スラムダンク二次創作 短編「水戸と委員長」

水戸洋平と委員長

「ちょ、ちょっと静かにしてください」
 学級委員長の田中京子が、教壇からクラスに向かって呼びかけている。彼女の後ろにある黒板には「文化祭の出し物について」と大きく書かれ、その隣にはお化け屋敷、メイドカフェ、クレープ屋などとたくさんの候補が書き出されている。高校生になって初めての文化祭だからか、皆のテンションはかなり上がっている。クラスのあちこちから色々なアイディアが飛び交って、皆言いたい放題なので、クラスの指揮を取るのが大変そうだ。
 俺は、斜め後ろの席の花道を見た。日中は、ほとんどこうして机に頬を押し付けて寝ていることが多くなった。バスケの練習がよっぽど楽しいらしい。こんなにがやがやしているのに、よくもこんなにぐっすりと寝られるものだ。
「気持ちよさそうに寝てやがるぜ、花道のやつ」
 花道の寝顔を見ると、自然と笑みがこぼれる。俺にも夢中になれる何かが欲しい。バスケ部の練習を見に行くのが日課になった最近は、特にそう思うようになっていた。頬杖をつきながら前に向き直ると、クラスの数人が手を挙げているところだった。
 どうやら出し物の候補は既に上がりきり、今度はその絞り込みにかかっているようだ。
「えーっと、じゃあ次は……メイドカフェがいいと思う人、手を挙げてください」
 圧倒的に男子の投票数が多い。俺はメイドカフェはごめんだ。客が男ばかりになってむさ苦しいだろう。勘弁してくれ。
 候補に挙がったもののそれぞれに多数決が行われ、第三希望まで決定した。俺が投票したお化け屋敷は、第一希望に決まった。
「では、この3つをうちのクラスの希望として文化祭実行委員会に提出します」
 そう言うと、田中京子は少し爪先立ちになりながら黒板を消した。意外と背が低いんだな。京子は、メガネをかけて清潔そうなロングの黒髪をいつも丁寧に後ろで縛っている優等生タイプの女子だ。委員長としての仕事を頑張っているからかどの教師にも好かれているようで、たまに頼みごとをされているのを見かける。いつも姿勢よく席に着いている印象があるせいで、実際より背が高く見えていたのか。
「次は、文化祭実行委員を男女一人ずつ決めたいんだけど……立候補してくれる人はいませんか?」
 さっきのうるささとは打って変わり、教室内はしんと静まり返ってしまった。みんな、文化祭実行委員というのがどんなものか知っている。放課後に残ったり、ミーティングに出たりなど面倒なのだ。
「あの、女子の代表は私がやるので、男子でやってくれる人いませんか?」
 俺は教室を見渡した。みんな首を微妙な角度に傾けて、教壇の京子と目が合わないようにしている。そんな雰囲気は彼女にも明白なのだろう。唇をぐっと閉じて気の強そうな表情を保ってはいるが、大きめの黒目は少し潤み、その奥に動揺の色が見える。運動部の奴らは練習があるから出来ないだろうな。仕方ない……
 俺は、左手で頬杖をつきながらすっと反対の手を挙げた。
「俺、やるよ」
 クラスの皆が目を丸くして驚いている。それもそのはずだ。俺は不良に見られているに違いなかった。あんなに目立つ赤頭の花道といつもつるんでるし、入学早々、三年生の番長がクラスまで顔を見に来たこともあったからだ。
そんな俺なんか、学校行事なんて興味ないと思われて当然だろう。でも、京子の困っている様子を見ていたら、俺が何とかしないとという気持ちになっていた。
「あ、ありがとう!じゃあ、男子の代表は水戸くんにお願いします」
 教室にパチパチと拍手が響いた。
「ふがっ!……む、むぅ!?」
 花道が起きたみたいだ。自分のイビキに驚いた勢いで起立してしまったらしい。みんなに大爆笑されている。こいつはいつもおいしいところを持っていく……思わず苦笑いになってしまう。何気なくふと教壇の方を見ると、何故か顔を赤くしながら京子が優しい笑みを浮かべていた。


「水戸くん。早速で悪いんだけど、今日の放課後少し残れる?」
 帰りの支度をしていると、後ろから京子に声をかけられた。
「ああ、いいよ。」
 持ち上げかけたカバンを机に起き、手近な椅子を引いて座った。
「あの……」
 何か言おうとした京子を、花道のでかい声が遮った。
「おい洋平!今日は練習見に来ないのかよ!この天才バスケットマン桜木をよ!」
 花道はボールを片手で掴みながらドカドカと近づいてきた。
「お、わりぃ花道。今日はパス。」
 片手を顔の前に挙げた俺と、俯いた京子を何度も見比べたあと、花道は俺の肩に手を載せて言った。
「ほほう。洋平、いつの間に。そういうことなら早く言えよな」
 ――こいつ何か勘違いしてるな。
「文化祭の打ち合せだよ。俺が役員になったの」
 少しゆっくり言い聞かせるように言ってみたが、効果はなかった。
「まあまあ、細かいことは気にしない。邪魔して悪かったな!」
 花道は満足そうにそう言うと、「スラムッダーッンク」と騒ぎながら、ダッシュで去っていった。
「ごめんな。あいつ、悪気はないんだ」
 そう言いながら前に向き直ると、京子は先ほどよりも更に赤い顔をして俯いていた。
「そういえば、さっき何か言いかけてたよな。何だった?」
 俺の問いに、京子はすっと顔をあげた。
「あ、ごめんねって言いたくて。こんな面倒なこと引き受けなきゃいけなくなって……」
「いやいや。俺が自分で立候補したんだから、京子が謝ることじゃないさ」
 俺が下の名前で呼んだことに驚いたようだ。めがねの奥で目をぱちぱちさせている。
「あ、苗字の方がよかったか?」
「う、ううん。好きに呼んでくれて構わないけど……」
 ほとんどの生徒が帰宅したようだ。教室には俺たちを含め、数人程度が机に座って雑談したり、読書をしたり思い思いの時間を過ごしている。京子のか細い声も、段々と聞き取りやすくなってきた。
「今日は、打ち合わせと言っても特に決めることはなくて、文化祭にあたっての注意事項とかを一緒に確認するだけだから。すぐ終わりにするね」
 京子は小さなパンフレットを手元に出して、ページをめくりながら一生懸命説明を始めた。内容は大したことない。飲食を扱う際の注意点だとか、体育館ステージの開放時間だとかを、几帳面に説明してくれている。俺は京子の手元を見ていた。途中で気付いたことがあるとメモを書き入れたりしている。ずいぶん小さな手だな。すると、彼女の左手のすぐそばに誤字を見つけた。
「あ、ここの字間違ってるぜ」
「えっ」
 俺はパンフレットの上を指先でトントンと叩いた。
「あ、本当だ」
 京子は消しゴムを取り出して、ごしごしと紙の上を擦った。少し力を入れすぎじゃないか、そう思ったとき――ビリッと嫌な音と共に、紙に1cm程度のいびつな穴が出来た。
「あっ……」
 俺は思わずふっと笑った。
「京子って意外とドジだな」
 嫌味のつもりではなかったが、京子は黙り込んでしまった。しまった。何かフォローしなければと思っていると、小さな頭が顔をあげて言った。
「私、本当はすごくドジで頭が悪いの。要領も悪いから委員長の仕事もちっともこなせてない」
 めがねの奥の黒目が少し潤んでいる。
「地味で運動オンチで、取柄なんて一つもない。そんな自分を変えたくて、高校に入って何か新しいことをしてみようと思ったの。人前で話すのが苦手だから、委員長とか生徒会とかやれば無理矢理にでも治せるかなって……」
 京子は、はあとため息をついて更に続けた。
「でも、やっぱりダメ。もっと気が利いて頭の回転が早い人がやるべきだよね、委員長なんて……」
 俺は、目の前にあったパンフレットをくしゃくしゃにして、教室の角のゴミ箱に向けて投げた。
「スリーポイントシューッ」
 紙はゴミ箱にかすりもせずに、ポトッと虚しい音を立てて床に落ちた。
「あちゃ、失敗」
 京子は、また目をぱちぱちさせながらキョトンとしている。
「偉いと思うぜ。委員長なんて誰もやりたがらないことを自ら率先してやってるってだけで、クラスのみんなから大分感謝されてるはずだよ」
 俺はポリポリと頭をかじった。
「俺だって、取柄なんて何もないしさ。人に負けないのはケンカくらいだよ。特に、最近は花道がバスケやってるのを見ながら、内心焦ってんだ。俺も夢とか目標とか見つけねえとなって」
 京子は顔を赤くして俯いた。
「でもよ、まだ始まったばかりだろ?高校生活。そんなに焦らなくていいんじゃないかな」
 俺は無意識のうちに右手を京子の頭に乗せていた。涙目で下を向いた彼女の頭をポンポンッと軽く叩き、「よっこいしょ」と言って立ち上がった。
「もう帰ろうぜ。続きは明日」
 小さな委員長は眩しそうに俺を見上げると、「うん」と頷いて立ち上がった。
 俺は、後ろから京子がついて来るのを確認しながら、無言のまま教室を出た。何気なく今日の出来事を回想しながら下駄箱まで歩いて来た時、今までぼんやりと疑問に思っていたことを口にした。
「……京子ってさ。花道のこと好きだろ」
 びくっと体を震わせた。
「花道関連のことがあると、顔真っ赤にしてるもんな」
 遠くで野球部の掛け声が聞こえる。カキーンと球を打つ音と共に、「おー」だとか「わー」だとかはっきりしない声が響いている。かすかに、体育館の方からボールをつく音も聞こえる。
 京子は唇を少し噛んだまま、目の前の下駄箱を開けて自分の靴を取り出した。その靴をボトッと無造作に床に落とすと、震えるか細い声で言った。
「だ、誰にも言わないで…」
 俺は、自分の胸がちくっとしたのに驚いた。
「安心しろよ。言わないから」
 俺も自分の靴を取り出して、同じようにドサっと床に落とした。あいつは厄介だぜ……晴子ちゃんしか見えてないからな。そう思いながら、左足に靴を突っかけた。
 特に、花道はミーハーだかんな。こういう委員長タイプというか、地味なタイプはやつの目に留まらなそうだし。
 右足にも靴を突っかけたあとで、俺は京子に言った。
「俺にはチャンスあるかな」
 京子はびくっと肩を震わせたあと、小首をかしげてこちらを見た。言葉を反芻しているのか、眉間に少ししわを寄せ、瞳の置くには困惑の色が見える。
「ははは。こっちの話。そんな顔すんなよ」
 俺は、京子の頭を軽く叩いたあと、彼女の大きな黒目を見つめながら小さな頭を優しく撫でた。
 初めてだよな、こんなタイプの女子を好きになるのは。自分はもっと派手なのが好みかと思っていた。
 京子は少し遠慮がちに俺を見つめ返した。今度はm、瞳の奥にさっき教壇で見せたのと同じような動揺の色が見えていた。その顔、やばいな。俺は京子の頭からすっと手を離すと、体育館の方に向かって歩き出した。
「気をつけて帰れよ。俺は寄るとこあるから」
 京子は、また目をぱちぱちさせながらその場で立ち尽くしていた。顔を真っ赤にさせて。
 なんだ、要領が悪いとか言っておきながらなかなか勘はいいみたいだ――俺は、柄にもなく先に待つ文化祭に心を躍らせた。

スラムダンク二次創作 短編「水戸と委員長」

スラムダンク二次創作 短編「水戸と委員長」

この作品は「スラムダンク」二次創作です。 原作の裏で、こういう恋愛物語があれば良いなあと思って書きました。 いわゆる夢小説を意識しております(名前変換などはございません)ので、苦手な方は避けてください。 キャラクターやストーリーを心から愛しておりますので、それらの歪曲はしないよう充分配慮する努力をしております。 著作権などには十分注意しておりますが、万が一、問題が発生した場合はすぐに削除いたします。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-04

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work