背徳の蜜 第6話

背徳の蜜 第6話

シャングリ・ラ

触れる指先は微か。
花がこぼれてしまわぬようにと
愛おしむようなやさしい指先。
やわらかな刺激につぼみは目覚め
さらなる刺激を求めて膨らみを増す。

もっと強く……

けれど指先は残酷なまでに繊細。
狂おしいほどに冷酷。
追いつめては逃がし
逃がしてはまた追いつめる。

葉脈を流れる水は沸き
つぼみは激しく熱をもつ。
花は待ちきれず小刻みに震え
溢れだした蜜が、ぽたりと落ちる。

抑えても抑えても漏れ出す熱い吐息。
私は思わずくちびるに手の甲を押し当てた。
薬指のリングが鈍く光る。

彼はやんわりと、
でも有無を言わさぬ力強さでその手をつかみ

「我慢しなくていい……」

そう囁くと、ぬるぬると指を滑らせ
さらに私を追いこむ。
彼に応え求める声が部屋の空気を震わせる。

「それでいい」

開花の過程を楽しむような
その視線が私を焦がす。
焦らされ続けた体は熱を持て余し
自ら彼を求め始める。

くちづけをせがみ
求められるまま姿勢を変え
互いに舐め合う。
指先で広げられたその場所は熱く熟れ
溶け出した蜜が彼を誘う。

彼を包み込んだ瞬間
体中を循環していた痺れるような感覚は
一気に私の中心に集まり、そのまま私を貫く。

奥の感触を確かめるような
彼のリズムは独特で
私の体に刻まれていくそれは
意識の磁場を狂わせる。
自分が自分でなくなっていくようで
私は夢中で彼の背中にしがみついた。

熱いかたまりが届くたびに花は乱れ
こぼれんばかりに開き
仕舞いこんでいた内側があらわになる。
そして彼に揺られながら気づく。
自分が自分でなくなるのではなく
ここにいるのが他の何者でもない私。

彼を愛することが正しいのか過ちなのか
その答えは今はいらない。

彼の腕に抱かれ
彼の視線に包まれ
彼の起こす波に揺られて
彼を感じることだけが
今の私のすべて。

彼の上で味わう極上の蜜。
体の中で増幅されたリズムは大きな波となり
うねりの中に私をのみ込む。
全身があわだつように痺れ
私は細く長い叫びを残し彼の胸に倒れこんだ。


再び訪れる静寂。

彼の胸はほどよく筋肉がつき
ベルベットのように心地よい。
彼は私の体をそっと抱き
小さな子供にするように頭を撫でた。
たゆたう意識の中で
私の名を呼ぶやさしい声を聞く。

夢なのか現実なのか思考が完全に戻らぬまま
私はゆっくりと目を開ける。

「一度…呼んでみたかったんだ……」


幸せだった。
すごくすごく幸せだった。
その幸せはブラン・ド・ブルーの泡のように
儚く消えるものだと分かっている。
遠くにあると感じた幸せとは
違う類いのものだということも。

部屋に充満していた熱は冷やされ
白い結晶となりふたりに降り積もる。
それはスノードームのようでもあるし
細い糸に覆われていく繭のようでもある。

ホテルの名はシャングリ・ラ。
現実が横たわる下界から遠く離れ
夜の海に浮かぶ。

私は彼の腕の中で刹那の永遠を願う。

背徳の蜜 第6話

背徳の蜜 第6話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted