あいまいリセット
俺は、9月30日、22時に死んだ。
≪───ちゃんを、助けて下さい≫
僕が目を覚ましたのは、10月2日。病院のベッドの上。青空の中の太陽は既に真上を過ぎて少し傾いている。誰かの声が聞こえた気がしたので目を開けると、周りには40代ぐらいの男性1人、40代ぐらいと10代後半女性が1人ずついた。
「お父さん!お母さん!お兄ちゃん起きたよ!」
「大丈夫か!?大地?」
「先生呼ぶわね」
≪よかった、目を覚まして≫
誰なんだこの人たち。それに、頭の中に直接届く声は何だ。
40代の女性がコールボタンを押した後、しばらくしてから、医者が来た。車椅子に乗って検査を受けに回らされた。どうやら僕の右腕、右足折れてるようだ。レントゲンを見せられた時に「そこまで酷くはないな。1ヶ月程かかるけどね」と言われた。医者は、僕に聞いた。
「君は、頭を少し打っているみたいだけど、何か異常はないかね?罅は入ってないけど、何か変わったことはないかな?」
≪よかった≫
また頭に直接届く声がした。何だろうこの声・・・?
「大地君?」医者に呼ばれ、我に返って少し考えてから答えた。
「・・・覚えてないことが2つあります。1つは、僕が何故こんなことになってるか?2つ目は、僕はあの人たちのことが誰かわからない。こういうの記憶喪失って言うんですか?でも、他の事は覚えてます。僕が誰なのか、OO大学に通っていること、通学路、好きな本や漫画。」
≪からかってんのかな?≫
医者は難しい顔をして「覚えてないのかね?」と言った。
「・・・はい。あの人たちだけじゃなく、思い出そうとしても、他の人の記憶がないんですけど・・・」
「本当なの、大地?」
「すいません」と40代の女性に答える。
「君は、4階の高さのある所から飛び降りたらしい。本当に覚えてないかね?」
「はい」と答えると、医者と大人2人は目配せした。
「大地君、検査は終わり。もう病室に戻っていいよ」と、医者が言った後に続けて、40代の男性が「真友、大地を病室まで連れて行ってくれ」といった。
「・・・うん、わかった。じゃ行こうか、お兄ちゃん」
車椅子の後ろに付いて、押してくれた。
「ありがとう」と言って、押してもらいながら、医者と2人が残る部屋を後にした。
病室に戻っている時に、考えていた。何故飛び降りたのかを。しかし、思い出せない。
「お兄ちゃん、本当に覚えてないの?妹の真友だよ。」
「真友か・・・うーん」思い出そうとしても思い出せない。「ごめん、やっぱり思い出せない」
≪いつものお兄ちゃんじゃないっぽいな≫
「ん?何か言った?」
「えっ、何も言ってないよ・・・あ、明美さん!」
僕がいた病室の前に、同じぐらいの年の女性がいた。
「大地君、真友ちゃん」
近寄って行く時に、お兄ちゃんの彼女だよ、と囁かれた。あの綺麗な人が?
「大地君大丈夫なの?」
「足と腕の骨が折れてるって。あと伝えなきゃならないことあるけど、まずベッドに移動するの手伝ってくれます?」
2人は肩を貸してくれてベッドに移動ができた。
≪なんだろう?なんだかいつもの大地君じゃない気がする≫
また声がする。しかし、2人の口は動いていない。まぁ今はいい、先に話そう。
「あのですね、人に関する記憶が無くなってしまったんですよ。だから、さっき聴いたんですけどあなたが僕の彼女であることも、名前も覚えていません」
彼女は驚いた顔をして「本当なの?」聴いてきたので、はい、と答えると彼女は妹の方を向いて同じように尋ねた。
「本当っぽいかも。いつもと違う気がするし」
「そうよね・・・」
「でも、記憶戻るかもしれないし、ドラマとかでもあるでしょ?」
「・・・ありがとう、真友ちゃん」≪本当に戻るのかな?≫
僕は不安そうな彼女を見て入れなくて言ってしまった。
「あなたの事も、みんなの事も、僕思い出すから、安心してくれ。最後までしっかり思い出すから」
そう言うと、安心したのか僕は初めて彼女の笑顔を見た。それを見て、僕も安心した。
「あっ、そうだ、これ修理してもらってきたから、はい」≪私たちの記念の腕時計だよ≫
「この腕時計・・・大切にしてたやつだ。ありがとう、えっと・・・明美さん」
「これの事覚えてるの?」と、驚いたようだったが、少し嬉しそうに感じた。
「大切にしてたことだけしっかり覚えてる」
「それならよかった・・・きっと思い出せるよ」
腕時計を付けながら、「絶対に思い出すよ、みんなの事」と答えた。
しばらく彼女らと話していると、彼らが戻って来た。そろそろ面会時間の終わりらしい。
「大地君、それじゃあ今度は友達も連れてくるね」明美さんはそう僕に言って大人2人に会釈した。
「明美さんまた来て下さいね」
「これからも大地と仲良くしてやってくれ」と、2人は彼女に言った。彼女は快く「はい、また来ます」と言って、部屋を出て行った。さっき聞いた話によると、彼女と僕の親たちは仲がいいらしい。
2人は僕の所まで来た。
「また明日来るからね、何か持ってきてほしいものある?」
「大地、あんまり急いで思い出そうとしなくていいんだぞ、ゆっくりで大丈夫だからな」
2人は僕に優しくそう言った。
「持ってきてほしいものは特にないです。ありがとう・・・お父さん、お母さん・・・で、いいんだよね?」
「いつもは、父さん、母さんだけどね、私たちは大地の親よ」≪本当に忘れてるのね≫
「で、私がお兄ちゃんの妹だよ。出来るだけ早く記憶戻してよね、勉強教えてほしいし」
「真友!焦らせないの!」病院だと心得ている声の大きさで怒鳴られる。
「勉強の知識なら残ってるから教えられると思うよ」
「やった!」≪本当に人の記憶だけないんだ≫
「まぁ、今日は帰りましょう、また明日来るからね、それじゃあ行きましょう」
両親が出て行った後に続けて「じゃあ、またねお兄ちゃん」と、真友は手を振って出て行った。
独りになってから僕は自分の事を考えていた。しかし、何があったかは思い出せない。話している場面を思い出しても、僕は独り言を言っているだけで、人の姿はない。本当に綺麗に人だけ消えているもんだ。自殺にしても、もっと勇気出せよ、僕・・・、などと考えていたけど、今の僕の記憶は完全じゃない。あの時は、2つだけと言ったが他にも忘れていることがあるかもしれない。だから、今考えても無駄なのかもしれない。
そして医者に聞かれた時には答えなかった、謎の声の事だ。時々、聞こえるこの声。僕が飛び降りる前には、聞こえなかったはずだ。なら、折れた骨と失った記憶を代価と言ったところか。それにしてもこの声の正体は何だろう。この声が聞こえるのは、周りに人がいる時とその人たちの誰かの声。これだけで仮定すると、その人たちの心の声といったところかな、僕はエスパーという者なのかな。とりあえず、この力を検証してみようと思った。
いろいろ考えてみたけれど、今はそれぐらいしか考えがまとまらなかった。記憶もしっかりしてないんだし、仕方いと思ったので考えるのをやめた。腕時計に目がいく。することがないので、秒針を眺めて時間を過ごした。そんなことをしていたら眠ってしまった。
夢を見た。
「どうだい?願いが叶って?」誰かの声。
僕の声。願い?僕は何か願ったのだろうか?
笑い声が聞こえ、それが止むと「願ったろ?まぁ忘れててもしかたないかな?それも願いだ」
「願いってなんですか?僕は何を願ったんですか?」誰か分からないけど問いかけた。
「願ったのは、あんただけどあんたじゃないからね、私からは言えないな」
僕だけど僕じゃない?どういうことだ?
彼女は笑って言った。「簡単に言うと二重人格ってやつだな」
二重人格?僕が?というかあの人、僕の心を読んでるのかな?
「うん」きっぱりと彼女は言った。僕は驚いた、本当に心を読んでる。
「あんたは創られたんだ、元々あんたは二重人格ではなかったけど、もう一人のあんたが願ったからね。そのおかげで声を失ったよ」
「創られた?僕が?でも、記憶はありますよ、それに声を失ったって言ってもこうして話しているじゃないですか?」
「ない記憶があるだろう?それが・・・おっとこれ以上は言えないね、そのうち思い出すさ。この声は、テレパシーみたいなもんだからね、実際にはもう話せないんだ」
「そのうちっていつですか?」
「10月4日」彼女は、僕の問いにすぐに答えた。
「意外と早くに思い出すんですね」
「そうだね、だからあんたはやりたい様に過ごしてればいいさ」
「そうですか、何か安心しました。ところで、あなた誰なんですか?」
「そのうちわかるさ、私が誰か」
「あなたは、僕の知り合いですか?」
「さぁーね」彼女はそれを最後に話さなくなった。
朝日を浴びながら夢の内容を思い出していた。本当に夢だったのだろうか。僕はいつも夢を見ても、声がなかったり、断片的にしか覚えていないのに、今回だけはしっかり覚えていたので、夢ではないと思っていた。夢かどうかは、彼女が言っていた『10月4日』になればわかる、思い出すか、思い出さないかで。しかし、彼女は誰なのだろうか。
ぐ~~~、昨日の晩飯を食べてないせいか、すごくお腹が減っている。もう少しで朝飯の時間だった。それまでまた秒針を眺めて過ごした。
朝飯の時間になり、看護婦がご飯を持ってきた。
「昨日は驚いたわよ、ご飯食べずに寝ちゃってて。だから、少し多くしてもらったわよ、いっぱい食べなさい」笑いながら彼女は言った。
「僕もびっくりですよ、いつの間にか寝ちゃってて、起きたら朝ですし。それじゃ、いただきます」
僕も笑いながら、返答をしてからご飯を食べ始めた。食べている時に、一つ疑問が浮かんだ。僕は初めての人にでも、さっきの様に笑顔で話せる人だったのか、ということだ。そんなことを考えながら食べていた。結局、思い出せない、記憶がないから。
ご飯を食べ終わってから、しばらく時間がたった後、お母さんが着替えや本を持ってやって来た。
「これ着替えと、大地の好きな本持って来たわよ、病院ってすることないでしょ?だから、本でもあったらいいと思ったの」
お母さんが持ってきた本は、既に何回も読むほど好きな本ばかりだった。
「そうなんですよ、昨日の夜にすることなくて寝ちゃいました、ありがとうございます」笑顔で言った。
「本当は、大地のほしい本買ってこようと思ったんだけど、最近は何も言わなかったから、好きな本にしたわ」≪最近何か悩んでたんじゃないのかしら、それに気付いてあげられてたら、こんな事にはならなかったのかもしれない≫ 彼女は笑っていたが、少し悲しそうな顔をした。
「そんな事はない!・・・」お母さんの責任じゃない、と続けようと思ったが、本来なら聞こえない声だ。言ったら怖がられるかもしれない。だから、言うのをやめた。
「えっ、この本好きじゃなかったの?ごめんなさい、間違えちゃって」驚いた後に、彼女は申し訳なさそうにした。
「違います、今のは・・・最近は読みたい本なかったから言わなかっただけですよ、だからあんまり気にしないでください。今日はお父さんと真友は?」
「そう?じゃあ病院にいる間に発売するのがあったら言ってね、買ってくるから。今日は月曜だからお父さんは仕事で、真友は学校よ」
「そっか、今日は月曜なんだ、大学休んじゃったな、勉強大丈夫かな?」
「明美さんに今度教わりなさいよ」≪時々教わるって言ってたし≫
「そうしようかな」と、答えると「まず、腕治さないとね」と彼女は言った。その後、最近の事や悩み事を聞かれたが、今の僕には悩み事はなかった。強いて言うなら二つ。記憶の事だが、これは言ってもどうしようもない。それと、心の声が聞こえること。これはもっとどうしようもない。そのことを隠して、話せる範囲で話した。
昼前に、お母さんが帰って行った後、持って来てくれた本を読み始めた。しかし、片手で読むのはとても読みにくい。しかも、利き手の逆。1ページ読んでは、机に置き、ページをめくる繰り返し。でも、することもなく、何も考えなくてもいいからこの作業を続けた。
面会時間が残り1時間ぐらいになってから、4人お見舞いに来てくれた。1人は、昨日もいた明美さん。他の3人はやっぱり覚えていない。
「大地~、お見舞いに来ったぞ~」1人目は、大声で言いながら入って来た。
「ばかっ!ここ病院だから!静かにしなさい!」2人目は、前の人を叩いて入って来た。
「姉御も静かにして下さ~い」3人目は、それを眺めて、笑いながら入って来た。
「今日は友達連れて来たよ、大地君。後、お見舞い持って来たの」4人目に、明美さんが入って来た。手にフルーツの詰め合わせを持っていた。
「あなた達は誰ですか?」と問うと明美さんが「友達連れて来たよ」と答えた。
「二度めまして、日向信宏で~す」
「続きまして、安井晃です、続きましては我らが姉御です」
「姉御って言うなっ!・・・私は三崎春です」
「えっと、僕記憶喪失でして、あなた達の記憶ないんですけど・・・」
「うん、聞いたよ。まぁ記憶喪失って言っても、元に戻る可能性かがあるんだろ?だったらこうして会いに来るからそのうち思いだせばい~よ」
「そうだよ、怪我が治ったら大学にも来るんだろ?だったら、同じ講義だし出来るだけ多くの時間、一緒に居られるだろうし」
「そうだよ、早く来てくれないと、あほ2人が止まんないから、早く治してよね」
「あほって、酷いな~姉御」男2人は声を被らせて言った。
「姉御って言うなって、しかもハモルな!」
何だこの人たち、急にコント始めた。でも、どこか懐かしい感じがする。しかし、不思議に思った方が強く、上の空になってしまっていた。
≪すべったぁ~≫ ≪すべったか?≫ ≪すべった・・・あほ達のせいだ≫
3人はじっと僕を見ていた。皆少し後悔している顔をしている。どう反応していいか困っていたら、笑い声が聞こえてきた。明美さんが笑っていた。3人は救われた様に笑った。僕は胸を撫で下ろした。
「みんなの困った顔を見てたら、面白くなっちゃって」
彼女によって、場の空気は和んだ。それからは、彼らに大学での出来事など聞いたが、夢の様で確かに話された場面の記憶はある。しかし、そこにいるのは僕だけ。名前を呼んでいるはずなのに、何て呼んでいるのかわからない。本当に夢の様だった。自分の物だったはずが自分の物で無くなってしまったようで、少し不安になった。
彼らは、面会の終わる時間までいた。彼らと話している間は、初めのあれ以降、あの声が聞こえなかった。感情をそのまま話している様で、笑いすぎてて何を言ってるか分からないこともあった。けど、本音だけで話していると思うと、それだけで安心出来た。心配されたけど、それも全部言葉にしてくれて伝えてくれた。心に僕に対する憐れむ気持ちは全然感じなかった。彼らが帰った後は、そんな事を考えながら過ごしていた。そうしたら、涙がこぼれてきた。悲しくもないのに、何でだろう。僕の中に他の感情がある様に、僕自身では止めることができなかった。でも、その涙には溜まってたものが一緒に流されるように感じた。
涙が止まった後に、また本を読んでいた。
本を読み終わって、寝ようと思った時にドアが開いた。どうせ点検だと思ったのでそのまま寝ようとした。
≪まだ寝るな≫
≪この声は、夢で会話したあの人の声か?≫部屋は暗くてシルエットだけ見える。
≪夢?まあ、そんなもんか。お前はすぐ気付くから楽でいいな、それがあれなんだがな≫
≪それでどうしたんですか?≫
≪人助け≫
誰をだろう、と思った時に笑われた。
≪お前をだよ≫
≪記憶が戻るってあなたのお陰ですか?≫
≪そんなとこ≫
≪僕何かすることありますか?≫
≪あるよ、まず左肘を関節の逆に折ってくれ、そうしたらショックで思い出す≫
驚いて声にだせなかった。どうせ思っていることは分かっているんだろうけど・・・。
≪冗談だよ、本気にしないでくれよ≫笑われながら言われた。≪じゃあ寝てくれ≫
言われるがまま横になった。そうしたら、すぐ傍にやって来た。そして、手で目を覆われる。このまま寝てしまったら、ダメな気がした。何かはよくわからなかった。
≪僕まだあなたの名前を聞いてないです≫
≪名前か・・・同じ相手に2度は名乗らないよ。思い出しな。≫
≪記憶が戻った後にまた会えますか?≫
彼女は笑ったけど、答えなかった。そして、無理矢理、手で目を覆われた。すると、意識は遠くなっていった。
9月30日、21時40分、俺は町の中を歩いていた。明美、信宏、晃、春と遊んでいた途中に、独り抜けてきたところだ。明美は一緒に行くと言ったが、独りにしてくれと言って断った。悩んでいた。時々彼らは何を思っているのか、わからなくなる。いつも楽しそうに笑っている。だが、その笑顔がただの仮面で本音を隠しているだけなのかもしれない。俺を笑うために傍にいるのかもしれない。そう思ってしまってから、急に辛くなった。だからこんなもの・・・
≪お~い、あんた悩んでるみたいだね≫
驚いて周りを見渡すと、長い黒髪の綺麗な女性が手を振っていた。見たことない人だった。しかし、見ないふりをして、歩き続けた。
≪人間関係をやり直したいんじゃないの?≫
足が止まる。何だあの人、俺の心を読んでるのか?
≪うん。で、どうする?助けようか?あんた自身で解決する?≫
「あんたなら絶対に助けられるのか?」
咄嗟に言ってしまった。しかし、彼女は反応しない。何だよ自信ないのかよ。
≪自信?なんの?悪いけどあんたの中で言ってくれる?私、聴力もうないんだ≫
≪こういうことか?あんたなら俺を絶対助けてくれるのか?≫
≪そうそう、あんた頭良いね。まぁ、それが災いすることもあるけどね。多少痛みを伴うけど絶対大丈夫≫
彼女は歩き始めた。俺はそれについて行く。そして小さな路地に入って行く。
「あんた、あそこから飛び降りな」
「は?」
≪何言ってんだこの人≫彼女の指さす方向を見るとマンションがあった。それに声の聞こえ方が違う。
「だから、あそこから飛び降りるんだって」
≪冗談か?あんな数十階もある所から飛び降りたら死ぬだろ≫
「4階からだから大丈夫」
≪4階でも怪我するだろ!≫
「多少痛みを伴うって言ったじゃん」
4階では死なないとは思うけど・・・。どうなんだ。
「大丈夫だって」
彼女はこっちの方を向いて言った。目は合わなかった。何で目を合わせないんだ?本当は嘘なんじゃないのか?
「悪い悪い、視力ももうないんだ。だから、どこら辺にいるかはわかるけど、目の場所まではわからないんだ。後、臭覚、味覚もない。そのうち、こうして話すことも出来なくなる」
≪まぁ、こうして話せるけどね≫
聞こえ方が違ったのはそういうことだったのか。
≪でも、なんでそんな事になってるんだ?≫
「ん~、簡単に言うと代償かな?」
≪代償?なんの?≫
「それは、あんたには関係ないことさ」
≪そういえば、話すことも出来なくなると言ったけど、未来が見えたりするのか?≫
「見ようと思えば見えるよ。私が死ぬまでの間の時間なら誰のでも。だから、その後は見てやれない。だけど、あんたがあそこから飛び降りても死なない、断言する」
彼女は見えない目で力強く俺を見ていた。
「そうだ、あんた名前は?」
≪椎名大地≫
「あんたは大地ね」
≪あんたの名前は?≫
「また今度会うからその時ね。」
≪いつになるんだよ?≫
「大地の問題が解決するちょっと前・・・あ、そろそろ時間だ。もう飛び降りる覚悟は出来てるかい?」
俺はこの人を信じて飛ぶことにした。人が信じれなくなったていうのに、何で信じたんだろう。自分でもわからないな。でも、何か変わると思ったからと言っておこう。
4階に立ち、飛び降りる準備をした。もう、22時になる。
≪そこで深呼吸してから飛び降りて≫
言われた通り深呼吸をしてから飛び降りた。地面まで2秒ほどだった。右半身を強く打った。反動で頭も少し打ったみたいだ。意識が遠くなる中に聞こえる声。
≪大地は頭がキレ過ぎて、他の人が気付かない事まで気付いてしまっているだけ。だから、その分重荷が増えるし、そのことを考えて、不安になると思うけど、大地を心の中で笑ってる奴なんて、家族にも、あの4人の中にはいない。大地といることが、ただ純粋に好きなんだよ。だから、ちゃんと気付いてやってよ。大地みたいな悩んでる人を、私は代償を払って助けてきた。ちゃんと見てやってよ。大地の周りにいる人たちを。そんな深く考えないでいいんだよ。好きだから一緒にいたんだろ?なのに、疑ってしまう自分を許せなくて、そんな自分をリセットしようと思ったんだろ?≫
何だ・・・ただ俺が考えすぎてただけかよ・・・馬鹿だな・・・
≪馬鹿なんじゃない、優しいだけだよ。彼らが普段どんなことを考えて大地と話しているかわかるようにしてやるから、大地は中で見てな。じゃあまた≫
彼女が話し終えると、瞼が重くなってきた。閉じかけた瞼の間から見えるのは、明美、信宏、晃、春の4人だった。
「大地いたぞ!あそこで倒れてる!」一番に信宏が駆け寄って来た。いつもふざけて笑っている信宏が、真剣な顔をしている。
晃はいつもは冷静だけど、焦って電話を掛けている。救急車でも読んでるのかな?
「いっ今、晃が救急車呼んでるから!」春のうろたえている姿を見るのは初めてだ。いつも、信宏と晃を相手にしている姿からは想像もできなかった。
「死なないで」明美は何度も繰り返し、俺の左手を取った。その時、あの時計が見える。俺の右手首に視線を送ると『22時』を示した所で止まっていた。
みんなが俺を呼ぶ中、意識を失っていった。
これがあの時の記憶。俺は全て思い出した。そして、この2日間の事も見ていた。
そして、夢を見た。明美が車に撥ねられる夢。そこで一度見えなくなったがすぐにまた見えてくる。その車は近くの駅に向かっている。車内には刃物がある。駅に着くと同時に出て、その手には刃物を持って人を刺そうとしている。
そこで、突然夢が終わった。見てるテレビを切られた様な感じだった。
目が覚めた。目の前が白い。目を開けてるつもりなのに目の前は白いだけ。体を起こすと、一瞬自分の腕が見えた。どうやら、顔に紙を貼り付けられているみたいだ。それを剥がして、見てみる。
『夢で見た通りになる 明美って人を助けたいなら車椅子乗って全力で行きな ギリギリ間に合うから それじゃあ バイバイ』
こう書かれてあった。俺は少し考える。何故夢の途中で途切れたのか。あの人の嘘。それにこの『バイバイ』。
三角布を外して右手が動くようにした。動くけどかなり痛い。痛みを堪えて、松葉杖を掴む。俺は病院を出て、夢で見た明美の所に向かった。
向かっている途中、何度も転んだ。右手で松葉杖を掴んでいられなくなるからだ。でも、すぐに立ち上がりまた走る。2人を助けるために。
夢で見た場所に着いた。まだ明美はいない。時間より早く着いたみたいだ。荒れている息を整える。
「大地君!こんな所で何してるの!」
横断歩道の向こう側から明美が駆け寄ってくるのがわかる。この横断歩道は距離が長い。しかも、あの車が迫ってきている。松葉杖を捨てて走った。彼女の所まで行き、腕を引っ張って、横断歩道を渡りきった所で、足から崩れ落ちた。激痛だった。
「ボロボロじゃない!病院は!どうして出てきてるの!」
明美はすごい勢いで迫ってくる。
「今、救急車呼ぶから!」
その時、後ろですごいスピードであの車が通り過ぎた。ここから駅まで、そう時間はかからない。明美の携帯を取って、電話を切った。
「何するの!こんな傷だらけで無理して!早く呼ばな」
「全部思い出した。後で説明するから、今は待ってくれ」明美が話しているのを遮るように言った。明美は納得した様に、見守ってくれた。信宏に電話をかけた。
「明美?晃と春と一緒に病院いくところ」
「信宏!今、駅にいるよな!?」
「大地か?あれ?どしたん?」
「駅にいるか!?」
「今着いたとこだけど、そんな焦ってどうした?」
救急車のサイレンが聞こえる。病院出る時には見つからない様に出たのはずなのに、誰が呼んだんだ。
「改札出たら、長い黒髪の綺麗な人探して守ってくれ!」
「長い黒髪の綺麗な人ね、わかった、任せとけ」
頼んだぞ、と言おうと思ったら携帯を取られて、持ち上げられて担架に乗せられた。
「君!病院抜け出して何やってるんだ!病院抜け出したって連絡が入ったから、来てみれば本当にいるし、何なんだ!」
「俺はいいから、駅に向かってくれ」
「何言ってるんだ!すぐ戻るぞ!」無理矢理車に乗せられていく。降りようとも、もう体は動かない。だけど、担架が止まった。明美が止めてくれている。
「何だね君!」
「お願いします!彼の言うこと聞いてください!」
俺も動く左手で病院の人の腕を掴んで訴えかける。
「お願いします!駅で殺人事件が起こるんです!俺は大丈夫ですから、駅に向かってください!」
「お願いします、私が病院まで連れていきますから、駅に向かってください」
病院の人たちは話し始めた。話し終わると、車内から車椅子を持ってきて、それに乗り換えさせられた。
「君たち嘘だったら、承知しないからな!」
「ありがとうございます!」
明美と一緒に言った。そして、救急車は駅に向かって行った。
明美に車椅子を押されながら、病院に帰って行った。向こうの状況が気になったが、携帯を持っていかれてしまったので確認できなかった。だからといってはなんだが、その道の途中、俺に起こった事を全て話した。彼女は全部頷いて聞いてくれていた。
病院に着いてからは、酷く怒られた。すぐに検査をさせられた。当然、悪化していた。
検査が終わった頃に、父さん、母さん、真友が来ていた。
「父さん、母さん、心配かけてごめん」
起こるはず未来を変えてしまったので、変わる前の未来のことを話してもしょうがないので、素直に謝った。
「よかったわよ、何ともなくて」
「・・・大地思い出したのか?」
どうやら頭がキレるのは父親譲りなのか。
「うん、父さんも母さんも真友も明美も思い出したよ、他のみんなも」
「本当なの、大地!?よかったわ」そう言って、強く抱かれた。右手に激痛が走る。
「母さん痛い」
そう言うと、謝ってから離れてくれた。外で救急車が来る音がする。
「お兄ちゃん、私も心配したんだからね」
「悪かったな、今度ちゃんと勉強みるから」
「でもまあ、元気になってよかったよ」真友は笑顔でいう。記憶は戻ったけど、元気にはなってないよ、と心の中で言った。
「お父さん、もう仕事行かなくちゃいけないんじゃないかしら?真友も学校行きなさい」
「そうだな、真友学校まで送ろう」
「え~~、休めると思ったのに」と、残念そうだった。
父さんと真友と入れ替わりに、信宏、晃、春が来た。
「明美~、これ携帯。返しといてくれって」
「信宏、助けられたか?」
「一ヶ所刺されてたけど、命に別状はないってさ」
「そうか・・・よかった」
「晃が格闘技と柔道やってたなんて初めて知ったよ、いや~すごかった」晃の背中をポンポンと叩く。
「俺もびっくりしたよ、刃物持った人相手にするのは初めてだったしな~」晃はへらへらしていた。
「病院に電話したら、すぐ救急車が来るし、何で?」
「そうだよ、何で大地はわかってたんだ?もしかして・・・名探偵!?」
呆れた声で言う「そういう事にしといてくれ。でも、よく信じてくれたな。あんなに急に言ったのに、どうしてだ?」
「いやだって、大地嘘言わないし」と3人は言った。
俺は信じてやれてなかったのに、彼らは俺を信じてくれていたのがわかると、申し訳なくて仕方なかった。
「みんな・・・ごめ」
「ごめんな、大地」
俺が言おうと思った時に、信宏が先に言った。
「・・・何がだよ?」
「俺なりに考えたんだけどさ、大地何か悩んでるのはわかってたんだ。だけど、俺らアホだからさ、どうすることもできなかった。ちゃんと大地と話せばよかったんだよな」
信宏は自分自身を呆れる様に笑って言った。
「ごめん」信宏は頭を下げる。
「信宏の言う通りだ、ごめん」続けて晃も頭を下げた。それを見て春も同じように謝った。
全部俺の勘違いで、勝手に悩んで行動して、心配させて、今は謝らせてしまっている。アホは俺の方だ。
「違うんだ、みんなは悪くないんだ。ただ、俺の勘違いなんだ。俺が全部悪いんだ。俺からちゃんと話すべきだったんだ。ごめん」
「そうやって独りで抱え込むからこうなったんでしょ!?大地が全部悪いわけじゃない。これからはちゃんと私たちに話して!わかった!?」
信宏と晃に本気で話している時の口調だ。
「流石です、姉御」信宏と晃の声。それに気にせず、じっと俺を見ている。
「わかったよ、これからはちゃんと話すようにします・・・姉御」
俺が初めて春をそう呼んだ。彼女は頷いて近づいて来て笑いながら「姉御って言うな」と言われてデコピンをされた。信宏も晃も笑っていた。明美も楽しそうだった。姉御って言うなという春も楽しそうに笑っていた。みんなの屈託のない笑顔を見るのは久しぶりだった。俺が悩み始めてからはすっかり見なくなっていたのに、またこうして笑えてよかった。
彼女のお陰だ。お礼を言わないとな。
彼らは午後から講義だったので昼前には帰って行った。彼女がどうなったかを、昼食を持ってきた看護婦に聞いた。
「刺されて運ばれて来た子ね、刺された場所はもう大丈夫なんだけどね、ちょっと悪い所が他にもあってね、検査している所よ。知り合いなの?」
「いえ」と短く答えてご飯を食べ始めた。
日が暮れ始めた頃に、彼女が向かいのベッドに運ばれてきた。彼女の表情は暗かった。
「もう大丈夫なのか?」
彼女はこっちの方を向いていたが何も言わない。耳が聞こえない事を思い出して、心で話しかけた。それから何度も何度も話そうと思ったが返事は帰ってこない。もう、俺の声が届かなくなってしまったのかもしれない。そして、もう彼女の声が聞こえなくなったのだと思った。
≪ごめん≫
彼女が語りかけてきたのは、消灯時間を過ぎ寝ようとしたところだった。
≪もう話せないかと思った≫
≪ごめん、大切な時間を奪ってしまった≫
≪この怪我の事か?それなら気にしなくていいよ。みんなの事をちゃんとわかることができたし、明美を助けることが≫
≪違うんだ、怪我の事もそうだけど・・・それだけじゃないんだ≫
怪我の事じゃないなら、俺に思い当たる節は他にはない。彼女は何を謝っているんだろう。
≪未来の事だ、寿命を、大切な人達といる時間を奪ってしまった≫
彼女が何を言っているかよくわからない。
≪私を助けたから、あんたの寿命が少なくなってしまった≫
≪何であんたを助けたら俺の寿命が減るんだ?≫
彼女はしばらく黙った。そして、何か決心した様に話し始めた。
≪私はもう死んでいるはずだった。私の大切な友達の変わりに・・・死ぬはずだった。彼女は男に脅されていて、私に助けを求めてきた。彼女は命を懸けても守りたい人だった。小さい頃から未来が見えたり、心の声が聞こえたりして、みんな私を怖がった。でも、彼女は私を怖がらずに傍にいてくれた。それだけで嬉しかった。何か返そうと思った。だから、彼女が呼び出された時に、私が説得してくるから、来るなって言った。私は呼び出された所に向かいながら警察を呼んどいた。殺された後にその男を捕まえられるように。死んだ後に彼女に何も出来ない様に。それから男の所に行ったら見た通りになったよ。そいつは怒って私を殺そうとした。殺されると思った瞬間に、見えてしまった。変わった未来を。彼女が来て、私を庇って殺され、男は自ら死んだ、そして私は生きてしまった。目の前に居たのに助けることもできなかった。私は彼女に助けられて生かされた。だけど、彼女は私を助けて死んだ。私は彼女の未来を奪ってしまった。今回の事もそうだ。大地は間接的に私を助けてしまった。だから、死ぬはずだった私があんたの未来を奪って生きてしまった≫
≪初めからそうなるはずだったんじゃないか?≫
≪もしかしたら大地のはそうかもしれない。でも、彼女のは絶対私のせいなんだ。男の所に向かっている間、未来を確認した時は死ぬのは私だった。でも、彼女によって変わった。≫
≪だったら、俺のは気にしなくていい・・・≫
でも、彼女のは重すぎる。ほんの少し前に変わった未来を見て、目の前で殺されたなんて酷すぎる。
≪そうだろ?≫彼女は力なく笑った。
≪だからさ、彼女の代わりに彼女のやりたかった事を代わりにやって償おうと思った≫
≪彼女のやりたかったことって何だ?≫
≪小説家。彼女はいつも『読んでくれる人に何か与えたい、迷っている人の道標になればいい、困ってる人の支えになりたい、人の成長の糧になればいい、勇気が出ない人には勇気が出る様に力添えを』って言ってたよ。でも、私には小説を書くことは出来なかった。だから、私なりに彼女のやりたかった事をしたんだ。でも、未来を見て無理矢理に未来を変えることは駄目だった。未来を変えるのには代償が必要だった。それでも人を助けたさ、それじゃないと彼女に申し訳ないじゃないか≫
≪彼女はあんたにそんな重荷背負って欲しくて助けたんじゃないと思う≫
≪そんなのわかってるよ・・・わかってるんだ。彼女はそんな人じゃないことを≫
≪ごめん、2人の事よくわからないのに≫
≪いや、ありがと。でも、私は自分が許せないんだ。目の前に居たのに助けられなかったことを。大地の事も、大地は気にするなっていうけど、気にするよ。今度はどうやって償えばいいのか、もうわからないんだ。最後に助けて終われる筈だったんだ。なのに、また助けられて、また生きてしまった。何で助けたんだよ・・・なぁ・・・私の事何も知らないのに、何で助けたんだよ≫
≪あんたは俺を救ってくれた。あんたの意志じゃなくても、あんたに出会ってなけりゃ、あいつらともう付き合ってなかったかもしれない。それに、助けてくれた人が死ぬってわかってたら、助けるだろ?≫
≪何で死ぬのがわかった?≫
≪夢で見せたのあんたじゃないのか?≫
≪確かに見せたが、撥ねられる所までだ≫
じゃあ、他に誰が出来るというのか、という疑問が浮かんだが今はどうでもよかった。
≪なぁ・・・どうやって償えばいい?≫
≪何でもいいのか?≫
≪何でもいいさ≫
≪それじゃあ、普通に生きて、これから人助けをしないでくれ。人を助けると何か失うんだろ?もっとなくなったら普通に生きるのも大変になるだろうから≫
視力は眼を渡せば何とかなるだろうけど、聴力、味覚、臭覚は半分与えられるのか考えていた。
≪それは・・・無理だ≫
≪あんたの背負ってる物の重さは、わかっているつもりだ。忘れることはできないだろうけど、これからは俺が代わりに背負ってやる。彼女の意志を。俺もさ、小説家になりたいんだよ。本が好きだったから、なれたらいいな程度だったんだけど、今日すごい小説家の話聞いたら、俺も彼女みたいになりたいと思ったんだ。同じ夢を持ってあんたを助けたいと思ってる。俺もあんたに死んで貰いたくないんだ!≫
≪ははっ・・・何なんだよ・・・お前と麻衣が被って見えるんだよ・・・≫
≪麻衣ってその友達か?≫
≪そう、加藤麻衣って言うんだ。・・・本当にやってくれるのか?≫
≪あぁ、必ず俺が死ぬまでに、俺なりに彼女が伝えたかったものを本にして見せる。だから、あんたは生きて、俺の話が本になったら読んでくれ≫
彼女は大笑いをした。何か可笑しいことを言っただろうか?
≪だって、私もう視力無いって言ったじゃん。どうやって、読めばいいのさ。もう、本なんて読むことはないと思ったのにさ。大地はやっぱりかわってるよ≫
≪そうだった!やっぱり眼を片方あげた方がいいな≫
≪いや、いらないよ≫
≪それじゃあ、発売する日もわからないじゃないか≫
≪そうだな、大変だな。もうあんたの未来を見るのも止めたし、まぁでも、有名になって噂でもされれば、人の心でも読んでたら、発売したのぐらいわかるだろう。なぁ、作者の名前はどうすんのさ?≫
≪名前はそのままで使うよ≫
≪そうか。楽しみにしてるよ。今日はもう疲れた。もう寝るとしよう≫
≪最後にいいか?≫
≪何だ?≫
≪何で最後に助けるのが俺だったんだ?ただ、助けた後に死ねるのが俺だったからか?≫
≪違うよ、あんたみたいな人を麻衣が一番助けたがってた人間だったからさ≫
≪どういうことだ?≫
≪秘密。じゃもういいね≫
≪後もう一個、俺が死ぬ時にまだあんたの眼が見えなかったら、俺のを貰いに来てくれ。周りには伝えておくから≫
≪名前を聞かれると思ったよ≫
≪教えてくれないだろ?≫
≪どうだろうね。眼の事は考えておくよ。大地の本も読みたいからね≫
≪ありがとう≫
≪こちらこそ、ありがと。じゃあ、おやすみ・・・バイバイ≫
≪おやすみ・・・本当にありがとう≫
俺の言った通りこれが彼女との最後だった。
次の朝、また顔に紙を張り付けられていた。やっぱり彼女はいなかった。
『大地の本を楽しみにして生きるよ 服は貰って行くよ 私の服血が付いててもう着れない 気が向いたら会いに来る 話し相手にでもなってくれ バイバイ』
紙にはそう書かれていた。約束を守るためにこれを大切に取っておいた。
「大地君、起きたの!向かいに居た人知らないかしら!」
「知らないですけど」
「また脱走かしら。大地君はもう脱走しないでね」
「はい・・・しません。その人の名前ってわかります?」
「それがわからないのよ。身元がわかるもの持っていないし、記憶喪失だっていうし、脱走するし、もう何が何だか・・・。いけない、いけない、患者さんの前で愚痴を言うなんて。それじゃあ、後でご飯持ってくるわね」
「はい」
看護婦さんは一度部屋から出ていこうとした時に、俺の右足を見て止まった。
「どうしたんですか?」
「名前が書いてあるわ」
「何て書いてありますか!?」
「田中愛って書いてあるわ。昨日の友達の名前?」
「そんなところです」
「そう、それじゃあ、もう行くわね」
そう言って部屋から出て行った。教えてくれるなら、昨日教えてくれば良いのにと思った。
≪あんたもかわってるよ≫
聞こえているかわからないが、俺は『田中愛』に向かって話しかけた。
返事が来るのを待ちながら、窓の奥の青い空を見ていた。
≪あいがとう、愛ちゃんを助けてくれて≫
想像してない人からの声が聞こえた。そうか、夢の続きを見せたのも初めの声もあんただったのか、加藤麻衣さん。
≪これで、愛ちゃんもう大丈夫だね。私はもう居なくても大丈夫だね。本当にありがとう≫
≪あんたたちに会えて本当によかった。あいつを助けさせてくれてありがとう。あんたはもう休んでくれ。あんたたちの意志は俺が引き継ぐから≫
もう声は聞こえなかった。
そうだな、まず初めの話は『田中愛』という不思議な力を持った女性が人を助ける話にでもしようかな。
あいまいリセット
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。感想を貰えるとうれしいです。
最後の終わり方は、どう終われば綺麗になるか、最後まで悩みました。僕なりの解釈を考えてからはこれでいいのかもと思い、これを選びました。それと、書いているうちに、物語の方向転回を数回しました。明美を助けるとこは、突き飛ばして大地だけが撥ねられるとか、初めの考えでは加藤麻衣は登場しません。他にも小さなことが沢山。
途中の田中愛の回想の『』内は僕の思想を入れました。
後で、もっとあとがきで書いとけばよかったなとか思うかもしれませんが、あんまり先延ばしするのが嫌だったので、これくらいにしときます。
『あいまいリセット』を読んでくれた人が、何かを感じて読んでくれた人の何かしらの力になれば幸いです。
それでは、また投稿する時があったら、よろしくお願いします。
ありがとうございました。