ACVD二次創作 無題
PS3ソフト【アーマード・コア ヴァーディクトデイ】の二次創作になります。
キャラ等はオリジナルのため、仮に同名のプレイヤーさんがいたとしても全く関係ございません。また、フロムソフトウェアのオープニング詐欺等の伝統に乗っかり、ゲーム中では再現できない動作が含まれますのであしからず。
財団の起こしたUNAC暴走事件から、数年が経とうとしていた。
そこかしこに散らばるACの残骸と暴虐の名残。シリウス、ヴェニデ、EGFの三勢力によるタワーの奪い合いは尚も続いている。時折均衡が崩れることもあるが、概ね一進一退の戦いを繰り返していた。
戦場の中心にいる者は今も昔も変わらない。AC=アーマードコアと呼ばれる旧時代の失われた技術によって造られた人型兵器による戦闘行為の繰り返し。唯一変化があったとすれば、財団と各勢力の力によって技術が甦り、誰でも金さえあればACを手に入れることが出来るようになったという所か。
一つの巨大なコロニーとして完全に機能し始めたブリッジ要塞の防衛部隊の一人として契約しているこの傭兵も、金でACを買った輩の一人である。最も、彼は所属していた勢力から抜け、その時勢力から支給されていた汎用タイプの中量二脚ACを退職金代わりに格安で譲り受けた訳だが。
勢力にいた頃よりも稼ぎは悪い。諸々の諸費用を差っ引けば手取りは二割ほどに落ちている。それでもこの街で生活し、己のACを整備し、ささやかな楽しみである安価な果実酒を楽しむには十分すぎるほどの金が男の手には残る。
男は出ていた屋台でホットドックを買い、最近安くなり始めた水道水で腹に流し込む。体躯の良い彼には少々足りないが、これからACに乗ることを考えるとあまり胃にものを入れるのはよろしくない。
ゆっくりとした足取りでAC格納エリアへと続くエレベーターに向かう男の頬に、ぽつりと冷たい雨がはじける。
「雨か……」
複雑に鉄骨が入り組んだ天井の隙間から滴る雨粒を気にする者はほとんどいない。だがしかし、彼はその隙間から除く重く湿った空をしばし見つめていた。
彼の瞳は雨を降らす空よりも濁った色をしている。
それは希望の光を失った目。彼の目は、遠い過去に失われた誰かを見ている。
「急ぐか」
そう呟いて彼は歩みを少し早くする。どうということは無い。ただ少し、雨に混じった嫌な寒気が男を急がせていた。
防護スーツを着込み、男は己のACへと向かう。
防衛部隊のACはストックを合わせて10機。そのうち半数がブリッジ要塞直轄のもので、残りの半数は契約した傭兵個人の持ち物だ。
直轄のACは新型の機動型の中量二脚に対熱防御を重視したコアと照準制度の高い腕を組み合わせた独立勢力で多く見られる標準的な機体。対して傭兵個人のACは軽量機や重量機、遠距離タイプに接近戦型など、それぞれの特徴や戦闘スタイルが如実に表れている。
「レイヴンか。今から見回りか?」
整備ドックの一番奥に置いてある自機に向かう途中、マットシルバーの軽量二脚型ACから降りてきた傭兵が彼の名を呼んだ。
「あぁ。そうだが。パルメット、お前は今終りのようだな。何か異常は?」
「いや、なかった。ただ……」
パルメットは彫りの深いその顔を少し引き締める。しかし何かを言おうとしたその口は、通路の向こうから響いた子供の声に遮られた。
「すまん、家族が来た。早く行かないと」
「気にするな」
照れくさそうにするパルメットに苦笑してレイヴンはその場を去り、その身を己のACのコックピットに落ち着ける。
(家族……か)
ACを起動させながら、彼は自分の家族のことを考えていた。
まだ、レイヴンが三大勢力の一つ、シリウスのAC部隊に所属していた頃。そう。丁度、UNACの暴走事件が起きた時期だ。どこの都市も同じようなものだったが、暴走したUNACを止めるために多くの兵士が戦場に送り込まれた。レイヴンも兵士の一人として多くの無人ACを撃破した。だが、別部隊が壊滅してUNACが市街地に侵入した。激務を終えた彼を迎えたのは、焼けた我が家と遺体となった妻と娘だった。
レイヴンと言う名は、その頃から名乗り出した。カラスのように狡猾な戦い方をする彼のことを、先の暴走事件で殉死した戦友がそう呼んだのを、そう言われたことを妻と共に笑い合ったのを覚えていたからだった。
コックピット内の全面に展開されたモニターが外の映像を映し出す。慣れはしたが、周りの映像から自機後方からの視点を作成して投影するというこのAC独特のモニタリングシステムはやはり少し違和感が残る。
格納庫に鎮座するレイヴンの中量二脚AC“ⅩⅤ(フィフティーン)”が画面の中央に移り、最後にロックオンサイトとエネルギー残量や残弾、活動限界を示すリングが現れる。
「こちらレイヴン。巡回に出る。オペレーター、進路を開けてくれ」
『了解しました。クリアです。そのまま出撃して下さい』
オペレーターの指示に従い、レイヴンはACを前に進ませる。
外に通ずるハッチが開き、半ば水没した建造物のなれの果てが眼下に広がる。
ブーストをONにし、ACは中空へと踊り出た。緩やかに降下しながら螺旋を描いてかつて橋げただった巨大な柱を降りていく。
かつてのブリッジ要塞は、その名の如く多くの砲台や防衛措置が取り付けられた要塞だったらしい。しかしその後の戦乱や暴走事件、更には近年報告が上がっている特殊兵器群の襲来によってその機能を著しく低下させる事態になっている。
レイヴンが防衛部隊として雇われることになったのも、その戦力の穴を埋めるためのものだ。
下から見上げれば機能している砲台はほとんどなく、修理をしているらしいトーチの眩い光がそこかしこに見られる。
(雨のせいで視界が利かないな……)
それに加えて、雨に混じったまとわりつくような何かがレイヴンの肌を粟立たせていた。
暗緑色に濁った水面に降り、周りを確認する。
いつもと変わらない風景。それでいて、どこか違和感の残る景色。
リコンを三つ投擲し、再度辺りを確認。表示されたエネミー数は0。見えている範囲には何も確認できない。なおかつ、少し飛び上がって確認しても崩壊ビル群の隙間にはうねる潮と瓦礫、今まで近辺で撃破してきたAC等の回収しきれない破片が見えるばかりだ。
「オペレーター、状況は」
『警戒エリアに反応はありませんね……いえこれは……』
「どうした」
『ACです!7時方向!数は……15!?』
「なっ……」
一般兵器の大群が襲来したことは過去にもあった。しかしACが15機も攻めてくることなど初めてのことだ。
一瞬処理が追いつかなくなった頭をリセットし、レイヴンは機体を反転させる。手近な足場に足をひっかけ、グライドブーストを使って一気に敵に近づく。
暗い雨の向こう。うねる水面を激しく叩きながらその一団は姿を見せる。
一切の無駄が無く、統制され過ぎた動き。煌々と輝くセンサーの発光はいつかの悪夢と同じ色を放っている。
「UNAC……ッ」
強く噛みしめた奥歯が嫌な音を上げた。
頭に昇る猛った血を抑え、自分の置かれた状況を鑑みる。
数は圧倒的不利。個々の技能は程度の差はあれど、機械ごときに遅れは取らないつもりだ。彼我の距離はざっと3km。このままブリッジ要塞に取り付かせるわけにはいかない。
レイヴンは右腕に装備した三点バーストのバトルライフルを下げ、ハンガーに掛けた盾を構える。
『スキャン終わりました!軽量2脚型!武装はレーザーライフルと速射型ハンドガン!全機機体構成は同じです!もうすぐ増援が出ます!それまで耐えて下さい!』
オペレーターの情報支援の直後、交戦距離に入ったUNACの右手が眩い光を放つ。数刻後、その光が一際大きな閃光を放つ。
激しい音と共に殺到する15の光線。しかしその光は、レイヴンの駆るACの盾を掠めただけに終わった。
その間にレイヴンはグライドブーストとハイブーストによる緊急回避を駆使しながら相手に肉薄する。ロックオン可能な距離に入った瞬間、一瞬の間スキャンを切り、左手に持った高威力のショットガンを叩き込む。
UNAC群もそれに合わせて回避運動を取った。しかし、レイヴンショットガンの散弾を浴びせられた先頭の一機はもろにその衝撃を受け、半ば水中に没する。その頭部を、接敵時の勢いをそのまま乗せたブーストチャージがコアもろとも勢い良く蹴り飛ばした。
ドーンという爆発と共に水しぶきが上がり、リコンが投影する情報に表示されたエネミー数が14に減る。舞いあがった水滴はACに降り注ぎ、その装甲から発せられる熱を奪うとともに濃い水蒸気となってさらに視界を奪っていく。その際鳴った警告音は発生した霧が有毒物質を致死量以上に含んでいることをレイヴンに伝えた。
一度止まったACをハイブーストで無理やり前に押し出し、水面に出た建物の残骸を使ってドリフトさせながら相手の方を向く。
視界の悪さなど意にも介さないUNACがレイヴンに向かって再度レーザーの照準を向けながらハンドガンをばら撒き、殺到する。
その時既に左手のショットガンをハンガーシフトしていたレイヴンは、その左手に持ち直した高威力のレーザーブレードで目の前を薙ぎ払った。
一本の熱戦が頭部を掠め、速射ハンドガンの嵐が全身を穿つ。対してレイヴンが薙ぎ払ったレーザーブレードは2機を芯で捉えて熔かし、一機の右前面の装甲を抉り取っていた。
まだ致命傷ではない。レイヴンは盾をバトルライフルに変更し、仕留め損ねた一機を狙う。ただその時、遠方に放ったリコンの反応が突然増えたことを視界の端が捉えていた。
「……ッ!?」
瞬間襲った怖気にACを後方に離脱させる。
直後レイヴンがいた地点を中心に、残りのすべてのUNACを巻き込んで青白い閃光と巨大な爆発が起きた。
爆風をモロに喰らい、ACが水中に沈む。強酸性の汚染水がACの甲鉄を焼き、警告音がコックピット内に響く。
『やっぱり、これくらいじゃあ死んでくれないよねぇ……?』
その時、いつの間にか回線に割り込んでいた何者かがその声を上げた。
黒く冷たく、粘っこい声音。殺しを愉しむ者独特の静かな殺気が辺りを満たしていく。いや、ずっと前からこの狂気は満ちていた。目に見えない、肌にも感じない、透明な違和感として。
『あ、新たなACを確認!』
視線の先には、漆黒の色で塗られた重量二脚型のACが佇んでいた。その背中には大きな核反応号炉を担ぎ、10機のUNACを跡形も無く消し去るだけの威力を持った核弾頭を射出する巨大な砲をその手に携えて。
『敵機は重量二脚型でヒュージキャノンを装備!次のチャージまでに一気に……』
『黙ってろよ。テメェに用は無い』
黒いACはその砲身を上へと向ける。丁度、管制室とACの格納庫がある辺りに。
『ヤメロォォォォォオオッ!』
まだ損傷の軽いACを無理やりに動かし、レイヴンは相手に肉薄する。
相手の照準が一瞬こちらに向きかけ、思わずレイヴンは回避運動を取る。しかしそれはブラフだった。ワンテンポ遅れたレイヴンを尻目に、漆黒のACは悠々とキャノンのチャージを終え、その死の閃光を解き放った。
まばゆい光と共に空へと昇る青白い炎。嫌にゆっくりに見えて目に焼き付いたその光景は実際にはほんの一瞬の出来事で。
ドォォォン!!
青い爆発が頭上で起きる。同時に通信機器が一斉にノイズを放ちオペレーターとの通信も途絶した。
元々脆くなっていた外装が剥がれて落下していく。崩れた鉄筋コンクリ―トの塊が水面を叩き、巨大な水柱を上げる。
『これで、邪魔はいなくなった』
黒いACのそいつが口を開く。
物々しいキャノン砲が折りたたまれて背中に格納される。ゆっくりとレイヴンの方を向き直したそれは、神経を逆なでするような声でくつくつと喉の奥から不気味な嗤いをこぼし続けている。
レイヴンも虐殺を愉しむ人間は多く見てきた。しかし彼らは等しく、その愉悦の中に死への恐怖をみせているものだった。だが奴は根本的なところから異なっている。死を常にそばにあるものとし、受け入れているかような……。
敵機のスキャンが完了し、機体情報がモニター上に映し出される。実弾、化学弾、レーザーの全てに対してバランスよく耐性が振られた機体に、獅子をモチーフとした黒い盾のエンブレムは。
「死神部隊!」
『傭兵。お前が黒い鳥かどうかは関係ないんだ。ただ危険分子は消さねばならない。それが、俺たちの使命なんだから』
邂逅は刹那。若干姿勢を前傾させた重量二脚ACが飛沫を巻き上げながら迫る。
ショットガンと盾を構え、盾を最大限生かせる角度を保ちながらレイヴンは相手の死角に逃げ込む。
「……ッ!」
たった少しの計算違いだった。相手の両手に装備された高出力のレーザーライフル“X000 KARASAWA”から放たれる一撃必殺の熱線が一瞬で盾を融解させ、盾が受け切れなかった衝撃による硬直がレイヴンを襲う。一際眩く光ったもう一本のカラサワが一瞬動きを止めたACにその照準を合わせ、その命を刈り取ろうと迫る。
ドーン、と青白いエネルギーの塊が爆ぜた。
『くっく……くははは………』
死神が嗤う。狂ったように。嬉しそうに。愉しそうに。
そう、彼は歓喜していた。この男に出会えたことに。そして、本当の闘いが出来ることに。
[AP、残り50%]
無機質な声が機体の損傷度合いをレイヴンに伝える。
さっきの衝撃で右モニターが死に、ショックアブソーバーでも吸収しきれなかった衝撃がレイヴンの脳髄をいまだ揺らしている。
相手の光線は、ACの右肩の装甲板とハンガーを抉り取ってはるか後方の瓦礫を消し飛ばしていた。
熱エネルギーによって赤く焼けた装甲が鎔け、雨で冷え、歪な形で凝固する。
黒い死神のACは、その姿を満足そうに見つめながらその左肩から火花を散らし、腕をだらりと下げた。回避と同時に放ったレイヴンのショットガンの軟鉄弾は拡散発射され、その構造上むき出しにされた腕部とコアの接続部を中心に黒い装甲に無数の傷を負わせていた。
「退け、死神。無力な人々に何の罪がある!」
『さぁね。俺の目的はお前だよ、傭兵』
「ならば……私の身を差し出せば」
『シリウス第401D部隊、識別番号15番、だったか』
言葉が出なかった。調べれば分かる過去。しかし、何故UNAC防衛戦の時のレイヴンの所属をこの男が今口にしたのか。
『お前の部隊は強かった。格段にな』
「何…を……」
緊張の糸がピィンと張る。目が見開き、呼吸が浅く早くなる。鼓動が早くなり、操縦桿を握る手が震える。
『お前の街を潰したのは俺だよ、 』
記憶が彼の頭を巡る。街での生活。辛くも誇らしかった仕事。同僚の軽口。妻との出会い。娘の誕生。温かい家庭。皆の笑った顔。全て失った後の瓦礫。
ブツン、とレイヴンの中で何かがキレた。本名を呼ばれたのは耳に入っていなかった。
「貴様が……」
『あぁ』
「貴様が…………ッ。貴様が全てを奪ったのか!俺から!全てを!!」
『ああ!』
殺す。何があろうと、奴だけは。
どす黒い何かが意識を混濁させていく。暗く、深く、根を張り出したそれは実に簡単なものだった。
その瞬間彼は納得する。正義など、そんな理想は無いのだと。私怨や私利私欲のために他者を虐げ、騙し、殺してきた、正規兵であった頃の彼の敵の方がよっぽど正しかったのだと。
自分が愛したものを奪った相手をどうして許せようか。復讐は誰も望んでないなんて誰が言ったのだ。他でもない自分自身が望んでいるではないか。
数年の間押しとどめてきた怒りが諦めという枷をぶち壊して氾濫する。明確な、敵意として。
レイヴンは守るために戦ことを止める。今や彼は相手を嬲り、最大の苦痛を与え、後悔させ、懺悔させ、己が都合のために殺す狂人へと成った。
各部に設置されたブースターが派手な音を立てて火を吐き、レイヴンのACにはその猛り狂う搭乗者の意思がそのまま反映される。
「ァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッッッ!」
口から放った叫び人の言葉を成してはいない。それはまさしく咆哮だった。
ワンテンポ遅れた死神のACにその両手の銃口を向ける。しかしトリガーに掛けた指を引いた瞬間、ACの両腕が不意に跳ね上がった。
『いいぞ……。もっと、もっとだ!傭兵!』
不具合で動かなくなった左腕のレーザーライフルをパージし、正確に蹴り飛ばして当ててきた死神が叫ぶ。
硬直が解けたレイヴンの視界にまたあの青い閃光が映り込む。
バシュゥゥッと音を立てて放たれる閃光。フルチャージ時の一際大きな輝きに合わせて右へと避ける。一瞬タイミングをずらして放たれた熱線はACの左肩を穿ち、蒸発させる。
それでも勢いは止まらない。硬直をハイブーストで消し、海面につきだした僅かな足場を蹴って死神の死角へと回り込む。相手の装甲に押し当てるようにして両のトリガーを引き絞り、発砲。その瞬間、過負荷がかかった左肩が爆発を起こした。
けたたましくアラートが鳴り響き、サブモニターに損害状況が映し出される。
左腕は肩部から損失。その他、全体的に左面の大きな損傷。ブースターの出力も若干怪しいようだ。
レイヴンは速度を乗せたブーストチャージを繰り出す。しかしその寸前で回避行動をとった。
ガインッ!重量二脚の太い足が旋回しながらそのつま先をKEコアの盾にひっかけて蹴り飛ばす。直接喰らえばコアがひしゃげるほどの威力を持った蹴りを回避してレイヴンは少し距離を置く。しかしそれを逃す死神ではなかった。すぐさま離れ、壁を蹴りつつ旋回し、ロックオンサイトに機影を捉える。青い光が輝きを増していく。
EN残量の低下。避けきれない。だが、それがどうしたというのだ。
脚部の屈伸運動によってACが跳び上がった。その一瞬のベクトル変換に起きる停止時間を狙ってカラサワが放たれる。狙いすました射撃。その閃光はレイヴンの駆る中量機の頭部を完全に消し飛ばした。
『……それを避けるかよ』
「貴様だけは殺す!絶対に!」
頭部を犠牲に距離を詰め、ハンガーシフトしていた右腕のレーザーブレードが黒い重量二脚の甲鉄を焼いた。
『……野郎ッ』
熱によるダメージを与えるレーザー系兵器はいくらバランスタイプとはいえ重量二脚型には効きにくい。それはこの場合でも例外ではなかった。しかし、死神のつぶやきには若干の焦りが混ざっていた。
壊れる寸前でとどまり、砕けはじめたモニターの中央にACを捉える。
両名が残る武器を構える。死神は銃を。鴉は剣を。
雨が止む。雲の切れ間から降りた光のカーテンが二人を遮る。
『終わりだ……』
先に動いたのは、死神だった。
一瞬の出来事。クラインドブーストからのハイブーストによって最大速度を得た黒いACが光の壁を裂いて現れる。それまでずっと閉じられていた右腕の肩部装甲が開き、大型の追尾弾頭が発射される。
(ラージミサイル……!)
AC自体の加速により通常の巡航速度よりかなり早い速度で迫る超誘導弾。レイヴンは操縦桿を後ろに思いっきり倒し、グラインドブーストを発動させる。だが。ACの加速を伴って打ち出された弾頭の方が若干、早い。
せわしなく回避運動を取り、何とか回避を繰り返す。しかし最大の誘導率を持つそれは何度も軌道を修正しながらレイヴンに迫る。
『死ね!』
青い光を煌々と滾らせながら迫る死神。レーザーを喰らい、その衝撃でミサイルまで喰らえば確実に死ぬ。
レイヴンの目がせわしなく動く。自機と敵機の位置。ミサイルの巡航速度、彼我の相対速度。まだ生き残ったモニターにせわしなく流れていく膨大な情報を一瞬のうちに整理し、長年の勘で行動を判断していく。
一か八かの駆けだった。ハイブーストを一回吹かし、死神の目の前に躍り出る。続けざまに放ったブーストチャージは空振りに終わった。だが、相手のカラサワもギリギリロックオンサイトから逃げられたようであらぬ方向へと飛んで行っている。
その刹那、限界まで迫っていたラージミサイルがドーンッと炸裂した。爆風とその余波を受けて機体が硬直し、足元に広がっていた若干広い足場に二機のACがそれぞれ崩れ落ちる。今のでEMPTYとなった死神のカラサワがその手を離れて水面に落ちる。
旋回は同時。ドリフトによって距離を詰めつつ。使用可能な武器を失った死神のブーストチャージは空振りに終わった。振り向きざまに突き出したレイヴンのレーザーブレードは、黒い重量二脚ACのコアに深々と突き刺さっていた。
「終わっ……た…………」
レイヴンはそう、呟いた。その顔は勝利の喜びではない。また守れなかったという後悔の念がにじみ出ていた。
居住区は問題ないだろう。それでも、ブリッジ要塞下部で仕事をしていた何人もが、レイヴンが大切にしていたものが、また失われてしまったのだ。
「作戦、完了……」
誰も答えるはずの無い無線に向かってミッションの終了を告げる。
そう。誰も答えないはずだった。
『まだ終わっちゃいない……』
「……っ!?」
思わず息を呑んだ。そいつが生きている訳がないのだから。この手で、葬り去ったはずなのだから。
『……黒い鳥。……様が……次……死を呼ぶ……覚え……け。……お前も……、同じだと……ことを。……くく。……は………はは……はははは…は…!!』
バンッ!
残っていたショットガンの弾を叩き込む。それ以上の通信は、何処からもありはしなかった。
もう何日、この白い天井を見続けてきたことだろう。変わり映えのしない日々、顔を合わせるのはこれも変化の無い主治医と看護師数名のみ。
あの一戦以降、汚染水の水蒸気を吸い込んだレイヴンには重度の障害が残っていた。全身に回った有害物質は脳髄を侵し、彼の身体を全身麻痺へと追い込んだ。幸い稼いだ金と自らに掛けた保険金によって生きてはいる。しかし、意識はあると認識されてはいてもレイヴンは植物人間とほぼ大差なかった。
会いに来る者などいはしない。愛するものを失い、その復讐を遂げたレイヴンの心には果てしない喪失感がある。
(俺は、何のために戦ってきたのだ……)
戦場を離れてふと思う。今更意味の無い問いかけではあるが。
勝手に流れていった涙の滴を、看護師が優しい顔で拭ってくれた。
「それでは、失礼します」
定期的なケアが終わり、また静寂が室内を支配する。その時、静かにドアが開けられる音がした。
「随分痩せたな、レイヴン」
顔を見せたのはかつての同僚、パルメットだった。
生きていたのかと安堵するレイヴン。彼の家族は無事だったのだろうかと、そんなことを思わずにはいられない。
「なぁ、レイヴン。お前、候補者なんだってな」
パルメットが口を開く。レイヴンは精気の無い瞳で返した。
「いや。だった、か」
「………………?」
「なぁ。お前さ、死んでくれねぇかな」
どうやって持ち込んだのか、パルメットはその懐から消音機付きの拳銃を取出し、レイヴンに向けた。
「これが俺の本当の仕事なんだよ。悪いな。だが、もし戦場に戻りたいなら、自分の可能性を見たいなら」
「…………」
レイヴンは視線を向ける。黒く深い銃口に。前に見てきた印象とはまるで違う、かつての同僚の姿に。
「…………そうかい」
レイヴンの視線をどう取ったのか。
「ようこそ、黒い鳥」
彼が手にした拳銃は、動作不良を起こすことなく。
その鉛の弾丸を吐き出した。
ACVD二次創作 無題
久々の投稿となります。
過去からあまり進化が無いかもしれませんが、お楽しみいただけたら幸いです。