ちょっとした小噺。スタバ通いの女子高生
ちょっとした小噺です。今回はスタバを題材にしてちょっと短いのを書きました。コーヒー片手にご覧下さい。
「ねー!先週でたスタバの新作知ってる?アーモンドミルクのやつ!!withハニーだって!もー絶対絶対ぜっっったい飲まなきゃだめだね!!結衣飲まなかったら損するよ!」
週の中日である水曜日は午前中までしか授業はない。ほとんどの生徒は2時限後のHRが終わったらいそいそと教科書とノートをしまって校門目指して早足で昇降口に向かう。
部活がある生徒はいつもより長く活動できるご褒美日を効率的に過ごすために運動部は更衣室へ、文化部はお弁当片手に部室へ流れていく。生徒たちはそれぞれ自分たちの向かうべき”居場所”へ帰っていくのだ。結衣と小百合も例外ではない。テニス部が屋外コートへ向かい、帰宅部が自宅へとチャリを走らせ、先生達が職員会議の準備のために書類のたまったデスクへ収まるように、2人もまた今日も駅から少し離れたスターバックスへ足を運ぶ。
ナチュラルブラウンに染めたツインテールを跳ねまわすようにリズムよく歩く結衣は、パステルピンクのカバーがかかったスマホを片手でいじりながら熱弁する。彼女お得意のスタバトークだ。
世界60カ国以上に店舗を構える大型コーヒーチェーン店スターバックスコーヒーはギリシャ神話の怪物セイレーンが深緑色でイラストされた特徴的なロゴが目印になっており、普段コーヒーを飲まない人であっても知っているであろうというくらい有名である。もはや、”スタバ”という名前そのものがブランド化されつつあり、日本では若者の溜まり場と化している。それは日々更新される新メニューとほかコーヒーショップと比べても、コーヒーをあまり飲まない人でも注文しやすい多様なメニューとその価格帯のせいであろう。特に月1のペースで変わる新メニューは明らかに若い女性をターゲットにした甘さとヴィジュアルの可愛さを前面に押し出している。現に隣でいかにスタバが素晴らしいかを大真面目な顔で語っている結衣もその戦略にまんまとはまっている消費者のひとりだった。
この春高校2年生になった結衣と小百合は週に一回の午前授業の日の帰りには駅のスターバックスに寄るのが2人のお決まりになっている。
同じ指定のセーラー服でも原宿で買ったベルトでスカートの丈を短くしている結衣は日々スタバの情報をチェックし、新作が出ようものなら毎週訪れるこの日に早速頼み、様々な角度から写真を撮ったあとSNSに投稿する。彼女のカメラロールにはスタバ用のアルバムが用意されており、ここ最近はもっぱらそちらの数が増えているようだ。
小百合は反対に指定服のスカートを折ることもなく、採寸した時のサイズのまま着続けている。少し足を曲げると膝小僧がすっぽり収まる長さが、誰かに媚びることもない感じがして気に入っている。週に一回のスタバデー。始まった当初は良かったものの、最近はあまり楽しみではなくなった。むしろ限りなくストレスになりつつある。
そもそも小百合はコーヒーが割と好きで、スタバも好きな方だったのだ。
特にホワイトモカが大好きで冬から春にかけてはホットで頼み、上にのっかっているホイップクリームをこれでもかというほど盛ってもらうのが小百合オーダーだった。夏場はホワイトモカのフラペチーノはメニューにないため、同じモカのメニューである、ダークモカチップフラペチーノを頼む。もちろんホイップクリームは蓋にべったり付くぐらいまで盛ってもらって。
一緒に食べるフードは季節のおすすめの中からその日の気分で吟味して選ぶのが楽しみだった。だからこそ、フードメニューが詰まっているレジ横のケースの隅々まで目を通し、たとえレジ脇が混んでいたとしても、時間をかけ後悔しない選択をするのだ。反対に結衣はメニューの文字を読むよりも先にヴィジュアルで気に入ったものを指差し、新作のメニューと一緒にお盆に載って出てくるのをご満悦の表情で迎えるのだ。その時の若い女の子を見て鼻の下を伸ばすおじさんのような、悦びを隠しきれない表情をする結衣が割と小百合のお気に入りで、実は密かに隠し撮りしていたりする。
発端は大通りを挟んだ向かいにあるこじんまりとした喫茶店が店前に出したブラックボードが原因だったのだ。
”春期限定 ホワイトモカコーヒー ホットorアイス450円 お好みでアイスやクリームを添えてお飲みください おすすめはさくらクリーム おいしいですよ”
シンプルな白のポスカででかでかと書かれたその文字は、通りを挟んだ2階席の窓からも確認できた。モカを出すコーヒーショップというのはそう珍しくないが、ホワイトモカでは話が別である。普通のチョコレートとは違うなめらかで、わざとらしい白さがコーヒーとは決別していてコーヒーの専門店、特に個人店ほど扱う機会は殆どなく、だからこそスタバを利用していたのに、まさか向かいの、それもこじんまりしたレトロな喫茶店がメニューに載せるとは思わなかった。迂闊だった。
今日のスタバは少し混んでいて、2人なのに2階カウンター席に横並びになって昼過ぎの太陽の暖かい陽気を前面に浴びながら親の敵のような目で『喫茶 ルフラン』の看板を見つめる。今日こそはルフランに行こうと思ってみても、小百合は結衣に連れられて今日もまた
ダークモカチップフラペチーノを啜り季節おすすめのパウンドケーキにフォークを突き刺すのだ。
「…絶対美味しいに決まってるのに」
「?なんか言った?」
「ううん、なんでもない。写真撮れた?」
「もう、バッチリ。ケーキと並んだら、ほら、みて。もう、最高。」
上にサクサクのクランチが乗った真っ白なアーモンドフラペチーノの横にはザクザクのクランブル生地にこれでもかというくらいのフルーツたちが乗ったケーキが寄り添っている。その姿はスタバのHPの宣伝写真として扱われそうなくらい型にはまっていて、つまらないもののように感じた。
結衣にはエゴさが足りない。それは小百合の中でほぼ断言できた。
物事をざっくり、きっぱりと判断し選択することはできるが、結衣はモノに対して頓着も執着もしない。きっと結衣は結衣なりに好きなものを保存して大事に自分の輪の中に収めていうのだろうが(それこそカメラロールの中にあるスタバアルバムのように)、しかしそれはほぼほぼ弱い力で囲んでいるにすぎないように思えた。結衣は彼氏ができても別れてもその場その時に涙を見せるぐらいで3日もすればケロッとした顔で小百合とスタバに向かうし、お気に入りのテレビ番組を撮り忘れてもしょうがないと笑って流すし、連載中のコミックスの新刊は発売日を過ぎてから購入したりする。
私だったら下舐めずりしてやるくらい好きなものは絶対に離さないし、同じくらい好きな人がいたら勝負を挑んでやりたくなる。もちろん彼氏は手塩にかけて愛してやりたいし、卵を扱うみたく優しくされたい。好きな番組は毎週予約しながらリアルタイムでも鑑賞するのが基本だし、本の発売日は手帳にでっかく蛍光ペンで記入する。だからこそ『喫茶 ルフラン』の新作ホワイトモカがにくくてしょうがなかった。そして横でのんきな顔してクランブルケーキにフォークを入れる結衣に対して苛立ちを覚えてしまうのだった。
「小百合、小百合!今日もオーダーはトオルさんだったね~~。相変わらず、かっこよかった~~!歯とか真っ白でさ、あれ絶対定期的にホワイトニングしてもらってるね!」
結衣は、くるくると回るカウンターチェアを揺らしながら、後方のレジでさわやかなスマイルで接客しているイケメン店員をちらちらと見つめながら小百合の肩を叩いた。
「結衣、トオルさんと付き合いたい~~!トオルさんいくつかな~~。何歳下までならOKかな~?メアドとか知りたいなぁ」
毎週学校指定のセーラー服で通ってる女子高生に手を出すほど、トオルさんは女に困ってないだろうと突っ込みをいれたくなったが、結衣もまた本気で付き合いたいと思っているわけではなく、結衣流の社交辞令を毎週繰り返しているだけなのだ。その証拠に、前に結に向かって
「そんなに気になるなら電話番号くらい教えてあげればいいのに」と言ったら
「え、なんで~~~?結衣のケー番そんなに安くないもん。それに、そんなことレジでしたらもうあの店行けなくなるじゃんか」と、いつもどおりのへなっとした笑顔で返されたのだ。
つまりは、結衣にとってはトオルさんはその程度のイケメン店員さんということなのだ、所詮。会話の種にはなるけれど、干渉するほどの興味はない存在。結衣にはそれが多い気がする。
「結衣昨日もサッカー部の田代先輩見て同じこと言ってたよね。」
「う~~~~ん!!田代先輩もかっこいい!!サッカー部で珍しい色白なタイプ!制汗剤のCMとかに出てきそうなんだよね~!」
「サッカー部は競争率激しいから、田代先輩狙うなら急がなきゃじゃん」
「それはめんどくさいな~~。田代先輩理想高そうだもんね。結衣とか絶対タイプじゃない系。”俺、ツインテールより、ポニーテール派だから”とか言いそうだし。」
「どんな想像してんのよ。でも、理想高そうっていうのはわかる。田代先輩年上好きそう。」
「そう!小百合わかってる!!ぜったい、あの3年のマネさんのこと意識してるねっ!むしろあのマネさんのためにサッカー部選んだね!」
いや、それは流石に。と突っ込もうとしたとき、右脇から円盤のトレーが顔を出し、イケメン店員のトオルさんが爽やかなスマイルを浮かべながら小さな紙コップを渡してきた。
「今日も利用ありがとうございます。今週から始まった新作のビスケットケーキなんですけど、よかったら試食してください。」
まるで定型句のような台詞と接客に自然と口端を上げ、片手で一口サイズに切り分けられたビスケットケーキを口に放り込んだ。卵の優しい味わいとふわっと香るバターの香りが素朴で美味しい。私だったら、気分でキャラメルソースをかけるなぁなんて思いながら、軽く会釈して「美味しかったです」と添える。
毎週水曜日のスタバで過ごす2時間半は、新作ホワイトモカの出現により、怠惰でつまらないように思わされた。
土曜日のことだった。
天気も快晴だし、風もない暖かな春の日。
こんなに天気に恵まれた日なのにも関わらず、小百合は相変わらず暗くて地味な紺色の指定セーラー服を着ていた。
土曜授業は2週間に1回2時限までと決められていて小百合のクラスは数学と社会だった。
得意科目でも、不得意科目でもないが、こんなに天気のいい日の土曜日にと登校だなんて馬鹿げていると思った。それも、もうあと五分我慢すれば学校中にチャイムが鳴り響き、みんな我先にと教室を後にするんだろう。土曜授業の日はHRが無いから授業が終わったら即下校していいのがここのお約束だった。
今日は珍しく結衣が学校を休んだ。朝LINEで頭痛を訴え、後日ノートを見せて欲しい旨を課金したらしいサンリオキャラクターのスタンプ付きで送ってきた。
ふうん、結衣でも、課金してスタンプを購入するのか。何時もは無料スタンプで適当に済ますのに珍しい。たった100円のスタンプを購入したくらいのはずなのに、結衣が何かに固執したように感じられてなんだか悔しくなった。結衣でも課金するくらいなら、私だって『喫茶 ルフラン』に行ってやる。そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、教科書やノート、ペンケースをバサバサと通学カバンに押し込んで一目散に学校を出た。
OPENの看板がドアノブに藁紐で立てかけられているのを確認して、そっと中に入った。
思ったより広い店内はどっしりと座れるタイプの4人がけのテーブル席が6つ、2人がけが3つ、それから10人が相場ってところのカウンター席があり、席は半分ほど埋まっていた。
小百合は木漏れ日が気持ちよさそうな窓際の2人席に腰を下ろし、あたりを見回した。
コーヒーとケーキに舌鼓しながらせわしなく口を動かしおしゃべりを続ける2人組のおばちゃん。常連客であろう、カウンター席に身を乗り出すように座りながらマスターと会話する白髪の紳士服の男性。ノートパソコンと睨めっこするサラリーマン、文庫本をテーブル脇に置きながら、ナイフとフォークでホットケーキを頬張る男性。課題かなにかであろう、ファイルの中から書類がテーブルに散乱しているなか、うんざりした顔でプリントを見ながらカフェラテを飲む女子大生。誰もが自分の時間を好きなように過ごし、自分だけの時間の中で生きているように思えた。遠慮がちに流れているジャズソングもきっと聴く人によっては全然テンポも違うだろうし、人によっては聞こえてすらいなだろうと思った。テーブル脇にちょこんと三角錐型のメニューが呼び鈴の隣で身構えているのを横目で流してチリンと呼び鈴を鳴らした。おまけのように「すいません」。
「お決まりですか。」
「新作の、ホワイトモカのアイス。クリーム、たっぷりで。」
「ありがとうございます。」
ホワイトモカの到着を待つあいだ、窓に視線を移すと大通りを挟んだ先にいつものスターバックスコーヒーが見えた。土曜日の昼下がりのこの時間はきっと混んでいるだろうなといらぬ心配をしてやる。スタバではホワイトモカのアイスは頼まない。アイスになるとホイップクリームはつかないからだ。だからこそ、向かいの喫茶店でホワイトモカのしかもアイスを頼み、ふてぶてしく生クリームたっぷりと注文している自分がなにかいけないことをしているように感じてしまった。それが堪らなく気持ちよくで、思わずほくそ笑んだ。
一瞬、それがバチに当たったのかと思った。スタバのイケメン店員トオルがちゃりん、ちゃりんと豪快にドアベルを鳴らしながら店内に入ってきたのだ。
もちろんすぐにそうではないと気づいたが、トオルさんがマスターに片手を上げながら挨拶を交わす様子を見て、なんだか少し裏切られたように感じた。春物のミリタリーコートにほっそりしたスキニージーンズを合わせているのがなんともトオルさんらしくて、花まるをあげたくなるほどだった。
「…あれ、ウチの常連の…えっと…小百合ちゃんだ?」
「そうです、小百合です。」
相変わらずさわやかな笑顔で話しかけてくるトオルさんに、何時もとは違う喫茶店での遭遇のいたたまれない気持ち相まって少し顔がこわばってしまう。
「結衣ちゃんだっけ、いつも一緒にいる。元気で明るい子。あの子が大きな声で君の名前を呼ぶから僕まで覚えちゃったよ。あ、ここ、座ってもいいかな?」
「結衣はそれが取り柄みたいなものなので。どうぞ、座ってください。」
「珍しいね、1人なんだ。」
トオルさんはミリタリーコートの下に白のタートルネックニットを着ていた。ご丁寧に革製の首飾りまで下げていて、そつがないお洒落なお兄さんだった。
「あ、新作の、ホワイトモカください。アイスでっ。」
「…同じ!」
「え?」
「トオルさん、私と同じ注文だ。」
「あ、そうなの?やっぱり、小百合ちゃんホワイトモカ好きだったんだ」
「やっぱり?」
「うん。最近お店来てくれても全然元気じゃないなぁとは、思ってたんだ。
そしたらこの間、カウンター席に座り上がらすごい形相で窓の外見つめてるから、何事だと」
「…見てたんですね」
自覚はしていたが、こうも指摘されるのはなんだかむず痒かった。それも普段レジを挟んでしか接したことのない相手に言われるとは。
「小百合ちゃん、夏場以外はぜったいホワイトモカしか頼まなかったでしょ。しかも目をぎらぎらさせながらホイップ多めでって注文するのさ。俺、それが面白くて。よく覚えてるもん。」
自分はそんなにもぎらぎらしていただろうか。獲物を狙うライオンのような目で。満塁の中バッターボックスに立つ4番バッターのような目で。同じような目でわたしはホワイトモカを求めていたのか。うん、そうかもしれない。他人にそれを指摘されても嫌悪感や羞恥を感じないほどの強い思いがホワイトモカにはある。
「ホワイトモカだけは、譲れないです。
今日、やっとここで注文できたんです。もう、やっと。ほんと、やってやったぜって感じ。
ホワイトモカをアイスでしかも上にホイップを載せて飲めるなんて。」
「そこまで言われると提供するのにも緊張しますね。」
気が付くとマスターがお盆に真っ白なそれを乗せてこちらに微笑みかけていた。
『喫茶 ルフラン』のマスターは山吹色のベレー帽をかぶった優しそうな男性だった。ベレー帽から除く白髪は笑うと増える皺と共に年齢を感じさせるが、細身の割にしっかりとした体つきはなにか運動をしているのだろうと予想できた。
「マスター、この子はウチの常連さんで、小百合ちゃん。いつもモカ系のドリンクを頼んでくれる子なんだ。」
ペコリと会釈をしながら、ホワイトモカを受け取る。まっしろなホワイトモカの上にはふわふわした桜色のクリームがでんっと載っていた。
「あー…これぜったい美味いわあ」
小百合もコクコクと頷きながら、カップを片手で持ち上げそっと口につける。チョコレートの甘いコクが、コーヒーの苦味と相まってちょうどいい、美味しい。とろけるようなクリームがコーヒーを一気にスイーツに仕立てあげる。ほんのり香る桜の塩気のある香りが春を感じさせる。たまらない。
「…幸せ。」
ここ最近のストレスなんて吹っ飛ぶくらいの幸福がお腹にじわっと貯まるのを感じた。
「夏にホワイトモカを飲みたかったら、キャラメルフラペチーノのシロップをホワイトモカシロップに変更して、上のキャラメルソースを抜けばいいんだよ。
もし、よりチョコレート感をたのしみたいのであれば、ソースをチョコソースに変更してもいいわけだし。小百合ちゃん常連さんだから、カスタマイズくらい熟知してるもんだと思ってた。」
「いや、そんなカスタマイズの仕方があるなんて、知りませんでした。」
スプーンでくるくるとクリームとモカを混ぜ合わせながらトオルさんは、ホワイトモカ味のフラペチーノの注文方法を教えてくれた。グランドメニューにホワイトモカフラペチーノが無いから、とぼやいたことに目を丸くしながらまくし立てた。トオルさんのもとへきたホワイトモカのクリームの量を見て、通常サイズのホイップの量を確認する。たっぷりめで頼んで正解だった。ここのマスターは太っ腹に違いない。なんせ私のホワイトモカの上にあるクリームはトオルさんのゆうに2倍はある。
「スターバックスコーヒーのメニューな名前も長いし、カスタマイズの種類も多くて大変だよねえ。それが楽しいっていうお客さんがいるのと同時に、それが面倒くさいってお客さんもいるってことさ。小百合ちゃん、そんなにホワイトモカが好きならウチの通常メニューにしてあげるから、今度からウチに来なよ。」
「マ、マスターやめてくださいよ!ウチの常連客奪わないでくださいっ!!」
「はははっ。冗談だよ・・・・。でもね、小百合ちゃん。また、何時でもいいからうちに寄ってってね。ホワイトモカ、美味しかったでしょう。」
「はい、とっても。すごく元気が出ました。また来ますね。今日は、御馳走様でした」
すっかり空になってしまったホワイトモカのカップを名残惜しそうに見つめたあと、優しいマスターにぺこりと頭を下げ、『喫茶 ルフラン』を後にした。去り際にトオルさんが、これまた爽やかな笑顔でまた水曜日、お待ちしていますなんて言うから、片手をひらひらさせて返した。時刻は14時を回っていた。久しぶりに優雅な2時間を過ごしたような気がした。
「それじゃあ、課金スタンプは結衣が買ったわけじゃないの?」
「うん、お兄ちゃんがね。結衣、こんなの好きだろってくれたの。別にサンリオ、私好きじゃないんだけどね、使わないとあれかなーって思って」
「なんだ。私てっきり結衣が買ったのかと。」
少し落胆しながらも、まあそれが結衣かと妙に納得しながら、キャラメルフラペチーノのホワイトモカシロップ変更キャラメルソース抜きというなんとも面倒くさいメニューにストローを突き刺した。レジは相変わらずトオルさんだったために、こんな長いオーダーを言う必要もなく、”ホワイトモカ、フラペチーノで”で、済んだのだけど。代わりに、一緒に頼んだビスケットケーキにキャラメルソースをつけてもらった。
結衣はシーズン限定のフラペチーノトールサイズにリッチミルクのシフォンケーキを頼んでいた。相変わらずヴィジュアル重視のやつだと鼻を鳴らす。
「スタンプなんかにお金使うわけないでしょ~~。毎週スタバに通うって結構お金使うじゃんか。無駄遣いはできないよ~~」
「へっ。結衣そんなこと考えてたの。」
「当たり前じゃん、スタバって思ったより高いんだからね。」
「え、うん。そうだけど、なーんだ。あたしてっきり」
「てっきりなによ。」
「親からスタバ代とかもらって悠々と毎週スタバに通ってるもんだと。」
「はあ?小百合バカじゃないの。そんなわけないじゃんか。ちゃんとバイトしたお金で毎週スタバ通ってるってば」
「あ、そうなんだ。え、じゃあ、なんで毎週スタバ通ってんの」
「・・・・それ小百合が言うかなぁ~」
5月中旬を過ぎると雨の日が増えてくる。週に1回のスタバデーの今日もまた、じめじめとした天気で憂鬱な気分を盛り上げそうな天気だった。2人はレジ近くのテーブル席に腰掛けて通常よりも大きめのボリュームで会話する。
あれから小百合は暇な時間だけふらっと『喫茶 ルフラン』に顔を出すようになった。
ホワイトモカ以外にもあのお店には美味しいメニューがたくさんあることを知った。
目の前にいる結衣ともいつか行ってみたいものだと思いながらも今日もまたスタバを選んでしまったことにちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
「はあ、そんなの、ここのコーヒーとケーキが美味しいからにきまってるじゃんか。」
シフォンケーキの三分の一をざっくりと切り取って豪快に頬張りながら、結衣はだらしのない笑顔で答えた。
美味しいと叫びながらにこにこ笑顔を零す彼女の顔を見て、小百合もまた顔を綻ばせながら、キャラメルソース付きのビスケットケーキを口に運んだ。
「あっ、美味っ。」
Fin.
ちょっとした小噺。スタバ通いの女子高生