背徳の蜜 第4話

背徳の蜜 第4話

ブラン・ド・ブルー

夫には友人と食事をして帰ると嘘をついた。
LINEの既読はすぐについたけれど返信はない。
“誰と何処へ”は互いに詮索しない。
既読がつけば了解の認識。
信頼の上に成り立つ関係。

その信頼を裏切って嘘をついたことには
後ろめたさを感じたけれど
夫以外の男性に抱かれる罪の意識は
白い糸で巻かれた繭のように
溢れだした彼への想いに幾重にも覆われていた。



ホテルの高層階のラウンジの
夜景を見下ろす席に彼は座っていた。
小柄だけれど幅の広い背中。
その向こうに街の灯りが瞬き揺れている。

静かに時間が流れるその場所は
日常から隔絶され
ぽっかりと闇に浮かんでいた。

その非日常の空間に
もしかしたら私は
夢を見ているのではないかと思った。
この夜が夢の中のひと夜なら
彼に身をゆだねても
許されるのではないかと思った。
私は吸い寄せられるように彼のもとへ向かう。

彼は私に気がつくと
スマートフォンの画面から顔を上げた。

「すぐにわかった?」

「ええ」

……あなたの背中は、すぐにわかる。

「お酒飲める?」

「少しなら」

運ばれてきたのはスパークリングワイン
ブラン・ド・ブルー。
透明感のある華やかな水色。
グラスの中ではじける青い泡。

「きれいな色。あなたの色ね」

アイドルグループのひとりである彼の
イメージカラーは青。
彼を意識するようになってから
私の身の回りにも青いものが増えた。
今日着ているニットのワンピースも青。
彼は軽くグラスを持ち上げ微笑む。

「幸せを呼ぶ色らしいよ」

「幸せを呼ぶ…色……」

私はブラン・ド・ブルーの
消えてゆく泡を見つめる。
好きな人に求められて
今こうして同じ時間を過ごすことは
とても幸せであるはずなのに
幸せという言葉は
とても遠いところにあるような気がした。


「どうかした?」

「え?あ、ううん、そう…そうだ。
渡したいものがあるの」

私はバッグから
チョコレートの入った箱を取り出した。
ブラン・ド・ブルーと同じ水色のパッケージ。

「もうすぐバレンタインだから」

「え?俺に?いいの?」

子供のように無邪気な顔で笑う。
ふいに、あの熱いくちづけを思い出す。
なにもかも絡めとっていくような
濃厚なくちづけを交わした相手とは思えない
幼い表情に不思議な気持ちになる。

「でも…たくさんもらうんでしょ?」

「おまえのは特別。部屋で一緒に食べよう」


招かれたプレミアルームには
ゆったりとした皮のソファーと
洗練されたシックな調度が置かれ
存在感のあるキングサイズのベッドが
この男に抱かれにきたという事実を
突きつけていた。
きちんとベッドメイクされたそれが
乱れていく様を想像し私はからだを硬くする。

もう大人の女のふりなんてする必要はないのに
その緊張に気づかれたくなくて
そしてもう一度「おまえは特別」
そういって欲しくて大人の女を演じてみる。

「女性を誘うたびに
こんなに豪華な部屋を用意するのは大変ね」

「毎回ってわけじゃないさ」

彼は軽く笑い飛ばし

「一流のホテルには一流のサービス。
プライバシーはきっちり守られる」

さらりと言う。
その答えに目の前にいる彼は
飄々としているように見えるけるど
常に人目を気にしなければならない立場にあり
緊張を強いられ生活しているのだと改めて思う。

それなのにバスローブ姿で

「こっち座って」

ベッドに腰かけ自分の隣をぽんぽん叩いて
私を呼ぶ仕草はやけに可愛い。

「一緒に食べよう」

ベッドサイドのテーブルには
ル・コルドン・ブルー ショコラデコール。
彼はパッケージのリボンをほどき
チョコをひとつ取り出す。
その指の動きひとつひとつが
これから始まることへの期待を煽る。

しなやかで長い指がバスローブの紐を解き
私の中に侵入し
骨ばった節が私に極上の刺激を与える。

また体が熱くなる。

「口 あけて」

彼はチョコを私の口にふくませ

「俺にもちょうだい」

そう言って私の頭を抱え
ねだるようにくちびるを重ねた。
彼は舌で私の中を探り
とろりと溶けだしたチョコを
舌先で器用にすくいとる。
そしてまた舌を使って私の口へ返す。

彼の手は私の形を確かめるように動き
絡めあう舌で味わうチョコは
とろりとろりと溶けてゆく。
私の体の輪郭もとろりとろりと溶けてゆく。

チョコは次第に小さくなる。
それは甘い甘いキスの終わりの予感。

彼の手がバスローブの紐をほどく。

背徳の蜜 第4話

背徳の蜜 第4話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-06

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