お婆ちゃんが同級生!?

第1話 幸せな日々

「ただいま~」

僕は玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨てると、大好きなお婆ちゃんの部屋へと向かう。
僕の名前は柳総介(やなぎそうすけ)、市立滝沢中学校の2年生だ。
現在、訳有って部活動には所属していない。
僕の家はお爺ちゃん、柳総太郎(やなぎそうたろう)が始めた大衆食堂紫苑(しおん)を営んでいて、昼はおばさま達の井戸端会議の場として、夜はおじさん達の憩いの場として近所の人々から親しまれている。

お爺ちゃんは僕が生まれる前日に亡くなってしまったらしく、それからは、お父さんとお母さんが店を切り盛りする事になった。
その為、必然的に僕の面倒を見てくれたのはいつもお婆ちゃんだった。
一緒にお昼寝したり、散歩に出掛けたり……又、物心付いた頃からはおやつを作ったり、お料理を教えて貰ったりと何をするのもお婆ちゃんと一緒だった。
お陰で今ではすっかりお婆ちゃんっ子だ。

「お婆ちゃん、ただいま~」

僕はお婆ちゃんの部屋の襖を開け放ち、お婆ちゃんの傍に駆け寄る。

「おやおや、お帰り総ちゃん。今日も学校は楽しかったかい?」

僕が部屋に来たのを見とめると、布団に横になっていたお婆ちゃんは、上半身を起こして笑顔で迎え入れてくれる。
僕のお婆ちゃんの名前は柳静葉(やなぎしずは)、3年前に癌が見つかり、半年前まで入院生活を余儀なくされていた。
2年半に渡り投薬、手術等さまざまな治療を行ってきたが、病状は一向に回復の兆しをみせる事無く、余命半年との宣告を受けてしまった。
余命宣告を受けたお婆ちゃんは、せめて自分の家で死にたいと、両親を説得して自宅療養に切り替える事になり、今では殆ど寝たきりの生活を続けている。
学校から帰ってくると、その日あった出来事を話して聞かせるのが、この半年間の僕の日課となった。
これが僕が部活動に所属していない主な理由だ。

「それでね、それでね……」

「そうかい、それは良かったねぇ……」

もう余命幾ばくもないお婆ちゃんだが、僕の前では苦しそうな表情一つ見せる事はなく、ニコニコと終始笑顔を見せながら話を聞いてくれる。
僕にとってお婆ちゃんと過ごす時間は、何事にも代え難い幸せな時間だ。
今日の体育の授業での事を話終えた頃だろうか、お婆ちゃんが僕の顔をじっと見詰めている事に気が付いた。

「どうしたの?僕の顔に何か付いてる?」

「ふふふ、そうじゃないよ……総ちゃんは本当に出会ったばかりの頃のお爺さんにそっくりになってきたと思ってねぇ」

最近、お婆ちゃんはお爺ちゃんの事を良く口にするようになった。
お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは、僕には見せた事もない様な陶然とした表情を浮かべる。
会った事もないお爺ちゃんだけど、大好きなお婆ちゃんが取られてしまったみたいで、凄く嫌な気持ちが湧き上がってくる。
でも、お爺ちゃんの話をする時のお婆ちゃんは本当に幸せそうで、僕はそんなお婆ちゃんの幸せそうな顔をずっと見ていたかった。
だから、湧き上がってくる嫌な気持ちにグッと蓋をして、お婆ちゃんにお願いする。

「ねぇ?お婆ちゃん、お爺ちゃんの話をしてよ。……お爺ちゃんはどんな人だった?」

「そうだねぇ……お爺ちゃんは、優柔不断でどうしようもない人だったかねぇ」

お婆ちゃんは苦笑を浮かべながらそう切り出す。
しかし、苦笑は直ぐに鳴りを潜め、また陶然とした表情を浮かべながら、一つ一つ大切な思い出を振り返る様に語る。
お婆ちゃんによるお爺ちゃん自慢は、それから夕食の時間になるまで、2時間程続くのだった。

第2話 紫苑食堂の日常

我が家での夕食は、お店が落ち着いた時間を見計らって、店内で食べるのがお決まりになっている。

「やぁ、総ちゃんこっちにおいで」

お母さんに呼ばれて僕がお店に顔をだすと、田部浩太郎さんが手招きしながら声を掛けてきた。
田部さんは町内会長を務めていて、皆から長老のあだ名で親しまれている。
早くに事故で奥さんを亡くし、今では娘さん夫婦と幼稚園に通っているお孫さんとの4人暮らしだ。
僕のお爺ちゃんとは親友だったらしく、この店の創業当時から通っていたんだとか。

今日もいつもの様に近所のおじさん達5人が集まって、酒を呑みながら野球中継を見ていた。
おじさん達5人はこの店の常連で、野球中継が始まる頃になるといつもこの店に来る。
何故なのか一度訊いた事があるが、家では野球中継は見せて貰えないかららしい。

「田部さん、皆さんもいらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

促されるまま田部さんの隣に腰掛け、皆に挨拶するも田部さんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
おじさん達は田部さんが不機嫌になった理由に気付いたのか、やれやれと呆れた様に肩を竦め、早く機嫌を取れとばかりに僕に視線を寄越す。

「ごめんなさい、お爺ちゃん」

ぺこりと頭を下げると、満面の笑みを浮かべた田部さんがそれで良いとばかりにうんうん頷く。
田部さんは僕の事を自分の孫の様に可愛がってくれていて、お爺ちゃんと呼ばないと口を利いてくれなくなる。
結構恥ずかしいのでそろそろ辞めたいのだが、頑としてそれを許してくれない。

「しっかし、総ちゃんは本当に礼儀正しくて良い子だよな……。うちの真依なんか俺とは目を合わせようとすらしやしねぇ」

「ほんと、ほんと。俺んとこの哲も似た様なもんだよ。あの野郎、昨日なんか俺の顔を見るなり舌打ちしやがった挙げ句、さっさと死ねときたもんだ」

娘への不満を口にするのは八百屋の伊藤喜一さん。
家に市場から仕入れて来た野菜を卸してくれている。
娘の真依姉ちゃんは1つ年上の幼馴染で、反抗期真っ只中らしい。まぁ、僕には普通に優しいけど。

相槌を打つ様に息子に対する文句を吐き出しているのが肉屋の宮田大吉さん。
こちらも伊藤さんと同じく家に肉を卸してくれる。
息子の哲くんは僕と同い年の同級生で、中学校に入ってから素行の悪い先輩とつるむ様になったせいか、今では碌に話しもしていない。
宮田さんは話をしていてその時の事を思い出したのか、こめかみに青筋を浮かべると、怒りを一緒に飲み下すかの様に一気にビールを煽る。

「おっ、大ちゃん良い呑みっぷりだねぇ♪ささっ、どんどんいこうや」

宮田さんの隣で空いたグラスになみなみとビールを注ぎ、楽し気に煽っているのは林正孝さん。
実に軽薄そうなこの人は……なんと、僕のクラスの担任だったりする……。
家庭訪問で家を訪れた際、店にいたおじさん達と意気投合。
仕事そっちのけで大宴会を始めてしまった剛の者である。

「おいおい……大きっちゃん、あんまり呑み過ぎんなよ?この間もそれで俺がおぶって帰ったんだからな?ってか、林も煽るんじゃねぇ!てめぇ、それでも本当に教師か?」

先生からの煽りを受けてピッチを上げた宮田さんを止めつつ、林先生に文句を付けているのは魚屋の波野厳さん。
こちらも伊藤さん、宮田さん同様に魚を卸してくれている。
毎朝漁港から直接仕入れてくる魚はどれも新鮮で、近所のスーパーで売っている様な魚とは一味も二味も違う。
ちなみに、波野さんには小学生3年生の息子と、今年小学校に上がったばかりの娘がいる。

「厳ちゃんは相変わらず堅いねぇ」

「そうだ、そうだ」

「うるせぇ、今日は絶対におぶって帰らないからな!」

そんな軽口を叩きながら楽しそうに飲み続ける。
これが大衆食堂紫苑で日常的に見られる光景だ。

「はい総ちゃん、今日のご飯よ。お母さんはお婆ちゃんにご飯持って行くから先に食べちゃいなさい」

そう言って僕の前にご飯を置くと、お母さんはお婆ちゃん用のご飯を持って奥に引っ込んで行く。

「いただきます」

僕はおじさん達とお喋りしながら、楽しい食事のひと時を過ごすのだった。

お婆ちゃんが同級生!?

お婆ちゃんが同級生!?

大好きだったお婆ちゃんが亡くなった。 悲しみに枕を濡らす僕の枕元にお婆ちゃんが現れて……。 不定期更新です。

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更新日
登録日
2015-04-03

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  1. 第1話 幸せな日々
  2. 第2話 紫苑食堂の日常