一瞬なにが起こったのか分からなかった。いつも私の味方でいてくれるはずの優等生の彼がそんなことを言うはずがない。そう思った。
「僕は分かったんだ」
彼は言う。私にはさっぱり分からないまま、彼の頭の中だけで事が進んで行く。
「君のことを助けていても、僕には何の利益もない」
その言葉でハッと気が付く。彼は今私を見捨てようとしているのだ。毎日毎日同級生から虐められる私を唯一守ってくれる存在だった彼は、今、私のことを見限ろうとしている。
「……どうして突然そんなことを言うの」
震える声を抑え込む。できる限り普通にしようとしたはずなのに発せられた声は聞こえるか聞こえないかぐらいのか細いものだった。
「僕は優等生だったと思う。先生にも好かれ、誰からも信頼され、そんな優等生な僕なら虐められる君を助けるのが当たり前だと、ずっとそう思っていた」
私のいる場所からは俯いた彼の顔はよく見えなくて、ただ暗い影に覆われていた。いつだって明るい笑顔でこちらを見てくれていた彼と同じ人物のはずなのに、今この瞬間、彼はまるで別人のよう。そう、私を虐めてくる女たちの取り巻きの、俯きながらも虐めを止めようとしない卑怯な奴らと、同じように見えた。
「優等生だから私を守らないわけにはいかない、そんな気持ちで私を助けていてくれたことは勿論分かってたよ。それでも守ってくれるだけ他の人たちよりずっとずっとましだと思ってた。感謝もしてた。なのになぜいきなりそんな風に言うの」
彼が少しだけ目を上げてこちらをちらっと見る。
「それは、君を守ることが僕にとって利益のあることだと思っていたからだよ。でも僕は分かった。そんなことに努力して時間を費やしていることは結局無駄にしかならないって」
確かに私を助けても、彼はやはり優等生であるという先生の評判があがるだけで、それ以上のことはなにもない。でも、その一つの理由があるから今まで守っていてくれたはずなのに。
「君を守って優等生だと思われるのは先生に好かれたい僕としては都合がよかった。その反面クラスメイトからは白い目で見られた。噂は噂を呼ぶとよく言うけれど、君と付き合っているという噂まで流れるようになった」
そんな噂など聞いたこともなかった私からすればその話は驚きだった。確かに虐められている子と付き合っているという噂など、優等生からすればはた迷惑な話だろう。
「うん、分かった、もういいよ。今まで守ってくれて、助けてくれて、ありがとう」
私はもう話を終わらせたかった。いくら話たって結論は変わらないのだ。自分が傷つくことにどんどん深入りしていきたくない。なのに、彼は俯いたまま動かなかった。
「優等生とはなんなのだろう。どこから見た姿のことを言うのだろう」
私が口を開こうとする前に彼が話を続ける。
「僕は君を助けている間ずっと恥ずかしかった。クラスメイトからは、優等生ぶっているという目で見られ、先生からの評価だけを追い求めて君を助けていることを後悔した。でも、そんな中、君を僕の唯一の僕の友達だと思うこともあった。だって僕が自主的に絡みにいっているのは君くらいなわけだから」
彼が顔をあげてまっすぐこちらを見た。彼は前のように笑っていた。
「君を友達だとするならば、僕は優等生じゃなくても君を守っていられるよね」
うん、と言おうとする前に涙がこぼれていた。彼はまだ私も助けてくれるということなのだろうか。よく分からないまま、私は唯一の友達を手に入れたのかもしれないという感動なのか感謝なのかそんな感情に振り回されて、涙を流し続けた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted