背徳の蜜 第1話

背徳の蜜 第1話

ガルヴァニーナブルー

週の始まり

会議に出席するため
いつもより早めに家を出る夫を送り出し
朝食の後片付け、掃除、洗濯。
このあといつもなら
友人が経営する雑貨店へ
手伝いに行くのだけれど
今日は月曜日
彼と関係を持つようになってから
彼の仕事のサイクルに合わせて
休みをとるようになった。

洗濯物を干しに庭に出ると
まだ一月だというのに外は春のような暖かさ。
私はのどの渇きを覚え
冷たい水を飲もうと冷蔵庫のドアを開けた。
シンプルなフォルムの
美しい青いボトルが並ぶ。
お気に入りのミネラルウォーター
ガルヴァニーナブルー。
深い青と三日月のラベルに彼の姿を重ねる。

キッチンのカウンター越しに
テーブルに置いたスマートフォンを見る。
今年に入ってからまだ彼からの連絡はない。
思えば昨年の後半も
彼はライブや特番の収録で忙しく
ほとんど会っていない。

いっそこのまま
連絡などない方がいいのかもしれない。
いつまでも今の関係を
続けるわけにはいかないし
彼には……
ちゃんとした彼女がいるみたいだし。
ボトルを開けひとくち飲みため息をつく。

私は手の中の青い瓶を見つめ
あの日のことを思い返す。


初めて抱かれたのは去年の今ごろ。
友人の経営する雑貨店に
彼は時々顔を出していて
少しずつ話をするようになった。
芸能人であることは知っていたけれど
普段の彼はまったく気取りがなくて
きれいな顔をしているなと思うことはあっても
愛とか恋とかそういう気持ちではなく
会って話をするのがただただ楽しかった。
ちょっとしたドキドキを楽しむ
年下のかわいいボーイフレンド。
そんな感覚だった。

でもいつの頃からか
彼が店に来るのを心待ちにし
彼の姿を見ると心がときめき
彼のことを考えると胸の奥が苦しくなった。

そばで話をするときの彼の匂いに
そのまま体を寄せて
胸に顔をうずめてしまいたくなる。

彼の長い指が一本…二本…と私の中に侵入し
やさしくかきまわすのを想像する。
小さく円を描く指が
じっとりと私をほぐしてゆく。
彼の指に弄ばれて乱れていく自分を想像する。

この男に抱かれてみたい。
そんな愚かな欲望が私の中に芽吹いていた。

夫とはここ数年ベッドを共にしていない。
互いに体の繋がりを必要としないだけで
それはそれでいいと思っていた。
ただこのまま私は
誰にも抱かれずに終わるだろうかという
漠然とした焦りのような気持ちがあった。

その気持ちは彼に惹かれていくにつれ
はっきりとした意思を持つようになる。

いつまでも若くはいられない。
年齢を重ねた美しさなんて嘘。
ハリのなくなっていく肌。
くずれていく体のライン。
抱かれるなら今。そう思った。

でも彼との年齢が離れていることや
私が既婚者であることが
その欲望に現実味を与えず
彼にしたって
私なんかを相手にするわけがないという
あきらめの気持ちが
その欲望を制御していた。

年上の女性の余裕。
ありもしないそれを演じることで
なんとか自分の気持ちを押し隠し
彼と接することができた。


あの日までは。

背徳の蜜 第1話

背徳の蜜 第1話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-03

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