あばれる
『あばれる』
おう、と大山の赤鬼が叫びました。
おおう、とそれに答えたのは、もうひとつ向こうの大山の、青鬼でした。
赤鬼と青鬼の山の間の林で、どっ、と拍手が巻き起こって、それから、ずしん、と地面が激しく揺れました。
赤鬼と青鬼が同時に、足踏みをしたのです。
おおう、おう。
おう、おおう。
鬼たちの低い歌声が、これでもかと晴れていた真っ青な空の、隅々にまで響き渡ります。
すると、どこからかじわじわと雲があつまってきて、たちまち空は、灰色の雲で、もったりと重たく、暗く、覆われてしまいました。
ひゅー、ひゃー。
風がそう囃し立てながら、びゅう、と吹き抜けます。
ひゅー、ひゃー。
風の声はしだいに強まってきます。
ひゅー、ひゅー、ひゃああ。
ひゅー、ひゅー、ひゃああ。
やがて、風はあちこちでぐるぐると巻きあがって、めちゃくちゃに暴れ始めました。
ああああ。うううう。
ああああ。うううう。
ああああ。うううう。
あんまり風がうるさいので、赤鬼はついかっとなり、思いきり足を曲げて、ジャンプしました。
赤鬼の足が地面に着くと、どん、と大きな音がしました。
同時にどこかで地面が、ばりりと割れたようです。
それを見た青鬼は真似をして、同じように、どん、と精一杯ジャンプしました。
やはりどこかでばりりと地面が裂けて、森がちょっとへこみました。
さらに今度は、傾いた地面のせいで、どこか遥かな高い山から、
ごろっ、ごろんっ。
と、大岩も転がってきました。
ごろんっ、ごろんっ。
がりがりっ、ごっとん。
ごろんっ、ごろんっ。
大岩はつまずいて跳ねたり、途中の木を壊したりしながら、物凄いはやさで、転がっていきます。
その時、いきなり、
ぴしゃっ。
と、鋭い光が空を照らしました。
雷です。
どっ、どどどどーう!
すぐに恐ろしい音が轟き、空から雷が落ちました。ちょうど雷に当たってしまった岩は、たちまち粉みじんに砕けてしまいました。
どっ、どどーう!
どどっ、どどーう!
雷は続けて、二度、三度と落ちました。
そうして打たれた森は、めらめらと燃え上がります。
横殴りに雨が降ってきましたが、それでも火は消えません。
ひとつの所に集まり過ぎた雲は最初の雷を機に、次々とケンカを始め出しました。
ぴしゃっ、ぴしゃっ。
と、そこかしこで、雷が光っています。誰がよそへ行くべきか、だれがどこにいるべきか、もめているのです。
ふいに、おう、と赤鬼が叫びました。
赤鬼は、ざぶり、と川に足を浸けました。
おおう、と答えた青鬼も、さぶん、と川に入り込みました。
おう、おう、おう。
おおう、おおう、おおう。
二人が歌いながら足踏みをすると、川にぐらぐらと波が立ちました。
鬼たちの足がより素早くじだんだを踏むと、川がじゃぶじゃぶと、まるで空に引っ張られているかのごとく、高く、元気よく、とんがり出しました。
ざ、ぶううん。
しまいには、川は溢れてしまいました。
川から一気に流れ出た水が、近くの木々をごうごうとなぎ倒していきました。
土砂降りの雨の中で、相変わらず風は宴会をしています。
ああああ。うううう。
ああああ。うううう。
あーあーあーあー、うーうーうーうー。
赤鬼は「ぐわっはっは」と笑いました。
そして「えいやあ」と、力強い腕を振り回して、青鬼と相撲をしようとしました。
青鬼はぐわっ、と歯を見せて笑い、赤鬼のこぶしを、がっしりと受止めました。
赤鬼は青鬼の腕を掴んで、力いっぱいに、相手を宙へ投げ飛ばしました。
放り出された青鬼は、しばらく空中に浮いて、
ずうん。
と、森の中に落ちました。
青鬼は潰れた樹の中から、のそりと立ち上がりました。
「があっ」
と、青鬼は気合の声を入れて、赤鬼に突進していきました。
青鬼のあたまが、赤鬼のおなかに、一直線に向かってきます。
赤鬼は正面からそれを受けました。
山と山がぶつかるような、凄まじい音がします。
赤鬼は青鬼のあまりの勢いに、いくら踏ん張っても、後ろへ下がらずにはいられませんでした。
赤鬼の押された跡が、二本、森にずるずると引かれます。
そのうち止まって、赤鬼と青鬼は、ぐぐ、と、押し合いました。
突如、青鬼が赤鬼に、わっとのしかかりました。
赤鬼は倒されながらも、なおも諦めずに、相手の腕を掴んで離しませんでした。
鬼たちはもつれ合いながら、
ぐわん、ぐわん。
と、転げまわりました。その下ではめきめきと音を立てて、どんどん木が潰れていきました。
おう、おおう。
おおう、おう。
鬼たちの声がそこら中の山にぶつかって、こだまします。
雨はまだ吹き荒んでおり、雷も、絶えることがありません。
風はいよいよ途方もなく、手の付けようもないほどに荒れています。
その時、遠い空の向こうで、
カッ!
と、光るものがありました。
赤鬼も、青鬼も、
風も、
雲も、
森も、
みんないっぺんに、そちらを向きました。
太陽です。
押し寄せていた雲たちの群れを掻き分けて、太陽がやってきたのです。
太陽は輝きながら、すべてを一息に吹き飛ばしました。
暖かい風です。
暴れん坊の風はあっという間にちりぢりになり、
文句ばかりの雲はあちこちへちぎって流され、
おおぜいの森はきゅっと背すじを伸ばし、
鬼たちはばっと剥がされて、それぞれの大山へと帰るよう、叱られました。
こうして、二つの大山の森に青空が戻って来ました。
それまでどこかに隠れていた動物たちが、ちょこちょこと姿を見せ始めました。
木々のうろから、洞窟の中から、密かに掘った穴の中から。
小さな生き物たちがそっと首を出して、辺りの様子を窺います。
ややあってから、チチチ、と鳴きながら、すずめが一羽、小さな翼を羽ばたかせて飛んでいきました。
終わり
あばれる
タグにコメディとつけましたが、はたしてコメディと呼べる話だったでしょうか。
「コメディ[comedy]」と辞書で引いてみると、「喜劇。特に、大衆向きの軽い喜劇。」(明鏡国語辞典)と出ました。
やはり釈然しませんでしたが、少なくとも私の中では、何か楽しさの源流のようなものを吐き出せた作品であったと感じています。
どうも私は、身体を動かすことが好きなようです。