少し
気短な私の八つ当たり爆発日記。
少し
前の日の晩から明け方にかけて摂取したアルコール達が、未だ体内で白目を向きながら元気に踊り狂っていた。
それはそれはタチの悪いモンスター集団である。
その日の睡眠時間は三十分。強烈な頭痛が治まらぬ体調絶不調の私は、よろよろ歩きでバイト先のレストランで朝から働いていた。
お昼過ぎ、客入りピークタイムに、女はやってきた。
吐き気と戦いつつも、精一杯作った不気味な笑顔でお迎えし、座席へご案内する。
「ここは日当たりがあまりよくないわね、、他の席ありません?」
「申し訳ございません、あいにくこちらのお席しか空いておりません…。」
「そっかぁ。じゃあ、ここでいいです。」
まず、日当たりが良くないのは外が曇っているからである。次に、「じゃあ」が癪に障る。この時点でマイナス2点。来店して一分弱でこの面倒くささを覗かせてくるとは、一筋縄ではいかない臭が万年鼻づまりの我が鼻にもプンプン感じられた。
五分後、彼女は、ひょいと胸のあたりで右手をしなしなと舞わせる仕草で私を呼んだ。その手のひらの揺れを見ただけでまた酔いが悪化しそうだ。その上呼んだわりに、まだ決まってなかった。普段の気の短さに加え二日酔いの私は露骨にイラッとする。
悩んだ末、女はミックスフライランチ(ライス付)をオーダーした。
「ライスは少しにして下さい。」
「ライスは少しですね、かしこまりました。(少食なんやろなあ)」
注文を復唱し、去ろうとすると、
「すいません、コロッケのミンチのお肉ってどこ産ですか?」オーストラリア産です。(多分な)
「エビフライのタルタルソースは少しだけかけて、残りの少しはかけずに別添えで。」かしこまりました。(少しにこだわりすぎやろ)
「付け合わせのポテトの塩は少しで。」かしこまりました。(はいはい。)
「できたら、少しノンオイル気味でお願いしますね。」えっと…(できねえよ。それやったらミックスフライ頼むなそしてノンオイル気味とは如何に!それとさっきからその少しってなんやねん!)
「そうだ!(ひらめいた風のポーズを添えて)お皿は普段より少し小さめのものにしてください。そのほうが量が少し多く見えますから!なんてね。」はあ…(なんてね。じゃねえよ。お客様、けったいな思いつきは少しお控え願います)
あのね、それから、それからぁぁーと言わんばかりの勢いで補足注文を投げかけてくる彼女から逃げるように「し、失礼しまぁす!」と言い捨て、サササッと私は風の如くその場を離れた。案の定めんどくせえ。体に優しいライフスタイルを意識し、ナチュラルを心がけている感じ。自分の体には優しくしているが、店の忙しさにはまるで無神経に店員の私の足を止めている感じ。小セレブ垂れ流しているわりにあつかましい感じ。どこからともなく湧き上がってくる妙な拒否感。
厨房に通る伝票にその細々としたオーダーを、私の独断でほぼ端折った上で書き込んだ。
料理が出来上がり、「少し」好きの女の席へ持って行く。ソースは少しかけて少し別添え、ポテトの塩は少し、ライスも少し、である。皿のサイズはいつも通り。油も勿論、普段どおりに使っている。
「お待たせしました。ミックスフライランチでございます。ポテトのお塩とライス、少なめにしてあります。」
「ええ?ライスは、少し〝大盛り〟という意味だったんですが?どうゆうこと?」
「?」(どうゆうこと?こっちが聞きたくございます)
いやね、お客様?お客様?その「大盛り」ってとこ自分なりに略されてもね。女性という立場の自分が大盛りという単語を発するのに躊躇するならばその少しのライスで我慢しなさいよ。もしくは照れながらも大盛りといいなさいよ。大体さ、「少し」ゆうたら少量のものが出てくるんです。それならポテトの塩も大盛りにしたろかい。それより何より、あなたに無関係とはいえどもね、私こう見えていやそう見えてるかもやけどね、めちゃくちゃ二日酔いなんですよね。機嫌が悪いんです。このように心中でぐらいヒステリー起こしますよね。ええ、そうです八つ当たりっていいますこういうの。
胸糞を悪くしつつも、盛りなおされたライスを持っていく。バイトとはいえ、接客業。表情に微塵の苛立ちなんか滲ませてはいけないと思いながらも、やっぱり煮え切らず、
「ライス大盛りでございます!」勝ち誇った顔でデカめの声で言うたった。
鼻息荒く去ろうとする私の背中に、あえて大きな声で高笑い交じりのセリフ。
「えー。こんなに食べれませんけど!大盛りの度合い、少しじゃないよね?これ!」
おい少し黙れ。口縫うたろか。
怒りのボルテージ数値はもはや計測不可能。そこへ、普段から空気の読めない店長がちょこちょことやって来て、ムスッとした私に向かって、こう言った。
「ちょっとちょっと。少し笑顔が足りてないみたいやけど?」
は?少し? どいつもこいつもうるせえ。
でも、あれ?ブリブリ怒ってたら二日酔いの嫌ぁ~な胃のムカムカもぶっ飛んでしまっているではないか。これだけ興奮させてくれた彼女に少し感謝すらしちまった、能天気な私なのだった。
超大盛りのライスを結局一粒残らず召し上がられたお客様、どうもありがとうございました!
少し
怒り、苛立ち。それは人間が持つ最大のエネルギーなのかもしれない。