凛々

ちょっと長めの小説です。

1、角を曲がると

あいつは、いじめられていた。俺は一人ぼっちだった。なんだか、似た者同士だなって思いながら、俺はそいつがいじめられてるのをぼぅと見ていた。
助けもせず、ただ殴らても声をあげないあいつのことを心の底から感心しながら見ていただけだった。
はっと、気づいた時には、もう飽きたらしく殴ってた奴らはヘラヘラと笑いながら何処かに消えた。すぅと静寂が満ちる。俺とあいつだけの世界。向こうも声を出さないから俺も声を出せなかった。
数分も経った後だっただろうか?あいつは、何事もなかったように立ち上がり歩き出す。何事もなかったといってもふらついてはいる。
声をかけようとしたが、あいつは、角を曲がって見えなくなってしまった。なんだか、あのまま、放っておくのは気分が悪い。助けにも入らなかった俺の言えることではないかもしれないけれど、それでも、だ。
急いで追いかけ角を曲がると……そこは壁で、急には止まれない俺はその壁にぶつかるしかなかった。
「どわっ、!!?」
変な奇声と共に壁にぶつかる……いや、壁の中へと吸い込まれていった。

2、次はどこへ?

ふっと、意識が覚醒して、あたりを見回すと、そこは、ヘンテコリンな世界だった。おかげでもう一回意識が飛ぶところだった。
階段が逆さになっていたり、手の届かない場所にドアノブがついていたり、窓は半開きでガラスがなかったり、壁はタイル張りや木張り……統一性も完成している姿もない。そして、外を見ると、朝昼晩がグラデーションのように重なって広がっている空で、明るいところも暗いところもバラバラだ。
ここは、どこだ……?
何故だか分からないが、これが夢ではなくて、現実であることを俺は確信していた。
とりあえず、歩いてみないことには……。
「あ?……はぁぁぁ!?」
寝っ転がってる時は何も思わなかったが、起き上がろうとしたところで、俺は自分の体に違和感を感じた。そう、小さくなっていた。小学生くらいだろうか?
なぜか、家の中に池があったので、自分の顔を映すと、やはり、小学生くらいの自分の姿が映っていた。
「……六年生?」
意地の悪そうなやんちゃそうな顔つきは全然変わらないのだが、なんとなく自分の顔を見ていると、小学校六年生くらいの時の自分の顔を思い出す。
アホらしいと自嘲気味に笑って、俺はそのまま外へと出て行った。

3、向こう岸まで

とにかく、あいつを探さないと。
俺が助けなかった、殴られても声も出さなかったあいつは、この世界にいると思った。思っただけでどこにもそれを認めてくれるモノはない。ただ、自分の直感がそう告げている。頼るモノは他にないのなら、今は自分に頼ってみるしかない。
それにしても……。
「あるきにくいっ!!」
あー、マジでなんなんだよ。ここは。
せめて、それだけでも説明してくれると、もっといきやすい。けれど、ここには誰も居なかった。
バシャバシャと音を立てて歩く。部屋を出て、少し出たところは限りなく浅く広い海だった。いや、多分、海だ。もしかしたら、湖なんてこともあり得るのかもしれないと思う俺は順応性が高いと思う。褒めて欲しいくらいだ。
限りなく広いと行っても、遠くの方には何か建っているモノが見えるので、全部が全部、海ではないようだ。
子どもの姿で、この浅く広い海をどのくらい歩けるのかは分からないが、あいつを探す前に人を探さなければ、どうしようもなさそうだ。
今日中に向こうに見える岸まで辿り着かなければ、一体今日はどこで寝る?そもそも、ここは俺の居た世界のように朝昼晩があるわけではないようだ。グラデーションに重なった空は、少しずつゆったりと動いている。動く分、明るさや暗さがその場所によってずれて行く。しかも、ずれていくだけでなく、いきなり朝が夜に変わったり昼から朝になったりするからタチが悪い。
子どもの体力でどこまで持つのか知らないが早めに向こうに着いた方が良さそうだ。

4、出逢いは唐突に

バシャバシャ……バシャバシャ……と音を立てて歩いて行って、やっと向こう岸だと思っていた場所についた。そして、ここも中々にヘンテコリンだった。
ここの土地は、空には、星が瞬いていて、こちらの世界で例えるなら、英国風の紳士淑女がお洒落で上品な服で着飾り楽しそうに歩いていた。ただ、なんだか、ハロウィンのような雰囲気とそんな格好をした人たちも沢山歩いている。明らかに人ではないモノも居ないではないような気がするが、それは見なかったことにする。これ以上は俺の頭の容量が持ちそうにないからだ。
さて、まずご飯からだな。
お金がない俺は、最初から宿を探すという選択肢は捨てている。それに宿がなくても寝ることには寝れる。ちゃんと陸地であればの話だが。幸い、ここはそれほど寒くはないしむしろ心地の良い温度だ。
「よし。」
と気合を入れると、俺はご飯が盗めそうな屋台や場所を探すためにあたりを見渡す。
これだけ浮き足立った場所なら物を盗むことなんて造作もない。そう思って駆け出そうとした瞬間、声をかけられた。
「どうしたの?迷子?」
手を引っ張られて、思わず転けそうになったが、なんとか踏みとどまって声をかけた奴に振り返った。とても綺麗な女性だった。見た瞬間、美人だと分かる。それくらい綺麗な人だった。口に出そうとしていた言葉が喉から先に出てこなくなった。
「もしかして、湖から歩いてきたの?水滴ついてる。」
え、あれ、湖だったのか!!?俺の半分冗談の予想があってたのか!!?と思わず心の中で突っ込んで、また声が出なくなった。びっくりしすぎた。
何も言わない俺に彼女は何を思ったのかは知らないが、ニッコリ笑うと俺の手を引いて歩き出した。俺は半ば無理矢理引きずられながら、彼女に着いて行くしかなかった。

5、気づいたら彼女のペース

彼女に引きずられて連れて来られた場所は、お洒落なカフェテリアだった。彼女は席に座ると俺にも座ることを促し、メニュー表を開いた。俺もそのメニュー表を覗くと、見たこともない文字でメニューが書かれていた。
うわぁ、一から語学の勉強すんのか……。
げんなりした俺だが、それは一瞬のことだった。書けそうにはないが、その文字は知らない筈なのに読めたからだ。どの文字もスラスラと読める。有り難かったが、同時に気持ち悪さも感じた。そんな俺には気づいていない彼女は、素早く注文を取る。多分、言葉の量からして俺の分まで頼んでくれたらしい。
頼み終わった彼女は、ニコニコしたまま俺の方を向くと、わしゃわしゃと頭を撫で回してきた。
「君、名前なんていうの?」
「まず自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?それともここはそういう礼儀は通じない場所か?」
むすっとしたのには理由がある。子ども扱いされたからだ。もちろん、この姿ではどうしようもないのかもしれないが、ムカつくものはムカつくのだ。
彼女はキョトンとした後、クスクスと笑い始めた。
「ごめんね。君、しっかりしてるんだね。……申し遅れました。わたくしは、ルナ・ティーンズと申しますわ。貴方のお名前は?」
ああ、お嬢様なんだろうなぁ……育ちが良さそうだ。
「俺は、り……」
名前を言おうとした時に、食事がきた。温かいココアとサンドイッチだった。
「ごめんなさい。なんて?」
「リリ……」
ぱぁっと彼女の顔が輝いた。
ん?俺、いまなんて言った?ちょっとまて?ん?
「まぁ、!なんて可愛らしい名前!!君にぴったりよ!!リリね、覚えたわ。私のことはルナって呼んで下さるかしら?」
「あ、ああ……」
彼女は更に嬉しそうに顔を輝かせた。
……とても、いや、実は違うんです。なんて言える雰囲気ではない。出来れば、美人の悲しい顔は見たくない。なんで、リリなんて言ったんだろう?実は俺も疲れてるんだろうか?などと、半分現実逃避を始めながらご飯を食べることに専念することにした。
ま、いっか。ルナさん、喜んでるし嬉しそうだから……。

6、本物のお嬢様

ルナさんにご飯をご馳走になった俺は、また半ば引きずられながら、今度はカフェテリアの二階に来ていた。どうやら、ここはこの一つの建物で何でも揃うように作られているようだ。
明らかに子ども用の服を意気揚々と選んでいる。有難い、とても嬉しい。だけれど、なぜか不安を覚える。俺は何も見てない、気にしない、知らない。例え猫耳が付いてるパーカーだろうと、なんだか、ゴシックタイプのファッションだろうとルナさんが選んでくれた服なら何でも……。そう、何でも。
流石に度が行き過ぎな服まで出てきたから、俺が断りを入れようとしたところで、ルナさんはとても楽しそうにこっちを振り返った。
「うんっ!やっぱり、これね!!」
……やっぱり猫耳パーカーは外せないらしい。なんと、まぁ、あっちにいた頃の俺には想像できないような可愛らしい服を着せられ、その一着を着せただけで気に入ったのかそのまま購入した。他にも何やら色々買っていたが、もう諦めた。
買ってもらった猫耳パーカーの猫耳をいじりながら、ルナさんを待つ。どこかに電話をかけて、用事が済んだのかこちらに歩いてくる。
「迎えを呼んだの。さ、下に行きましょう」
さすが、金持ち。本物のお嬢様は格が違った。
お店の人が荷物を持ち、俺たち二人は階段を降りて、既に外に待っていた車へのりこんだ。どうやら、ルナさんが電話してくることは分かっていたようだ。そのまま、車で彼女の家へと向かった。

7、ジャック

ルナさんの家は、とても大きかった。え?これ、お城じゃないの?と思わず問いかけそうになったくらいだ。家の大きさから見ても、本当にお嬢様なんだろう。多分、昔からある名家とか大家とか呼ばれる部類の……。
家の中へと案内……というより、相変わらず、俺はルナさんに引きずられながら歩く。階段登って、右にいって、真っ直ぐで、段々考えるのが怠くなってきた俺は、ぼぅっと長い廊下にある花瓶や絵画を見ながら、ルナさんに着いて行った。
結構歩いたところにドアがあり、それを使用人たちが開けて、中に入ると、言葉を失った。
ぼけーっとして呆然としていると、ルナさんが話しかけてきた。
「リリ、どうしたの?」
ルナさんに話しかけられて、はっとして意識を戻す。
「あ、いや、なんていうか、俺の所では見たことない光景で……」
そう、見たことない光景だった。物が動いたり喋ったり、いや、確かにそりゃこの世界ならあり得るだろうと思っていたけど、こんなに早くご対面するとは思っていなかった。
「あら?リリは、動く物を見るのは初めて?」
コクリと頷く。すると、ルナさんは、嬉しそうに笑う。
「ぜひ、お友達になってあげて。そうだ!貴方にひとつ、お友達を差し上げましょう。」
差し上げましょうってそんな簡単に!?ルナさんは天然だったりするのかな……なんて思いながら見ていると、小さなハロウィンカボチャが喋りかけてきた。
「やい、お前か。ボクと喋りたいやつは」
「いや、ちがうけど。」
すぐに否定した。すると、泣き出しそうにハロウィンカボチャは顔をゆがめて、うわぁぁぁぁん!とルナさんに飛びついた。
うわぁ、めんどくせぇ。
「リリ……。」
ルナさんがとても悲しそうな顔をする。俺はすぐに気を取り直してニッコリ笑った。
「話したい。すげー話したいよ。そいつと。」
「ほら、ジャック。リリは貴方と話したいそうよ」
ニコニコ笑うルナさん。ぐずるジャック。……親子か?
「わかった!ボク、お前と話す!!」
そう言うと、嬉しそうにぴょんぴよん跳ねてどこかへ消えた。
おい、話したいんじゃなかったのか。
「ふふ、よほど嬉しかったのね。ありがとう、リリ。」
「俺はなにも……。」
首を横に振ると、彼女は少し寂しそうな顔をした。
「これから、ジャックはリリにとって、とても良いお友達になると思うの。あの子は不思議なジャックだもの。」
「不思議なジャック、?」
「あの子は、とても凄いのよ。家になったりランタンになったりその時によって使い方は様々なの。必要に応じて小さくなったり大きくなったり出来るの。」
ルナさんは何も言わない俺にふわりと笑いかけると問う。
「リリ、貴方、旅人でしょう?」

8、旅人

……旅人?
俺は首を傾げて、分からないことを示した。すると、彼女は驚いた風でもなく、聞いてきた。
「違う世界から来たのでしょう?」
流石に驚いた。なぜ、わかる?と質問するより先にルナさんは俺に言った。
「ここから来たから。」
「ごめん、ルナさん、分かんないから説明してもらえるか?」
そういうと、ルナさんは、小さく笑って頷いた。
「ここの住人は、ここから出られないの。なのに、貴方は湖の方から歩いてきたわ。だから、すぐに旅人だって分かった。私たちの住む町は私たちを縛っているの。曖昧な世界では、私たちは生きられない。曖昧になってしまうから。だけれど、旅人は違う。色んな世界を回って見て見聞を広めることが出来るの。私は湖の向こう側の世界を知らないの。」
ルナさんはとても寂しそうだった。
なるほど、ここの町……ハロウィンの町の住人はハロウィンの町でしか生きられない。そして、他にあるここの様々な世界もそうなっているのだろう。多分、それがこの世界の理でルールなのだ。まぁ、俺が来たのはこの世界とはまた別の次元の世界なんだが、それはハロウィンの町から出られないルナさんにとってはどこの世界でも同じことだろう。そして、それを行き来できるのは、旅人と呼ばれる俺を含めた者たちだけってことか。
「なるほど。それで俺が旅人か。」
「最初は驚いたわ。こんな小さな子どもがって。でも、話したら、なんだか子どもじゃないみたいなの。変ね。」
屈託のない笑みで笑うから俺もつられて笑った。ルナさんは俺をみて、笑顔の方が素敵なのにずっと無表情なんだものと言う。
そんなこと言われてもな、これが元の顔なんだ……。
「旅人になる人は、想いの強い人たちって聞いたわ。リリも……。」
「いんや、全然。俺は人を探してて、そいつを見つけて聞きたいことがあるだけ。ルナさんのような美人に憂いてもらえるほど真面目な人生送ってねーよ。」
また、ルナさんは笑う。そんなにおかしなこと言ってるつもりはない。でも、ルナさんが嬉しそうならそれでいい。
「人を探すなら、早く支度をしなくちゃ。ジャックに声をかけてくるわね。」
何から何まで用意してくれるらしい。本当に優しいお嬢様だ。
一人になった俺は、ゆっくりと息を吐いて自分の目的を思い出す。あいつに会うためにここにいる。まぁ、でも、時々ここに帰ってきて旅の話しようかな。
俺は小さく笑うと、部屋をでた。ルナさんに挨拶して出て行く気など最初からなかった。ジャックは勝手に着いて来るだろう。ぴょんと俺の頭の上にウサギが乗った。どうやら着いて来る気満々らしい。騒がしい旅路になりそうだなぁ……なんて考えながら、ルナさんの屋敷をでて、湖まで歩いてきた。
「ルナ、泣いてた、」
後ろからジャックが来て、飛ぶと小さくなって、俺の耳に当たるとイアリングになった。本当に便利な奴だ。
「そーか」
「でも、ボクいった!おまえ、また会いにくるって。そしたら、笑顔になった。」
「おう。」
ウサギも頭の上で跳ねている。俺はまた湖の水に足をつけて歩き出した。

凛々

第1章書き終わりました。
個人的には、リリくん大好きです。とても好みです。

凛々

俺はあいつを探すために旅にでた。けれども、そこはヘンテコリンな世界だった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-07

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  1. 1、角を曲がると
  2. 2、次はどこへ?
  3. 3、向こう岸まで
  4. 4、出逢いは唐突に
  5. 5、気づいたら彼女のペース
  6. 6、本物のお嬢様
  7. 7、ジャック
  8. 8、旅人