ブラザーズ×××ワールド A13(完結)

戒人(かいと)―― 13

 魔術師の男は、町の外の共同墓地に葬られた。
 結局、名前すらわからなかった。
 広大な石の街は、高さ二十メートルほどもある苔むした城壁によって囲まれていた。
 初めて市街の外に出た戒人が見たのは、果てしなく続く荒涼とした原野。その中に、人の手が入っていないと思われる森林が点々とある。日本ではまず見ることのない乾いた景色。ここが別の世界とあらためて実感させるものだった。
 埋葬が済んだあと、
「……なぜだ」
 戒人はアノアに向かって口を開いた。
「なぜ、ここまでしてくれた?」
「ハッ」
 いまさらというように、アノアは鼻で笑った。
 それでも戒人は言葉を続け、
「おまえたちにとって、魔術師は厄介者のように聞こえたが」
「まあね」
 アノアは、戒人の言葉を否定しなかった。
「獣人なんて化物を作っといて、手に負えなくなったら自分たちだけさっさと逃げ出したんだ。相手したくないのが普通だろ」
「なら……」
 さらなる問いを口にする戒人。
「そんな化物がうろつく街に、なぜ人が集まる?」
「ここで暮らしてるやつらがいるからさ。これだけ大きな街だ。食べ物も服も必要なやつが大勢いる。いくらでも商売になる」
「なぜここに住み続ける? 獣人のいない町だってあるだろう」
 アノアは再び薄い笑みを返した。
「あんた、本当にこの世界のことを知らないんだね」
「………………」
「ここはねえ、上から落ちてきたやつらの吹き溜まりみたいなところなんだ。魔術師や獣人だけじゃない……もっとわけのわからない化物だっている」
「……ここのほうがましだということか?」
「ましかどうかは知らないけどね。すくなくとも街が守ってくれる」
 思わぬ言葉に戒人は息をのむ。
 そして、はっとなる。
 街が守ってくれる――昨夜男が戒人を自宅に招いたのは、そこが獣人に襲われない場所だからということか。
「この石の街はね、もともと魔術師たちが造ったものなんだ。何が起こっても大丈夫なよう頑丈にさ」
「そうか……」
「獣人は昼には出てこない。夜は家にこもれば襲われないってことさ」
「……なるほどな」
 そうつぶやくも、戒人はあらたな疑問を投げかける。
「何が目的だ」
「は?」
「獣人だ」
 戒人にとって一番気にかかっていたことだった。自分が〝神饌〟というもので、彼らに狙われているらしいということなら尚更に。
「魔術師から自由になった……そのあとやつらは何を目的にしている?」
「目的ねえ」
 腕を組んだアノアが、眉根にしわを寄せる。
「はっきりとは言えないけど……ここを完全に自分の町にしたいんじゃない? 魔術師だけじゃなく、他の人間もみんな追い出してさ」
「………………」
 この町を支配する――
 その答えに、しかし、戒人は違和感を覚えていた。
 戒人が獣人に関して知っていることはほとんどない。だがあの獣人――トリスのことはすこしわかるような気がしていた。印象がすぐ下の弟に似ていることもあって。
 あのタイプが単純な〝支配〟を望んでいるとは思えない。望むのは快楽。一瞬の高ぶりだけのはずだ。
(いや……)
 己の中の決めつけを否定する戒人。
 獣人はトリスだけではない。昨夜見た者たちも含め、相当数が巨大な迷宮を思わせるこの石の街に潜伏しているはずだ。
 その思惑を測ることなど、いまの戒人にできるはずもない。
 戒人は頭をふり、答えの出ない問いを払う。
 確実なことは一つ。いま、無力な自分が何の用意もなくこの町を離れるのは自殺行為だということ。
 それでは――弟たちを捜し出すこともできない。
(力……)
 戒人の脳裏に浮かんだのは、人を超えた身体能力を持つトリスと渡り合った中年男の姿だった。
「おい……」
「今度はなんだい?」

「どうすれば、魔術師になれる?」

「はあ!?」
 驚きの声をあげるアノア。
 戒人は、本気だった。
 昨夜獣人たちを追い払い、今日トリスと戦った魔術師の力――この世界で生きるためにあの力がどうしても必要だと思えたのだ。
 と、
「……っ」
 中年男の遺体にすがっていたミアが、不意に戒人に抱きついてきた。
「………………」
 無言のまま、戒人に顔をうずめるミア。
 悲しみに耐えるように、その小さな肩がふるえていた。
「ミア……」
 末の弟にそうするように、戒人はミアの頭をなでた。
 獣の耳が手にふれる。しかし、戒人の想いが変わることはなかった。
 人間でなかろうと、彼女が悲しみにふるえる年端もいかない少女であることに変わりはない。戒人にはそう思えた。
 と、
(あ……)
 不意の気づき。
 ひょっとして男が自分を殺そうとしたのは……この娘のためではないのか。
(神饌……)
 予想もしていなかったホテル火災。
 そこから、さらに予想を超えた事態に陥った自分。しかし、どのような状況になったとしても、やることは決まっている。
 両親を失い、三人残された兄弟の長男として――

 弟たちを――必ず見つけ出す。

ブラザーズ×××ワールド A13(完結)

ブラザーズ×××ワールド A13(完結)

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-07

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