人柱協会
「どうしてうちは休みなのにおとうさんはどこかへ連れて行ってくれないの?
リナちゃん家のパパは休みにはゆうえんちや……おかあさんごめんなさい!!!」
「お父さんはねえええええええええ! めぐまれない宇宙人のこどものためにがんばっているのよおおおおおおおおおおおお! なんでわかんないの!!!!
おまえはブスなうえにアホダネエエエエエーーーーーッ!」
母親は女の子を蝿叩きで殴る。ヒュンヒュンとしなる青いプラスチックは女の子の尻に猛獣のごとく激しく体当たりし。女の子はヒリヒリとした痛みに泣き叫ぶ。
彼女は這いつくばってごめんなさいごめんなさい……と母親に許しを乞う。だが。
「泣けばゆるされるとおもってんのォオオオオオオオオオーーー! 美人の涙が聖水なら! ブスの涙は濃硫酸ナンダヨオオオオオーーーーーー!」
ないたらゆるしてもらえないのか。そう判断した少女は何とか涙を止めると。
母親を向いて正座した。
「りっぱなおとうさんだから、休みの日はいっしょにいたいな、って思ったの。
リナちゃんのお父さんの話は、たとえばなしです」
正座して真っ赤な眼差しで震え見上げる小さな女の子。
その許しを哀願するような眼差しに、母親は蝿叩きを持つ手をダラリと下に落とすが。
少ししてまた蝿叩きをぎゅっと持ち直して上下に動かした。
「とりあえずそういっとこうって思ったんでしょ!! アンタのそういうところが舅のクッソジジイにそっくりなのよおおおおおおおおおあおあおあおあおあおあお」
おじいちゃんに似ているってことがだめなら、かおのもんだいならもうどうしようもない……
さっきちょっとなぐるのをやめてくれたってことは、言ったことはもんだいじゃない。
わたしのかおや声がもんだいなんだ……おかあさんはわたしがなにをしてもきらいなんだ……涙は枯れ。電源が切れたロボットのように微動だに出来ず。涙と鼻水でベタベタする顔で床に突っ伏す女の子。
母親の甲高いサイレン声がどんどん遠くなっていき。もうろうとする意識の中で。
女の子はじぶんそっくりの祖父の言葉を思い出した。
「どうしようもないときは。がんばってもだめなときは。ちがうほうこうにうごいてみなさい」
ちがうほうこう……。おかあさんにはなしかけることがだめ、それなら……。
彼女は最後の力を絞って立ち上がり。走り出した。
「まちなさい!!!!!!」
ほんとうにまったら、またなぐられる。そう思った女の子は髪を振り乱して追いかけてくる母親を振り切り。無我夢中で真っ暗で人気のない土の道を走る。
以前、家から追い出されて泣いていた時に、「なにかあったらここへおいで」と話しかけてくれた綺麗な男の子が言っていた場所へ向かって。彼女は必死に石ころが刺さった足で一歩一歩顔を歪めながら闇をかき分けて突き進む。
「おうじさま、たすけてーーーーーーー!」
後に、それが間違いだったと彼女が気付くのは、たった数時間後であった。
彼女が向かった先は、人柱協会。
そこは家族から見放された人間、売られた人間、甘い言葉に騙された人間が集められ。
様々な危険な仕事、人が嫌がる仕事などをさせられる「人柱」を育てる闇の団体であった。
建前と平手打ち
「私達は世の為人の為、自分の身を犠牲にします!」
オレンジ色の光が差す教室で。眼鏡をかけた中年男性の掛け声に、少年少女達は続く。
「私達は世の為人の為、自分の身を犠牲にします!」
中年男性は生徒たちの素直で元気な声に満足げに頷くと。皆に言い聞かせるように言った。
「君達は国の皆さんを守る為に生まれてきたのです。いざという時には自分の身を犠牲にしなさい。災害でも率先して逃げてはいけません。周りの人を助けましょう。自分だけ助かろうなんて卑しいことです。先生はみなさんにそんな人間になってほしくはありません……私達は人柱。命と奉仕で理想郷の大黒柱となるのです」
教師が恍惚の眼差しで天井を見上げ、お約束の言葉で締めくくった途端。それは起きた。
教師の目線の先の蛍光灯はブランコのように揺れ。机は命を与えられたかのように前後に動き出す。
「ヒイイイイイイイイイイイイイイーー!」
白目を剥いて恐怖の叫びを上げる教師。彼は口から泡を吹きながら教壇から降りる。
「シニタクナイイイイイイイイイイイヨーン!」
ずっこけた彼は腰から下が倒れた教卓の下敷きになり。文鎮で押さえつけられた紙が風でバタバタとはためくかの如く。高速で背筋を始めた。
「タスケテーーーーーッ!」
薬指に冷たく光る指輪をはめた手を激しく上下に動かす、必死な背筋を見て。
揺れる床からなんとか立ち上がろうとする生徒たち。しかし。最前列にいた一人の少女は叫んだ。
「揺れが収まるまで机の中に潜って!」
「何言ってんだよブス! せ、せんせいを助けなきゃ!」
「田中先生は自分だけ助かろうなんて卑しいって思ってるから助けたらかわいそう!
先生はみんなのために死にたいの! さっきの言葉は本心じゃない! ……死なせてやれーーーーッ!」
その教師は普段から理想論ばかり語る割には行動が伴わない男であった。
生徒たちは半分納得、半分復讐心で頷くと、机の下に潜った。しかし事態は急変した。
「先生ーーーー!」
蛍光灯を支えていたケーブルの一本が切れ。もう一本も悲鳴を上げてねじれ細っていく。
流石に心配になって教師を見つめてオロオロしだす生徒たち。
一方、机の下から先程の少女は叫んだ。
「先生! セクシーキャパクラでパンツキャッチやってたんですよね!」
「ナンデシッテルノ! あれはヤワラカカッタンダモン!」
「それはナイショです。そんなことより、先生の頭が柔らかくなっちゃいますよ! 」
少女は机の引き出しを引っこ抜き。教師の頭にそうっと投げた。
その十秒後。青いプラスチックの引き出しは。キラキラ光るガラスが埋まったオブジェとなったのであった。
一時間後。避難先の高台の公園にて。少女は一人だけ中年女性教師に呼び出されて説教されていた。
「貴方達は人柱なんです。自分の身を犠牲にしても誰かを守れと教わっていたはずです。
それなのに自分が助かる為に目の前の尊敬すべき師を見捨てるとは!!!
ありえない! 人の命をなんだと思っているのです!」
私達の命はいいんですか! と心で突っ込みながら。少女は淡々とトライアングルを連打するような教師の声に明朗快活に答えた。
「見捨てていません。ご意志を尊重しましたっ!」
「助けを乞うておられたのですよ!」
「あれは本心ではありません! 私にはわかります!
立派な先生が生徒を危険に合わせてまで助かりたいわけがありません!
普段から美しい理想を私達に教えて下さっていた先生は!
美しい死にざまをもとめているはずです!」
建前を熱弁する少女だが。それを聞いていた中年女性教師はネイルも指輪もしていないシンプルな両手を額に当て。小さく呟いた。
「小賢しい……クソガキ…ぁたしのダァリンを見殺しにするなんて許せない……そもそも同じ苗字なのが気に入らない……」
「鈴木先生……?」
恐る恐るその教師を見つめる少女。開けてはいけない箱を、開けてしまった。
と彼女は思った。その予感は的中。中年女性は蛇や黒霧等のつまった悪のびっくり箱をぶちまけたようなおどろおどろしい眼差しで、少女に告げた。
「ボランティア活動で……火星に行ってもらいます。貧困に喘ぐ針金族を助けに行きなさい」
火星は、様々な国が争う紛争地帯である。無事に帰ってこれない公算が高い。
真っ青な顔になった少女は床に突っ伏して土下座した。
「どうか…どうか…それは許してください!」
「命の尊さを……その身で知るまで帰ってくんなブスガキガーーーー!」
少女は頭を下げたまま教師の足に縋り付いて叫ぶ。
「シニタクナイデスウウウウウウウウー! ご容赦ヲオオオーッ!」
「シネ! シネ! 兎に角シネ! 恐怖に塗れて死にやがれ!」
高笑いしながら少女を足蹴にする教師。彼女は嫌われ者だがそれなりに権力があり。
まわりの教師も手出しが出来ない。おまけにけられている少女はブスなうえに生意気で気が強い、と来たら周りの人々は……。
「ヒステリーのクソババアに八つ当たりされて、かわいそうだねー」
とヒソヒソ話で遠巻きに見つめて終了。または無視。が世の常である。
エンドレスキックに受け身を取りつつ耐えていた理乃であったが。
段々我慢が限界近付いていた。
このくそばばあ。てめぇも人の顔を言えない顔と体じゃねえか……。
彼女はぎゅっと拳を握りしめ。体を怒りにふるわせた。その挙動を見て、ひとりの少女は慌てて叫んだ。
「理乃ちゃん!!! 先生やめてください!」
慌てて少女の前に立ったのは。大きな目に透き通るような白い肌の美少女であった。
それに他の少女や女性教師達感銘を受けてぞろぞろ続く。
さらに震えながらも健気に理乃を守ろうとする美少女を見た男子生徒や教師もまた。
飴玉にたかる蟻のごとくわらわらと美少女の前に立つ。
「鈴木も悪いって思ってるよな!」
「もう許してあげたらどうですか!」
その中には、女性教師のお気に入りの美少年も居た。
教師は体と髪の毛をくねくねさせながら、水飴漬けにした声帯から発したような声で言う。
理乃もその後に謝り続けたので、女性教師はやっと矛を収めた。
「そうだねぇ。まあいっか☆彡」
納得した彼女がいなくなって、理乃が長い息を吐いたのもつかの間。
今度は先程のセクシーキャバクラパンツヘッドキャッチをばらされた中年教師がやってきた。周りの教師から今までの出来事を教えられ、鈴木先生をいさめる様に言われた彼だが。彼の行動は皆の予想を大きく下回った。
「火星には鈴木さんのお父様がいるしぃ~会いたいよねぇ~?」
「理乃ちゃんが会いたいわけないです! だって……。」
美少女はきゅっと唇を噛みしめて言葉をふせた。そう。理乃は火星にボランティアに行ったまま逐電した父親に捨てられたのである。
父が火星に行ったまま連絡が来なくなって不安になっていた頃。
幼い彼女とその母に送り付けられてきたのは。
まだどう見ても女子高生くらいにしか見えない少女の大きな腹に、
頭を当ててとろけるような眼差しとよだれを見せる彼女の父の写真。そして離婚届け。
それは幼い彼女にも、父親がトチ狂ったと一目でわかるほどの強烈な写真であった。
彼女の母が狂いだしたのはその日からである。
ちなみに、彼女の幼馴染のリナちゃんの父親も火星のボランティアに赴いていたが
現地の女性や同僚等と肉体関係等は持つことが無く。真面目に働いて帰ってきた。
それもまた理乃母親には辛かったのである。
理乃は父親の事は『気持ち悪い肉塊』としか思えなかったが。母親の事は虐待を受けても恨み切れなかったのは、そのせいであった。
「たった一人の父親だよぉ~! なんで会いたくないのぉ~なんでぇなんでぇ~!」
事情を知っているくせに。先程の件で恨みがある中年男はニヤニヤ笑いながら、俯いたままの理乃に話しかける。その心無い行為に驚き固まる周囲の人間。
理乃は立ち上がって、思わずその教師の顔を平手打ちした。
「私が火星に行ったらあの気持ち悪い性欲アメーバをぶっ殺してやるよ! てめぇの愛人のクソ鈴木の次に!」
自分の体にコンプレックスを持つ理乃は、人の身体的特徴をバカに出来ない性格であった。だから年齢を気にしている鈴木にはクソババアとは言わない。
どんなに怒っていてもそういう配慮のある彼女だが。
さすがに家族の事を持ち出されては、普段は出さない手が出てしまった。
せっかく数少ない友人が取りなしてくれたのにも関わらず。教師に暴力をふるった、ということで、彼女は火星送りになったのであった。
春だ! 火星だ! 手榴弾だ!
紛争からかろうじて逃げた避難民がすがるように集まった、灰色の避難所。
土埃は舞い、人々の泣き叫ぶ声や苦しみ悶える声や争う声などの息苦しい空気が凝縮されたその空間で。理乃は給食当番……もとい食料配給係をしていた。
白い大きなマスクに割烹着、おでこ全開の頭には白頭巾。
女子高生にしては背が高く、骨太でややガッシリ目な体格も相まって。
理乃はぱっと見、給食のおばちゃんにしか見えなかった。
「おばちゃーーーん! そっちにパン余ってない?」
「はいよー! 十五個でいいかい? 今持っていくからちょっとまちーな!」
最初はおばちゃんと言われることに抵抗があった理乃だが。
今回はおばちゃんキャラの方が何かとやりやすいことに気付き。
素直に返事して、パンの入った籠を運んだ。
それが終わった理乃はトイレに向かったのであるが。そこで事件に出くわした。
「ヒヒヒッヒヒヒーー! かわいいお嬢ちゃんがボクの言う通りにしてくれれば、お嬢ちゃんのおかあさんの薬代はだしてあげるよおおおおおおおおお!」
避難民にしてはきれいな身形の中年男は。
いたいけな針金族の少女を人気のない場所に追い詰め。
欲望に染まった顔で醜い顔で、体を震わせる少女ににじり寄る。
少女はその美しい緑色の目から涙を数滴落とし。ペタン、と座り込んだ。
男はそんな彼女の様子を舌なめずりしながら見つめる。
「……こないだ授業で見たアメリカの刑事ドラマの犯人のセリフと似すぎ。さて、どーしようかな」
物陰に隠れていた理乃はその様子を協会から貸与された携帯端末で撮影しつつ、考え込んだ。
男の身形はいい。腕時計も高級ブランドの物だ。
彼女のお母さんの薬代を出す余裕はあるかもしれない。
そして彼女もその男を受け入れる様子は見える。
でも、男が本当にお金を出す保障は無い。
それに、彼女の母親は娘を不幸にしてまで自分の薬を欲しがるものだろうか。
もし、そこまで欲しがるのなら……。
「そんなの母親じゃねーわ。死ねばいい」
口の中で雪のようにその小さな言葉は消え。理乃はポケットに手を突っ込んだ。
……理乃が考え込む間にも。男は少女のブラウスに手をかけ。彼女を生まれたままの姿にした。針金族特有のごくごく薄い水色の肌。そして大きくまあるい胸が現れ。男はそんな彼女の体を舐めまわすように見つめると。
工場排水のような薄汚れた唾液をたれ流した。
「……たまらんわ…たまらんわ…ヒヒヒッヒ……」
男が服を脱いで素っ裸になり。少女が両手で顔を覆って泣きだした時。
思いっきりシャッター音を鳴らして理乃は写真を撮った。
「な、なんだキサマアアアアア!」
「My name is REMIO」
REMIOとは。針金族の信じる女神である。容姿は、ずんぐりとした土偶体型で、理乃のように地味でさえない顔立ちなのだ。
口から血(協会の知り合いから貰った口紅)を垂らし、奇声を上げながら近寄る理乃。それに男が気を取られている間に、針金族の少女は頭を何度もさげて走り去る。
「邪魔しやがって……ブッコロシテヤルゥゥゥーーー!」
しまった、と理乃は真っ青な顔で思った。男は針金族では無く。女神への信仰が全くなかったのである。
十徳ナイフを構えて襲い来るその男。理乃は半泣きで逃げ出した。
「」
人柱協会
火星送りになった理乃。彼女は手榴弾がかっとぶトンデモ地帯でボランティアをしつつ、
二時間ドラマも真っ青な父親抹殺計画を立てるのだが。うっかりその紙を針金族に拾われてしまうのだった。功労者の抹殺計画なんてとんでもない! と
謎の塔に逆さ吊りにされる彼女だが。それを助けたのは意外な人物であった。
次回
「それを吊るすなんて、とんでもない!」