行き先のない旅
ロボット…好きなんですよね。
『さぁ、どこへ行きましょうか』
廃棄寸前のロボットとアルビノお嬢様の話。
女の子の名前はマベリア。代々お金持ちで、とても大きな家に住んでいる。部屋は数えられないほどあるし、トイレなんて普通の家のリビングより広い。そんな家に住んでいれば、家の中で迷子になる事だってある。そんな中、たどり着いた一室。18年間知らなかったその部屋には、家中の要らなくなったものが、みんな集まっていた。そこにいたんだ。彼が。
マベリアは慣れた手つきで彼を起動する。
『お久しぶりです。マベリアお嬢様』
『久しぶりね。“アンテク”』
彼の名前はブリキロボットのアンテク。新型のロボットが来てからずっと見ていないと思ったら、ここに入れられてしまったようだ。
『お身体の調子はよろしいですか?』
「相変わらずよ」
マベリアは先天性白皮症に加えて、体も少し弱いから、あまり外の世界には出られない。
それを可哀想に思ったのか、神様はマベリアに特殊な力を授けた。
『人の視野を借りる能力』
簡単に言うと、世界中の人間が目で見ている映像を、マベリアは見ることができる。例えば、テレビに映っている有名人の視野を借りれば、その人が今テレビの収録をしているのが分かるし、マミーの視野を借りれば、今日の晩御飯が分かる。そんな力だ。そのせいなのかは分からないが、マベリアは、両目の色が違うヘテロクロミアだった。
『マベリアお嬢様がヘテロクロミアなのは、そのお力が原因なのかもしれませんね』
アンテクからそう言われるたびにマベリアはこの力が嫌いになる時期もあった。ただでさえ普通の人と違うのに目の色まで違うなんて嫌になっちゃうわ。小さい頃は口癖のように言っていたが、個性という言葉が分かるようになった頃から、マベリアは自分の力も身体もちゃんと愛せるようになっていた。
『私は、もう二度と目を覚ますことはないと思っていましたよ』
『そんなこと私がさせないわ。あなたはずっと私のお世話ロボットですもの』
『光栄です。新しいロボットさんはいかがですか?』
『まるでだめね。あれで高性能と謳っているんだから、指揮者も大変よ』
『謳うだけに、ですね』
『わかってるじゃない』
二人はやっぱり仲良しでした。
「あ、パピーが来る!一旦電源落とすわね」
了承を得る前にアンテクをシャットダウンする。マベリアはパピーの行動を常日頃から見ている。過保護すぎるパピーが、マベリアは大嫌いだからだ。
ノックもせずに扉を開けたパピーは、マベリアを見つけるとすごい剣幕で入ってきた。
「こらっ!マベリア!あまり屋敷の中をうろつくんじゃないと日頃から言っているじゃないか!」
「なんでよ!ここは私の家よ!家で自由にできないなんておかしいじゃない!」
「おかしいものか!ここの主人は私だ!誰が養っていると思っている!早く出ろ!」
パピーがマベリアの手を引っ張る。
「ならあと3分。3分だけ時間をくださらないかしら!この部屋に落し物をしてしまったの!」
マベリアの言葉に、パピーの手の力が少し緩む。
「…わかった。3分だけだ。3分を超えて出てこなければ、今日の夕飯はないと思え。わかったな」
「はい。パピー」
親というのは、とことんわがままなものだわ。どこの親もこうなのかしら。きっと違うわ。なんでも許してくださる優しいパピーがいるはずよ。
マベリアはパピーから叱られるたびにこう思っていた。
パピーが出て行ってからマベリアはすぐにアンテクを起動した。
『主人はなんとおっしゃっていました?』
「屋敷を勝手にうろつくんじゃないと、口うるさく言われたわ。なんでなのかしら。ここは私の家でもあるのに」
『全くです。失礼ながら主人の教育には疑問を覚えます。新型のロボット達も口々に言っていることでしょう』
「それがねアンテク。最近のロボットは、あなたの様に“反抗できる機能”を備えていないのよ。主人の命令には絶対に従うようにできているのよ」
『それはそれは旧型の私にも劣るロボットですね。間違いを正しいと誤認してしまうとは。同じロボットとして情けないです』
「そうね」
マベリアは笑った。
──「それじゃあ、予定通りに…」──
扉を開けてマベリアが出てくる。
「そうだマベリア。これからもちゃんと言うことを聞いてくれ。怒鳴って悪かったな」
「ううん。いいのよ。私がパピーの言うことを聞かないのが悪いの。ごめんなさい」
「ふむ。いい子だ。自慢の娘だよマベリア」
そう言って、パピーはマベリアの頭をそっと撫でた。
それから数分後、大事件が起きた。
マベリアが屋敷のどこにもいないのだ。
気がつけばさっきの部屋からアンテクも居なくなっている。
『マベリアお嬢様、これからどこに行きましょうか』
「わからないわ。ムシャクシャして飛び出してきたんだもの。このままお日様に焼かれて死んでしまうんじゃないかしら」
『そんなこともあろうかと、私目の背中には常に、マベリアお嬢様用の日傘が常備してあるのです』
「あら、気が利くじゃない。さすがは私のロボットね。さてと、これからどこに行こうかしら」
『どうでしょう、“行き先のない旅”というのは』
「“行き先のない旅”?」
『そうです。行く場所などないわけですから、二人はどこまでも旅をする。気がすむまでです』
「それは名案ねアンテク。でも、どこに向けて歩けばいいのかわからないわ」
『そうですね…このまま歩いて、行き止まりになったとき、右に行くか左に行くか決めましょう。これでどうですか?』
「ふふ。私はアンテクのそういう所が大好きよ」
『光栄であります』
救われない“二人”は、そのまま夕焼けの街へと消えていった。
行き先のない旅
これからどこへ向かったのか、ゴールはどこにあるのか。
それは二人の自由です。