いや、あの魔法は地中ジェットコースターと同じだと思うから死なないとは思うんだけど。
と、言いたかったけど…何だかそれだけじゃ済まなそうな雰囲気だ。

「ガイアは私の幼馴染だし…」

「だから?ねーさんを狙ってるのは…ねーさんの弟なんでしょ?
ねーさんの何かだとかそういうのは関係ないんだけど。
もっと具体的に教えてくれない?」

ぐ、具体的?!
…うーん。
私の勘…じゃ信じてもらえないよね…?

「ふふっ。僕はルナのこと裏切ったりしないよ~?ルナのことは、ね。
ま、みんな生きてたんだからいいでしょ?
それと、3人ともさっきの約束は忘れないでね?」

約束?とガイアに聞き返したけど、
それ以上ガイアは何も教えてくれなかった。


ガイアたちの件がひと段落した…
というかひと段落無理やりさせた後で、私はやっと本題に入ることができた。

なんとなく、呪われた一家だとは話したくなくて…。
元王族で追放された一家の子孫であること。
その償いに私たちに協力はしてくれるらしいけど、正直乗り気はしないのだと言っていたこと。
そして私のことを心底嫌いということを簡潔にまとめて話した。

「却下だ。アイツが王族でも魔法使いでも…姫様に害が学ぶようなことはダメだろ?
仲間内に信用できないやつがいるのは嫌だしな…。」

アルトはそういって、ガイアを睨んだ。
…いつのまにか標的がカイ君からガイアになっていることに驚く。
まあ、そりゃ殺されかけたし…?

レイヤも同意見だと首を縦に振り…カイ君も同様の意見を述べた。
でも、ガイアだけは違った。

「いいじゃない。
彼は、仲間に入ってくれるって言ったんでしょ?」

「う、うん。でも…」

「ルナのことを風の噂だけで判断しているんだよ?
もしかしたら、実際に話してみたら案外仲良くなれるかもしれないじゃない?」

でも、彼は…。
王族でぬくぬく育ってきた私を恨んでるのに。

そんなこと言えなくて、私は下を向いた。
すると、頭に大きな手が下りてきて…わしゃわしゃとかきまぜられる。

「な、何するのよーっ!?」

「ふふっ。ルナはルナの思うように動きな。
どんな決断したっていいよ。
…今度は、俺が命がけで守ってあげるからね。」

穏やかな茶色の瞳。
優しいその言葉は、ユエのセリフだ。
『命がけで守る』という小さなころの誓い。

ああ、私がガイアを信じたいのは…信じられるのは、
小さくて生意気で優しかったユエを、
私の過去をすべて知っているからなのかもしれない。

「うんっ!私、もう一度だけ…ラルハルトさんと話してみたい!
彼の淡々とした口調と決意は凄まじいものだった。尊敬したし、憧れたんだけど…。
ずっとたった1人で、あの寂しい部屋にいるなんて…悲しいもの。
余計なお世話かもしれないし、彼に恨まれている私が言うべきことじゃないって分かってるんだけどね?
でも、なんだかもう少し彼と話さないといけない気がしたの。どうしてかわからないけど…。」

いつも、私の話には根拠がない。
自分の説得力のなさに悲しくなった。

…予感と運で人生を乗り切ってきたものね。
その結果がこれだけど。

「よしっ。じゃあ、また明日会いに行こうか。
今日は村の人たちに話を聞こう。彼がどんな生活をしているのかとかね。」

でも、ガイアは大きくそれを受け入れてくれる。
私が、ガイアを好きになった理由の大きな1つだ。

「ありがとうっ!」

私は、満面の笑顔をガイアに向けた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

…納得いきませんわ。
ルナ様はなぜあのサン様…いえガイア様を、あそこまで信用しているのでしょうか?

3人が反対しているというのにもかかわらず、ガイア様の一言でこの村に残ることを決めてしまわれました…。
正直、私はルナ様の信頼をかなり得ていると自負していましたのに…ショックです。

それにいつのまにか、ガイア様が全員分の宿の支度や…村の人々との会合の手続き。
ルナ様の洋服や旅支度に必要なものも揃えておいででした。
…侍女の私の立場がありません!

「じゃあ、みんな。私は村長さんのところへ行ってお話を伺ってくるわ。
ガイアと一緒に行くけど…誰かほかについてきてくれない?」

なぜ、ガイア様は確定なのですか…?!と、私は聞きたかったのですがグッとこらえました。
危険ですので、アルトについていってもらいたいです。

部屋の端に座っているアルトを見ると…彼はぶすっと膨れていた。
先ほどは魔法を使う前にルナ様が来てしまったために負けてしまいましたから、きっと悔しいのでしょう。
私はアルトに近寄り小声で話しかけた。

「護衛兵なのですから、アルト…あなたがついていきなさい。」

しかし、アルトは私の顔を見てついっと無視しました。
…このバカはっ!つまらない意地を張っている場合でないというのに!

「ノロマさん。そんなバカ、ほっといていいよ。僕が行くから。」

ハッとして振り返ると、
カイさんが目をそらしながらブツブツとひとりごとのように言っていた。

「いつまでも意地っ張りのままじゃ…ライに怒られるから。」

彼の一言はよく聞こえませんでしたが、カイさんが行ってくれるなら助かります…。
って、いつのまに私は、カイさんを頼りにしているでしょう!?
でも、魔力は強大かつ冷静な判断もできますし…正直頼りになるんですもの。

「では、カイさん…お願いしますわ。」

私はちょっと悔しい気持ちで、彼に頭を下げた。

「うん。ま、ねーさんだってそんなオジサンより…僕と一緒のほうが嬉しいでしょ?」

「ふぇ?!ちょっと、カイ君近いよ!」

「誰がオジサンだ!」

…この3人で、大丈夫でしょうか?
なんだか少々不安になってしまいますわ。

まあ、ガイア様が味方だった場合
…かなりの強さの魔法使いが2人いることになりますもの。平気でしょう。

「いってらっしゃいませ、ルナ様。」

「ええ、レイヤ。アルトの機嫌も直しておいてもらえると助かるわ。」

後半は、私にだけ聞こえるような小声で…ルナ様は軽くウインクした。

「はいっ。」

アルトの機嫌を直す
…そんな命令はこの中でも私しかできないことですわ。

どんな小さなことでもルナ様のお役に立てるのが嬉しくて…私は精一杯の笑顔で3人を送りだした。

―☆―☆―☆―☆―☆―


「はじめまして、村長さん!私はクロートというものです。」

ルナと名乗るわけにはいかないので、
私はおばあ様の名前を借りて…ぺこりとお辞儀をした。

「彼女は、アイオロス様の遠い親戚でして…。」

ガイアがうまく誤魔化しつつ…真実も交えながら説明している。
嘘は言ってないわね…。
村人たちを騙すようで心苦しいのだけれど、ラルハルトさんのことを知るためには仕方ないわ!

目の前にはズラリとご馳走が並んでいた。
全て、ガイアが作ったものらしく…お酒などもガイアが持ってきたものだ。
それを条件に今回村総出の宴会が許可されたそうだ。
…ガイアは昔から器用だったけど、なんでもできるようになっていたのね…。

「こんにちは、綺麗なお姉さんたち。」

鈴の音を鳴らしたような、かわいらしい声。
ふと、声のするほうを見ると…カイ君が女性たちを口説いて…じゃなくて、お話をしている最中だった。
久しぶりに聞いた営業モードの声。
そしてその可愛らしい笑顔は、いつもの意地悪なカイ君を知っていても…ついときめいてしまう。

「自然がいっぱいの素敵な村だね。
僕は、植物さんたちがお友達だから…こんな村に住んでみたかったんだ。」

ま、まぶしいっ!
まるで天使の微笑み!

ほら、お姉さま方だけでなくおば様方も目がハートになってるじゃないっ!
恐るべし、小悪魔め…。

カイ君のほうに見惚れていると、今度は反対側でドッと笑いが起きた。
振り返ってみると、主に男性で占められているその輪の中心にいたのは…ガイアだった。

何を話しているのか、
全く聞こえないけど…村人とこんなに早く打ち解けられるなんて!

2人の器用さというか、
コミュニケーション能力に…圧倒された。


「ル…じゃなかった。
クロート、ちょっとこっちに来てください。」

ガイアに呼ばれ、私は輪の中に入らされる。

「アイオロス様は我々の神様なんだよ。」

「そうともさ。ここら一帯は、深い霧に最近覆われるようになっちまってねえ…。
ジメジメして暗い。植物は育たないし」

「あの方が来てから、この村に霧は全くと言っていいほどなくなった。」

「偶然ではないのですか?」

ガイアはやんわりと、ご老人のグラスにお酒を注ぎ込みながら尋ねた。
ご老人は目を大きく見開きながら、いう。

「いやはや、そんなわけはございませぬ。あの方は見返りも何も求めずに、ただただこの村に住んでいるだけなのですよ?
もしも偶然で、あの方が悪者だったならば…きっと様々な物を望んでくるはずでしょうしねえ。
あの方は、ただ親切心だけで動いてくださる方だと、信じているんですよ。」

老人は目に涙を浮かべながら、お酒をまたぐいっと煽る。
顔が真っ赤なのに…大人って不思議だわ。
そんなにおいしいのかしら、お酒って。

エストレア王国で、お酒は15歳以上なら飲んでも構わないから私も飲める年なのだけど、
お父様のキツイ言いつけで飲んだことはなかった。
まあ、ガイアからもさっきダメって言われたし…今は遠慮したいわね。


お酒まみれの空間に嫌気がさしてきた、その時だった。
ある一人の青年が、いきなり立ち上がって奇声をあげる。

「っまあ、正直『あの方』とかみんな敬ってるけどよー!
要は都合のいい道具くらいにしか思ってないのさ!」

その青年の顔は、トマトもびっくりするように赤くて…
皆の制止も聞かずに暴言をつづけた。

「これ!やめんか!この人たちはアイオロス様たちの親戚で…」

「構うもんか!どうせ、あの方はお優しいからな!
この前、神殿で子供たちに石を投げられても文句ひとつ言わねえんだぜ!笑っちまうよな。」

「…それもそうか、どうせあの方は神様。怒りという感情なんて持ち合わせてないのだろう。」

「でも罰が当たりそうじゃ。」

「アイオロス様が守ってくださるだろうぜ!」

わはははと、不気味な笑い声がこだました。
どういうこと?石を投げられた…?

「ガイア…。ラルハルトさんは…。」

「ええ、便利な道具のようにしか思われていないようですね。
友人もいなそうですし、敬われてもいない。都合のよい神様といったところでしょうか。」

ガイアはこっそりと私に耳打ちをしてくる。

「そんな…。」

だって、ガイアはこの村のために魔法を使っているのに…。
どうしてそんなに雑な扱いなの?

「ど、どうして…?」

気づいたら声が出ていた。

「どうして、そんなひどいことが言えるの?!
ラルハルトに…彼に申し訳ないと思わないの?!」

想像よりも大きな声。
ガイアやカイくんの目を見開く姿が見えたけど…私の気持ちは止まらない。

「あんなに静かなところに一人ぼっちで、おかしいと思ったのよ!
誰も彼に感謝して、寄り添ってあげようって人はいないわけ?!
神様?バカにしないで。彼だって人間なんだから、怒りや寂しさだって感じるはずよ。どうしてそんな…!」

続けようとして、ガイアに口をおおわれた。
彼の瞳は寂しそうで、でも愛おしさにあふれていて、それでいて申し訳なさそうで…。

ガイアが私の口を封じたことによって、呆然としていた村人たちもハッと我に返ったようだった。
口々に、文句を言いだす。

「周りのことなんか気にしている余裕のあるやつは、この村にはいねえんだ。」

「皆、明日の生活だって危ういんだよ?」

「他人に気を使ってたら、死んじまうんだよ…。」

「偉そうな貴族様たちと違って、こっちは毎日死にかけてんだ。」

「あの方だって、魔法が使える…貴族だろ?貴族に報復して何が悪い?」

「貴族や王族に八つ当たりでもしないとやってらんないよ!」

「あいつらは自分たちだけ満足しやがって!」

「アイオロス様がこの村に来た理由なんて知らねえ。だが、これは神様が俺らにくれたチャンスなのさ!」 


「「「「今こそ、貴族に復讐を!!!」」」」


彼らの声が一致団結していく。

鳥肌が立った。
恐怖で胸がいっぱいになる。

こんな気持ちは、初めてだ。

王族は憧れ羨まれ、尊敬の対象だと教わった。
村人の手本になるべき素晴らしき存在になりなさいとも。
彼らのこんな感情知らない。
王族や貴族がこんなに恨まれ疎まれ、蔑まれているなんて…知らない。

「が、ガイアっ…。」

思わず彼にしがみつかずにはいられない。
彼らの異様な雰囲気にのみこまれてしまいそうになる。
唇が震えているのがわかった。

「ガイア。」

凛とした声が聞こえる。
涼やかなその声は何度聞いても落ち着く。そっと視線をカイ君のほうに向けた。

「ねーさんを、ここから連れ出す。あとは何とか場を収めておいてよ。得意でしょ、そーゆうの。」

真剣な表情。
そういえば、カイ君がガイアを本名で呼ぶのは初めてだ。

「…。カイも、そういうの得意そうだけどね?」

「僕よりアンタのほうが場馴れしてるでしょ。
それに、年下の僕が言うよりおっさんのアンタが言うほうが説得力もある。」

深緑色の瞳が、寂しそうに揺れた。

「僕はまだガキだからね。それに、髪の毛がこの色だと逆上されかねない。
茶色って便利だよね、そこそこ目立たないし。」

冷静な分析と、判断力。
理路整然とした考え方はいつものふざけた態度とは比べ物にならないくらい、美しい。

そう、こういうところがユエにそっくりなんだ。

「…じゃあ、頼もうかな。」

ガイアの腕から離れ、私はカイ君についていくことになったらしい。
ガイアは私の頭をなでてから…カイ君にそっと耳打ちをした。

カイ君は一瞬だけ息をのんだけど、「当然でしょ。」といわんばかりに鼻で笑った。

―☆―☆―☆―☆―☆―


「カ…カイ君っ!ちょっと、待ってよ…!馬早いからっ!?飛ばしすぎっ!」

あれから、馬に乗られてかなり遠くまで来た。
カイ君はなぜか猛スピードで馬を飛ばして、ここまで来たものだからかなり怖かった。

「ちょっと!カイ君!いい加減に…」

怒りそうになった瞬間に、カイ君は馬を止める。

「ふふっ。さっきの会場よりも怖かったでしょ…?あんな奴らのことなんて忘れちゃうくらいに。」

え…?
だから、わざと…?

「で、でも確かに忘れてたけど!他にもやり方があるじゃない!」

馬から降ろしてもらいつつ、私の口からは文句がつらつらとでてくる。

「だ、大体私はあの会場で怖いとか言ってないし!
それに、まだ皆に言いたいこともあったのに」

唇に、カイ君の人差指がそっとつけられた。
驚いて、言葉に詰まる。
…そ、そんなことなんかじゃ騙されないわよ!?

「うふふ、ねーさん真っ赤だね~。かわいい。」

も、もうっ!騙されないんだから!

「じゃあ、ねーさんの希望通りにしてあげるよ。だから、機嫌直して?」

彼の瞳と髪の毛が、煌めき出す。
深緑色…ううんエメラルドグリーンの輝きがあたり一面を覆った。

「大サービス、だよ?」

あたり一面が、向日葵畑になる。鮮やかでのびのびとした向日葵。
こんなに一度にたくさんの向日葵を見たのは初めてだ。
おもわず口が開いてしまうのを感じた。

「ねーさんはバカで素直でまっすぐなのが取り柄なんだから。
何も怖がらずに、出来るだけ闇を見ずに、光だけを見てなよ。」

彼の言い方は少しひねくれていて、最初はバカにされているのかと思った。
でも、よく考えると…。

「励ましてくれてるの?」

「っ、はあ?!ばっかじゃないの?能天気でいろって言ってんじゃん。
バカって言われてんだよ。バカにしてんの。わかる?」

でも、その表情は優しい。
素直じゃないカイ君に感謝しつつ、私は自然に笑えた。


そして、その向日葵を再び見つめなおしてみる。
太陽に向かって真っすぐ凛々しく伸びている姿は、神々しささえ感じられた。


「でも、太陽にはなれないよ。」

暖かな陽だまりを裂く声が、後ろから聞こえた。

凛として、荘厳で…高貴な声。
振り向かなくても、誰だかすぐにわかる。
でも、どうしてここに?
信じられなくて、横にいるカイの服の袖をぎゅっと握った。
こうでもしていないと、息苦しさで倒れてしまいそう。

何時間にも感じられるような時間。
そして、彼はそっと近づいて私たちの目の前に佇んだ。

「久しぶりだね、ルナ。」


銀色の瞳とサラサラの髪の毛。

涼やかな声と柔らかい口調。
雪のような白い肌に、綺麗な唇。その艶やかな唇が、言葉を紡ぐ。


「ユ…エ…?」

小さなこの村に、更に嵐が近づいてきていた。

5話~事実~


口の中がどんどん乾いていくのを感じる。
手が小刻みに震えていた。
私の知ってるユエとは全く違う、冷たくて暗い瞳に涙が出そうになった。

「こいつが、ユエ…?」

私のつぶやきを聞いて、カイ君が目を見開く。
カイ君はこの国の王子に興味がなかったらしく、顔すら知らないと言ってた。
私のつぶやきで彼が「ユエ」だと分かって、驚いたんだろう。
深緑色の瞳が鋭く光った。

「わざわざ王子様が、
こんな辺鄙な村まで何のご用でしょうか?」

あくまで丁寧な言葉遣いだったけど、
言葉の節々には嫌味やとげが込められている。
ユエはニコリともせずに…まるで汚いゴミでも見るような視線をカイ君に向けた。

「ルナに会いに来たんだよ。」

「『ルナ姫』は、お城で養生中でしょう?」

綺麗で透き通った二人の声が、交錯する。
お互いに一歩も引かない。
視線がぶつかり合った。

カイ君は、私をルナ姫ではない人だと言い切るつもりみたい。
でも、それをユエは見破っているようだ。
とても、とても静かで穏やかな戦いだった。

心理戦。
僅かなほころびも見逃さないような、鋭い空気だ。

「そこにいらっしゃる方は…」

「よく似ていますが、この方はルナ姫じゃありません。」

カイ君は、にやりと口の端を挙げた。
実際、私はルナ姫本人だから…真実を隠す嘘だから、
いつ口を滑らせてしまうのか分からない。
そんな厳しい状況が嘘のようだ。

そして、ユエも笑っていた。

「弟の僕が騙されると、本当にお思いですか?」

ユエもカイ君も。
笑っているのに、
瞳の奥底では冷淡な気持ちが浮き彫りになっていて。
逆に恐ろしい…。

「もしあなたが本当に彼女の弟ならば、
性格が顔が雰囲気が…全てが似ていなさすぎます。」

「…あなたが、私たちの何を知っているんですか?」

2人の雰囲気がどんどん悪くなっていく。

私は自分の正体を言うべきなのかしら…?
ここで名前を明かしたら、カイ君の迷惑になるかもしれない。
でも、ユエにあの出来事について聞くには
…自分の身分を明かさないと聞くことはできないだろう。

もし今私が唐突に質問しても、
自分から名乗らなければ少しも相手にしてくれないだろう。
ユエは悪戯っ子で策士だから。

だって、姉弟だから…わかるの。

自分で自分の胸に手を当ててみた。
温かい鼓動。
そう、私は生きている、だから。…私の旅の目的は。

『ユエから事実を聞きたい。あれは夢幻だったのかどうかを…聞きたい。』

「あのっ!」

ごめんね、カイ君。
私はカイ君にそっと目配せをした。
彼はそれだけで何かを察したようで…唇をグッと噛む。

怖いけど、私はルナ姫だから…聞かなくてはいけないのだ。
これが私の旅をする大きな意味。

「ユエ。」

今度ははっきりと。
何度も呼びなれたこの名前を呼んだ。

彼の瞳がスッとこちらに向いたのがわかる。
鉛のように口は重くて、言葉を発するのが困難になっていた。
聞きたくない。聞いたら、すべてが終わってしまうかもしれない…っ。
でも、私が王族としてできることは…今は、きっとこれくらいしかないのだから。
心臓がバクバクと音をさせる。手がしびれてきて…冷たい。

「ねーさん。」

ふっと、温かい声が聞こえた。
冷たく硬くなっていく体の中で、右手だけが温かい。

そっと横を見ると、
カイ君が私の手を握ってくれていた。

「大丈夫。僕がいるから、大丈夫だよ。」

彼らしくない、まっすぐな言葉にフッと緊張の糸が緩む。
深緑色の髪の毛がそよぐ後ろで、向日葵も優しく揺れている。
「大丈夫。」と、言ってくれているような気がした。

ありがとうという返事の代わりに彼の温かい手をぎゅっと握り返して、
まっすぐに前を…ユエの顔を見つめた。
銀の瞳が、私を痛いほどに貫いたけれど。

「ユエ。」

唇の重さは、ほとんど感じなかった。

「あの夜、あなたがお兄様とお父様を殺したの?」

一瞬の静寂があたりを包む。
私の声がやけに大きく周りに響いた。
彼の表情は全く変わらないまま。
いつものように透き通った白い肌と、長いまつ毛の瞳で私を見据えているだけ。
すべてを把握しているかのような、聡明な瞳が私をとらえる。

「ルナは、変わらないよね。」

私が空気に耐えられずに…つばを飲み込んだとき、
その鮮やかな唇が動き出した。

「だけど、理想だけじゃ…国は発展しないし、統治なんてできない。
国民にはいろんな人々がいて、誰もが王様を敬っているわけではないんだ。
ルナも、見たでしょ?」

話を変えられて面食らってしまう。
彼は、無理やり話を変えようとしているのだろうか?
本当なら、誤魔化さないでというべきであるのに。
ユエの話があまりにも私には衝撃的だったため、話に聞き入ってしまった。

そう。私にとって、驚くべき事実だった。
王族を疎む国民がいたなんて。城からほとんど出たことがない私は知らなかったけど、
頭のいいユエはもしかしたらずっと前から知っていたのかもしれない。
あの言えも知れぬ、どす黒いオーラが…ただただ怖かった。

「理想なんかじゃ、人は救えない…。
優しさだけでは、幸せになれないんだ。
だから、…この村にいるラルハルトさんにも、王族として僕が制裁を下すよ。」

「なっ?!」

制裁?!どうして…?
彼はもう、十分すぎるほどの…。

ユエに抗議しようとしたけれど、
彼はそれをさえぎるようにつづけた。
私の瞳を見ずに。

「彼の存在そのものが、王族の恥さらし。
彼にはもう少し、自覚を持ってもらわなければならないんだ。
そして、何よりも…ルナ。君に自分の甘さを理解してもらうためにね。
彼には少し犠牲になってもらうよ。」

声にならない。
あの、優しいユエがこんな恐ろしいことを言うなんて。
言い切った直後、彼は唐突に私の瞳の奥を覗いてきた。

「ねえ、ルナ。僕は昔からずっとルナが大切なんだよ。無知で綺麗で透明な君が。
だから、彼らを見捨ててあの出来事も忘れ、僕とだけお城で永遠に暮らそう。
綺麗なままで、ずっといてくれるだけでいいからさ。…お城に戻っておいで。」

言葉にならなかった。

彼は、「ユエ」じゃない。
私の知っている…意地っ張りで可愛い弟じゃないっ…!

彼の手が頬に伸びてくる。
ギュッと体を小さくした。

「ねーさんは…アンタみたいなヤツには渡さないよ。」

緑色の瞳がカッと光った。
それと同時に周りから大きなツタが飛び出してくる。
そのツタは優しく私を包み込み、空高くに持ち上げた。
そのままひたすらに私を空へと押し上げていく。

「『ジャックと豆の木』…みたいでしょ?ツタを登っていくかい?王子様。」

ツタはシュルシュル音を立てながら、
私たちの泊まっている家…アルトやレイヤの方へと私を運び出した。
途中で何又かに分かれたり、ぐるぐると遠回りをしながら…。

ユエから私を遠ざける。

彼らの姿は、
あっという間に見えなくなった。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「ルナの返事も聞かないなんて、
なんてワガママなガキだ…。」

ユエは、王子様とは思えないほどの暴言を吐きつつ、こちらを睨んでくる。

「しかも、あんなに高いところにルナを置けば…僕がお前に攻撃できないもんな?
お前が息絶えたとたんにルナも落ちる。分かっててやったんだろ?」

淡々とでも正確に僕の考えを当てながら、
ユエはこちらを見据えた。

そう、それが僕の選択だった。
アイツらのために…カルラ団との約束を守るために、僕はここで死ねない。
でも、ねーさんも助けたい。先ほどの会話から、
ユエはなんだかんだでねーさんを大事に思ってるみたいだから。
僕はこの手段をとったんだ。

「お前が化け物級の強さだって、聞いてるからね。」

そう、僕はバカじゃない。
王族歴代一位の実力の奴なんかとまともに戦ったら、
勝ち目のないことくらいは分かっている。
だから、いつも通りに。

「じゃーね!まぬけさん♪」

僕は大切なものを守るために、逃げるんだ。

「本当に、お前が殺されないと思った?」

ユエが冷たい声を放った。
思わずゾクリとする。
視線で射殺されそうになり、怖さで足がすくんだ。
これは、殺気だ…。それも狂気じみた…。

「な、なんだよ…。僕に攻撃できるの?」

少しだけ声が裏返る。
頬に汗が伝った。

「お前はそこそこ頭がいい。
だから、ルナをそのまま空の上に放置なわけはない。」

冷静に、淡々と、でも迫力満点に。
彼はこちらへと迫ってくる。

「いつか、きっとレイヤとアルトのところに降ろすんだろう。
ルナの無事が確認されるまで君を僕が拘束して…、ルナが降りたところでいたぶっていたぶって…。
『殺してくれ』って言うまで虐めてあげることができるんだよ。」

感情の抑揚がない、まっすぐな声だった。
逃げないと、脳が発した信号は一歩遅かった。

「…っ!?」

足が凍ったように動かない…いや、凍っていた。
いつの間に、魔法を使ったんだよ…ちくしょうっ!

「ねーさんの無事を、どうやって確認するのさ…?」

「お前は、自分より他人を優先する奴だろう?
だから、ルナを運べるギリギリの魔力を残す程度にいたぶってやるのさ。」

ユエは、不気味に口角をあげた。
手にはいつのまにか、氷の刃が握られている。
…ねーさんはもう、ノロマさんとバカのところについた。
彼らが逃げる時間を稼げさえすれば…僕は。

「ごめんな。ルイ。ライ。みんな…。」

ユエの刃が、一直線に僕の肩を貫いた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

カイ君のツタのおかげで、なんとかアルトとレイヤと合流できた。
でも、今は何よりカイ君のことが心配で不安で…嫌な予感が頭から離れない。

2人に説明をして、レイヤにガイアを呼びに行ってもらう間
…私の手は震えっぱなしだった。

「姫様。」

アルトは、ずっと私の横にただ黙って座っていてくれたんだけど…。
ふと、ぽつりとこちらを見ないで話し出す。

「俺は、アイツの気持ちが少しだけわかるんだ。」

アイツとは、きっとカイ君のことだろう。
彼の目はじっと足元を見つめている。

「誰かのために、自分の大切なヤツのためならなんだってできる。
命だって惜しくない。」

命。
嫌な予感は、きっとこれだ。

カイ君が、私の周りの人が、
また私のせいで亡くなってしまうかもしれないという恐怖。
いいようもない不安が私を覆う。

「でも、アイツは…底意地悪くて演技上手くて素直じゃなくて、
ワガママで根性ねじ曲がってる。」

アルトは、スッと私に視線を合わせた。

「だから、大丈夫だ。あんな嫌な奴が、そんな簡単には死なない。」

まるで私に、小さな子供に言い聞かせるように。
彼は優しく諭した。赤茶色の瞳が、きらりと光って、まるで宝石のように思える。

「…うん。」

そして、力のない私にはそれしか言えなかった。

お願いします、神様。
どうか、カイ君が無事でいますように…。

―☆―☆―☆―☆―☆―

氷の刃を突き刺されるのは、もう何度目だろう?

冷たく鋭いそれは、僕の体力を極限まで弱めだす。
彼は致命傷をあえて狙わず、しかし痛覚に訴える場所を正確にとらえて、
僕を氷と血まみれの状態にしていった。
足元はずっと氷でびくとも動かない。その氷もだんだん体の中心へと面積を広げつつあった。
凍傷寸前…いや、もう凍傷になっているかもしれない。
肩で呼吸をしていたし、意識がもうろうとして来ていた。

「ルナの弟は、僕一人だ。お前みたいなやつが、『ねーさん』なんて呼ぶな。」

腹の底から出た本音だ。
声の音がねーさんと話していた時の比ではない音の低さ。
…彼は、ねーさんのことがよっぽど好きらしい。

「一緒に、いる…僕が、うらやましいんだ…?」

息も絶え絶えに、彼を挑発した。
ただやられるなんてごめんだし、僕の仕事は時間稼ぎだからね。
まあ、先ほどから植物の力を使って攻撃してはいるものの、ことごとく失敗させられていて…。
もう体力の限界だった。
だから…僕は、負け惜しみにコイツの嫌だと思うことを言ってやるのさ。

「だまれ…」

「ねーさんは、とても優しく笑うから。こっちも幸せになる。」

「だまれ…!」

「ねーさんは、誰かのために涙を流してくれる。優しくて間抜けな人。」

「黙れってば!」

ユエの目が光った。
本気の魔法だ。

今度こそ、やられる…!?
目をつむったけど、衝撃はいつまでも来なくて。
僕はそっと目を開いた。

「あなたは…アイオロス、いや…ラルハルトさん?!」

温かい風が僕を包んだ。
春一番の陽だまりような風が、僕の冷えた体を温めだす。
…なんて優しい風なんだろう。

「お初にお目にかかります、ユエさま。
私は『ラルハルト・ル・エドワード・エクソリア・エストレア』でございます。」

彼の赤い瞳が、じっとユエを見据えた。
彼の刀を制しているのは、彼の剣。
丁寧なあいさつをする状況ではないのは一目瞭然だ。

「して、ラルハルト。お前はなぜ僕の邪魔をする?」

氷の刃を収めつつ、彼は眉を吊り上げたまま問いかけた。

「私は追放された一族の末裔。今更、王族の方に恨みなどございません。
王族のはしくれとして、この国をよくしたいと思っております。しかし!」

彼の瞳が更に赤く燃えた。

「王族が、国民に手を出していいわけがございません!どうか、気をお静めください。」

丁寧な口調なのに、どこか荒々しいのはなぜだろう。
僕は呆然と目の前の2人のやり取りを見守るしかなかった。
王族同士の敬語の…僕の知らない『大人』な世界に思えて少しだけ悔しくなる。

そんな僕を知ってか知らずか。
すっと、ラルハルトさんは僕の前にしゃがみ込む。

「怪我…ひどいな。立てるか?」

なんて、優しい瞳なんだろう。
どこかで、見たことがあるような。

彼は僕の傷だらけの体を見つめてから、自分の上着を僕にかぶせた。
そして、ユエをきっと睨みつける。

「ルナ様のことも風の噂で聞いておりました。根も葉もないうわさだろうと。
しかし…盗み聞きするつもりではありませんでしたが、能力により先ほどの話を聞いてしまいました。今の王族は…。」

彼はぎゅっと、口を一文字に紡ぐ。

「もしも、これが王族間の後継者争いなら、私が口を出すつもりはありませんでした。
わたくしの立場は分かっております。
しかし、もしもユエ様が…国民にまで危害を加えるというのなら。
私は王族のはしくれとして見逃すわけにはいかないのです。」

悲しそうな瞳。
彼はユエを睨みつけることをやめ、僕の傷の応急処置をしていった。

優しい手。
強く凛々しい正義感。

ああ、そうだ。
この人は遠くとも王族の一人だっけ。
だからだ…!

この人は、どことなくねーさんに似ているんだ。

「…?!…カイさん!?」

なんだかそれだけで安心してしまって、僕の意識はそれで途絶えた。

6話~決断~

ルナ様のあの震える声が、今でも耳に残っています。
まさか、ユエ様に会うなんて…。
カイさんのおかげでルナ様は無事だったのは本当に何よりですけれど、
ユエ様ほどの魔法使いにカイさんが対抗できるとは思えません。
すぐに助けに行かなくては…!

「ガイア様!」

宴会場に行くと、ガイア様はすでに疲弊しきった様子でした。
村人たちをなだめるに時間がかかっているのでしょうか。

「ガイア様!あの、大変です!早く、来てくれませんか?!」

村人たちの視線が一斉に集まった。
大勢の人は苦手ですが、今はそんなこと言ってる場合じゃないですわ。
彼の手をひっぱり、こっそりと耳打ちをする。

(二人がユエ様に会ったらしいんですの。
そして、ルナ様を逃がす代わりにカイさんがっ!)

サッとガイア様の顔色が変わった。

「みなさま、申し訳ありませんが今回の話はまた今度。
また、皆様の気分を害してしまったお詫びの品を届けます。」

でも、ガイア様の必死さも伝わらず、彼らの怒りは収まらないらしい。
酔いのせいもあってか、怒りに任せて怒鳴り散らしてくる。

「彼なら、ここにいますよ。」

途方に暮れかけたとき、よく通る声が後ろから聞こえた。
思わずバッと振り返る。

乱れ切った白の髪。頬や腕にも生々しい傷跡がいくつもある。
落ち着いた先ほどまでの雰囲気とはまた違う、弱弱しいラルハルト様の姿がそこにあった。

そして、彼の腕の中には。

「カイさんっ?!」

重症のカイさんが抱えられていた。
血まみれで、呼吸も浅く、どんなに傷つけられたのか一目瞭然だった。

「すぐに、病院に!近くの大きな町までどれくらいですかっ!?」

「いや、これは…病院では治せない。猛毒です。
凍傷も患っているかもしれませんので、水とお湯、そしてありったけの毛布を…!」

ラルハルト様の悔しそうな表情に、何も言えなくなる。

「そんな…毒なんて…どうすれば…っ!?」

彼の苦しそうな喉音が耳に突き刺さり、パニックに陥りそうになった。

「レイヤ、落ち着いてください。私に考えがあります。
今から渡すメモのところに行くのです。強力な治癒の魔法を使える者がいるという噂の場所。
この毒は1週間体を蝕み続けるとユエ様はおっしゃっていました。
それが本当ならば1週間がタイムリミット。時間がありません。
今すぐに、旅支度を整えてください。」

ラルハルト様の冷静な声が、不思議と心にしみます。
何故でしょう。彼がとても頼もしいですわ。

その後、ラルハルト様は、私とガイア様にスッと視線を向けてから。
そのあとで村人たちの視線にようやく気付いたようだ。
慌てて目を閉じた。

どうして目を閉じたのでしょう…?
一瞬不思議に思ったのですが、ルナ様のある言葉を思い出た。

『王族は、瞳が赤いのよ。
稀に私のように王族じゃない親を持つ人が、違う色を遺伝することはあるんだけれどね。
一族に王族がいなければ決して赤い瞳には生まれないの。』

そう、王族の瞳は赤い。ルナ様はお母様の血を色濃く継いでいるから珍しいのだ。
彼の赤い瞳を見たことにより、村人たちの顔色が一変した。

「アイオロス様は王族だったのか…?」
「王族がどうしてこんな辺鄙な村に…」
「ならば、どうしてあの時に…!」

彼は瞳を閉じて村人と接することで、王族だということを隠していたのですね…。
今の一言でやっと気づく。
波立つように、村人たちの不満は一気にラルハルト様に向けられていった。

なんとかしないと、
と気づいた時にはもうすでに遅かったのです。
彼らの瞳には怒りが宿っていました。

「アイオロス…お前らのせいでこの村は…」
「王族だと知っていたらおまえなど、この村にいれなかった…!」
「立ち去れ!」
「消え失せろ!」

『王族』への不満が大きいのはわかります。
でも、この様子は異常ですわ。
少なくともラルハルト様はこの村のために尽力してきたはずですのに…。
ラルハルト様の寂しげな表情が、私の視界に入った。

「ど、どうしてですの?」

気づくと、私はラルハルト様の前に立ちはだかり大声を上げている。
大勢は苦手です、しかし彼のあの表情がどうしてもほっておけません!

「あ、アイオロス様は王族の血をもしかしたら継いでいるのかもしれませんが…。
今日まで村のために力を尽くしてきてくださったはずでしょう?!どうしてそこまで…!」

村人たちのさすような視線が、私を貫く。
思わず鳥肌が立つ。

ああ、私は何をしているのでしょう。
こんなことをしている場合ではないというのに。
でも体が動きません。…動きたくないのです。

「口を出すでないよ、小娘。」

すっと皆の前に出てきたのは、
この村に来た時に案内をしてくれたお婆さん。

「私たちは、何も『王族』の全てが嫌いだったわけじゃないのさ…。
先に裏切ったのはこいつらだからねぇ…。
お前のような小娘やガキにわかるかどうかは知らないが、ここでこの嘘つきの罪を暴いてやる。」

お婆さんは、しわしわの口をもごもごと動かしながらも怒りで震えていた。

「この村は自然を大切にする素敵な村だった。
先代の王に、自然をこのまま豊かに保つように特命を受けて…ずっと自然と寄り添い生きてきたのだ。
便利なものに何も頼らずに、王様の…国のためだと信じて。」

先代王様…つまり、ルナ様のおじい様ですわね。

「ところが、今の王様になったときに。私たちの暮らしは変わったのさ。
忘れもしないあの忌々しい戦争。隣の国との大きな争い。
勝利したのはエストレア王国かもしれないが、
あの国が一面焼け野原になったことで私たちの周りの自然にも影響がでた。
戦争の煙や爆炎で、この村がボロボロになったのさ。
でも、王族は約束してくれた。素敵な自然を持つこの村は絶対に守ると。
攻めさせはしないのだと。約束してくれたはず、だったのさ。」

お婆さんは目をカッと開いた。
年齢など感じさせない大きな声を張り上げる。

「実際は、敵国がここに攻めてきたとき…あいつらは何も何もしなかった!
多くの人が死に、孫や子供も多く失ったのに…!!!
…ある青年のおかげで全滅だけは免れたのだ…。」

お婆さんの目には、涙が浮かんでいる。
しわしわな顔を、よりしわしわにしてお婆さんは言い放った。

「何が、王の特命だ?!
私たちは、お前たちの命令で様々な苦汁をなめてきた。
近代的な暮らしを我慢し、森林の高額な伐採にも揺らがずに。
それなのに。戦争など…。」

戦争。
そう、隣の国と我がエストレア王国との争いはほんの数年前に起こったものだ。

「皆の大切な人も、その戦争で私をかばって亡くなった…。」

お婆さんの目で分かる。
愛する人を失くしたのですね…。

この村は、この村の人たちは…。
王様の特命により様々なことに耐えてきた。

しかし王様の他の命令により、
今までの我慢は無意味となり、大切な人まで失った…。
約束も守っていただけなかった。
申し訳ないと、謝っても取り返しがつかないのです。

「でも、アイオロス様は…」

関係がないように思えますわ。
確かに王族の血は流れていようとも、今まで彼はこの村のために…。

「もう、1か月も前のことじゃ。
美しい白銀の髪の者が、この村に来てこう予言したのさ。
『この村は王族によって滅ぼされる。』と。」

白銀の者、きっとユエ様ですね。白銀の…氷の魔法使いは希少ですもの。
彼はなぜそんなことを…。
ラルハルト様のことを知っていたから、でしょうか。

お婆さんは涙で答えられなくなっていたためだろうか、
近くの青年が、お婆さんの肩をそっと抱きながら答えた。

「最初は我々も信じていませんでした。
でも、王族によってその2週間後にこの村を取り壊す命令が発せられ…。我々は途方にくれました。
アイオロス様。私たちは悲しいのです。怒っているのです。
どうして、あの時に。貴方は王族なのかと聞いたときに首を縦に振ってくださらなかったのですか?!」

青年は、感情を高ぶらせながらも…丁寧な言葉で彼に問い詰めた。

彼らは、王族を憎んでいるのと同時に、『アイオロス様』という貴族様を便利な道具としてみていた。
貴族の中にも、村人たちを助けてくれるような人がいるのだから、まだ頑張ろうと。
だけれど、その『アイオロス様』は憎むべき王族で…。
しかも、再び嘘をつかれた。

彼らは、何を信じればいいのかすら…分からないのかもしれません。
信じ裏切られ…疲れ果ててしまったのでしょう。
どんな嘘すらも許せないほどの。
親切にされたことすら忘れてしまったというのでしょうか。

何を言えばいいのか、わからなくなってしまいました。
こんな時、ルナ様はどうするのでしょうか…?
私の敬愛するルナ様ならば…。

考えても考えてもいい考えは浮かんできません。
不甲斐なさでそっと唇をかむ。

「いいよ、レイヤさん。」

ラルハルト様は、すっと私を横に押しのけた。

「あなた方は、早くその子を助けてください。」

でも、こんな状態でラルハルト様を置いていくわけには…。
私の心の迷いが見えたかのようで、ラルハルト様はスッと目を細めた。

「大丈夫だから。」

その笑顔は今にも消えてしまいそうなほど、
美しく儚いものだった。

そのまま彼は村人たちの方へと。
カイさんを抱えたガイア様と私は、ひとまず状況を確認しあうために宿に戻る道へと向かった。

―☆―☆―☆―☆―

「カイ君っ!」

ああ、やっぱり否が応でも戻ればよかった。
こんなに後悔したことはない。
もう誰にも私の前からいなくなってほしくないのに。
私のせいで、また…。

ガイアにおぶられているカイ君は、遠目でもわかる重傷だった。
綺麗な顔にはいくつも傷がついてしまっていたし、手足は血まみれでところどころ未だに凍っていた。
顔色は青紫色で口からはヒューヒューといった息が漏れている。

「ラルハルト様にいただいた地図です。
ここに治癒の魔法に優れた方がいらっしゃるようです。今すぐに向かいましょう。」

レイヤがはっきりとした口調で私に伝える。
彼女の落ち着いた声が私に平静を取り戻させた。
そう、今ならまだ助けられるのだから。

「ラルハルトが…?」

「ええ、彼がカイさんを救ってくださったんですの。」

彼が…。
やはり、根は優しい人なのだ。
出会ったときに感じた予感。
私は私を信じたい。

「今すぐに支度をして。皆、…カイ君をお願い。」

でも、ここでやり残したことが一つだけ残っている。

「ルナ様、いったいどちらへ…」

外に出ようとする私に、
レイヤが心配そうな顔を向けた。

「ちょっと、川で顔を洗ってくる!」

私はできるだけ心配をかけないように、小さな嘘をついた。
そして出来るだけ早く…村へと走った。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「ラルハルトっ!」

神殿で旅支度をしている私を、大きな声が呼んだ。
明るい何も考えていないような声。

「姫君…。」

あの子を助けるためにすでにこの村から去ったものだと思っていたが、
まだ残っていたとは。

「彼を助けたことなら礼は無用ですよ。あれは我が勝手に行ったことで…」

「私たちと一緒に来て!」

我の言葉をさえぎって、彼女は元気よく言った。
何も考えてないような瞳で、何も知らない顔で。

あまりに唐突に言うものだから、我は面食らう。

「いったい何を突然。」

「突然なんかじゃないわ。あなたは本当は優しい人だって…私知ってるもの。
カイ君を救ってくれて、しかもユエと互角に戦えるほどの能力の持ち主。
更に頭もよくて、私の知らない本当のエストレア王国のことを知っている人なのよ。
あなたと一緒に旅したいと思って何らおかしな点はないわ。」

ああ、能力が高い奴だと分かったから仲間に入れて保身を図るのか、この女は。

「今は、そんなことをしている場合ではないのでは?」

怒りで声が震えた。
カイさんが…仲間が苦しみの縁に立っているというのに、
自分の方が大切な女のことなんて守りたくない。
一緒にいたくない。

我は…独りで構わない。

「そうよ!だから、早くあなたも一緒に来て。」

カイさんのことが心配でないわけではないらしい。
言葉の節々に焦りが見えた。

しかしあまりに強引ないい方に、怒りとともに戸惑いも覚える。
どうしてここまで彼女は我を誘うのだ。
護衛にはガイア様という大魔法使いがいるからいいではないか。

「ラルハルト、あなたはこう言っていたわね。
『…魔法で、この村の平和を保っています。小さな村々を転々として、王族たちが助けられないような人々を助けているのです。』って。
私もそういうことがしてみたい。それに王族としてよく考えた結果でもあるのよ。」

彼女の瞳には、何が映っていていて何を考えているのだろう。
いつのまにか神殿に上がってきて、まっすぐに座っている我と視線を合わせた。

蒼い目に艶やかな金髪。
この国で誰よりも位が高い女性のはずなのに、
その姿はまるで草原で遊ぶ子供のようだ。
化粧もせず、驕らず、人を見下さず。
純粋にただ幸せな日々を過ごすだけ。

彼女は、小さな子供のように微笑んだ。

「何よりも、あなたのことがもっと知りたいのよ!」

「!?」

思わず息を飲む。
自分の利益や不利益を考えない、綺麗な表情だ。

本当に何を考えているんだ。
いや…何も、考えてないのかもしれない。

「王族を外から見た視点を知りたいとか、あなたの存在すら知らなかった申し訳なさとか。
そういう気持ちがないわけじゃないわ。でも、それだけじゃなくて。
遠い親戚のお兄さん、なんでしょう?家族がまだ残っていてくれるだけで、私とっても嬉しいの!」

「我は…私は、『呪われている』のですよ…?」

震える声で呟く。
そう、我は誰かと一緒にいるだけで…その人を不幸にしてしまう。
この血筋は王家に、国に一生許されない。
我の運命は、国のためただこの身を捧げるのみ。
自分の幸せを考えず、独りでいることのみ。

「呪いなんて、誰がかけたの?そんなもの、私が解いてあげるわ。
人は誰だって幸せに、なっていいのよ!」

その言葉は、エドワード一家が待ち望んでいた王からの「許し」に聞こえた。
決して許されてはいけないはずなのに。
でも、これが嬉しいという感情なのか。

「考え、させてください…。」

固かったはずの決意が緩みかけていた。
ああ、我も許されたい。誰かと共に過ごしてみたい…。
もう独りでいるのは嫌だ。

でも我のせいで、ここまで言ってくれた彼女に迷惑をかけたくなくて。
必死に言葉を押し殺した。
彼女は我の様子をじっと見つめた後、バッと神殿から飛び降りた。

「あなたの能力があれば、私たちがどこにいるかわかるわよね?
絶対後から追いついてきてね!約束よ!」

彼女は言いたいことだけ言って、そのまま森の中へ消えていった。
行く、ともまだ言ってないのに。
全く、嵐のような姫君だ。

木々がざわめく。
新しい風が吹き始めていた。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「すみませんね、彼女はとても不器用なのですよ。」

姫君と入れ替わるかのようにしてスッと神殿に入ってきたのは、ガイア様だった。
姫君を案じてついてきていたのだろう、優秀な付き人である。
今の会話を聞いていたのだろうか。
まあ、聞かれて困るようなことは言ってないはずだ。

「あなたにより理解していただくために。
彼女に代わって論理的にお話しますよ、ラルハルト様。
長くなりますが、よろしいでしょうか。」

丁寧な言葉遣い。
ガイア様は、こんな我にも同等に扱ってくださる。
とても、嬉しい。

「ええ、ですが出来るだけ端的に願います。」

カイ君のことが心配で、我はガイア様をせかす。

「では、要所だけかいつまんでお話します。
まず、ルナ様は自分の損得を考えてこのような決断をなさったのではありません。
ただ、あなたを独りにしたくないとお考えです。
王族として村に何もできなかったことへの後悔と、自分か成しえなかったことを容易にしているあなたへの尊敬。
ルナ様の優しさと人柄を疑うのはやめてください。」

それは薄々…認めたくはないが、気づいていた。
彼女は「王族」という枠組みに当てはめるには少々…いやかなりいびつだ。
あんなに無知な姫がいてたまるものか。

「彼女は純粋に…ずっと独りだったあなたを、尊敬しているあなたを、
独りにしたくないという考えのもと…貴方を誘っているのです。」

…我のため、か。
幾年ぶりか、胸に温かい感情がよみがえる。
人の温かさなのだろうか。

ジンとした胸のあたりにそっと手を当てて噛みしめていると、
ガイア様の口調が急に変わった。

「では、ここからはガイアとしての意見です。政治的な話をします。
現在の王位継承権の持ち主はルナ様。次にユエ様。
つまり、ルナ様が亡くなられてしまうとユエ様に王位継承権が与えられます。まあ、彼の悪事が世間にばれなければの話ですが。」

そうだ、彼はあんな冷たい瞳をしておきながら、この国の第二王子なのだ。
そして姫君の弟…。なんて似ていない姉弟。

「第三位王位継承権は貴方にあるので、
お互いに相討ちになったほうがよろしいのかもしれませんが。」

「そんなことはない!!!」

自分でも驚くほどの大きな声が出た。
そう、でも事実だ。我は王になる気など一切ないのだから。
かといって…。

「ですが、ユエ様が王になれば…。」

ガイア様の声をさえぎり、我はまた声を張った。

「ああ!ユエ様が王になればあのように、民を無下に扱う政治を行うに違いない。
それは…い、嫌です。」

そうだ、彼が王になるのは阻止したい。
自分のためではなく、この国のためにそれはあってはならない。

そして、ユエ様は王位を継ぐためにルナ様を殺したがっている、のか…?
つまりは。

「ルナ様を守れば、純粋に国を愛する者が王になるということか。」

無知無能な優しい王か、有能無欠だが冷淡な王か。
国はどちらのほうがよいのだろう。

「どうでしょう?ラルハルト様が、ルナ様たちと共にいる理由にはまだ足りませんか。」

いや、理由はもう十分だ。
ユエ様を王にはしたくない、この気持ちは強いものだ。
それに彼女に興味もある。
カイ君も心配だ。

だが…我の一家には『呪い』がかかっているのに。
むしろ、迷惑をかけてしまいかねない。

「呪いのことなら気にせずに。彼女も同じような境遇です。
彼女の母親は魔女。異端の瞳と髪を持つ呪われた姫君ですからね。」

いわれて気づく、彼女の瞳の神秘さ。
そうか、あれは魔女のものだ。
似たようなというと、それは出過ぎた真似だとは思うのだが、いささか共感を覚えてしまう。


「我が行くことを、皆は歓迎してくれるだろうか。」

小さな、小さな声がこぼれた。
その小さな声に呼応するように、彼もまた小さな声でさ囁いた。

「もちろんですよ。」

再び強い、強い風が我の背中を押した。

7話~孤独な凪~


ガイア様が去ってから、彼とルナ様の言葉が我の中で渦巻いていた。
誰かに必要とされるというのは、実に嬉しいものだ。

しかし、我は生まれてこの方…誰も幸せにしたことがない。
こんな我が、姫君のお付きなどできるものであろうか。

「アイオロス様!」

懐かしい響きで呼ばれ、思わず体が硬直した。
その名で呼ぶのは村の者だ。

「なんでしょう。」

もう無駄だと分かっているのに、
瞳を閉じて後ろを振り返ると小さな子供たちが5人ほどいた。
みな、瞳をキラキラさせている。

「お母さんが、アイオロス様がいなくなっちゃうって!」

「だから僕たち最後にお礼をしに来たの。」

思わず、目を見開いた。
しかし彼らの反応は変わらない。

「うわあ!綺麗な瞳!」

「夕焼けの色みたい・・・!」

むしろ感嘆の声を挙げられ挙動不審になってしまう。
ああ、無知とはこういうことなのか。
ルナ様のお母様がルナ様に与えたのはこういうことか。

笑みがこぼれる。
無知は罪などではないのかもしれない。無知だからこその幸せもあるのだろう。
知らなくてもいいことが、この世にはある。
子供たちに全てを教えなければ、もしかしたら。
彼らの綺麗な瞳は、我の冷たい心を溶かしていくように感じた。

「我は、役に立っていたか…?」

子供たちに聞いたところで無駄だと知りつつも、思わず純粋な瞳に聞きたくなってしまった。
ルナ様たちについていくかどうかは別として、この村を去るのは決めていたから。
本当の答えを聞きたくて、呟く。

「もちろん!」

「アイオロス様が来てくださってから、
植物はよく育つようになったし、なにより温かい風が毎朝吹くんだ。」

「その風はとっても優しいよねってお母さんやお姉ちゃんが言ってた!」

「僕のパパも!」

「…っ!」

言葉にならない。
ああ、我は。

「君たちを幸せにできていたかい…?」

彼らの無垢な瞳が輝いた。

「もちろんだよっ!」

ああ、もう十分だ、我は…幸せだ。

「アイオロス様!ありがとう!僕たちの村に来てくれて!」


我は。
ずっと小さなころから独りだった我は…その言葉を聞きたかっただけだったのかもしれない。

誰かの役に立ちたくて、独りじゃないと思いたかったんだ。
誰かに必要とされたかったんだ。

こんな我のワガママも、誰かの役に立てているのなら…こんなにうれしいことはない。
瞳に熱いものがこみあげてきて、我は子供たちをぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう…こちらこそ、本当に。」

ありがとうといってくれて。
我を否定しないでくれて本当に。

もうこれ以上は言葉にならなくて、
彼らが好きだといってくれた温かい風を吹かせる。

強いつむじ風。
そのつむじ風に包まれて、彼らの前からそっと姿を消した。

―☆―☆―☆―☆―☆―

「ルナ様!どこへ行ってったんですの?カイさんの容態は悪化するばかりですのに…。」

「ごめんなさい!レイヤ、今すぐ出発よ!」

「姫様、ガイアのやろうも…いねえよ。」

「えっ!?」

「僕ならここにいるよ。村の人々に挨拶等々してきたのさ。」

彼らのにぎやかな声が聞こえてきた。
少しだけ足が震える。
あの中に、我が入ることができるだろうか。

後ろから、温かい風が吹く。まるで風が僕の背中を押しているようだ。
『大丈夫だよ』と囁いている。

「ところで、私たちはどこに行くの?ラルハルトの地図にはなんて?」

我の呪いはみなを傷つけるかもしれない。
いや、でも我の呪いからみなを…我が守ればいいのだ。
そう、気づけたんだ。
だって、我は幸せを与えることができていたんだから。

「ここから南西の方角に進むと、『薬学の精霊』と呼ばれる方が住む森があるのです。そこに今から向かいましょう。」

みなの前にスッと現れ、我は淡々と言った。
レイヤさんとアルトさんが、分かりやすく目を見開く。
特に、アルトさんなんて声にならないようだ。
背負っているカイさんを落としそうになっている。

「来てくださったのですね。ありがとうございます。」

ガイア様が目をスッと細めた。
彼の論理的な思考と、周囲に気を配れるその心遣いは見上げるものがある。
彼にはぜひとも弟子入りしたい。

そんなことを頭の片隅で思いつつ、
目の前の可愛らしい人に視線が吸いこまれた。

「ラルハルト!」

ルナ様が、春の陽だまりみたいな笑顔を我に向ける。
無垢な、子供のような瞳で。

「いらっしゃい!!!!」

思い切り飛びつかれたのだ、と気づくまで時間がかかる。
ああ、温かい。…人のぬくもりだ。


我は、もう…独りじゃない。

春一番よりも温かい風が、僕を包んだ。

ルナの冒険3章~孤独な凪~

こんにちは。
ルナの冒険3章をお読みいただきまして誠にありがとうございます。
本章で初登場させていただきました、「ラルハルト・ル・エドワード・エクソリア・エストレア」でございます。
この度、不肖ながら我があとがきを担当させていただきます。
分かりづらい点等ありましたら、申し訳ありません。

さて、この3章はかなりの時間を有して書かれました。
執筆時間が大変長く、読者さんも飽き飽きしてしまったように思いま…

なに?文体が固い?
そのようなことはありません。筆者が軽すぎるだけです。
我のセリフが面倒くさかった?
失礼な…。

えー、誠に申し訳ありません。
筆者からの横入りがはいりました。

まずは新キャラの話。
つまり我ですね。
我はとても過酷な運命を背負っており、呪われてもいるという設定でしたが。
家系図等、とても複雑なことになっております。
また、母の話もさせていただく機会があれば。後に。

そして、ガイア様。
彼は成績優秀で頭脳明晰。運動神経も万能で、容姿も端麗。
あのような方がどうしてルナ様に、と思わなくもないですが。
彼女も、素晴らしい人柄を持っていますからね。
どうしてガイア様が国から追放されたのか、等今後わかると筆者が不気味にほほ笑んでますね。
お楽しみにしていてくださいませ。

次に、少しネタバレを?
そうですね、あのような戦争の被害を負った村は少なくないのです。
戦争が起こってこの国はだいぶ疲弊していますので。
現在厳格な王様…いえ今はもう亡き王様は、ルナ様の母君である妃を失くしてから…
どうもご様子がおかしかったのですが。
それは、今後わかることでしょう。

最後に、ルナをめぐる恋愛、かん…!?
ま、ま、まってくださ!?うわ!?
我は別に、そのような不埒な感情で動いたのではありませ…
へっ!?
ああ、私ではなくということですね。
取り乱しました、すみません。

確かに、みなさんとてもルナ様を大切にしている様子。
過去に何があったのか、より詳しく知りたいですね。

・・・・今後知りたいことを書き連ねただけではありませんか!?
今回の感想を我の口から言えというのが、そもそも難しいのです。
我にはこのようなことは向いておりませぬ。

こほん。
最後になりましたが、ここまで読んでくださった皆様。
誠にありがとうございました。

ユエ殿に王の座は渡しませぬ。
そして、カイさんは絶対に死なせません。
彼の安否が気になる最後です。どうぞ4章も気長にお待ちください。

それでは。失礼いたしました。
今日の担当はラルハルトでした。


「…4章で。…待ってる。」


(…?女性の声…?)

ルナの冒険3章~孤独な凪~

≪1章http://slib.net/22066≫ ≪2章http://slib.net/25477≫ 「ルナの冒険」シリーズの第3章です! 過酷な冒険を始めたルナ一行。 カイ君が入って、なんだかギスギスした雰囲気。 そこに、新たな仲間が登場?! さらに、次なる目的地にはルナとの因縁深い相手が…。 はたして、ルナ一行は無事でいられるのか。 今回は新しく2人のメインキャラが登場いたしますよ~( *´艸`) あなたのお気に入りのキャラが見つかるでしょうか? カイ君やアルト、レイヤの3人の存在もお忘れなきようw 3章完結いたしました。 お楽しみくださいませ!

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-11

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1話~ガイア~
  2. 2話~クリスタ村~
  3. 3話~エドワード一家~
  4. 4話~神様~
  5. 5話~事実~
  6. 6話~決断~
  7. 7話~孤独な凪~