突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(3)第一話完

噴水広場にて


3日後の夕刻少し前、ミレーユとガーデンは噴水広場の前のオープンカフェにいました。
ガーデンはいまだ悩んでいます。
「王女、城を見つからずに出れたのはいいですが、本当にあの少年を助けるおつもりですか?」
「もちろんよ!」
ミレーユはパセリと干し肉をパンにはさんだサンドイッチを大口を開けてほおばりながら
自信ありげに言ってのけます。

「なぜそんなに自信おありなのですか?」ガーデンはいぶかしげに聞きます。

するとミレーユはガーデンを見つめ「あなたがいるからよ、あなたがいるから心強いの。
……まぁ、あなたに心のすべてを許しているわけではないけどね」と言いました。

ガーデンは目をそらし「王女、私はもう剣は使わないと決めたのです、何があろうと、この腰の剣は飾りです……」
ミレーユはチェリージュースをゆっくり飲みほし答えました。

「いいのよ、ガーデン、あなたが剣を使いたくないことぐらいわかる、それに、私は
血の出るような争いは望んでいない、ただ後ろで見守っていてさえくれればいいの、
私が奴隷商人たちを口で説得する。あなた達の行いは間違っていると」

ミレーユは心から説得すれば同じ人間なのだから、きっとわかってくれるに違いないと……
それがこの数日間、部屋に閉じこもり、ミレーユが出した結論でした。
しかしガーデンは思います。
この王女は世間を知らないのだと。
今回のことは口で説得出来る程生易しいものではないことに気付いていない、と。
……いざとなったら私はどうする……? と思いました。

夕刻の噴水広場では、空や街並みがあかね色に染まってもまだ家に帰らないで
遊んでいる子供たちもいます。ミレーユはこれから起こるどんな場面も、
子供たちに見せたくないと思いました。その時、隣のテーブルでドミノマントに身を包んだ
人物が立ち上がり噴水広場の子供たちの所に近づいて行きました。

その人物は子供たちを足蹴りするような素振りを見せ威嚇をしていました。
子供たちはそれを恐れて、野次を飛ばしながら噴水広場を去っていきます。
ミレーユはその人物が奴隷商人かと思いましたが、それにしては長身ではあるけれど、
やせ細っていて迫力がないな、イメージしていたものと違う、と思いました。

その人物は子供が近場にいなくなった後も、なお去っていく子供たちを脅すように蹴りの素振りをしますが、
うかつにも噴水の前で大振りの蹴りをしてしまい、噴水の水面に落ちてしまいました。
すかさずドミノマントをずぶ濡れにして立ち上がり、一つ大きなくしゃみをしました。その声は男のもののようでした。

ミレーユはその光景に失笑して、とりあえず、子供たちがいなくなってくれて安心したと思いました。

その時です。広場近くで滑車と馬の駆ける音がしました。その音はだんだんと近づいてきて大通りに姿を現しました。
それは大きな馬車でした。
馬車はゆっくり立ち止まります。
その馬車の荷台から太った大男が現れました。青いショースのズボンに上は全裸で体中に獣のように毛が生えています。
馬車の荷台からは幾人もの子供の泣き声が聞こえます。
ミレーユはこの男が本物の奴隷商だと思いました。
そこに緑色のくすんだカートルを来た小太りの中年の女性と3日前にこの噴水広場で出会った少年が現れました。
女性は少年の首根っこをつかみ大男に放り投げました。
ミレーユは慌ててその場に駆け寄りました。ガーデンは腰重に立ち上がりその後をついて行きました。
「なんだ、女? 俺になんか用なのか?」大男は怪訝そうに言います。
「あなた……奴隷商でしょ、こんな人の道を外れた行いはやめなさい……」
ミレーユは悲しそうに言います。
すると女性が急に眼をまん丸くしてどなります。

「ちょいと! あんた! 大事な取引の邪魔するんじゃないよ!!
この子にはあたしら夫婦の今後がかかってるんだからね!!!」

「あなたに子供はいないのですか? いなくても親がいるでしょう? こんなことは……」

大男は顎を左右に揺らしながらミレーユに近づき、ミレーユの頭を優しくなで、
目深にかぶっているギンプをめくり、顔をじろじろと見始めました。
「これは上等な女だねぇ……俺が高く買ってやるよ……」大男はミレーユの体を
品定めするように上から下へからみつくような眼で見ました。
「なにするの!!」ミレーユこれまで感じたことのないようなタイプの恐怖を感じました。
「汚らわしい!!」ミレーユ恐れながら大男の腕を力強く払いのけました。
「つれねえな……」大男はミレーユの頭をトントンとたたくと、何事もなかったような
素振りで少年の方に近づいて行きました。
大男の眼光が鋭くなりました。
少年を獣のような眼で睨みつけた後、少年の頭をわしづかみし、足を曲げさせ、
自分のとがったブーツの先に少年の顔を持ってきました。
「さあ舐めろ、この靴の先をだ!!」大男は急ににんまりと笑みを浮かべ愉快そうにしていました。
どうやら奴隷になるための忠誠の儀式のようです。
ただ様子を不快そうに見ていたガーデンは大声を張りあげてこう言います。
「そこの大男!止めるんだ、私はカーフィの国の剣豪、ガーデンだ!!」
すると大男はたじろきましたが、すぐにまた薄ら笑いを浮かべ
「今では剣を使えぬ剣豪、ガーデン様だよなあ」と言いました。
そう、他国では一線を退いたガーデンは隠居して剣さえろくに持てないおいぼれになった
という噂が立っていたのです。大男は普段から自分の体格を武器にしています。
体格差でいえばその頭身はガーデンの頭三つ分高く、横幅は四倍ほどあります。

ミレーユは震えていました。もう足がすくんで立っていられないほどです。

大男は周りの者をすべて忘れたかのように、少年に靴を舐めさせる戯れに夢中でした。
少年が手をこまねいていると大男はじれったくなったようで腰に着いた鞭を手に持ち
少年をそれで唸るような勢いでたたき始めました。

ミレーユは震えています。

しかし――

鞭で叩かれ少年の背中に血が滲み始めた時ミレーユは急に少年に近づき少年に覆いかぶさりました。
大男はきょとんとし手を止めました。
「王女!! なんてことを!!!」
その言葉に大男と母親は驚いているようです。
しかし母親が「この国の王女がこんな所に姿を現すわけがない」と言うと、
大男はしばらく考えた後にまた薄ら笑いを浮かべ、今度はミレーユごと鞭で叩き始めました。

それを見ていたガーデンはとうとう一塊の決意を捨て、剣を鞘から勢いよく抜きました。
大男は一瞬たじろきましたがその後、「ははは、なんだその剣は、
やっぱり噂通り剣豪のガーデンはなまくらだったなぁ」と言います。
大男がそういうのも無理ありません。何年もの間ガーデンは鞘から剣を抜くことはなく、
その剣は錆びた鉄の板になっていたのです。
大男はなおもミレーユを鞭で叩きます。何度も何度も叩くうちにそれが心地よくなっていき
止められなくなりました。ミレーユの背中に血が滲み始めましたが逃げようともしません。

ミレーユは痛みに必死で耐えながら思いました。やはりいざとなったらあの方法に出るしかないのかと。
そのことを考えると胸が痛みましたがこの場を鎮めるためなら仕方がないのかとも思いました。

ガーデンは大男に立ち向かいましたが鞭とは反対の手で顔面をわしづかみされ、
それを振り払うことに必死です。手で大男の指を剥がそうとしますが力が及ばず、だんだん動きが鈍くなってきました。

「ひゃはははははは、最高だぜ!!」大男はとろけるような笑みを浮かべています。

ところがそこに――鋭い弩音がしました――

男の声がします。

「王女、あんたすごいね、ただの世間知らずじゃないんだ……」

そのすぐ後に大男が己の片方のブーツを両手で持ち悲鳴をあげました。
ブーツには小さな穴とそこから青色の煙が出ています。どうやら何かが当たったようです。
大男はのた打ち回った後、なぜか目をとろんとさせて、その場に寝そべりました。
噴水の向こう側に濡れたドミノマントに身を包んだ長身で細身の男が立っていました。
顔はフードを被り分かりません。
「ふぅ……濡れちまったんで火薬が完全にしけっちまったかと思ったが、どうやら大丈夫だったようだな」
男は先ほどの噴水に落ちてくしゃみをしていたドミノマントの男です。
ドミノマントの男はミレーユ達のところに近づいてきます。そして大男の前に立ち尽くします。
「ヒィ…………」大男はとろんとした目をさせながらも、その男の正体の怪しさに恐怖します。
しかし、ドミノマントの男は大男の前で両手をあげ、こともあろうに「降参」と言いました。
そしてその男は大男に分厚い札束を渡しました。
ところがなおも大男が怯えているのを見ると、その男はフードから少し見えている口元を少し緩め
乾いた声で大男にこう言いました。

「この金でこの少年と馬車の荷台にいる全ての子供を解放してくれないか……これで勘弁してくれ」と。

大男は重たい体を鈍く動かしながらも、手を震わせながら、札束を手に取ると馬車の
扉を開け子供たちを降ろし、馬手に「速くこの場から立ち退いてくれ!!」と言いその場を一目散に去りました。

あたりが静まり返ります。

そして――しばらくして。

ガーデンは「助かった、感謝するぞ……」と言いました。

ミレーユは息を荒げています。意識がもうろうとしているようです。

少年は言いました「兄ちゃん! 助けるならもうちょっと早く助けてくれよ」

その男は言いました「しょうがないんだよ、火薬がちょっとしけってて
……向こう側から何度も引き金を引いていたんだがな……」

「兄ちゃんの持ってるそれ何?」少年はいぶかしげに言いました。

「これかい? これは『麻酔銃』って言うんだ。俺が開発した。危険な代物さ……」

ガーデンはその男の言葉でふと思いそれを口にしました。

「ま、まさか、あなたはサダック殿では?!」

その男は頭の被さった布の部分をめくりあげ
「そうだよ、助けるのが遅れて申し訳ない」と言いました。

サダックと言う男は言いました。
「火薬がしけってるせいか麻酔の効果が甘くて、奴を寝かせる事が出来なかった。
俺の腕力じゃあんな奴に太刀打ちできない。……寝ぼけている隙に札束でごまかせてよかったよ」

ミレーユは「あ、ありがとう、助けてくれて……でも」ミレーユは力弱げに、
「力や……お金で解決するなんていけない……」と言いました。

しかしサダックはゆっくりとした口調で、自分に言い聞かせるように
「力は使うもの、お金も使うものじゃないのですか?王女」と言いました。

すると母親は言いました。「そうさ! お金だよ!! あんた達のせいで私のもらう予定だった
お金はどうなるんだい?! 私達夫婦を餓死させる気かい?! 金品があるなら私にくれてもらいたいもんだね」

ミレーユは困りました。実は自分の身袋の中には、今日命の危険があればそれと引き換えるようにして
渡すつもりだったサファイアの指輪が入っているからです。
俗世ではそれ一つあれば一生生活に困らないほどの高価なものです。
これがあればこの母親は子供を奴隷商に売り飛ばすなんて考えはけし飛ぶだろう。
でもそれとは矛盾した気持ちが心に湧きミレーユはそれが歯がゆくて仕方ありませんでした。
自分の命、人の命、それがこのたった一つの小さな道具にかかっているなんて……と。
「さあ、どうするんだい? え?」母親に選択を迫られました。

ミレーユは「指輪ならありますが、それはいざと言う時のために持ってたもので……」
ミレーユは身袋に手をのばし、袋の中で指輪を強く握りしめます。

母親は「今、私らがいざという時なんじゃないかい? 私らは金に困ってるんだよ!」

ミレーユは身袋からためらいながらもゆっくりとサファイアの指輪を出します。
「こいつは上等だねえ~」母親はミレーユから指輪をはぎ取ります。

「無礼な!」ガーデンは言います。

「これは私らの命の代償だよ、これがあれば食っていける、あんたらが取引を邪魔したからだろ?」
母親はニタニタしています。
ガーデンは黙りこくってしまいました。
ミレーユは戸惑いました、本当にこれでいいのかと。
母親は少年の頭をたたき少年を連れて帰ります。

「ほら、行くよ、バッツ!」と言いながら。

サダックは人差し指で頬を掻きながら黙りこくっています。そして……。
「失礼、用事があるもので」と言いその場を立ち去りました。

その場にはミレーユとガーデンと助けられた少年少女達、
そして物珍しく見ている市場の人だかりだけになりました。

ガーデンは言いました「金品でどれほどの家族の絆が築けるのか……」と。

そして続けざまに「しかし……サダック殿……助かりました」と言いました。

ミレーユは思います。サダックと言う男は好きになれないと。でも助けてくれたのは事実
……悪人ではないのか? と。

ガーデンは言いました
「さあ王女、城へ帰りましょう、傷の手当てをしなくては。
侍女の者たちには傷のことは国王に言うなと言っておきます、心配なさらぬよう」

ミレーユは力なさげに立ち上がり言いました「サダック、どんな男なの?」と。


第一話完

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(3)第一話完

ここまで読んで頂きありがとうございます(^^)

さて、次回から冒険の始まりです!

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(3)第一話完

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-10

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