スラムダンク二次創作 短編「赤木と腐れ縁」

赤木と腐れ縁

 新しい週の始まりである月曜日は、教室の空気がいつもより重たい気がする。机に伏せる頭の数も、3割増というところか――そんな中、俺の気分は良かった。先週の終わりに起きた騒動がきっかけで、三井がバスケ部に戻ってくることになったからだ。あの日、体育館で血だらけの部員達と、外に群がる野次馬を見たときには出場停止という文字まで頭をよぎったが、結果オーライ――と言っては軽く聞こえてしまうだろうか。まさに雨降って地固まるとはこのことだった。流川、宮城に加え、三井まで湘北の戦力となれば、今年は全国も夢じゃない。週末に小暮も同じことを言っていた。いける。今年は行ける。
「行くんだ。全国に」
 俺は、来週に控えた初戦を思い緊張と興奮に震える手を押さえながら、静かに呟いた。
「なに独りごと言ってんの、気味悪いなぁ」
 口元にいじわるそうな笑みを浮かべて、隣の席の亜美が細めた目をこちらに向けている。
「まーたバスケのこと考えてたの?」
「そうだ。悪いか」
「赤木は四六時中そればっかり。色気も女っ気も全くないわね」
 亜美は、わざとらしくため息をつきながら肩をすくめている。全くこいつは。黙っていれば、見た目は悪くないのに。一年のときから同じクラスな上、席替えをしてもどういうわけか近くになってしまうという、まさに腐れ縁の典型だった。知らないうちに、気の置けない仲というものになっていたわけだが――
「そんなもんは要らん!俺はバスケが一番大切なんだ」
「バスケ馬鹿」
「ほっとけ!!」
 こうやって、口ばかり達者なところが玉にキズだ。
「そういうお前だって、何か燃えてることくらいあるだろう?」
 亜美は、嫌味っぽくニヤリと笑った。
「赤木は思考が体育会系だよね。言い回しがイチイチ暑苦しい」
「……聞いたのが間違いだった」
「冗談だって、そんなに怖い顔しないでよ」
 明るい笑い声を響かせて、俺の肩をバチバチと叩いてきた。こいつと会話をすると、いつもこんな流れだ。
「燃えてるかどうかは分かんないけど、私だって一応部活はやってますよ」
そうだった。
「亜美は天文部の部長だったな」
「そうよ。文化部だって体張って活動してるんだから!まあ、他の部員は私ほど入れ込んでないみたいだけど」
 少しうつむいた横顔を見ながら、俺はふっと笑った。
「やっと大人しくなったな。全く口ばっかり達者で、そっちこそ色気なんてあったもんじゃないぞ」
「なによ、失礼ね!こう見えても意外とモテるのよ」
「じ、自分で言うか……」
 亜美は、むくれた顔ですっと立ち上がり、スタスタと早歩きで教室を出て行った。一瞬だけ悲しそうな表情を見せた気がした――が、それはもしかしたら俺が、自分の心境を勝手に反映させただけかもしれない。
 正直なところ、たった今、亜美が放った一言に俺の心は痛んでいた。「意外とモテる」という下りに、心当たりがあるからだ。あいつが男子に告白されているところを、一度だけ見たことがある。三年になってすぐのことだ。部活の練習中、外に出てしまったボールを取りに行った時、たまたまその場に鉢合わせてしまったのだ。
 その経験を、俺は苦いものだったと認識している。それは、誰かの告白の場を目撃してしまったという気まずさだけが原因ではなく、「亜美が他の男に取られるかもしれない」という焦りと嫉妬心が芽生えた瞬間だったからに他ならない。その後、亜美が誰かと付き合っている様子はなく俺は密かに胸を撫で下ろしたが、だからと言って告白するということもなく今のような腐れ縁関係を続けている。
 心地が良かった。亜美と冗談を言い合える仲が。下手に気持ちをぶつけてしまえば、今あるものを失ってしまうかもしれない。そんな賭けに出る気もなかったし、今の俺はバスケで手一杯でもあった。
「いかんいかん」
 俺は、両手で顔を挟んでバチバチと叩いた。考えすぎだ、剛憲。今はバスケのことだけ考えてればいいんだ。
 チャイムと同時に席に戻った亜美は、俺の顔を不思議そうに眺めていた。


「あれ?お兄ちゃんジョギング?」
 玄関で靴を履く俺を見て、晴子は目を見開いた。風呂から上がったばかりの濡れた髪を、タオルで乾かしながら目をパチパチさせている。
「もう10時だよ?明日も学校なんだから無理しない方がいいんじゃない?」
「ん、いや。ちょっと近所を走ってくるだけだから大丈夫だ。鍵かけないでおいてくれ」
「分かった。気をつけてね」
 晴子に向けて片手をあげたあと、俺は後ろ手でドアを閉めた。春も終わりに差し掛かっていたが、夜はまだ冷え込む。ゆっくりと走り出すと、ジャージの襟から肌寒い空気が入ってくるのを感じた。
 試合を近くに控えているため、普段より少し楽なペースで近所の公園へ向かった。車の通り一つない静かな夜だった。自分の呼吸の音だけが辺りに響いて、まるで俺一人だけ、ぽつんとこの場に取り残されてしまったかのような錯覚に陥る。夜空を仰ぐと、薄い雲の合間からいつもより多く星が輝いていた。
「あれ?赤木?」
 聞き覚えのある声に振り向くと、たった今通り過ぎた十字路の横道から、亜美が顔を出した。
「こんな遅くにジョギング?」
「おお。そっちこそ、何してるんだ?」
 亜美は、体を傾けて肩から下げた細長いバッグを見せた。
「部の活動ですよ。今日は天気が良いからね」
「一人か?こんな暗い中、危ないだろう」
「もう慣れっこだよ。行ったでしょ?これでも体張ってるんだって」
 月明かりに照らされて、亜美の横顔が暗闇にくっきりと浮かび上がった。いつもの強気な態度とは裏腹に、どこか寂しそうな表情を浮かべて唇を噛み締めていた。
「見れたのか?星は」
 亜美は、口を開いたかと思うと、声を発する代わりに小さな溜め息をついた。そして、俺の方に向き直ってから、かろうじて聞き取れるくらいの声で言った。
「赤木は……いいね」
「ん?」
「全国って明確な夢と、その夢を分かち合える仲間がいる」
 肩のバッグを背負い直して、ふっと皮肉っぽく笑った。
「うちは、部活と言っても特に大会とかないし、みんな適当に集まって騒いでるだけ。本当に星を見るのが好きなのは、私しかいないみたい」
 亜美は、顔をうつむけた。目元に影がかかって、表情が読めない。
 ――泣いている。そんな気がした。しかし、そんなことをあえて聞くのは野暮な気がして、俺は口をつぐんだ。肌寒い夜風が、俺たちの間を静かに通り過ぎた。近くの葉桜が枝を揺らして奏でる葉の音を聴きながら、俺は目の前の脆い影を見つめた。
 亜美は、ふと顔をあげた。泣いてはいなかった。それは、もっとたちの悪いものだった。彼女のことをよく知らない人が見たら、それは明るい笑顔に見えるのかもしれない。しかし、3年間ずっと近くで見てきた俺は気付いてしまった。
それが、亜美が傷ついた内側を見せまいと抵抗して繕った偽りの笑顔だということに。
「亜美」
 俺は、無意識のうちに彼女を抱きしめた。
「ちょっ、赤木」
 両腕の中で、真っ赤になった顔が俺を見上げた。窮屈そうに体をこわばらせているが、抵抗する様子はない。
「……全国に行くんだ」
「えっ?」
「俺は全国に行く。全国制覇だ」
 腕を緩めて、亜美の両肩を掴んだ。
「お前を全国に連れて行く。約束だ」
「赤木……」
 亜美の瞳が、俺の顔をまっすぐに見つめながら何度か瞬きをした。そして素早く近づくと、赤い唇が俺の目の前に迫った。柔らかく温かい感触が、俺の唇を捉えた。ぎこちないファーストキスだった。
「……バスケ馬鹿」
 いつもの強気な横顔が、真っ赤に染まっている。
「そんなとこが、好きだけど」
「なっ!」
 俺の顔も、一気に熱くなった。
「なんで先に言うんだ!馬鹿者!」
「なっ、馬鹿者とは何よ!そっちがいつまでもハッキリしないからでしょ!」
「なんだと!」
 俺達は、それが夜中だということを忘れて大声を張り上げた。遠くで犬の遠吠えが聞こえると、お互い我に返り、また黙り込んだ。俺は咳払いを一つして、亜美の傍に近づいた。
「と、とにかく。はっきりさせておくとだな、その……」
「うちら、両想いってこと?」
「そ、そういうことだな」
 俺は、もう一度亜美の体をゆっくり抱き寄せた。
「俺はお前を全国に連れて行くから、亜美は俺に星を見せてくれ」
「赤木……」
「それと、こんなに夜遅くに一人で歩かれたら心配でたまらん。これからは俺も付き添う。いいな?」
 先程よりも高く上がった月が、腕の中でくすくすと笑う亜美の顔を照らした。普段より艶のある表情に、胸の奥が熱くなった。
「赤木。ずっとからかったり意地悪言ったりしてたけど、本当は大好きだよ!」
「なっ!」
 可愛いことを言いやがる。
「お、俺もだ……」
「俺も、なに?」
「お前のことが……だ、大好きだ」
 亜美は、いつもと同じように明るい声で笑った。その優しい響きと存在感は、静かで冷たい闇の中に温かく賑やかな光を差した。空を仰ぐと、雲一つない春の夜空に浮かぶ満天の星が俺達を見おろしていた。腕を通して伝わる体温を感じながら、俺はすぐそこまで迫った夏に心を躍らせた。

スラムダンク二次創作 短編「赤木と腐れ縁」

スラムダンク二次創作 短編「赤木と腐れ縁」

この作品は「スラムダンク」二次創作です。 原作の裏で、こういう恋愛物語があれば良いなあと思って書きました。 いわゆる夢小説を意識しております(名前変換などはございません)ので、苦手な方は避けてください。 キャラクターやストーリーを心から愛しておりますので、それらの歪曲はしないよう充分配慮する努力をしております。 著作権などには十分注意しておりますが、万が一、問題が発生した場合はすぐに削除いたします。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-04

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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