My home (town).
陽子は三人の息子達が将来大きくなり、生まれ育ったこの家を出てどんな「マイホーム」を持つのかとても楽しみにしていた。子供達がどんな一国一城の主になるのか、そして密かな夢が陽子にはあった。
息子達が生まれ育ったこの二階建ての古い家は夫の実家で、死んだ夫には申し訳ないけれどお世辞にも広くて綺麗だとは言い難く、壁や天井もかなり薄汚れているし柱も傷だらけ。隙間風もひどく、窓も何だがギシギシと変な音を立てている。
部屋数が少ないのでそれぞれに部屋を当てがってやる事も出来ずに、息子達が小、中、高、大学生の頃は長男と次男は同じ部屋、三男は夫の母親、つまりおばあちゃんと同じ部屋で生活させていた。それぞれ不満はあったであろうが、文句を言った所でどうする事も出来ない。住んでいる人数に対して部屋数が絶対的に少ないのだから…唯ベランダから見る夕陽だけは美しかった。
この家を一番最初に出て行ったのはしっかり者の長男。大学卒業と同時に一人暮らしを始めた。そして元気者のおばあちゃんが亡くなり、お調子者の次男もまた大学卒業と同時に家を出て行った。家の人口密度が少なくなればなるほどに隙間風が身に沁みた。のんびり者の三男はもしかしてずっとこの家に居座るのでは…と要らぬ心配をしていたが、半年前に大学卒業後社会人になるとすぐに結婚をしてこの家を出て行き、夫婦水入らずの生活を楽しむ暇も無く真面目な夫は三ヶ月前、定年後程なくして亡くなり今やこの家に住むのは陽子一人きりとなってしまった。
今年30歳になる長男は結婚していてまだ小さな子供が二人いて、中古の3LDKのマンションを二年前に購入し親子楽しく暮らしている。マンションはいいよワンフロアでバリアフリーだから。そう言われると、二階建てのこの家は階段が辛い歳になったわね…と陽子は思う。子供が大きくなったら母さん、一緒に住もう。と長男は優しい事を言う。でもね…母さんには隣近所との交流の無いマンション暮らしは無理だわ、と陽子は長男の優しい気持ちだけ有難く頂戴する事にする。
今年27歳になる次男も結婚していて子供はいないが、建売の三階建ての一軒家を一年前に購入し今だに妻と二人新婚気分を楽しんでいる。新築はいいよ綺麗だし窓がギシギシ言わないし。そう言われると、新築の家に住んだ事の無い陽子は新築の香りに包まれたいわね…と思う。子供はまだ作るつもり無いから母さん、一緒に住もう。と次男は優しい事を言う。でもね…母さん二階建てのこの家でもヒーヒー言ってるのに三階建てなんてとても無理だわ、そして二人のお邪魔虫になりたくないし、と陽子は次男の優しい気持ちだけを有難く頂戴する事にする。
今年23歳になる三男も結婚したばかりだがもうすぐ子供が産まれる。いわゆる授かり婚と言うもので、だから結婚を急いでいたのね…と陽子はのんびり者だと思っていた三男を少々見直した。新婚なのでまだ賃貸のマンション暮らしだが、将来どんなマイホームに住むのか陽子は楽しみにしていた。
夫の百か日忌の法要で古いこの家に久しぶりに顔を揃えた三人の息子達。
「来月子供も産まれるし、そろそろこの家に帰って来るかな」三男がポツリと呟いた。
「三郎、利奈ちゃんは了承してるのか⁈」長男が叫ぶ。
それを聞いていた台所に立っている息子達のお嫁さん達の中に居た三男のお嫁さんの利奈ちゃんがこちらの居間に向かってピースサインをした。
「一郎兄ちゃん、利奈はこの家に僕達が帰る事に大賛成さ。子供が産まれるからさ、母さんが側に居てくれたら嬉しいし」
「三郎、母さんをこき使うつもりか⁈」次男も叫ぶ。
「二郎兄ちゃん、人聞きが悪いなぁ。母さんは側に居てくれるだけで良いんだよ。僕さ、昔からおばあちゃんと同じ部屋でさ、子供の時はそれが嫌な時もあったけど…何て言うか自分の子供の側にもおばあちゃんが居てくれたらイイなって最近思う様になってさ」それを聞いて仏壇のおばあちゃんはさぞ喜んでいるだろうと長男の幼い子供達の遊び相手をしながら陽子は思う。
「しかし…母さんをこの家から連れ出す事ばかり考えていたけど、その手があったんだな。この家に一緒に住むっていう発想が俺には無かった…」長男は頭を抱える。
「本当、父さんも母さんもこの家を継いでくれなんて一度も言わなかったからな。三郎、お前ズルイぞ…」次男は首を項垂れる。
三郎は昔から要領が良くて、これだから末っ子はイヤだ、まるで昔話の三匹のなんとかみたいだ、と二人の兄達は口を揃えた。
死んだ夫と陽子が息子達に家を継いで欲しい言わなかったのは、息子達を縛り付けたくなかったから。自分達の好きな場所で生きていって欲しいと願っていたからだ。けれど、この家を継いで欲しいと思っていた事も事実だ。陽子は目頭が熱くなった。密かな夢が叶ったからだ。
My home (town).