突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(2)

剣豪ガーデン

(2)

ミレーユには中年のガーデンという護衛兵が付きました。
ガーデンはごく平均的な体系でしたが甲冑からぬんとでている腕の筋肉と太ももの
筋肉が一般の兵士より隆々としていることは城の中で兵士を見慣れているミレーユには一目瞭然でした。
そして腰には少し他の兵士達とは違う形の長剣が据えられています。

その男、ガーデンについては城の中でも噂が立っていました。
ガーデンは昔、相当の剣の手練れだったということです。
生誕はこの土地でしたが剣の腕を磨くために若い頃武者修行で各地を旅し、
そして国に戻ってきた頃、剣の腕を見込まれてこの国の兵士になったそうです。

その頃には剣の腕でガーデンの右に出るもの無し、と言われるほどで、
各国の戦に剣豪として赴いていたそうです。
しかし、ガーデンの最後の『国同士の戦争』としての戦となった東の国との海戦で勝利を治めた後、
なぜか一線を退き城の護衛兵になったというのです。
周りの兵士達はまだ若いのにと不思議がっていました。

ガーデンはその剣を、伝説とうたわれた剣(つるぎ)ですよ、長らく使っていませんが……と言いました。
ミレーユはガーデンが付き人になってすぐに面と向かってこう発しました。
「ガーデン、あなたは私に半径5メートル以内に許可なく近づくことは禁じます」
「…………はっ!」
ガーデンは、ふとこう疑問に思いました。王女と言っても年頃の娘だし男を毛嫌いしているのだろうと。
しかし忠実なる家臣ゆえに疑問を背に従いました。

ガーデンはミレーユの少女としての繊細な心を見透かしているようでしたが、ミレーユの心の中はそれだけではありませんでした。

それから間もなく、ミレーユは使いの者に町民の服を仕立ててもらいました。
それは袖のない上下がつなぎになっている黄色のカートルの服で、腰に蛇皮のベルトを巻き、
白色の目立たない二の腕から手首まで伸びた布のスリーヴを身に纏いました。

そして国王に言われた通りの変装にするため、ギンプ(婦人用髪覆い)を目頭まで被りました。
しかし、カートルの服はサイズがちょっと小さかったようで尻のあたりがぴっちりしています。

城を出る際にミレーユは王女の服装の時に身につけている指輪などの装飾品を少し持っていくことにしました。
それは国王がミレーユに俗世の金品での取引を行わせないために金銭を持たせなかったためです。
ミレーユは貴金属を見つめこう思いました。この道具は質屋で売って金貨に換え、街で商いの取引に備える為。
残した貴金属は自分が身の危険にさらされた時に命と引き換えに使う為と。
そう思いながらそれらを身袋に入れました。
しかしミレーユはその行動とは裏腹にこうも思います。

《やはり力と金、力のないものは金で、金のないものは力で身を守らなければいけないのか》と。
ミレーユは少し悔しい気持ちになりました。

――二人は街の者たちが休日の日を選び外に出ることにしました。
街では雑貨屋や青果売り場、魚屋、アンティークショップ、武器、防具屋などもありました。
まずミレーユは自分の貴金属を金貨に変えようと質屋に立ち寄りましたが、
質屋にその貴金属を出すと『そんな高価なものを交換なんてしたら、こんな小さな質屋
破産しちまいますよ』と言っていました。ミレーユは不満に思いましたが、
ちゃんとした値うちで見定めてくれて、あこぎな取引をしないところが、良心的な質屋だなと思いました。

ミレーユは店の中でガーデンの首元に光る銀の鎖に気付きました。
「それをちょっと売りに出してくれればいいのに」と冗談めかしに言いました。
するとガーデンは鎖を甲冑から引き出します。
その先には銀のペンダントが付いていました。
ガーデンは、「これは私の最愛の人が一生懸命に働いて私にプレゼントしてくれたものです!
だから駄目ですよ!」と半ば興奮して言いました。
ミレーユはガーデンのその一人の人物を一心に語る口調にこの男は自分の父親とは違って誠実な人なのかなと思い、
ふいに嬉しい気持ちになりました。
ミレーユ王女はポケットから赤色のハンカチを取り出し、それを店主に見せると
「これも高価な品ですがこれなら……」と言い。金貨四枚と交換してくれました。

質屋を出て街を散歩する中でふとミレーユはこの街の、この日の充実感に
体が満たされている事に気がつきました。
しかし、目的を忘れてはならないと我にかえり、気を引き締めました。
サダックのことを考えると、先ほどまでののどかな気持ちが一変し、
物思いにふけるような気持ちになりました。
噴水広場に来ると大道芸人が日中の照りつく日差しの中で、汗をかきながら芸を披露していました。
子供たちはその曲芸に見とれています。
ミレーユは噴水広場の人気のないところへ行き、護衛兵のガーデンに聞きます。
「サダックがカラクリ鳥を作ったという噂は本当なの?」と。
すると護衛兵のガーデンは沈黙を押し通そうとしましたが、執拗なミレーユ王女の口上に
仕方なくと言ったところか口を開き始めました。
「……サダックがカラクリ鳥を作ったのには、ある噂があります」
ガーデンは周りを一周見たのち続けました。
「ある画家の話ですが……若いころダヴィの国から移住してきたある偉大な画家が故郷
ダヴィの国を懐かしみ、故郷のその国へ帰りたいとカーフィの国の王に直訴したのです。
今はルネサンスの最盛期に入ろうとしている時代、一人でも優秀な画家を手放せないと
王は画家の故郷ダヴィの小国を滅ぼそうと大胆な計画に出ました、その際に国王はサダックに
兵器開発を依頼したのです。その兵器の一つが鳥の形をした爆弾、

空から飛来し爆撃する兵器、カラクリ鳥です」

ミレーユはその話を聞き、カラクリ鳥とその生みの親のサダック、それに実の父親の国王に恐怖を覚えました。

ガーデンは終始、辛そうに話しました。

なぜなら護衛兵のガーデンは芸術の小国ダヴィに憧れているからです。

ガーデンが沈んだ気持ちでいると、そこにミレーユの「キヤッ!」という小さな悲鳴が横でしました。

ガーデンが警戒態勢に入りミレーユに目をやると、横で一人の少年がにやにやしています。
「この子、今私のおしりを触ったのよ! こら!!」ミレーユは顔を赤らめています。
少年は言いました。
「そんなぴっちぴっちの服着てるからだよーだ! べーっ」
少年は噴水の向こう側の大道芸人の前で集まる子供たちの中に消えて行きました。
「なんなのよ! まったく!」動揺した口調でした。
ミレーユは腕を組み、芸に見とれている子供たちの後姿を眺めました。
「まあ、子供だから微笑ましいわよね」
ミレーユは困ったような呆れた顔をしています。
すると横で二人の婦人たちがひそひそと話し始めました。
「あの子、ノレールさん家の子じゃない?」
「かわいそうに、あの子、今度ここで行われる夕刻市場で奴隷商人に売られるそうじゃない?」
ミレーユとガーデンはその二人の婦人の話を耳をすませ聞いていました。
話によると、少年の母はアスター家という一級階級のお屋敷に召使として奉公していましたが、
先ほどの息子の少年がアスター家の令嬢にある日、失礼をし、その責任を取らされて
母親は召使の仕事を失い、その穴埋めの金銭を稼ぐため、自分の息子を奴隷商人に売る事になったと言います。
この街には上流階級、中流階級、下級階層の人々が暮らしています。奴隷売買は
この国の法律で認められていますが、子供を奴隷に出すほどの貧困層はめったにいません。
せいぜい年に一人か二人出るほどです。

ミレーユは愕然としました。奴隷の取引がこの自分の国で行われているのかと。
喪失感に意気消沈していると、次第に悲しみがこみ上げてきました。
「ガーデン、お父様はなんでこんなことを許しているの?」
ミレーユは少年のことを思うと不安になりました。
するとガーデンは首から下げている甲冑の中に潜めていた銀でできた先ほどのペンダントを見せます。
ペンダントはロケットになっており、開くと若いきれいな女性の肖像画が入っていました。
「この女性は誰なの?」ミレーユはいぶかしげに聞きます。
「結婚を誓いあっていた女性クリスです」
ミレーユは両手を胸の前に持ってきて自分の不安な感情を抑えようとしました。
それは結婚という言葉に敏感に反応してしまったからです。
ガーデンはためらいながらも言いました。
「クリスは貧しい家の娘でした。私の両親は私が各国に名の知れた剣豪であり、
クリスはその名にふさわしくない娘だと言いました。そのため私の両親はクリスの片親であった父、
ルドに大金を積み奴隷として彼女を奉公に出したのです……」
ミレーユは真剣な顔つきで聞き入っています。

ガーデンは遠い土地に思いを馳せるように言います。
「クリスは私の最後の戦いで国をあけた数カ月の間に奴隷として遠い国へ行ってしまったそうです。
私が剣の道など選ばなかったら……それが理由で自分はもう剣の道は捨てたのです……だが完全にはそれを振り切れず今に至っている……」
ガーデンは最後の方はペンダントを握りしめ苦汁を秘めた口調で言いました。
ミレーユは奴隷になったクリスがどんな目に遭っているか想像すると身震いしました。
ミレーユは言います。
「なんて父親なの?! だから男は!!」
ミレーユは男に対する嫌悪感をあらわにしました。
「違います! ルドだって困っていたんです、貧困とは人をそこまで追い詰めるものなのですよ……王女……」
ガーデンは奴隷商が仕方のないことだと思っているようです。
「だって……実の娘でしょ? それを!」
「…………!!」ガーデンは歯を食いしばり無言になりました。
ミレーユは先ほどの少年を思い出して言いました。
「……でも今思うのはあの子を奴隷商人なんかに引き渡しちゃいけないんじゃないかと思うの……」
ミレーユは同意を得るようにガーデンを見つめました。
ガーデンは王女に見つめられている事に気付くと、一呼吸置いて、少し落ち着きを取り戻したかのようでした。
ガーデンは言います。
「しかし奴隷売買はこの国では認められているのです……私たちにはどうしようもない……」
ガーデンはそう言いミレーユにおもむろに近付くとミレーユは「それ以上近づくのは契約違反よ!」と、
少し尖り気味の口調で言い、ガーデンを遠ざけました。
ガーデンが丁重に頭を下げると、
「確かさっきの婦人達、3日後の夕刻、ここで夕刻市場が開かれる中、奴隷売買が行われると言っていたわよね……」
ミレーユは目を閉じながら落ち着いてこう言います。
「3日後の夕刻ここに来ましょう……止めるのよ、奴隷売買を!」
ミレーユは目をゆっくり開けました。
「しかし、私たちにその権限はありません。仮にあったとしても国王様からあなたを休日の日にしか
外出させるなとの契約が……」ガーデンは慌てふためいています。
ミレーユはガーデンの目を見つめ、きりっとした表情で言いました。
「私の命令です、ガーデン、その日は私と共にここに来るのよ!!」

ミレーユは興奮して口元が少し震えていました。


ミレーユは城に帰ってきて自分の部屋のベッドにうつぶせになるとこんな時にと思いながらもふと考えがよぎります。
あの男、ガーデンも父と同じ自分の抱いている疑念の思い、『力と金』そして……『女の人』に翻弄された人物なのだと。
ミレーユも男性を好きになったことはありました。
社交界で貴族たちとの交流もあり、少しばかりの恋愛もした事がありました。
でも周りに寄ってくる男たちはこの自分の、王女としての富と権力に魅了されているようでした。
そのために大人の遊びを求めてくる者達もあとを絶ちませんでした。
ミレーユはそういった男たちを次第に敬遠し、軽蔑するようになっていきました。
ミレーユは思います。力やお金……それに異性でもない大事なものって何なのだろう?と。
こんなことを考える自分はやっぱり幼いのかとも思いました。
でも、それだけではないような気もしていました。

ガーデンは悩んでいました。自分は本来なら王女を止めるべき立場にあると。

また、そもそも親が行う取引に自分たちが介入していいものかと。

しかし、3日後の夕刻市場が来る前に少年がなぜ奴隷商人に売られることになったかの経緯を街に出て調べることにしました。

それは自分の立場や王女の契約を破棄してまでもその少年を助ける価値がある事なのかを知るためです。

ガーデンは実情を知り、危険を冒してまでする事ではないと判断した場合、王女を説得することを試みるつもりでいました。

それゆえ、ガーデンは悩みながらも街の噂話に耳を傾けました。
街の噂はこうでした。それは《少年がアスター家の令嬢に失礼をした》と言う事でしたが、
その現場を見ていた人物の話によると、ある風の強い日の夕刻に、アスター家の家族が出先から帰り、
自宅の屋敷の前に馬車を止め屋敷に入ろうとしていたそうです。その時に突風が吹き、
アスター家の令嬢の日傘が飛ばされ、それを少年が拾い上げ親切にも令嬢に渡してしまった。
ところがその際に、誤ってその少年がその《令嬢の影を踏んでしまった》のが事の原因だと言うことでした。
アスター家の令嬢は自分の影を家族以外の男に踏まれるのを毛嫌いする気質があります。
だからいつも外では日傘をさし直接他の男に影を踏まれないようにしているのです。
それをあの少年が踏んでしまったために、アスター家の当主の怒りをかい、
その元で働いていた少年の母はその屋敷の召使を辞めさせられたということでした。

噂を聞いたガーデンは困りました。少年が悪いわけではないと。少年を助ける必要があるのではないか、王女の意志に従うべきではないかと。

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(2)

突き抜けるようなあの青い空の街で王女は黄昏る(2)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-10

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