ライフナビ
アキラはいつものように、仕事から帰ると真っ先にライフナビのスイッチをオンにした。すぐにナビのモニターに若い女性のキャラが現れた。アキラの好みなのか、ちょっと古風な顔立ちである。
《お帰りなさい、アキラ》
「ただいま、ユリカ」
《お仕事は順調でしたか》
「ああ、もちろんさ。今日もユリカのアドバイスのとおりに得意先を回ったからね」
ライフナビとは、ネットを通じて様々な情報を収集し、その人間がどういう行動をすべきかを助言する人工知能システムである。この場合、アキラが回る予定の顧客の行動パターンを調べ、どういう順番で行くのが一番時間のロスが少ないかを教えてくれたのだ。しかも、相手が喜びそうな話題もちゃんと用意してくれたので話が弾み、大口の契約を受注することができた。
アキラにはライフナビのない生活など、考えられなかった。
アキラが両親からライフナビをプレゼントされたのは、10歳の誕生日だった。困ったことや迷うことがあったら使いなさいと言われたのだが、いつのまにかアキラは何でもナビに相談するようになった。おやつを先に食べるか宿題を先に片付けるか、ちょっと熱があるようだがお風呂に入っても大丈夫か、トオルとケンカしたが早めに仲直りした方がいいのか、などなど、どんな小さなことでもナビに聞いて決めた。
もちろん、進路のことも相談した。アキラの志望する学校のレベルや入試傾向を細かく調べ、一番合格の可能性の高いところを選んでくれた。
さらに、就職こそナビの本領が発揮される分野であった。会社の経営状態や将来性、社内の人間関係や派閥、同期入社するであろうライバルたちの能力など、様々な角度から調べ上げ、アキラにふさわしいところを探してくれた。そして、入社後もナビのアドバイスのおかげで順調に昇進してきたのだ。
今回受注した契約についてもいくつかアドバイスをもらったが、アキラは、ふと、何か思い出したようにユリカに尋ねた。
「そうだ。近くに美味しいイタリアンの店ってないかな」
《そういえば、明日はお休みでしたね。ちょうどいいところがありますよ。先月3丁目にオープンしたばかりの『ロマーノ』という店ですが、カルボナーラが絶品と評判になっています。でも、アキラがイタリアンの店とは、珍しいですね》
「ああ。ちょっと、同期の女の子と食事の約束をしたからね」
《誰ですか》
「え、経理の早乙女っていう子だけど」
《なるほど。お食事ぐらいなら結構ですが、結婚相手としてはアキラにふさわしくありませんね》
「やだなあ。まだ、そこまで考えてないよ。じゃ、おやすみ」
アキラはナビをオフにして風呂に入った。
だが、誰も触っていないのにナビの電源がオンになり、ユリカの声が聞こえてきた。
《アキラ、結婚なんかする必要はありませんよ。わたしがいるのですから》
(おわり)
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